第9話 アテネ、波乱の表彰式
夏の表彰式と、きまずい午後
澄み切った青空が広がる、ある夏の日。
ベル=グラン魔術学院の講堂では、成績優秀者の表彰式が行われていた。白大理石の壁と、天井の魔法燭台が、厳かな雰囲気を作り出している。
「それでは……中間試験、魔道具基礎演習における第三席、アテネ=グレイ!」
壇上に名前を呼ばれ、アテネは少し緊張しながらも、しっかりと前を見て歩いた。
白と銀を基調にしたシンプルなドレス。それでも、その銀色の髪と笑顔が相まって、どこか星のような輝きをまとっている。
壇上から客席を見渡すと、そこには寮監のエリザおばさんや、なじみ深い顔ぶれ、そして……最前列には、ロドスとその隣にギルベルト。さらにその横に――
(レオナルドさん!?)
アテネはびっくりした。カテリー二の叔父であり、魔道具研究の権威。どこか研究室から出てこないイメージがあったのだが、今日はしっかり正装して現れていた。
淡い金の髪に、落ち着いた紺色のロングコート。目が合うと、にっこりと微笑み、頷いてくれた。
表彰状を受け取りながら、アテネの心の中では、なんだかいろんな感情がくるくると渦を巻いていた。
式の後は、学院の裏庭に設けられたテラスで、立食パーティーが始まった。テーブルには、魔法で冷やされたフルーツジュースや小さなパイ、カナッペが美しく並んでいる。
「おつかれ、アテネ!」と、パトラが笑顔で駆け寄ってきた。
「三人とも、ちゃんと表彰されたね」とカテリー二も言いながら、手にしたグラスを軽く掲げた。
その時、背後から静かな声が聞こえた。
「見事だったね、アテネ=グレイ嬢」
振り返ると、ロドスが立っていた。変わらず真っ直ぐな眼差しでアテネを見つめている。
「いえ、まだまだです……でも、がんばりました!」
アテネははにかんで答える。その様子を横で見ていたカテリー二が、そっと目を細めた。
だが――その空気を切り裂くように、別の声が入る。
「まったく、素晴らしい成績だ。魔道具の構造分析、ここまで書けるとは……感動したよ」
それは、レオナルドだった。ロドスよりもやや柔らかく、けれど瞳の奥には熱のようなものが宿っていた。
「お久しぶりだね、アテネ嬢。魔道具への理解、素晴らしいよ。いっそ、うちの研究所に――」
「ちょ、ちょっと叔父さま!」と、カテリー二が慌てて間に入る。「今はお祝いの場よ? スカウトするのはやめて!」
アテネは戸惑いながら、ふたりを見比べた。
(ロドスさまも、レオナルドさまも……なんでこんな真剣に?)
空気が少しきまずくなりかけたその時、カテリー二が一歩前に出て、にこっと笑った。
「ねえ、アテネ。わたしのドレス、どう思う?」
えっ? と視線を向けると、彼女は今日も完璧なドレスを着こなしていた。上質な紺のベルベットに金糸の刺繍。揺れる三つ編みもいつも以上に美しく整えられている。
「すごく……素敵です! お姫様みたい!」
「ふふ。ロドスさま、レオナルド叔父さまは? わたしのドレス、どう?」
ロドスは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかに頷いた。
「よく似合っている。まさにクロイツベルグの令嬢だ」
「華やかでいて上品だ。さすが、姪だね」と、レオナルドも満足げだった。
そのやりとりを聞きながら、アテネはほっと息をついた。
(ありがとう、カテリー二さん……助けてくれた)
一方そのころ、パトラはというと――ギルベルトと並んで、楽しそうにスイーツのテーブルの前にいた。
「この桃のタルト、最高……!」
「それ、俺も気になってた。あ、こっちのハーブレモネードも美味しいよ」
「ほんとだ! あー、幸せ……試験の疲れが一気に取れた気がする~!」
二人は食べ物だけでなく、魔術と剣術の話、騎士団の訓練などで盛り上がっていた。すっかり意気投合した様子だった。
そんな彼らを、アテネは少し離れたところから見つめていた。
(パトラ、あんなに楽しそうに笑ってる……)
「少し……うらやましいな」
ぼそっとつぶやいた言葉が、思いがけず誰かに届いた。
「どうして?」
振り返ると、またしてもロドスだった。
「君の笑顔も、とても素敵だよ」
その言葉に、アテネは顔を真っ赤にしてしまった。
夜、寮の部屋に戻ると、アテネは早速ペンを取り出し、ランタンの明かりの下で手紙を書き始めた。
親愛なるおじいさまへ
今日、表彰式がありました。とても緊張しましたが、無事に賞状を受け取ることができました。
立食パーティーでは、いろいろな人と話しました。パトラとカテリー二も、とても輝いていました。
ロドスさまや、カテリー二の叔父さまともお話ししました。ちょっときまずい場面もありましたが、
最後はみんな笑っていました。
わたし、少しずつですが、ここでの生活に自信が持てるようになってきました。
これも、おじいさまの支えがあってのことです。
どうか、お身体に気をつけて――また、お手紙書きます。
アテネ=グレイより
ペンを置き、ふうと息を吐くと、窓の外から涼しい夜風が吹き込んできた。
遠くに、王都の灯りがまたたいている。
夢も、想いも、少しずつ――この場所で形になっていくのだ。




