表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【わたしの母は誰なの?】婚約破棄された孤児のアテネは、魔道具屋の息子と結婚しなくなったので魔法学院に進学することにした。  作者: 山田 バルス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/43

閑話5 チャーリー、断罪される!

『星降る歯車亭』――終焉と転落のはじまり――

 朝焼けが、アスティリア市街の石畳をゆっくりと照らし始めていた。


 だが、その光の中に、《星降る歯車亭》の姿はもうなかった。


 魔道具棚はすべて差し押さえられ、工房の機材も、書類も、図面も、跡形もなく消えていた。


 ただ、がらんどうの店内に、チャーリーはひとり膝を抱えて座っていた。


「……夢なら、いいのに」


 かつての輝きはもう、どこにもなかった。


 父バートンは差し押さえの翌朝、無言で店を出ていった。行き先は知らない。ずっと無口だったが、最後の背中には、もう何もかも諦めたような、そんな空気があった。


 そして――


「チャーリー。あんた、これからどうするの?」


 母・コウージョが、冷たい目で見下ろしてきた。


「えっ……どうするって……ここを……」


「ここは、もう店じゃない。私も、今さらあんたと一緒に住むつもりはないわ」


 その言葉は、ナイフみたいにチャーリーの心に突き刺さった。


「……母さん?」


「わたし、親戚を頼るわ。あんたは、せいぜい自分の尻ぬぐいを頑張ることね。じゃあね、チャーリー」


 その日、彼は“家族”さえも失った。


 ***


 三日後。


 チャーリーは、アスティリア市の裏路地にいた。


 住む家はない。泊まる宿の金もない。寝床は、雨よけのついた古い市場の倉庫の裏。


 昼間は、安い日雇いの仕事を探し、夜はパンの耳と水だけの食事。


 彼が《星降る歯車亭》の若店主だったなどと、今の彼を見て誰が思うだろうか。


「……これが、オレの今かよ」


 ボロボロの靴。破れたシャツ。汚れた顔。


 それでも、彼はまだ、生きていた。


 ある日、かつての仕入れ先の商人に声をかけた。


「ラングさん! ちょっとだけ、時間もらえませんか……!」


「ああ?」


 商人は、チャーリーの姿を見るなり顔をしかめた。


「なんだ、チャーリーじゃねぇか。まさか、まだ金の話か? おまえ、うちにもツケ残ってるんだぞ。金貨2枚分、忘れてないよな?」


「それは……あのときの在庫で……でも、今は仕事がなくて……」


「そうか。じゃあな」


 ラングは、容赦なく背を向けた。


「ちょ、ちょっと! 待って……!」


 チャーリーは地面に膝をついた。


「頼むよ……誰でもいいから、オレに、仕事を……!」


 叫んでも、誰も振り返らなかった。


 ***


 それから、さらに数日が過ぎた。


「おい、そこのアンタ、何してんだ。ここは物乞い禁止だぞ」


 衛兵に追い払われ、パン屋の前から逃げる。


「触らないで! 服が汚れるでしょ!」


 元・上客の令嬢に、吐き捨てるように言われる。


 チャーリーは、どこへ行っても、もう“誰か”ではなかった。


 名前を呼ばれることも、誰かに認められることも、なかった。


 そんなある日。


 小さな広場の片隅で、彼は風の噂を聞いた。


 ――ベル=グラン魔術学院で、銀髪の少女が話題になっている。


「……アテネ」


 彼は、ひとり呟いた。


 足元には、枯れた葉っぱと、石ころしかない。


 でも、彼女は――あのとき、確かに自分と同じ場所から出発したはずだった。


 いや、もっと下から、もっと不利な場所から。


 なのに、今では空のずっと上で輝いている。


「……ちくしょう、オレは……」


 チャーリーは、頭を抱えてうずくまった。


 その姿を、誰も見ようとはしなかった。


 ***


 その夜。


 雨が降った。


 屋根のない場所で、チャーリーは震えながら寝ていた。


 空腹で、頭がぼうっとする。


 そのとき、誰かの靴音が近づいてきた。


「……チャーリー?」


 小さな声だった。


 顔を上げると、そこにいたのは――チョコレだった。


 赤髪をまとめ、上質なマントを羽織っている。付き添いの護衛までつけて。


「……おまえ、なんでここに……」


「父が、あなたが落ちぶれたって話を聞いてね。見にきたのよ」


 チョコレの目は、どこか冷めていた。


「見ての通り、よ。あなたと結婚なんて、最初から間違いだったわ」


「……オレが……全部、間違ってた……」


 チャーリーは、濡れた石畳の上で呟いた。


「ごめんな……全部、おまえのせいにして……全部、アテネを裏切ったせいだ……オレ……ほんと、最低だ」


 そのとき、チョコレの顔に一瞬だけ、哀れみのようなものが浮かんだ。


「……アルトには、会わせないから」


「……ああ」


「でも、いつか本当に償いたいと思うなら――せめて、自分の足で立ちなさい」


 そう言い残し、彼女は背を向けて去っていった。


 チャーリーは、ひとり雨の中に残された。


 体は冷たく、息は白い。


 けれど、その瞳だけは、今までよりも少しだけ、まっすぐになっていた。


 たとえ、どん底でも。


 ここから、始めるしかないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