↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/12

始原の環

 森の奥深く。

 すべての光と闇が交差する、神話にすら語られぬ地。そこに、始原の環は存在していた。


 静寂に包まれた空間に、一歩足を踏み入れた瞬間、蓮の視界がゆらりと揺れた。


 そこは森の中でありながら、もはやこの世界とは異なる――そう感じさせる場所だった。


 地面には紋様が刻まれ、中心に向かって幾重もの環が広がっている。

 環の間には、浮遊する小さな光が無数に漂っていた。まるで星のかけらが、息をしているかのように。


「……これが、始原の環」


 エルセリアの声は、ひどく小さかった。


「すごい……空が、近いような、遠いような……」


「ここは、精霊界と現界の狭間にある場所。調和の核が眠る地よ。蓮……あなたがここに入れたのは、精霊と契約した証。そして心が、精霊に届いた証でもあるわ」


「……そっか。俺、ちゃんとここに来られたんだな」


 言いながら、蓮は不意に背筋が伸びるのを感じた。

 足元の環が、ふわりと光を放ち、彼の存在に応えるように震えたのだ。


『おい、気を抜くなよ。ここは力の中心だ。何かが目覚めようとしてる』


 フィノの声に、蓮もエルセリアも表情を引き締めた。


「……封印を完成させる準備は整った。でも、その分だけ――」


「……来るよな、あいつが」


 ザイヴァルド。

 古代から続く魔族の王。反調和の化身にして、世界を歪ませる存在。


 封印の儀式が始まれば、奴は必ずそれを阻止しに来る。

 それがここ、始原の環において、最後の戦いとなるだろう。


 だが。


「怖くないのか?」と、フィノが小さく尋ねる。


 蓮は、ふっと笑って答えた。


「そりゃ怖いよ。でも、俺……この世界が、好きになったんだ」


 森の匂い。星の輝き。

 エルフたちの静かな暮らし。セリオンのまっすぐな言葉。イーリスの屈託ない笑顔。

 そして――エルセリアのぬくもり。


「守りたいって思えるものがあるから、ちゃんと戦える。たとえ運命でも、抵抗してみせるよ」


「……それでこそ、蓮」


 エルセリアが静かに微笑む。


 彼女はゆっくりと歩き、環の中央に立った。

 蓮もそれに続くように、対の位置に立つ。


「封印の儀式を開始するわ。蓮、手を取って」


「うん……」


 二人の手が重なる。


 その瞬間、環全体が輝きを放ち、周囲の空気が震えた。

 天空へと光が昇り、森のすべてがそれに応える。


 精霊の囁きが、風に乗って届いてくる。


 ――調和の鍵よ。心の在りかを示せ。


 ――世界を導く光となれ。


 エルセリアが低く、歌うように詠唱を始める。


「風よ、光よ、大地の根よ……我らの想いに応えて、境界を閉じたまえ……」


 光が一層強くなり、蓮の胸の紋章が輝いた。


 だが――そのとき。


「……ようやく見つけたぞ、鍵ども」


 空気が裂けた。


 闇が逆巻き、あらゆるものを飲み込むかのように、ザイヴァルドが姿を現した。


 漆黒の甲冑に包まれ、目は赤い炎のように燃えている。

 空間そのものが彼の存在にひずんでいるのがわかった。


「間に合ったか……いや、間に合わせたと言うべきか」


 ザイヴァルドの口元が、禍々しく歪む。


「貴様らの調和など、無意味だ。世界は常に混沌と共にある。我が力こそが真理――滅びこそが、進化なのだ」


「そんなの、勝手な理屈だ!」


 蓮が叫ぶ。


「人は、生きて、愛して、笑って……そうやって世界を作ってきた! そんな希望を、あんたなんかに壊させるか!」


「ならば見せてみろ。お前のその小さな意志が、我に届くというのならばな!」


 次の瞬間、ザイヴァルドの手から巨大な黒い槍が放たれた。


 それは、空間ごと焼き尽くすような攻撃。


「蓮、避けて!!」


 エルセリアが彼を突き飛ばす。


 爆発音。まばゆい光。大地が裂けるような衝撃。

 蓮は弾き飛ばされ、視界が白く染まった。


「……エル……! エルッ!!」


 必死に手を伸ばす。

