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調和の地へ

 封印の地から戻った翌朝。

 森の集会所には、精霊の巫女と守護者たちが集まっていた。


「……皆、聞いての通りです。ザイヴァルドの影が封印に干渉しました。封印の核心、調和の地への探索を開始します」


 セリオンの重く響く声に、場の空気が引き締まった。

 その中心で、蓮はエルセリアと並び、静かに話を聞いている。


「調和の地は、精霊たちの記憶の奥深くにしか残っていない。だが、フィノと蓮が共鳴できれば――」


「そこへの道は開かれる」


 エルセリアが言葉を継いだ。


 蓮は少し不安げに、フィノを見下ろす。


「そんなに簡単に……精霊の記憶に触れたりできるのか?」


『できるさ。少なくとも俺とお前ならな』


 フィノが自信たっぷりに尻尾を振る。


『お前は精霊の器じゃない。ただの人間だ。だが、それゆえに調和という概念そのものを持ち込める。だからこそ、俺はお前と契約した』


 言葉の強さに、蓮は目を見張る。


「……なんか、いつになく真面目だな、フィノ」


『これでも俺は、霊獣族のエリートなんだぞ?』


 苦笑が場を和ませた。


 セリオンが静かに頷き、最後の指示を与える。


「探索の前に、精霊との精神同調を行う。調和の門は、心を通わせた者にしか開かれない。蓮、エルセリア……準備が整い次第、祭壇へ向かうのだ」


「わかりました」


「はい……」


 集会が終わると、蓮とエルセリアは森の奥へと歩き始めた。

 目的地は、古の精霊が宿る精霊の祭壇。


 鳥のさえずり、葉のこすれる音。

 静かな自然の中で、二人はしばらく無言だった。


 やがて、エルセリアが口を開く。


「ねえ、蓮……あなた、怖くないの?」


「怖いよ。すごく。でも……逃げたら、後悔する」


 蓮は少し笑って、彼女を見る。


「それに、エルがいるから。俺、信じてる。君となら、どんな困難でも越えられるって」


 その言葉に、エルセリアは一瞬だけ目を見開いた。

 そして、ふっと微笑んだ。


「……嬉しいわ。私も信じてる。あなたを」


 いつもどこか冷静だった彼女の微笑みに、蓮の胸が温かくなる。


 やがて、木々の間から神秘的な光が差し込む――精霊の祭壇が見えてきた。


 中央には古代文字が刻まれた石柱。周囲を囲む六つの精霊の像。そして、風に揺れる光の糸。


 その中央に、フィノが跳ねるように立った。


『よし、ここで共鳴を始めるぞ! 心の扉を開け、蓮! 想いを精霊に届けろ!』


「……心の扉か……」


 蓮はそっと目を閉じる。

 この世界に来た時の混乱、エルセリアと出会った瞬間、幾度の戦い、重なってきた絆……


 それらすべてを胸に抱いて、ただ、感じる。


 ――エルのぬくもり。

 ――フィノの声。

 ――精霊たちの囁き。


 そのとき、空気が震えた。


 祭壇の石柱が淡く光り、空間の奥に道が見えた。


「見えた……!」


「本当に……精霊の記憶が、道を繋いだのね……」


『調和の地、入口開門! よくやったぞ、蓮!』


 道の先は、淡い金色の霧に包まれた空間だった。


 それは、世界の裏側――すべての精霊の源であり、封印の核とも言える場所。


「さあ、行きましょう。きっとそこで、調和の精霊が目覚めを待っている」


「ああ……行こう。ここが、すべての始まりなんだ」


 二人と一匹は、金色の霧の中へと足を踏み入れた。


 その瞬間、周囲の世界がゆっくりと色を変え――


 新たなる精霊の核心領域が、彼らの前に現れた。




 霧の中を進むと、空間の質そのものが変化していくのを蓮は感じていた。

 空気が重いようでいて、同時に身体が軽くも感じる。不思議な浮遊感。重力すら違う世界に迷い込んだかのようだった。


「ここが……調和の地……」


 エルセリアが小さく息をのむ。

 霧が晴れてゆき、眼前に広がったのは、まるで神話に描かれるような空間。


 空は深い青にして満天の星が瞬き、地には草木ではなく、光でできた花々が咲き誇っていた。

 中央には湖――いや、光の湖のようなものがあり、そこに浮かぶ大樹があった。

 その大樹はまるで精霊そのものであり、命の核を象徴するように、静かに脈動していた。


『……あれが、調和の精霊の眠る木だ』


 フィノが、声を落として言った。


「どうすれば、目覚めてくれるんだろう」


「蓮……あなたの中にある想いを、直接伝えて。調和とは、精霊と人の心が交わること……だから、言葉じゃなく気持ちで」


「気持ちで……」


 蓮は頷き、湖のほとりに進み出た。


 光の湖は足元に波紋を描き、蓮の存在を受け入れるかのように静かに揺れる。

 やがて、大樹の根元が淡く光り始め、空気が震えた。


 ――誰かが、目覚めようとしている。


 蓮は静かに、心を開いた。


(俺は、ただ……守りたい。出会った人たちを、この世界を。エルを。フィノを。イーリスや、セリオンさまも。誰ひとり、もう失いたくない)


 想いが、湖に溶けていくように広がっていく。


(俺は弱い。でも、歩いてきた。この世界で、少しずつ、強くなったんだ。だから――)


 その瞬間、光の湖が大きく輝いた。


 まるで心臓の鼓動のように、木が震える。


 そして――


 湖の中央に、一つの光の像が浮かび上がった。


 人とも、精霊ともつかぬ姿。けれど、蓮は直感でわかった。


「あなたが……調和の精霊……?」


 像は静かに頷いた。


 その声は音ではなく、心に直接語りかけてくるようだった。


『……調和の鍵よ。汝は、何を願う?』


「願い……」


 蓮は一度、後ろを振り返った。そこには、エルセリアのまなざしがあった。


 彼女は黙って、微笑んでいた。


 蓮は前を向き答える。


「俺は、この世界を守りたい。封印を完成させたい。そして……」


 一拍置いて、彼は言葉を重ねた。


「……その先で、みんなと生きたい。エルと共に。精霊も、人も、誰もが傷つかずに共にある未来を見たいんだ」


 その言葉に、像が静かに光を強める。


『――汝の願い、確かに受け取った』


 湖が大きく波打ち、空が開かれるように輝いた。


 調和の精霊の力が、蓮の胸へと注がれていく。

 それは炎でも雷でもない――静かで、あたたかい力。心を満たすような、深い調和の波だった。


 そしてその光は、エルセリアにも届いた。


「これは……あなたの想い……」


 彼女の瞳が潤む。


 光が収まると、湖と大樹は再び静かになり、蓮の身体には新たな印が刻まれていた。

 胸元に、円環と精霊文字が浮かぶ印――封印完成の鍵となる調和の紋章。


『……これで、すべての精霊がそろった。あとは、封印の中心へ至り、儀式を行えば……ザイヴァルドを完全に封じることができる』


 フィノが真剣な口調で言う。


『ただし……それは、命を賭ける戦いになる。奴はもう、完全に目覚めつつある。今度こそ本体が動く』


 静かに覚悟を問うような言葉だった。


 だが蓮は、恐れることなく答える。


「わかってる。逃げない。もう決めたから」


 エルセリアも、そっと手を重ねた。


「私も、一緒に行くわ。最後まで」


 調和の地で得た絆は、何よりも強かった。


 そしてその絆が、やがて世界を救う光となる――

 誰もが、それを確信していた。


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