二人だけの秘密、誰にも内緒よ
マリッジブルーになっている感じの静音ですが、このお話を呼んでいるあなたも、海斗の優しさに癒されてください。
涙が止まらなくてぐしょぐしょに泣いていると、ドアをノックする音が聞こ
えた。
もしかして、ママだったらどうしよう!
静音は慌てて涙を拭いたが、どう考えても泣いていたことは一目瞭然だ。
どうしよう!
焦って動けずにいると、ドアを勢いよく開けて、海斗が駆け込んできた。
「静音!」
「え…、海斗?」
「時雨がいきなりやってきて、しずが泣いてるというから…、驚いて! いったい何があったんだ?」
「あ、…ごめん。ちがうの。何でもない! ただ…」
今はしずの中にいるから時雨に伝わってしまったらしい。心配かけてしまった。
静音の無事を確認してホッとした海斗は、ゆっくり歩いてしずの側に来て膝をつき、見上げる。
藍色に見える瞳で心配そうに顔を覗き込んでじっと見つめた。
「うん、…ただ?」
そして、静音が言いかけた言葉の続きを促す。
ちゃんと向き合って、話を聞こうとしてくれている。
こんなにも、私の気持ちを大切にしてくれているんだ。
一人じゃない! 皆で考えて、一番いい方法を探せばいいんだ。
そう考えられると、さっきまで困惑していた気持ちがほぐれてきた。
気持ちが少しづつ言葉になってこぼれる。
「なんだか、ママが離れていくような気がして、…パパがいない今、ママは一人ぽっちになるんじゃないかと思ったら…」
そこまで話したら、また涙があふれてきて、言葉が続かなくなってしまった。
泣いている静音をどうしたらいいのか分からず、海斗は途方に暮れる。
これはしずで、静音じゃないのに抱きしめることは出来ない。
おろおろしていたが、やがて決意したように言った。
「静音、やっぱり僕は帰るよ、静音を抱きしめられないのは辛すぎる」
「え!?」
「待ってて!」
海斗は立ち上がると部屋から走り出していった。
静音がしずとの通信を切って、ぼーっと岩の上に腰かけていると、暫くして、
海斗がスーツを脱ぎ捨てながら走ってきた。
後ろから水花がそれを拾いながら追いかけて、シャツを脱いだ海斗に単衣の着物を掛けた。
海斗は、息を切らし、着物を羽織ったままで静音のそばまで走り寄り、飛びつくように静音を抱きしめた。
抱きしめて、素肌に触れると、お互いの感情が伝わってくる。
まだ、数時間しか離れていなかったのに、会いたかった気持ちがあふれて止まらない。
海斗は、我慢できないとでもいうように唇を重ね、むさぼるように熱い口づけで口をふさいだ。
しばらく無言で意思の疎通をした。
静音が、さっき愛美さんにあって感じた複雑な気持ちが伝わってくる。
静音の今の状況は、どうにもならないジレンマもある。
色々重なって混乱しているのだろうと、海斗は思った。
海斗の切ない気持ち…。こんなことになって、静音に申し訳ないと思っている気持ちが伝わる。
「ごめんね…。静音…」
海斗は、静音の辛い気持ちが痛ましくて、さらに愛しくて頬を摺り寄せ耳元でささやいた。
「海斗のせいじゃないから…」
静音は、泣いてしまったのが恥ずかしいのか、小さな声で、ぽそりと声を出した。
海斗は静音の手を取り、指の先から、手首までいくつもキスを落としながら切ない顔で静音を見つめる。
「でも、相手が僕じゃなかったら、静音はこんなことに巻き込まれなくても済んだのに…」
「違うよ。一之瀬の家に生まれただけでもう、私の運命は決まっていたはずだもの。巻き込まれたわけじゃない」
静音は、海斗の触れる指に、唇に、体の奥がうずくのを感じながら、言葉を続けた。
「ママだって、パパを選んだことに後悔はしていないと思う」
「…静音、愛美さんに全部話した方がいいと思う?」
「ううん、思わない。でも話してしまいたい。隠しているのが辛くて、でも、それでママが、私から離れていくような気がして…」
「どうしてそう思うの?」
「ママは、自分がもう、いらないんだと、思うような気がする」
「私が独り立ちして、もう、自分の役割は終わったみたいな考え方をしそうで…」
「…そうか…」
「その上、たった一人しか生まれない私の子供に会えるのも、17年後だなんて、絶望してしまうかもしれない。おこがましいかもしれないけど…。そしたらママに何が残るのかなって…。パパもいないのに、本当に一人ぽっちなんじゃないかと思って…」
「うん…。そうだね…」
「だから、ママに隠し事をするのは辛いけど、話すのは…駄目だよね…」
「どうしたら一番いいのか、ゆっくり考えてみよう。結論は急がなくても大丈夫だと思う」
「海斗…。うん、…そうだね」
海斗は静音の髪をかき上げながら優しく微笑む。
「静音、沐浴しながら話そうか。ずっと、岩の上にいたの?」
「うん。下りたら、一人で上がれなくなりそうで、動けなかった」
海斗がスルリと静音の着物の紐をほどいた。
「え! 海斗、着物のままじゃダメ?」
