8.願いが理想に直結することはあまりない
「いい雰囲気のところすまないんだが···」
そうおずおずと声をかけられてバッとフィルから離れる。
「別にいい雰囲気とかじゃありませんでしたけど!?」
と反射的に反論するが、なんとも言えない表情のアルフォード様が無言で見てきたのでそれ以上私も何も言わなかった。
た、確かに今それどころじゃないのは間違いないし···!
フィルに釣られて赤くなりつつあった顔を左右に振って、気を取り直す。
小屋に敵が四人、こっちは戦力一人と未知数だけど万一怪我でもしたら責任問題の発生しそうな爆弾一人に足手まといの私だ。
あれ、まずい?
どうしようかな、と考えていると突然フィルが提案する。
「とりあえず小屋燃やす?」
「燃やす!?」
「僕なら小屋だけ燃やせるよ?」
普通に出来そうだから怖い···!
そんな時、小屋の中から大きな音が響いてきて。
「ッ!」
「あっ、アルフォード様!?」
爆弾フォード様が小屋の扉を開けて飛び込んでしまい、慌てて私たちも後に続く。
小屋の中には、ガラスのブーツを抱き抱えて部屋の奥に追い詰められているメアリさんと、それを囲むように立っている男が3人、壊れた椅子と倒れた男が1人だった。
状況的にメアリさんが椅子で殴ってガラスのブーツを奪い返したという事だろうか、思ったよりお転婆···っ
追い詰められてはいるがメアリさんに怪我などは無さそうで安心する。
しかしドアから3人が飛び込んできた事で慌てたのは強盗の方で。
「な、なんだ!?」
「来るな!」
「くそっ」
思い思いに叫んだかと思ったら、一人が真っ直ぐメアリさんに飛び付き刃物を押し当てた。
「メアリさんっ!」
冷たい刃物を喉元に感じて一気に青ざめるメアリさんは、それでも気丈に振る舞ってしっかりとガラスのブーツを守るように抱えていた。
「彼女を解放しろ」
静かに響いた声はアルフォード様のもので。
それはフィルの魔法に驚いた時とも、最初にかけてきた声とも違う凛とした響きだった。
大きな声ではないのに、その一声がその場を支配するようで強盗も思わず黙りこむ。
「目的はそのガラスのブーツか?」
重ねられる質問に、少し顔を見合わせた強盗達。
「····そうだ、これだけの透明度のあるオブジェだ、高く売れる···」
そりゃ高く売れるだろう、恐らくそれこの国の宝だし。
「いくらだ?」
静かに聞くアルフォード様は、おもむろに小さなウエストポーチのような鞄から大きな宝石をいくつか出して。
「それは私の一存で渡せるような代物ではない、代わりにこれを売ればいい。彼女を無事に返してくれるならばこの宝石は全て渡そう」
その宝石の数々に強盗達はゴクリと生唾を飲んだのだが。
「つ、つまりこのガラスのオブジェはその宝石以上の価値で売れるってことか···?」
引き際を見誤った強盗が欲を出し、アルフォード様から痛いくらいの静かな怒りが溢れる。
しかしそんな変化に気付かない強盗はニヤニヤ笑いながらメアリさんに突き付けている刃物に力を入れてきて。
「ひ···っ」
小さく声を上げたメアリさんに反応するように宝石を一つ掴んだアルフォード様が、強盗の眼球をめがけて投げつけ、自身を盾にするようにメアリさんを庇いながら無理やり引き離す。
「ッ、く、そ···!」
「ダメッ!」
片目を押さえながらすぐに刃物を二人に振りかぶった強盗だったが、パチンという音がして他の強盗共々動きが静止した。
アルフォード様はそのままメアリさんを背に庇いながらガラスのブーツを掴み、静止した強盗の頭を思いっきり殴って。
「ちょっ、そのガラスのブーツは···っ!」
ガシャーンッ!
