静音の色は海斗の色に染まる
敵は、あの手この手で仕掛けてきますね。まだまだ安心できない。
静音の色は海斗の色に染まる
海斗が静音を抱えて飛びのいた瞬間、ハリのくれたペンダントが、ビリビリと振動した。
突然、車の前に透明な壁が立ちふがったと思うと、車の衝撃を柔らかく受け止めてポワンと揺れた。
車は、見えない壁にぶつかり、遊歩道に乗り上げる手前で止まった。
車が止まると、壁はすぐに消えた。
車はバックして、直ぐに方向転換をすると再び、二人めがけて突進してくる。
海斗は、静音の手をぎゅっと握る。(大丈夫僕が守るから)
海斗の声が聞こえてくる。海斗は静音をすっぽり腕の中に抱えて、まるで防護服のように包み込む。
そして、意外にも、少しも緊張していない。海斗の心は、全く静かだった。
何が起こっているの? 冷静に考える暇もなく、車がこっちに向かってきていた。
これは確実に狙われている! 殺気を感じる車の動きだった。
車と言う凶器で、私たちを殺そうとしている!
とっさに静音は、颪からもらったブレスレットを海斗に渡した。
「海斗、これ、使って」
自分がやるより海斗がやった方が、当たる確率が高いと思った。
外してしまったら、車にひかれてぺしゃんこになってしまうかもしれない。さすがにそれは怖かった。
「良いもの持ってるね」
海斗は、静音からブレスレットを受け取り、向かってくる車に狙いを定めた。
危機一髪、ひゅんと強い風の音がしたかと思った次の瞬間、パアンと大きな音がして、車の前輪が破裂した。
ブレスレットから出た風のナイフが命中したのだ。颪が言っていたが本当にすごい威力だと静音は目の当たりにして実感した。
車は、キキーッ! と大きな騒音をまき散らしながら大きく回転して、側にあったブロンズの銅像にぶつかってとまった。
突然の大きな音に人々は驚きやじ馬が車の周りに集まってくる。
人々が車に気を取られている中で、海斗の側で、ヒューッと音がしたと思うと、ぐるぐると銀色の渦が巻いて、颪が現れた。物陰の雪の中から時雨が、大地からハリが姿を現す。
彼らは、車に気を取られている人々に気づかれることなく海斗のそばを守り、周りに気を配っている。
おそらく、最初から側にいたのだが姿を現さなかっただけなのだろう。
精霊たちは常に海斗の側に従っている。
「海斗様、静音さんも、お怪我はありませんか?」
「大丈夫だ。問題ない。海にでもダイブさせてやろうかと思っていたけど、颪のブレスレットが役に立った男を調べやすい」
「ハリ、警察に連絡を、犯人を逃がすんじゃないよ」
海斗の指令に精霊達が動き出す。
車が回転したため、運転席側が銅像にぶつかって、ひどく破損していた。
運転手は、車の安全装置が作動して、怪我はしているようだが命に別状はなさそうだった。
時雨と颪が、車の中から男を引っ張り出した。
男は、周りをきょろきょろ見回して、放心状態だった。
まるで今、意識が戻ったとでもいうようにうろたえている。
海斗は不審な顔をしながら、男の腕をつかんだ。
ハリが待ちきれない様子で聞いた。
「海斗様、やはり、SKYのものですか?」
捕まえて拷問でもやりかねない勢いだった。今にも掴み掛かろうとしている。
運転手は、訳も分からず、ハリの勢いにおびえた。
海斗は、ふに落ちない顔で答える。
「…いや、全くの無関係な人間だ」
「どういうこと?」
思いもよらない海斗の言葉に、皆が気が抜けたように動きを止めた。
掴み掛かろうとしていたハリも、仕方なく手を引いた。
運転手は、おびえながらも、ホッとしている。
「おそらく誘導されたんだと思う。ほんの少し前に、「殺せ」の指令が頭の中に送り込まれている」
「全くの無関係の人が? どうして…」
皆で不思議がっているところにパトカーが、サイレンを鳴らして駆け付けてきた。
海斗の合図で、男を放り出してさっと人ごみにまぎれる。
人が沢山いたため、携帯で動画を取った人が多かった。皆がここぞとばかりに警察官に動画を見せていた。
「歩道に乗り上げたりしたから、タイヤがパンクして、車が回転した」
興奮気味に目撃状況を話す人々の声が聞こえてくる。
「さっき、怪我をしてないか介抱してた人がいて、車から連れ出していた」
不味い、海斗が男を探っていたところを見られている。…でも、介抱って…?
