見えない敵
せっかくのラブラブを邪魔されたので、物足りない海斗は、静音の補給をしたいのかな?
見えない敵
海斗が執務室に戻ると、静音が心配そうに駆け寄ってきた。海斗は静音の腰に手をまわし抱き寄せる。
さっきの続きと言わんばかりに顔を近づけるから、困惑しながらも受け止めた。
唇を重ね、熱く絡まるキスを求めながら二人別のことに気持ちが行ってしまう。
それでも離れがたくて、唇を離せなかった。
そうしながら頭の中では会話をしている。
(無事片付いたらしいが、何か気になっていることがあるのかな)
静音は我慢できなくなって、海斗の腕から離れるために胸に手を当てて突っ張った。
海斗は不満そうにしながらも、唇を離す。
やっと自由になった口で口に出して尋ねた。
「どうしたの? 何か問題があったの?」
静音は心配そうに海斗を覗き込む。
「うー! 分からない! どうして、こんなにお粗末なんだ?」
そういいながら、海斗はソファーに座り頭を抱えた。
「え、どういうこと?」
「だってそうだろう、僕を狙うなら、初めからもっとプロの殺し屋を仕込めばいい。なのに、全くの素人のただの酔っぱらいだよ! 一体何がしたいんだ」
「しかも、奴は不死身で、先祖が戦った同じ相手だなんて情報を僕に流して、いったい何の得があるというんだ? 最初からそうだろうとは思っていたけどわざわざ教える必要もないだろう?」
海斗は不満そうに眉を寄せる。
確かに、敵の情報は、多いほどこちらの有利になる。敵に塩を送ってどうしたいのだろう。
それとは別に静音は混乱した。
もしそんな昔の人間が生きていたなら一体何歳になるのだろう?
そんなに長生きな人間がいるとは思えなかった。
子孫とかじゃなくて?
同一人物? 冬眠でもしてたってこと?
「ずっと昔に一之瀬の奥方が殺された時の? 同じ人だったの? 子孫とかじゃなくて?」
「…そうらしい。余りにもお粗末すぎて、奴の話を信じていいのかもわからないが…」
「不死身なの? 倒したんじゃなくて何処かで生きてたってこと」
「生きていたと言えるのか、腕が残ったと言っていたから、体の部位が残っていれば蘇ることが出来るのかもしれない。蘇るのに、それくらいの年月がかかったということだと思う」
静音は、海斗の言葉にゾッとした。
腕があれば蘇るなんて、妖怪じゃないのか?
妖怪が、実在するかもわからないが、信じられない話だった。
「それ、もう人間じゃないよ…」
「確かにそうだけど、奴の言うことをうのみにも出来ない。どこまで本当かもわからない。混乱させるために言っているだけで、全くでたらめかもしれないし」
「わざとでたらめを言って、脅してるだけなんじゃない?」
「奴がもし、ゼウスとか名乗っている奴だとすれば、SKYや、船会社ともつながるし、かなり大掛かりな組織の可能性があった。だが、今回は、それらを全く使えなかったとしても、何故、単独行動をしている? まるで別組織のようだ」
「うーん、SKYとのつながりを隠したいとか?」
「静音を攫ったり、爆弾騒ぎを起こしたのは自分とは関係ないって?」
二人、不可解な敵の行動に頭を抱えた。
静音と海斗が違和感について話しているところに、ハリ、時雨、颪もやってきて話に混じった。
「お客様はどうだ? 問題なかったか?」
「はい。飲みすぎたらしいとおっしゃって、席に戻って行かれました」
「何も記憶に残っていなかったんだな」
「はい。その様です」
「本当に、何のかかわりもないただの酔っぱらいだったっていうこと?」
静音は、呆気に取られて、ハリを見た。
「そうです。少し足元がふらつくほど、お酒を召し上がっておられたようでしたが、それだけです」
「全く! そうでなくてもこの時期は酔っぱらいが増えるっていうのに、酔っぱらい全部を警戒しなければならないわ!」
時雨が、ぼやくのをなだめながら、静音は話を戻す。
「どうやって、その人に電話が通じたの?」
「そこが不思議なのですが、相手からかかってきたのではなく、自分からかけたようなのです」
「? …どうやって?」
「前の酔っぱらいの時もそうだったわよね。何かの拍子に転送される仕組みかしら」
時雨が推測しながらゆっくり話すのを聞きながらも、頭の中は疑問だらけだった。
「酔っぱらい限定で? それも、この近くにいる酔っぱらい限定。そんな都合のいいことできるの?」
「…」
皆で言葉を失って考え込んでしまった。
