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郷国の護り人  作者: 水花光里
9/23

母愛美の幸せは…?

まだ若い静音に結婚は早いよねえ。

             母愛美の幸せは…?                 

 

結局のところ、中沢君が、人殺しに加担していたなんて、静音には、信じられないことだった。

 どうしてそんなことになったのか、疑問だらけだ。

 納得がいかないが、中沢君を捕まえて問い詰めることも、もう出来ない。

 中沢君は、静音の知らない遠いところに投獄されたようだ。


 詳しいことはわからなったが、どこでどうしているかなんて興味もなかったから詳しく聞きもしなかった。

 ただ、もう、中沢君に振り回されることも、皐月ちゃんに危害が及ぶのではないかとの心配もなくなった。


 今の静音には、中沢君のことよりも頭を悩ませる問題があった。

 海斗との結婚は、先延ばしにはできないのじゃないかと思う。

 海斗は焦らなくてもいいと言ってくれるけれど、郷国の護り人なんて任務を背負っているなら、一刻も早く後継ぎを作らなければいけないのではないだろうか。


 自分の気持ちを優先させていいとは思えなかった。

 今まで考えたこともなかった、重い責任が、静音にのしかかっている。

 そして、結婚を選べば、母を一人ぽっちにしてしまうしかない状況がある。

 もちろん海斗との結婚が嫌なわけじゃない。海斗が好きだし結婚したい気持ちはある。でも、もう少し母の側にいたい。                

 そう思うのはわがままなのだろうか。


 母が幸せに暮らしていると、安心してから結婚したい…。        

 ところで、母の幸せって、いったい何だろう? 

 今は、父を失くして、私のために生きていてくれてるような母にとって、幸せと思うことがあるんだろうか? 

 まさか、仕方なく生きてるなんて言われたらどうしよう。


 静音は、不安になって、愛美に聞いてみる。 

「ママは、何が一番うれしい? こうなったらいいなとか思うことある?」

「え? ママが嬉しいこと? うーん、静音が幸せなことかな? この間の七夕の時みたいに。すごかったよね。ママすっごい感動しちゃった。静音が、沢山のお客様の前で歌っていて、すごく楽しそうで、ママも嬉しくなっちゃった。静音が、皆に愛されてるって。私まで幸せな気持ちになったな。それに、静音今まで、何かに成りたいなんていったこと無かったけど、今、歌姫になりたいって、がんばってるの見てると、良かったなって、静音は、ちゃんとやりたいものを見つけてくれて、ママ肩の荷が下りた気分だよ。パパに見せてあげたかったな」

「あの時は、驚いたけど、私も楽しかったよ」


 あの夜のことを思い出すと、今でも、血が騒ぐ感じがある。あんなふうに、沢山の人に喜んでもらえることが、ママも幸せにするのか!