「脈を診てたみたいだから、お医者さんだったのかもしれない」
「そう、大丈夫そうだと思ったみたいで、どこかに行ってしまった」
脈を診ていたと思われたのか…。良かった。
しかし、静音は焦る、タイヤのパンクは、何とか大丈夫そうだが、壁が出てきたり、怪しいことが盛沢山だった。
「どうしよう…」
海斗を見上げると、海斗は大丈夫だよと笑っている。
人々の陰から気配を消して、ハラハラしながら見守る静音と裏腹に、動画を見せられた警察も、見せた人たちも、不審なものを見たような反応はなかった。
実際、壁も、風のナイフも映っていなかったのだ。
確かに、壁も、風も透明だから画像には映らなかった。しかも夜なので暗くて視界も悪かった。
動画は、車ばかりが映っていて、何故か映っていた海斗も、静音も全くの別人に見えるぼやけ方をしていた。
車から男を連れだした様子も、ぼやけていて、人物を判明できない状態だった。
時雨が自分たちの周りに霧をかけてぼやかしたようだと、後で聞かされた。
そんなことがあったなんて、これだけ大勢の目撃者がいて、動画まで取られていたのに、誰にも気づかれていなかった。
多少怪しいことがあっても、警察でもみ消すことはできるのだろう。
警察と諏皇の間で長年行われてきた暗黙の了解だ。
静音は、ホッと胸をなでおろした。と、同時に、外を出歩くのはやめた方がいいかもしれないと反省した。
後から、聞き出した警察の情報によれば、警察の取り調べで、車を運転していた男は、何時車に乗ったのかも覚えていないと言っているらしい。
かなりの酒を飲んでいて、飲酒運転なのは間違いがなかった。
事件は謎のままだ。
警察に、頭の中に送られた指令など分かるはずもなく、飲酒運転による錯乱として処理された。
海斗が狙われたと、警察で判断する要素はなかった。
人込みにまぎれてしまったので、特に事情聴取を受けることもなく、たまたまそこにいた通行人を装った。
しかし、腑に落ちないことがあった。
車を運転中に海外との国際電話をしていたようで、携帯が通話になっていたという。
携帯に通話歴が残されていた。
国際電話が、事件と関係あるのかは疑問だ。単に知り合いと話していただけかもしれない。
しかし、意識がない間に話していたというのが腑に落ちないところではある。
結局のところ、せっかくの二人の初めてのクリスマスは、台無しにされ、イルミネーションの下でのロマンチックなキスも、何もないまま終わってしまった。
マスク、関係なかったじゃないか! とむかつく。
海斗は、お陰で、少し欲求不満気味だ。それなのに静音は堅真面目で、レッスンも、仕事中も、きっちり割り切って、ロマンスのロの字もない。
「僕たちは恋人同士になった筈なのにどうして、前と少しも変わらないんだ?」
海斗は、不満を時雨にぶつける。
「中沢のせいじゃないですか」
「何? まだ未練があるというのか!」
聞き捨てならない言葉に海斗は衝撃を受けた。
「違いますよ。そうなら、海斗様にはすぐにわかることでしょう?」
「なら、どういうことだよ」
「中沢は、静音をお人形みたいに飾って楽しんでいたのでしょう? だから、恋人と言うのは、そういうものだと思っているのじゃないですか?」
「…、確かに、中沢とはほとんど何もなかったと言っていた…本当に全く手も出さなかったのか」
「良かったですね。静音がきれいなままで」
「それは、そうだな…」
思わず顔が緩む。さっきまで眉間に寄せていたしわが、無くなった。
そういえば、キスのしかたもろくに知らなかった。全部海斗が教えた。
静音は、まだ誰の色にも染まっていない。
少しづつ海斗の色に染まり始めている状態なのだと思うと、無性に嬉しくなった。
焦らずにゆっくり行こうという気になってきた。ゆっくり、静音らしい色に染めて行けばいい。二人で作っていけることが嬉しい。
ちょっぴり不満の海斗も、静音が自分のものだと思うと嬉しいようです。