 だが――彼女の姿は、煙の中に消えていた。


「――エルッ!!」


 煙の中、蓮は転がりながらも必死に立ち上がった。

 周囲は黒く焼け、始原の環の光は乱れている。だが彼の視線は、ただ一人を探していた。


「どこだ……エル……!」


 視界が揺れる。瓦礫の向こう、倒れ伏す銀の髪が目に映った。


「エル……!」


 駆け寄る。彼女はぐったりと地面に横たわっていたが、かすかに呼吸している。


「……無事でよかった……!」


 その時、目を開いたエルセリアが、ゆっくりと囁いた。


「……どうして……避けなかったの、蓮……」


「そんなの、決まってる。君を守りたいからに決まってるだろ」


 震える声で、彼は彼女の手を取る。


「……本当に……馬鹿な人間ね」


 言葉とは裏腹に、エルセリアは微笑んだ。

 その顔に、これまでにない柔らかさがあった。


「……私は、長い間……誰かと想いを分かち合うのを怖れてきた。失うのが、怖かった。だから、恋なんて意味のないものだと思ってたの」


 彼女の手が、蓮の頬に触れた。


「でも……今なら、わかる。あなたに出会って、私は……もう、ただの長寿のエルフじゃない」


「エル……」


 蓮は、何も言わず、その手を両手で包んだ。


 ――だが。


 背後で、ザイヴァルドがゆっくりと歩いてくる音が響いた。


「美しい情景だな。だが……無意味だ。貴様らは敗北する。調和の鍵を砕けば、この封印は破られる」


 空間が歪む。

 ザイヴァルドの手に再び、漆黒の槍が形作られていく。


『蓮! もう時間がない! あいつの攻撃を受ければ、今度こそ――』


「……わかってる、フィノ」


 蓮はゆっくりと立ち上がる。


「でも、もう逃げない――俺は、ここで終わらせる」


 その目に、迷いはなかった。


 エルセリアもまた、弱った身体を支えて立ち上がる。


「蓮。封印の中心に、あなたが立って。私は、儀式の構築を完成させる」


「でも……それって、君の命が――」


「違う。今ならわかる。命って、ただ長く生きることじゃない。誰かと、何かを信じる時間のことよ」


 微笑むエルセリアの目には、涙が浮かんでいた。


「だから、私はあなたと生きたい。この世界を終わらせないために、共に立つわ」


 蓮は、静かにうなずいた。


 二人が環の中心に立つ。

 光が渦を巻き、精霊たちの囁きが空を満たしていく。


 ザイヴァルドが迫る。


「ほざけ……愚かなる者ども。ならば、お前たちの調和ごと、我が闇に沈めてやる……!」


 暗黒の槍が放たれた。


 だが――次の瞬間、蓮の紋章が閃光を放ち、環全体が輝いた。


 精霊たちの声が、空を満たす。


 ――調和は、ここに結ばれた。


 ――二つの心が交わる時、封印は真となる。


 エルセリアが、最後の詠唱を告げた。


「――我が想いよ、世界の理と共にあれ。蓮と共に、生きる未来を選ぶ!」


 光が爆発するように広がった。


 ザイヴァルドの攻撃が、光に触れた瞬間、砕け散る。


「ば……馬鹿な……なぜ、我が力が……!」


「俺たちの想いは、あんたの破壊より強いんだよ!」


 蓮が叫ぶと、世界の中心から無数の光が空へと昇っていく。


 闇が引いていく。ザイヴァルドの姿が、封印の光に包まれていった。


「ぐあああああああああっっ……!!」


 絶叫と共に、魔族の王は消滅し、空には静けさが戻った。


 ――封印、完了。


 始原の環の中央に、蓮とエルセリアが立っていた。


 まだ手をつないだまま。

 お互いの存在を、確かめるように。


「……終わったのか……?」


 蓮の問いに、フィノがふわりと肩に乗った。


『ああ。見事だったな、調和の鍵と、その心の伴侶』


 エルセリアはそっと、蓮の肩に頭を預けた。


「ありがとう、蓮……あなたと出会えて、よかった」


「……こっちこそ。君がいてくれたから、俺はここまで来られた」


 世界が、再び静かな息を吹き返していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。