「じゃまだろ、無い方がくつろげるし、静音に触りやすい」
「さ、…」
「これから、毎晩静音を抱くよ。覚悟しておいてね」
「う、うん、わかってるけど…」
「けど?」
「言葉にされると恥ずかしい」
「そのうち慣れるよ」
海斗は容赦なく静音の着物を脱がし、自分も羽織っていた着物を脱ぎ捨てる。
静音は目のやり場に困り、伏目がちに横の木々を眺めていた。
海斗は、あらわになった静音の肌をまぶしく見つめ、湧き上がる欲望を何とか抑え、静音を抱き上げた。
体中に海斗の素肌を感じる。
海斗の素肌の感触は心地いい。すべすべしていて、弾力がある。
それでも、全部さらけ出すのは恥ずかしい気がして、海斗の腕の中で胸の前に両手を揃えて折り曲げ、出来るだけ見えないように小さくなる。
そんな静音を微笑ましく見つめ、湧き上がる愛しさが欲望を抑えるのに役立った。
海斗は、静かに泉に体を浸し、泉の中にある段に静音を抱きかかえたまま腰かけた。
岩を離れると、途端に体の痛みが襲い掛かってきたが、泉に体を浸すと大分安らいだ。
泉の水は、冷たくもなく、熱くもない。体をゆったり包んで心地よく癒してくれる。
心も体も解放される。気持ちが安らいで、穏やかな気持ちになった。
気持ちが和むと、自然と静音の目線は海斗に向けられた。
海斗はスーツ姿も素敵だけど、服を着てなくても、均整の取れた綺麗な体をしてるなと、思わず見とれてしまっていると、
「静音もきれいだよ」
海斗が照れ臭そうに笑いながら言った。
ハッと我に返って、まじまじと海斗を見ていたことに気が付いた静音は、恥ずかしくて、慌てて海斗から離れた。
「逃げないでよ!」
海斗が静音を捕まえようと手を伸ばした。
「い、今は触っちゃダメ!」
その瞬間、腰から足にかけて、激痛が走る。
「い、痛い!」
「ほら、急に動くから、…触らないから隣に着て座って?」
「う、うん…」
静音は、胸の前で、手を交差して体を隠しながら大人しく海斗の隣に来て座ろうとするが、歩くのも結構きついのに、座るのはもっと体が悲鳴を上げた。
「大丈夫? 捕まって」
「うん…ありがとう…」
海斗が手を出してくれたので、水の浮遊力と海斗の力を借りて、腰を下ろした。
恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
海斗を見るとまた変なことを考えてしまいそうで、背中を向けてうつむいていると、海斗が後ろから肩先にキスをした。
「触らないって、言ったのに!」
静音は、振り向いて、海斗に抗議するが、何を考えていたのか、顔が真っ赤だ。 可愛い!
「ごめん。静音が僕の方を向いてくれないから、いじわるした」
静音はむくれて海斗を見ているが、怒ってはいないと、その表情からわかる。
「僕には隠さなくてもいいよ。もう、全部知ってる」
「そ、そうかもしれないけど」
「僕たちの間に隠し事なんてできないだろ。昨日、僕がどんな風に考えながら静音に触れていたか、知ってるだろ」
戻りかけていた静音の顔は、又真っ赤になった。
サッと、俯いて、ぽつりと言った。
「海斗…、思ったよりエッチだった」
静音の言葉に、海斗は衝撃を受けて、一瞬言葉を失ったが、直ぐに開き直る。
「…ごめん。それで、僕のこと嫌いになった?」
静音は、大きく首を振る。
「嫌いにならないよ…。恥ずかしいだけで、嫌だとは思わなかったし、私だって、いろんな事考えてたと思う」
「アハハ、そうだね。そんなふうに感じるのかと可愛かった」
「や、やめて! 思い出さないで!」
「お互い様だから、僕は、静音のこと、誰よりも知れてうれしい。僕以上に、静音のことを知る者はいない! 僕は、静音の夫にふさわしいと思える」
海斗の言葉に、静音は、改めて、海斗の妻になったのだと実感した。
お互いが、お互いを一番よく知っている。
一番分かり合える相手なのだと思うと、恥ずかしいことも含めて、もう、さらけ出してもいいのかと思えた。
「うん。澄ました顔の奥で、海斗が考えていることを知っているのは私だけだから、誰にも言わないようにするね」
「静音! それ、僕を脅してるの?」
「だから、海斗も、私の秘密を守ってね」
思いもよらない静音の言葉に海斗は思わず吹き出して笑った。
「わかったよ。二人だけの秘密だね」
「誰にも内緒よ」
可愛いことを言う静音が可愛くて、もう、我慢の限界だと思った。
「静音、…キスしてもいい?」
「うん…」
海斗はパシャリと、水をはじいて、近づく。
夕暮れの日差しが泉に反射して眩しく照らし、静音の赤くはにかんだ頬を余計に赤く染めていた。
眩しいほどの笑顔、海斗は、この狂おしいほどに愛しい静音の笑顔を、決して忘れないだろう。
日差しを遮る海斗の影が、静音の顔の上に降りてくる。
色々な問題を棚上げになってしまいましたが、二人の絆は深まっていくと思います。今後、どんな風に乗り越えていくのか、とは思いますが、まったく心配はしていません。きっと、うまくやれるでしょう。