 結婚して、やめるわけにいかないじゃない…。 


 今は亡き父の変わりに母を幸せにできるのは自分しかいない。

 私はパパの変わりに母を幸せにしなきゃ、母がかわいそうすぎる。パパだって浮かばれないよ。


 結論は出ないが、とりあえず母が喜ぶことは頑張ろうと思うう。

 海斗は、静音の気持ちを分かっているようで何も言わない。

 静音の気持ちを優先してくれようとしているのだろう。


 静音が、そろそろ退勤の時間だと時計を見ると後十分ほどあった。明日のためにかたずけと掃除でもしようかと思っていると、突然、中年の男性が入ってきた。

 静音はびっくりして、声をかける。

「こんにちわ。どちら様でしょうか? お約束のない方の入室は、ご遠慮いただきたいのですが」

 静音がそう言うと、その男はじろじろっと静音をなめるように見る。

「市川が来たと言えば、諏皇さんにはわかるはずだ」

 そういうと、どさっと、ソファに腰かけた。あ、確か、この間海斗に結婚のことで文句を言っていた人だと思った。


「かしこまりました。ただ今お伝えいたします」

 静音は、電話を取って、海斗に伝えると、海斗は呆れたようにため息をついてわかったといった。


 海斗は、オーナー室から出てくると、静音に言った。

「一之瀬さん、今日はもう上がってください」

「はい…。では、お先に失礼します」

 そう、挨拶して応接室から出ようとすると、市川と名乗った男に止められた。

「待ちなさい。君が、突然現れた一之瀬の娘と名乗る女だな」


「え?」

 あまりに失礼な物言いに、静音は耳を疑った。

「市川さん、その言い方は失礼ではありませんか」

 海斗が憤慨して抗議する。

「本物だという証拠はあるのかね」

「もちろんです。血液検査の結果も出ています。先日お見せしたはずですが、まだ納得いただいてないのですか」

「あ、あんなものは、偽造すれば、いくらでも…」

「彼女には知らせずこちらで勝手に調べました。そのことさえ知らなかった彼女に何ができるというのですか」

「…。」


 市川は、言葉に詰まって黙り込む。

「とにかく、お話することは、もうないはずです。市川さんのお嬢さんも、納得してくれていますので」

 ん? 何の話だろう? 市川さんのお嬢さん? あ、もしかして、コンシェルジェの市川さん? 確か、海斗の婚約者候補として一番だった人? 


 実は、コンシェルジェの市川さんとは、最初に来た時に声をかけられて、色々相談に乗ってもらっていた。

 最初は、探るような雰囲気だった市川さんが、少しづつ親しく話してくれるようになって、後から、海斗の婚約者候補だったと知った。

 ほんの少し気まずい思いをしたこともあったけど、市川さんは、私を認めてくれて、今では応援してくれている。

 朝の、花壇の水やりも、よく一緒に手伝ってくれる。


「一ノ瀬の血筋が本当なら、どうしてすぐに結婚しないのだね。何かわけがあるのじゃないのか」

「訳などありません。結婚は僕と静音の問題です。誰からも指図は受けません。問答無用です!」

 海斗が強く言いきると市川さんは、しぶしぶ帰っていった。


 静音は、ほっと息をついた。

「静音ごめん。驚いただろ。分かってないかもしれないから、言っておくけど、僕と市川のお嬢さんとは何も関係ないよ」

「うん。大丈夫分かってる。コンシェルジェの市川さんだよね。彼女のお父さんだったんだね。この間も来ていた」


「ここのところ当主が皆、早くに亡くなっているからね。僕がすぐにも、後継ぎを作らないのが気に入らないらしい。一之瀬家の役割も本当の意味では分かっていないだろう。仕組みも、何も知らないから、もし後継ぎができないなら、お嬢さんを娶れとか言われそうだ」

「後継ぎについては、本当に知っている人いないんだね」

「説明されて、信じられる内容でもないからね」


「一之瀬のおじさんは、知っているような雰囲気だったけど、黙っていた方がいい?」

「一之瀬のおじさんも、何となく言い伝えで聞いてはいると思うけど、イザナギのことまでは知らないと思う」

「海斗は、やっぱり、すぐに結婚したい?」

「静音は、愛美さんを一人にしたくないんだろう。大丈夫分かっているから」


「ママにね、聞いてみたの、ママどんな時に幸せかって。そしたらね、私がステージで、皆に喜ばれてる姿を見るのが幸せって言うの。それで、じゃあ、歌姫としてがんばるしかないって思ってたんだけど、それって、海斗の気持ちを後回しにすることになるんだよね。ごめんね」


「静音、そんなにあせって結婚しなくても僕は、大丈夫だよ」

「でも、この間みたいに何時も攻められていたんでしょう」

「あんな事は慣れてる。なんでもないよ。それより、今すぐというわけじゃなくても結婚することは納得いってるの? 君は、覚悟は出来てるの? 僕と結婚したら、もう、後戻りは出来ないよ。後で後悔しても戻れない」


 最近静音が、責任を感じて気持ちが沈んでいたことを気にしていたのだろう海斗は、静音を放すつもりもないくせに、でも、優しいから、ついそんなことを言ってしまうのだ。

「後悔なんて、その時に思い切り悔やんで、その時どうしたら良いか考えれば良いんじゃない? だって、先のことなんて、何があるのか、その時になってみないと解らないもの」

