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郷国の護り人  作者: 水花光里
12/23

飛んで火にいる夏の虫

静音の周りはいつも賑やかに、うん。幸せだね。良かった。

  飛んで火にいる夏の虫



 あの時の酔っぱらい運転の事件が何だったのかわからないまま、静音は、何時ものように午前はレッスン、午後は海斗の秘書としてて過ごし、愛美はレストランに勤務した。

 何の手掛かりも無くて、ただ用心するだけの状態で最初のころは緊張していたが、徐々に気持ちが緩んでしまっていた。

 何事もなく数日が過ぎて暮れも押し迫り、大晦日が間近に迫っていた。

 愛美は慣れてきたのか、通うのが楽だわー、なんてのんきに言うようになった。

 たったの2~3日なのに、順応力が高いというか、さすがとしか言いようがない母に静音はひとまず安心した。

 そして、何故か食事は静音の部屋に皆が集まってにぎやかに繰り広げられた。

 海斗が外に出る心配がないのはいいとしても、まるで、レストランのフルコースのような豪華な食事が毎晩用意されて、毎晩パーティーのようだった。

「時雨さん、少し贅沢じゃない? こんなに沢山もったいないわ」

「いいのよ。そうせ残りの食材だし、オーナーの食事にどんな高級食材使ったって文句を言う人なんているわけないでしょ」

 静音は、呆れて海斗を見る。海斗は苦笑いをして、テーブルに並んだ高級和牛のステーキを静音と、愛美に取り分けながら言う。

「僕は別になんでも文句は言わないけどね。でも、せっかく静音と愛美さんと一緒に食事するなら、おいしいものの方がいいと言っただけだよ」

「俺は、卵焼きがあればいい」

 颪は、愛美が焼いたという大皿に山盛り盛られた卵焼きを黙々と食べている。

「私は野菜があればなにも文句は言いません」

 ハリは山盛りのサラダボールを抱え込んでいる。

「もう、ハリも、颪も、食事に対するセンスが皆無なんだから、だまってらっしゃい」

 そういう時雨はお酒が専門のようだ。さっきからワイングラスを手放さない。

「静音は、厨房の裏側を知らないから気になるのかもしれないけど、氷堂シェフの食品管理は厳しいのよ。ちょっと期限過ぎたら、どんな高級食材でもポイポイ捨てちゃうんだから。明日には捨てられる運命の食材をおいしくいただくのは地球のためなのよ。ね、氷堂シェフ?」

 愛美が時雨に確かめるように聞いた。

「そうよ。愛美さん、わかってるじゃない。ここのオーナーは、そういうところケチらないから、シェフとしてはやりやすいわ」

「このホテルは営利目的じゃないからね。ホテルが回っていけば、はっきり言って僕の給料なんて無くてもいいんだ」

「あら、海斗様、駄目ですよ、そんなことを言っては、将来のお婿さんが、貧乏人だなんて、愛美さんから、NGがでますよ。うちの娘は、そんな貧乏人にやれないわって」

「え! あ、例えばの話で、僕はちゃんとお給料をもらっているよ。全部静音に渡してもいいし、決して静音や、愛美さんが生活に困るようなことはないから安心して」

「わあー! 静音聞いた?お給料全部渡してくれるんですって! 愛されてるわね。私証人ですからね、時雨さんも聞いたでしょう?」

 なんかママが変? 静音は、母の前に空になったワインの瓶を見てギョッとした。

 いつの間にか、時雨と二人でワインのボトルを三本も開けている。

「聞いたわよ! 私たちが証人よー!」

 時雨も上機嫌だ…。精霊でもお酒に酔うんだ…。

 静音は口を開けたまま言葉が出てこなかった。

 

   

    

 静音は、クリスマスの事件から、極力ホテルから出ないように気を付けて過ごしていたが、ついに、大晦日の前日、事件は起こった。

 何時まで経っても出てこない静音にしびれを切らしたのだろうか? 