「奴の今回の本当の目的は、何だったのか? 罠が仕掛けられているような気がして不快だ。何か見落としていることがあるのだろうか」
海斗がぽつりとつぶやいた。
「本当に宣戦布告だったのじゃないですか?」
ハリが神妙な顔で、考えながら言う。
「わざわざ、二百年前の汚名を晴らしに来たって?」
「自分を神のように言っている奴です。負けを認めるのは相当の屈辱だったのでは?」
「負けは負けだ」
ぶっきらぼうに颪が口をはさむ。
「神であると言っている奴が、負けたのではなく、まだ戦いは続いていると言いたかったのでは…? 汚名を晴らすべく、仕返しに来たぞ! と脅しに来たといった感じでした」
「少なくとも、奴が当時の本人なのだったら、自分を倒した相手はすでにいないわけで、怒りの矛先を、現在の当主である海斗様にぶつけてきたのでしょうね」
「逆恨みもいいとこだろ!」
海斗の言葉に時雨が呆れたように言う。
「確かに、自分で仕掛けて、自分でやられて、相手を恨むって、お門違いもいいとこよね」
「それにしても今更だろ、宣戦布告するなら、爆弾を仕掛けた時にするべきだ」
「失敗してそんなことできる状態じゃなかったけど」
時雨が、海斗の言葉に突っ込みを入れると、颪もうなずいておかしそうに笑った。
ハリも、同意するように頷いて言葉をつづけた。
「本当は、静音さんを攫ったときに戦線布告して、脅威を与えるつもりが、失敗して、機会を逃してしまったのではないですか?」
「ぷ! それ、笑えるわ! かっこ悪すぎじゃない」
時雨が噴出して大笑いをする。
「時雨笑いすぎだ。静音はその時危ない目にあっているんだぞ!」
「ごめんなさい…。静音」
時雨はションボリして、静音を見る。静音は、苦笑いをして首を振った。
もちろん静音にしてみれば笑い事ではない。思い出しただけでも体が凍り付くようになるくらい、トラウマになっている。
でも、あの時と本当に同じ犯人なのかな…?
あの時の犯人は一応全員が捕まって、かたが付いた形にはなっているが、はっきりしないことが沢山残っていいた。
「ともかく、奴は、何時でもホテルに侵入できると、思っているだろう。もちろん我々の目を簡単にかいくぐれるなんてなめてもらっては困る。そのためにも、気を抜かないように注意しろ! 其れと、静音のみの周りには特に注意が必要だ」
海斗は厳しい表情で、精霊たちに指令を出す。
精霊たちも、海斗の言葉に気持ちを引き締めた。
静音は、あの時本当に恐ろしい思いをした。
思い出しただけでもぞっとする。
あんな思いは二度とご免だ。
相手に殺意があることは確かで、この間の車での事件は、殺意で車を向けられた。
避けられなければ死んでいたかもしれない。
「最初の車の事件は、絶対組織の人がそばにいて指示を出していたと思う。だって、私たちがあの場所にいたことを知っていたなんて、見ていなければ分からないことだよね」
静音が不安そうに言い、身震いした。
海斗が車にひかれて死んでしまうなんて考えただけでも恐ろしいが、実際にあの時はそのくらいの勢いで車が向かってきていた。
海斗は静音を抱き寄せた。
静音の手を握っていた海斗に静音の思考が伝わっていた。
大丈夫。僕は死なないし、静音は僕が必ず守るから。と、海斗の言葉が聞こえてくる。
静音は泣きそうな顔で、海斗を見て頷く。
本当に、何処に敵が潜んで命を狙っているか分からなくて怖い。今回は、たまたま酔っぱらいだったけど、武器を持った刺客が潜入していたら、いくら病気をしない海斗でも、命の危険は免れない。
海斗は静音を強く抱きしめて、なだめる様に髪をなで大丈夫だよ。と繰り返した。
「ホテルの周りで偵察はしていると思う。でも、気を付けてホテルの外に出なかったから、客を利用したんだ」
「今度は、しそびれないようにわざわざ、宣戦布告をしに来たわけね」
「確かに、幻覚と憑依は、危険です。まったく警戒もしていなかった人物が、凶器を持って襲ってきたら簡単に殺られます」
ハリはさっきの不手際を反省しながら難しい顔をしている。
「ああ、昔と違うのは文明の機器まで使っている。奴はここまで来れない理由があるらしいが、携帯を使って憑依ができるなんて、簡単に懐に入られてしまう危険がある」
海斗も、かなり深刻な様子だった。
誰も信じられなくなるだろう。
「確かに疑心暗鬼になるよね」
静音はみんなの顔を確かめるようにじっと見つめた。もし、この中の誰かが別の人間だったら?