 海斗は、驚いたように静音を見て笑い出す。


「そういうところ、やっぱり愛美さんの娘だね。かなり前向きだ」

「逆の時もあるんだよね。考えすぎちゃって、動けなくなるの。よく皐月ちゃんに叱られるの」

「どっちも君なんだね。答えを決めたら、ひたむきに突き進む人だ」

「結婚に対して、前向きに考えてくれたことはとてもうれしいよ。そう遠くないうちに、君を花嫁として迎える。でも、今は愛美さんを喜ばせるためにも、初ステージに全力を尽くそう」

「海斗、いいの?」

「もちろん。言っただろう。僕には静音のお陰で、時間が出来たって。焦らなくても大丈夫。ゆっくり行こう」




     ホテルマリオン歌姫誕生


 時雨の出番である秋の味覚フェアーも無事に終わり、季節は冬に向かい、フランス料理に切り替わる。

 十二月を間近に控えた合同練習で、海斗は静音に言う。

「静音の初舞台を、クリスマスにしようと思うんだ。静音の誕生日だし、ちょうど良いだろ」

「きゃー! やった!」

 時雨が、はしぃで、静音に抱き着く。海斗がムッとして時雨を引きはがした。

「ケチね、ちょっとくらいいいじゃない」

 時雨が不満そうに言う。

「駄目、静音の抱き心地は、僕だけが知っているべきものだ」

 時雨と海斗が言い合っているのを無視してハリが言う。

「誕生日と、クリスマスと、初ステージ、忙しいですね」

「一日で全部だ!」

 颪も、目を丸くして驚いたように言う。


「大丈夫かな…。まだ早くない?」

「良いんじゃない。大丈夫よ静音。七夕の時も、反響よかったし、あの時より、さらに旨くなってるわよ。それに、誕生日の上、クリスマスなんて、ロマンチックだわ!さすが海斗様」


 クリスマスディナーショーの告知がされると町中がざわめき立った。結果的に、静音の存在を皆に知らしめることになったからだ。

 ディナーショーの歌姫一之瀬静音の名前は、それだけで、諏皇海斗の婚約者だろうと、ささやかれた。


一之瀬の家に娘はいなかったはずなのにどこから出てきたのかとか、色々なうわさがささやかれた。

 静音は、父の会社のことなど、色々言われるのではないかと少し不安だったが、海斗が、静音を、アメリカ育ちの帰国子女と情報を操作したおかげで、父の会社のことは、知られずに済んだ。

 帰国子女と言えるほどアメリカにいたわけではないが、そこは濁していた。


 


 その日は、朝から慌しかった。朝早くに時雨に急き立てられ、静音も、愛美も、二人でホテルの美容室に連れていかれた。

 二人並んで鏡の前に座らされる。

「愛美さんだって、綺麗に着飾らなければ、せっかくのクリスマスですもの」

「静音は、昼食食べたら、ディナーショーのリハーサルがあるわよ。愛美さんも見たいでしょう?」

「見たい! 見てもいいの?」

「特別ね。だから、急いで支度するのよ」

「うん。分かった!」

 愛美は上機嫌で頷いた。


 静音は、ディナーショーの事を考えると、緊張が高まった。それと同時に、沢山の笑顔に出会えるだろうかと楽しみでもある。


 午後七時、ホテルエミオンのショータイムの幕が上がる。

 静まり返った客席にピアノの音が流れ始める。人々は、息を呑んでその音に聞き入る。

 

 続いて、暗闇を照らすように柔らかな歌声が響き渡る。スポットライトが歌姫を照らし出すと、一斉に観客の拍手が沸き起こる。

 今日の静音の衣装は、ウエディングドレスを思わせるような、真っ白なふわふわのドレスに、小さなティアラと、短いベール。空から舞い降りた雪の精霊の花嫁のようないでたちだった。


 静音の初ステージを見守る観客の中に、母と一緒のテーブルに皐月や、一之瀬親子の姿も見られた。

 静音の優しく響く声は人々を魅了する。心地よく響く優しい音色に、誰もが言葉を失くす。

 優しく響くピアノの音色と静音の声は、心に染込んで暖かい光りを生み出してくれるようだった。

 開場から、息をするのも忘れて聞き入っていた人々のため息が漏れる。


 ベース、ギター、ドラムが混ざり、一気にステージは盛り上がりを見せる。

 曲調は、アップテンポに変わり、静音の声も、快活な声音こわねに変わる。

 開場に響き渡る静音の声に人々は圧倒される。

 今までの優しい声とはまったく違った、体の中が沸騰するような、熱い感情がわき上がる感覚に興奮する。


 高揚する人々の笑顔が、静音の心に熱く染込んでくるようだった。

 開場中の沢山の人々の熱が伝わってくる。

 鳥肌が立つ程嬉しい! 