 展望レストランで、不審な人物がいる。と、時雨から知らせが入った。

 すでに勤務時間は過ぎていたが、海斗は静音と二人きりになりたくて執務室のソファに座って、静音にキスをねだっていた。

 静音が、退勤の挨拶をして帰ろうとすると、海斗はソファに腰かけて静音を誘った。

「静音、おいで」

 呼び方も一之瀬さんじゃなくて、すっかりオフモードだ。

「え、諏皇さん、ここは仕事場です」

「勤務時間は終わったけど、静音の補充はしておかないと、大事だろ」

「それなら、今朝レッスンの前に…」

「あれは、免疫の為の補充で、今は僕の精神の為の補充だよ。静音にも僕の補充が必要じゃない?」

 それは確かに、二人だけでゆっくりする時間はなかなか取れない。たまにはいいかもしれない。

 明日は大みそかと言ってもこれと言ってすることもない。

「…。じゃあ、ちょっとお話するだけなら…」

 静音が、海斗の隣に腰かけると、海斗は嬉しそうにぎゅっと静音を抱きしめた。

 静音の額に頭を摺り寄せて愛しそうに髪をなでる。心地よい暖かさが伝わってきて心が緩む。

 そうしているうちに、海斗の手は静音の頬を包み込み唇を重ねる。

 熱く交わる唇…、静音はもっと海斗を感じたくて首に腕を回した。

 海斗は静音を抱きしめる。二人の間に隙間がなくなるくらい腕に力を入れて柔らかいからだを強く抱きしめ、さらに熱く求める。

 絡まる舌の感触が全ての思考を奪って何も考えられなくなる…。

 時雨から知らせが入ったのはそんな時だった。

「ちっ! まだ足りないのに」

「もう十分です…」 

 やっと海斗から解放された静音は、息を乱して呟いた。頬は薄桃色に染まって震い付きたくなるほど悩ましい。

「あれ、静音我慢できなくなりそうだった? 駄目だよ、これ以上はイザナギに行ってからでないと」

「もう! 海斗の馬鹿! そういう海斗だって危なかったのを私は知ってるから!」

 海斗は少し照れくさそうに言った。

「…ハハ、バレてた…」

 そうして、名残惜しそうに静音の額にキスしてにっこり笑った。

「ちょっと行ってくるよ」

 海斗がドアに向かって歩くのを静音は送りながら訪ねる。

「海斗? 敵が侵入したの?」

「そうらしい。飛んで火にいる夏の虫ってこういうことを言うんだよね」

「大丈夫なの?」

「心配ないよ。一般人を使っている時点で、何も出来ないさ」

「でも、怪我人が出たら、ホテルのイメージが壊れちゃうわ」

「そうならないようにさっさと片してくるよ。静音は、絶対ここから出ないで待ってて」

「うん。海斗も無茶しないでね。怪我しないように気を付けて」

 海斗は執務室を出るとエレベーターの前に立った

 エレベーターの扉は海斗を待っていたかのように、側に行っただけですっと開いた。

 海斗がエレベーターに乗ると、扉はすっと閉じる。

 そして、いつもは、決して止まることのない階で止まる。23階展望レストランのある会だった。

 突然扉が現れ、扉が開く。

 本来ならあるはずもなく、開くことのない扉がだった。

 オーナー専用のエレベーターは通常最上階まで止まらないし、途中の階で扉が開くことはない。

 

 海斗がエレベーターから降りると、扉はすっと閉じ、再び最上階へ戻っていった。

 颪が海斗の側に来て、男を示す。

濃紺のスーツ姿で、中年の少しでっぷりとした体格をしているが、背もそこまで高くなく、体を鍛えているというふうでもなかった。

 男は、まっすぐ厨房へ入っていった。

 調理人がいるにもかかわらず、まっすぐ厨房の中へ入ろうとする。

「ハリ、多少手荒な扱いになるかもしれない。秘密裏に済まそう」

 海斗がそう言うと、ハリは、手を大きき上げてすうーッと手のひらで見えない壁をこするような動作をした。

「海斗様、完了しました」

愛美の呑気な性格好きだわー。すっかり馴染んじゃってるのが逞しいね。

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