いや、海斗が別人だったらどうしたらいいの?
そんな不安を一瞬感じたが、すぐにそれはないと気が付いた。
触れれば本人かどうかはすぐにわかる。海斗のような能力を持っている人間はいないはずだったから。
「だけど、一般人を使うのは無理があるだろ。携帯を通じて、憑依するには、かなり確立が難しいと思う。奴には相手が自在に選べるというのか?」
「異国の地で、携帯の番号をどこの誰か把握するのは至難の業だし、しかも、その本人が現在どこにいるのかも把握しなければいけない」
「どうやって知るんだ?」
「そうですね。そういえば、さっきのお客様ですが、お酒を飲まれたので、代行を頼もうとしていたそうです」
「代行!」
「え、代行に電話すると、電話が転送されたりする仕組み?」
「それなら、酔っぱらい限定できるわ!」
「代行って、本人の居場所がわかるシステムとかあるのかな?」
「確かに、どこに行けばいいのかわからないといけないわけだし、このホテルの近くだったら転送されて憑依されちゃう?」
「だけど、わざわざそんな手の込んだことをする必要あるか? 何故一般人にこだわる? 一般人は、武器も持っていないのに。手下を使った方が早いじゃないか。確実だし」
「一般人を使う理由は何なのかしら?」
「今回は、おそらく代行と言う手を使いましたが、いつどんな方法で来るのかわかりません」
「何処から敵が出てくるのかわからないと言うことは、全ての人間を警戒しなければならないということです。それだけでもかなりの脅威です。それに、武器を持っていないとも言い切れません」
「しかも、一般人相手には危害を加えられないというリスクが生じる」
「相手から攻撃されても、我々には手が出せない。しかも、知り合いの可能性もある」
考え込んでいたハリが、難しい顔で海斗に懇願するように言う。
「海斗様、しばらく商談を取りやめにされた方が良いのでは? 代わりに私がお話を聞きます」
海斗も、それに頷く。
「…25階への出入りを止めて静音も電話対応だけにしよう」
切羽詰まった状況に静音は緊張すると同時に精霊達のことが気になる。
「ハリは、大丈夫なの?」
「我々は、海斗様がご無事なら何のダメージもありません。我々の本体は海斗様なのですから」
「そ、そうなの…?」
「そうよ。だから、二人は隔離して守らないといけないわ」
時雨が深刻な顔で言う。
「でも、お花の水やりはどうしよう…。私が急にいなくなったら皆が変に思わない?」
「その時だけ静音の替えを使えばいいわ」
「え、もう出来たの?」
「もう少しで完成するわ」
事態はかなり深刻な状態だった。静音は、何か見落としていることはないか考える。
「あ、でも、落ち着いて考えてみて、憑依できる人間は、お酒に酔っていたり意識が錯乱している状態が必要だったとしたら? 誰でも憑依できるわけじゃないのかもしれない?」
海斗が頷きながら、静音の意見に同意して付け加える。
「二件とも酔っぱらいだったことから考えて、可能性はあるかもしれない」
「確かに、だからあえて代行を選んだのよ!」
時雨もうなずいて言う。
ハリも同じ考えのようだ。
「そう考えたら、憑依できる人間はそう簡単には見つけられないことになります」
「まあ、だからと言って、安心はできない。奴の部下が入り込む可能性もある」
「疑心暗鬼にさせておいて、思わぬところから武器を持った本物の敵が現れたら危険だ」
「とりあえず、代行会社をあたれば、酔っぱらいの憑依者は減らせるかもしれない」
海斗は一つ一つ考えながらゆっくり話した。
「はい。さっそく手配します」
「ハリ、お前はパソコン苦手だから警視庁の援助を頼んでくれ」
「分かっています。自分で乗り込んだりしません」
警察も、師走の忙しい時期だったが、さすが諏皇のための調査には早急に動いてくれたようだ。
しらみつぶしに県近郊まですべての代行会社が調べられた。
結果的に、ほとんどの代行会社からチップが発見された。
一体どうやってそんな物を取り付けられたのかは謎だが、憑依できる時点でいくらでも中に入り込むことは可能だろうと思われた。
一先ず、これで酔っぱらいの憑依はなくなるだろうと思われた。
思わぬ謎解きになってしまいました。さあ、大変!