 歌ってすばらしい! 

 嫌な事なんか、全部忘れられる! 

 

 人々の歓声と拍手をいっぱいに浴びて、心の其処から思う。

 私は、この場所で歌い続けて行きたい!

 静音は、心の中で叫んでいた。

 愛美も、皐月も、皆が静音の姿に魅せられていた。


 一体何時から静音は、こんなに立派な歌姫に成長していたんだろう。

 すばらしい演奏人に混じって、見事に溶け込んで一体になっている。

 その堂々とした姿は、少しも引けを取っていない。

 客席でその姿を見ながら、愛美と、皐月は溢れる涙をとめることができなかった。


 一之瀬親子は、言葉も無くただひたすらに見入っていた。

 ステージが終盤に向かったころに、海斗がピアノの前から立ち上がり、静音の隣に立つと、 何事かと、客席がざわつき、どよめいた。

「本日はホテルマリオンのショータイム。クリスマスの夕べにお越しくださいまして、ありがとうございます。本日誕生しました歌姫をご紹介したいと思います」

「ホテルマリオンの歌姫、一ノ瀬静音です」

 会場から歓声と拍手が沸き起こる。


 静音は、うれし涙をこらえて丁寧にお辞儀をした。

「彼女は、いずれ、私の伴侶となり、末永くこのホテルマリオンを支えて行ってくれると思います。皆さんもどうか、静音を温かく見守ってくださいますようよろしくお願い致します」

 これは、正式な婚約発表と言える。既に皆が知っていただろう。町中があれだけお祝いムードなのだから。


 静音のことを見定めようと意気込んでいたやからも、既にそんな事は忘れて、最初の一声で、虜になって静音の歌に聞き入っていた。

 開場は、割れるような拍手でおめでとうの声が上がった。   

 静音は、客席を見回す。母が誇らしそうに笑っていた。

 隣で皐月ちゃんも、うれしそうに笑っているその隣に真一さんと、おじさん、皆の拍手が、だんだん、アンコールの掛け声に代わっていった。


 静音は、海斗を見る。

 海斗はうなずいて、ハリに合図を送ると、ドラムがリズムを刻み始めた。

 そして、ベース、ギター、海斗が戻ってピアノが、警戒なリズムを奏でる。

 これは、クリスマスソングだ。

 静音は、海斗から受け取ったマイクを持ち上げて歌う。


 皆立ち上がって、楽しそうに手拍子で盛り上がった。

 会場全体が熱気でむせ返っていた。

 今年のクリスマスは、きっと忘れられない思い出になるだろう。

 この会場にいる人たちにとっても、楽しい思い出の一ページになったらいいなと思った。


 クリスマスディナーショーの後の展望レストランは、従業員に開放され、打ち上げと忘年会が催された。

お客様が帰った会場に、入れ替わりに従業員全員がそこに集まった。


 海斗は、マイクを持ってステージに立ち、ホテルのために働いてくれたすべての従業員にねぎらいの言葉をかけ、感謝の言葉を述べた。   

「先代が亡くなり、三年の月日が経ちました。創業百二十年の老舗のホテルを未熟な私が護ってこれたのは,ひとえに皆さまの協力があったからだと思っています。こうして、泊まってみたいホテル堂々の一位を誇っていられるのは、皆さん一人一人が、笑顔を絶やさずに、お客様に尽くしていただいた賜物です。本当にありがとうございます」


 海斗は、深々と頭を下げてお辞儀をした。

 皆がそれに拍手で答え、盛大な拍手は鳴りやまないほど続いた。


「今日はささやかではありますが感謝の気持ちを込めて、皆さんに楽しんでいただきたくこの席を設けました。お酒は、桃源郷の酒の泉から直接つないでおります、尽きることがありませんので、どうぞ、ぞんぶんにご堪能ください」

