7.恋とは落ちるものではなく落とすもの
ガラスのブーツを大事そうに抱き抱えたメアリさんに声をかけたのは、服装こそは確かに平民のソレっぽいのだが。
「どう見ても布の質がいい!!!」
思わず叫んだのも仕方ないと思えるほど汚れ1つないその服を着たその青年は、黒に近い髪色で瞳は金色。
ちなみに靴は履いている。
「申し訳ありませんお嬢さん、そのブーツは我が家に代々伝わるものでして···」
「まぁ···!」
ツッコミどころしか感じないその会話が普通に流れて驚く。
ブーツが家宝ってとこも、そもそもガラスのブーツも何もかもおかしいしこんなところに落ちる意味もわからない。
そしてその事実を聞かされて、まぁ!の一言は私には言えない。
私なら、はぁ?である。
もしかして私の感覚がおかしいのかとフィルを見ると、「なんで家宝がここに落ちてるんだろうねぇ」とのほほんとしていたので、温度差は感じるが一応私の感覚は間違ってないようで安心した。
そしてガラスのブーツがここにあるということは私の魔法で家宝がガラスのブーツに歪められたのか、本当にガラスのブーツが家宝だとして、その家宝をここに瞬間移動させてしまったかのどちらかなのだろう。
そしてシンデレラもどきの可能性があるということは···
「め、メアリさん、もしかして義姉が二人と継母がいたりする?」
「え?いえ、私にはおりませんが···」
その回答を聞き、考えすぎだったかと思ったのだが。
「義姉はいないが継母ならいるぞ、3人」
「さ、んにん···」
合計人数は合っているが色々おかしい、さすがに段々処理できなくなってきて思わず明後日の方向を見た時にふと気付く。
「···あれ、メアリさんのゲージ···」
恐らく王子だろう青年と話している時もピンク一色だったのだ。
“え?王子様にも好感度MAXなの···?”
確かに王子(仮)も顔がいい。フィルも顔がいいし、メアリさん面食い?
思わず王子(仮)とフィルの顔を見比べてしまう。
そんなリナに気付いたフィルは少し不思議そうな顔をしながらリナの顔を覗き込んできて···
「くっ、二人とも甲乙つけがたいかも···っ」
「えっ!顔!?顔の話!?リナは僕の方がいいよねっ!?」
と思わず眩しいものを見た時のように目を手で覆いながら呻いてしまった。
二人してそんなアホな会話に気を取られてしまったせいだろう。
パカラッパカラッと何頭かの馬が近付く音に反応が遅れてしまって···
「きゃぁぁあ!!」
「っ!?」
慌てて声の方を向くと、ガラスのブーツを横から奪った強盗と、その強盗の馬にしがみつくメアリさんが目に飛び込んできて。
「メアリさんっ!!」
「危ない!すぐにその手を離すんだっ」
「だ、ダメです、だってこのブーツは家宝だって···!」
そう叫びあっていると、強盗が大きな舌打ちをしてメアリさんの腰を掴むとそのまま馬の速度を上げ、あっという間に見えなくなってしまった。
「そ、そんな、す、すぐ追わなくちゃ···!」
突然の出来事でオロオロするしか出来ない私を突然フィルが抱き締めてきて。
「大丈夫だから落ち着いて、リナ」
でも、とかだって、と上手く話せないでいる私の背中をトントンと優しく叩き落ち着かせてくれる。
「今リナが落ち着かないと、君の魔法が変に発動しておかしなことになるかもしれない。馬にしがみついたメアリさんを払い落とすのではなく掴んでそのまま連れ去ったということは、最低限の良心は持っているタイプだ、すぐに殺されることはないと思う」
ゆっくり噛み砕くように説明され、動揺が少しずつ落ち着いてくる。
フィルの言うように強盗達の目的はガラスのブーツだったのだから、危害を加える気があるならあのまま馬から落としてしまえば良かった。
それをせずに彼女ごと連れ去ったというならば、少しは猶予があるのだろう。
「そ、うね···ありがとう、フィル」
詰めた息をなんとか吐き、深呼吸しながらフィルに伝えると抱き締められた腕がそっとほどかれた。
