恐るべき憑依
静音がブチ切れてしまいましたね。頑張れ
「嫌ですね。私の顔も忘れたような、態度で、傷つきますよ」
「ち、違います! 少しぼっとしていただけで」
「大丈夫ですか? 疲れているのじゃないですか?」
ハリは、心配そうに顔を覗き込む。
静音は、気まずそうに顔をそむけた。
「では行きましょう」
ハリは、無造作にエレベーターのボタンを押した。
静音は、明らかにほっとした顔をして、一緒にエレベーターに乗り込んだ。
ハリは、こっそりほくそ笑む。
*-*-*
一方海斗は、執務室で、颪、時雨と共に、防犯カメラを除いていた。
エントランスに出てきた人々をチェックしていたところで、画面を指さして颪が叫んだ。
「お、俺がいる!」
「あら、ずうずうしくも、静音と話しているわ」
「…、奴の前回の目的は、これだったんじゃないか?」
「どういうことですか?」
「 奴は、見たことのないものの幻覚は作れないんだ」
「我々の顔を見れば静音は安心して近寄り、愛称で呼ぶ。我々を愛称で呼ぶのは静音しかいない」
そのまま画面を見ていると、見送りが終わったようで、ぞろぞろと皆が戻り始めている中で、皆とは反対側に歩いていた颪の姿が、静音に代わる。
「おわ! 今度は俺が静音になった!」
颪が驚きの声を上げた。
「やっぱりな、あの時の男は、我々の顔を見るための囮だったんだ」
「と言うことは、今度は静音になって表れるということですね」
「あ、静音が、違う女の人に代わった…。ホテルの外に出て行こうとしている!マズイ! 止めてくる」
海斗は慌てて部屋を出ていくと、ハリと鉢合わせた。
「ハリ、静音が今ホテルの外に向かっている。止めてくれ」
ハリは驚いて、海斗と廊下を走りながら聞いた。
「偽物の静音さんじゃなくて、本物ですか?」
「ああ、静音が違う女に代わるのを見た。そして、子供を追ってホテルの外に向かっていった」
静音を探っていた颪が、後から追ってきた。
「静音、門の外に出てしまった。俺、先に行く」
颪が、ひゅんと風になると姿が消えた。
「颪頼む!」
颪が門の外につくと、静音は一人でそこに立っていた。
「静音、大丈夫か?」
颪が声をかけて近づいていくと静音はゆっくり颪の方に振り返った。
さっきまで他の女の人の姿だったのに、もう静音に戻っている?
それとも、静音はすでに連れ去られ、別の誰かが入れ替わったのだろうか?
颪は、注意して静音を見る。
腕のブレスレッド…。間違いない颪が静音に渡したものだった。
ちゃんと、自分の波動も感じる。本物の静音に間違いない。
颪は、ホッとして周りを警戒するが、とくに変わったこともなさそうだった。
「良かった、静音が攫われたかと思った。どうして、門の外に出てきたんだ?」
颪が、不思議そうに静音を覗き込むと、静音は、顔をそらして、あいまいに言葉を濁した。
「うん、子供が一人で大通りに出たら危ないと思って…」
「とにかく中に入ろう」
颪がそう言うと、静音は頷いて直ぐに歩き出した。
二人がエントランスに戻ると、海斗とハリが、走り出してきた。
「静音! 無事だったか…。良かった」
海斗はほっとして立ち止まった。
「海斗様、本物の静音です」
颪の言葉に、海斗と、ハリも目を見開いて、颪を見た。
ほんの一瞬のうちに無言の言葉が交わされたようだった。
海斗は、にっこり頷いて静音の手を取った。
「ああ、良かった。静音が無事で」
海斗は、エレベーターの並ぶ一番端のエレベーターのボタンを無造作に押して静音と一緒に乗り込んだ。
海斗は、ずっと、静音の手を握ったまま二人だけになったエレベーターの中で静音の顔を覗き込む。
「良かった、君が攫われたかと思って心配したよ」
海斗は、静音の頬に手を触れて、熱いまなざしで見つめる。
海斗の熱い眼差しに静音の目が泳いでいる。
(フン、思い切りうろたえるがいい! 僕の愛で静音の中から追い出してやる! でも、その前に、そう、取り乱して、奥深くのすべてをさらけ出すんだ…)
海斗は、怪しく笑うと、ぽつりとつぶやく。
「ハリ、部屋を用意してくれ…」
海斗の呼びかけに、何処からともなくすっと、ハリが現れ、ルームキーを手渡した。
「2201号室です」
「ありがとう」
海斗はにっこり笑うと、静音の肩を抱いた。
ハリはいつの間にかいなくなっていた。
エレベーターは、すっとドアが開く。
「さあ、行こう」
「え? どこへ?」
静音はうろたえたように、震える声で聴いた。
「何処って、もちろん、二人きりになれるとこ」
ハリが渡したルームキーの№2201号室の前で、 ドアの横のポケットにルームキーを差し込むと、カチット小さな音がしてドアのかぎが解除された。
海斗はドアを開け静音の肩を抱いて中に入ろうとするが、静音は、足を止めて拒もうとする。
「静音どうしたの?」
「あ、あの、私ちょっと、用事を思い出して…」
「そんなの後でいいだろ」
海斗は強引に静音を部屋に引き込んだ。
明るい部屋に、大きなベッドが浮かびあがるように存在感を主張している。
再び動かなくなった静音を、抱き上げてベッドに運んで降ろすと、ガバッ!と、飛び跳ねる様にベッドから飛び降りた。
「どうしたの? いつもみたいに静音から、キスしてくれないの?」
海斗は、静音の手をつかんで引き寄せる。
「あ、あの、今日はちょっと、風邪気味で、うつすといけないから…」
「何言ってるの? そんな噓が僕に通じると思ってるの」
海斗は静音の頬に手を触れて顔を近づけた。
「うわー! やめろ!」
突然静音の口から、まるで別人のような言葉が飛び出してきた。
静音は、海斗から離れようともがくが、海斗は静音をしっかり抱え込んでいて放そうとしなかった。
「なんだ、もう降参か?」
「諏皇の男は、結婚するまでは手を出さないって聞いていたぞ」
「そんなの何時の時代の話?」
海斗は、静音の腰のあたりに手を滑らせてすうっとなでる。
静音は、もがいて暴れるが、海斗は構わず静音のポケットの中に手をいれた。
そして、携帯を取り出すと、そのままスイッチを切った。
静音は、同時に力が抜けたようにぐったりする。
「静音!」
海斗は静音を抱き留め、そっとベッドに横たわらせた。
片が付いたと判断したのか、ハリ、時雨、颪が姿を現した。
「海斗様、静音さんはどうしたのですか?」
「おかしい、憑依が離れたらすぐに意識が戻るはずなのに…」
「意識を失わせるために嗅がせたくすりのせいじゃない? カメラで見てたら、静音の口に布を押し付けていたわ」
「それなら、静音さんにあげたペンダントを砕いて飲み込ませてください。解毒できますから」
「ああ、わかった」
海斗はペンダントを自分の口に放り込んでがりがりとかみ砕いて、静音に口移しで飲み込ませた。
皆が心配そうに見守る中、静音は目をあけた。
「静音、大丈夫か?」
海斗は静音の手を握って、違和感に気が付いた。
静音は目を開けたが、うつろに天井を見つめているだけで、何も話そうとしなかった。
海斗のラブラブ攻撃にうろたえる(男)。存分にいたぶってあげてください。