大きな割れる音を響かせて強盗の頭でブーツが粉々になった。
「王家の···家宝なんじゃ·····っ!」
静止した強盗はそのまま立ったまま意識を失っている。
というか、フィルが静止させた事に気付いたならそのまま拘束すればガラスのブーツも無事だったんじゃ···と思ったが、メアリさんが泣き崩れてそのツッコミは言葉には出来なかった。
「申し訳ありません、私のせいで家宝のガラスのブーツが···!」
「構いません、それに貴女はガラスのブーツを必死に守ってくださっていたではありませんか」
壊したのは私です、とメアリさんの涙をそっと指で拭うアルフォード様に、その通りだなぁと思いながらぼんやり眺める。
「このガラスのブーツは運命の人へ導いてくれるという魔道具なんです。そして私は貴女に出会った」
「運命の人····?」
“あ、あれ、もしかしてもしかしなくてもやっぱりこの流れは?”
ハッとしてフィルを見上げると、せっせと強盗を拘束して並べていた。
並べてる場合じゃない、フィルのお嫁さん候補が···っ!
慌ててフィルの元へ駆け寄ろうとした時には既に遅く、そうだよねと言いたくなるような予想通りのセリフが聞こえる。
「拾って下さった親切な心、体を張って守ろうとして下さるその勇気、そして今流れる清い涙に心打たれました。どうか私と結婚して下さい」
「わ、私で···良かったら···!」
「アァーーーーーッ!!!」
「わぁ、綺麗にまとまったねぇ」
恐らく密かについていたのだろうアルフォード様の護衛が駆けつけ強盗を引き渡し、街に戻る。
そしてもちろんメアリさんをアルフォード様はパレードの馬車にエスコートして。
「カボチャの馬車じゃん···」
結局どっちがシンデレラ役だったんだとか、微妙にパロってこないでよとか内心盛大に文句を言いつつ、なんだかんだで幸せそうに笑い合う二人に拍手を送った。
「てゆーかあのゲージ結局なんだったのよ、せめて何のゲージかくらい表記してよね」
そう思わず呟くとメアリさんのゲージの下にジジッと文字が浮き出てきて。
【親切度】
「·····ッ!?」
し、親切度!?好感度じゃなく!?
思わず深くため息を吐く。
確かにメアリさんの親切心はカンストしてた···納得のゲージ···
「そんなゲージ要らなかったんだけど!!」
一人叫ぶとゲージが全て消え、そしてゲージの消失と共に私の元気も消え失せた。
「リナ疲れた?そろそろ帰る?」
少し心配そうに覗き込むフィルに、次こそはフィルのお嫁さん見つけるからね!と約束する。
「今は失恋したてで次とか考えられないかもしれないけど···」
「えっ、失恋って!?」
ぎょっとしたフィルの勢いに少々驚きつつ、メアリさんをじっと見ていた事を指摘したら。
「それ勘違いだから!!メアリさんじゃなくて、これ···見てたんだよ」
そっとフィルから渡されたのは、革ひもで作られた髪飾りで、飾りの真ん中にらシルバーの羽がつけられていた。
「リナの黒髪に似合いそうだなって見てただけ!」
「じゃあ、私の勘違いなんだ···?」
そう思うとなんだか胸に温かいものが広がったように感じて髪飾りを抱き締める。
「ありがと、フィル···」
ぼそっとお礼を伝えると、じゃあ帰ろうかと手を伸ばされた。
その伸ばされた手に自分の手をそっと重ねると、もうそこは私達の家の前で。
「あれ、そういえば王子様とメアリさんのところに転移した時はアルフォード様とフィルって手を繋いでなかったわよね?」
ふと思い出しそう聞くと、にっこり笑ったフィルと目が合う。
少しの沈黙の後、フィルはしれっと部屋に入りながら「だって初デートだったから」と爆弾を落として行ってしまって。
「な、で、デートなんかじゃないからッ!」
一人庭に残されそう叫ぶ。
じわじわ頬に集まる熱を無視して、もぉっ!と一人言ってみるが顔が赤くなるのは止められなくて。
仕方なく家の周りを熱冷ましがてら歩くのだった。