「でも彼女が危険な事は間違いないから、助けに行かなきゃだわ」
「僕が魔法で追跡するよ、メアリさんの魔力覚えたから辿れるし」
そう平然と答えるフィルに、なんだかチクリの胸が痛む。
「?」
でもその痛みに心当たりがなくて。
「リナは危ないから、えっと···」
ちらりと王子(仮)に視線を流したフィルに気付き、アルフォード・メイビス三世と名乗ってくれた。
三世って···絶対尊い御方やん···と心の中でつっこんだのは内緒だ。
「アルフォード様と一緒に安全なところで待機していてくれる?」
そう控えめに伝えてきたフィルに、最初に首を振ったのは意外にもアルフォード様で。
「彼女は我が家宝のせいで拐われてしまったのだから、私が行くのが筋だろう」
危険だから、とか正直フィルだけの方がいいのではなんて言えないくらい真っ直ぐ射貫くように見つめられ何も言えなくなってしまう。
そしてそれはフィルも同じだったようで。
「···わかりました。リナもいいかな、君を一人置いておくことは出来ないから一緒に来てもらうことになるけど」
「私は大丈夫」
万が一の時にはこの魔法で全員ひれ伏せとか全力で願ってやるわ!と力強くフィルに伝えると、リナの方が魔王っぽいよねと笑ってくれた。
「魔法で転移します、近付いて貰えますか」
とフィルに言われ、アルフォード様も強く頷き近付いて来て。
強い光が出たかと思うと、もうそこは森の中だった。
「あそこの小屋にいるみたいだ、メアリさんと、あと四人の気配があるから強盗が少なくとも四人小屋の中にいるね」
「き、君はそんなこともわかるのか···!?」
金色の瞳を目一杯開き驚いているアルフォード様を見てきょとんとしてしまう。
その瞳には驚愕と恐れが現れていて。
「そもそもこの人数の転移とか、君はどこかの大魔法師か何かなのだろうか···!?」
そこまで言われてハッとする。
私はフィルしか会わなかったからフィルの魔法がどこまで凄いのかいまいちわかっていなかったが、この驚きからしてそもそも普通は出来ないことばかりなのだろう。
“さすが自称魔王なだけあるんだなぁ”
なんてフィルの方を見ると、微笑んでるフィルが目に入る。
「ふ、フィル!」
「リナ?」
「あなたの魔法は確かに凄いけど、あなた自身が特別な訳じゃないから!」
「へ?」
思わず声を張り上げたものの、なんだか間違えた気がして慌てて言葉を重ねるが上手く表現出来なくて。
「えっと、その、あなたの魔法は、人とは違うのかもしれないけど、フィルは普通···っていうにはちょっと顔が良すぎる気もするけど、そうじゃなくて···」
どうしよう、なんて言えばいい?
焦れば焦るだけ上手く言葉に出来なくてもどかしさを感じる。
「フィルは、フィルだから、怖くないっていうか、変じゃないっていうか!だから···そのままで、いい、からね?」
アルフォード様が驚愕するくらいの魔法を簡単に使えるフィルは、今でこそこの力を制御しているが幼い時はそれも出来なくて。
それはつまり、ずっとこの“異質”で“恐ろしい”ほど巨大な力に向けられる奇異の目と敵意を一身に受けてきたということだ。
その結果彼はずっと一人で···
「私が出会ったフィルは、その力込みのフィルなんだから···」
だから、その驚愕にも恐れにもこれ以上慣れないで欲しくて。
そんな顔を向けられて微笑んでなんて欲しくなくて。
「そのままのフィルが、フィルなんだからね?」
少しでも伝わって欲しくて、でも上手く言えないのが苦しくてフィル袖をきゅっと掴んでそう伝えながらフィルの顔を見上げると。
「····っ!」
真っ赤になったフィルがそこにいた。
「ふ、フィル?」
「い、今のは反則じゃ、ない···?」
そう呟いたフィルは掴まれている反対の腕で顔を隠すようにしながら私から顔を反らして。
「····ありがと、リナ」
聞こえるかどうかギリギリくらいの小さな声でそう伝えてくれた。