 皆からドッと笑い声と歓声が沸き上がった。存分に飲んでくれと言う海斗の軽いジョークに、若いながら器の大きな男だだと、皆が頼もしく思った。


「料理は当ホテルのシェフが、今日の為に食材費を無視して、各国から取り寄せた食材をふんだんに使い、腕を振るってくれました。きっと、これほど満足の行く料理は他では味わえないものと思います。なお、当ホテルのシェフは大変腕が良く手際がいいので厨房から料理があふれ出す前に皆さんのお腹に収めていただけたら幸いです」

 海斗の言葉に再び、笑いと、拍手喝さいが起こった。


 真ん中に集められたテーブルにはホテルの高級料理が並べられ、何種類ものお酒が用意されていた。

皆が自由に飲んで食べ、親睦を深める場所が提供される。


 一年に一度、全従業員が一堂に集まる年間行事だった。皆この日を楽しみにしているのだ。

 この日は、普段では口にできないような高級料理がふんだんにふるまわれ、シェフたちが腕を振るった、新作なども披露される。


 皆が陽気に飲んで食べ、おしゃべりに花を咲かせる。

 日常ではすれ違うこともないようなもの同士も、言葉を交わし、新しい発見をする。


 今年は静音のお陰で、海斗もこの席に加わることが出来た。

 海斗がこの席に加わることは初めてで、海斗を見るのを初めてのものも多くいて、海斗の美しさに感動するもの、声をかけて話が出来て興奮するものが後を絶たなかった。


 愛美はレストランのパートの仲間と楽しそうにおしゃべりしていた。

 皐月は、真一と話が合うようで、打ち解けている。

 一之瀬会長も、今日は無礼講で、皆と気さくな話しに盛り上がっているようだ。


 海斗と静音は、打ち上げを早めに切り上げて二人でみらい港公園に散歩に出た。

 二人きりで、手をつないで歩く。

 夜もだいぶ遅くなったが、クリスマスの夜は人が多い。

 特にみらい港公園は、デートスポットだ。ロマンチックなイルミネーションの下を歩く恋人たちがあちらこちらに見える。


「綺麗! 私、クリスマスのイルミネーション憧れだったんっだ」

「初めてなの?」

「うん、パパが、夜は危ないからって、許してくれなくて」

「とても大事にされてたんだね」

「そうなんだけど、当時は不満だったな。でも今は初めて一緒に見るのが、海斗で良かった。一緒に初めての感動を味わえてうれしい」

「僕もだよ。静音と見る初めてを一緒に経験出来て、これからもこんなふうに過ごしていけるんだなって思うと夢のようだ。こんなふうに、外を歩けるなんて思ってもみなかった」

 二人美しい光をうっとり見上げた。


 イルミネーションは、さまざまな色をちりばめ、光り輝いている。

 光が、髪や、顔に反射して、光の中を泳いでいるような世界が広がっている。


 繋いだ手のぬくもりを感じながらふと気になる。

「あ、でも、体調管理は気を付けてね、マスクしてきた方が良かったんじゃない?」

「嫌だよ。マスクなんかしてたら、キスするときかっこ悪い」

 海斗は、当然のように言うが、こんな人の多い場所で恥ずかしさの方が勝ってしまう静音は困惑気味に眉を寄せて言う。

「…しなければいいでしょ…」


「それも嫌だ。僕はいつでも静音にキスしたい」

 海斗はその気満々で、静音を抱き寄せるから、静音は、慌てて海斗の口を手でふさいだ。

「何言って…」

「だって、僕らだけじゃないし、ほら、あっちでも」

 確かに、恋人たちのロマンティックなデートスポットだけあって、あちこちで抱き合う恋人たちが目に入る。

「もう、見ないの!」


 静音が、横を向いた海斗の顔に両手を添えて戻した時だった。

 突然周りも見えないほどまぶしい光が目に入ってきた。

 車のライトが二人を掴まえている。

 まぶしくて、真っ白で何も見えない。

 と、同時に猛スピードで車が二人に向かって突っ込んできた。

「静音! 危ない!」



やっぱり最高のクリスマス! かと思ったのに、雲行き怪しくなってきました。

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