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異世界転移の通過儀礼。

「ごめんください、少々よろしいでしょうか?」


活気溢れる建物内で人垣を避けつつなんとかカウンターまでたどり着いた。どうやら冒険者ギルドの中に食事処があるようで、区画の半分を占める飲食スペースの1/3は埋まっている。昼間からこれなら夜は大いに込み合うのでしょうね…いやはやみなさんお元気なことで…。


「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ。」


「登録を行いたいのですが、新参でして。説明などはしていただけますか?冊子などがあればそちらでも構いません。」


「新規登録ですね、かしこまりました。初心者講習でしたら明日の昼から行われますよ。参加されますか?」


こちらの登録用紙にご記入ください。と渡され一瞬字が書けるか心配になったが杞憂でした。普通に日本語を書いてるつもりが、勝手にこの世界の言葉に翻訳されるようです。便利ですねぇ。


「費用などはかかりますか?必要な持ち物なども、あれば教えていただきたいのですが。」


「参加無料ですが予約制です。持ち物は特にありません。明日はちょうど空きがありますよ?」


「それは重畳。よろしくお願い致します。」


名前や年齢などの必要事項を記入した登録用紙を渡すと、目の前にたくさんの蝋燭が突き刺さった燭台を出されて首をかしげる。んん?なんでしょうか。


「ステータスの測定を行います。こちらの燭台を握りますと結果が下のカードへ反映されます。上の蝋燭は魔力量を測る為のもので、炎の色は属性を表します。」


説明してくださるお嬢さんを横目に、うっすらじんわりと嫌な予感がする。私には虫の知らせを察知できるほど優秀な第六感は持ち合わせていないのですが、


「クックック…」


頭上で猫とはおもえない忍び笑いをしてる方がいらっしゃるんですよねぇ…。しかし測定を拒否するのは不審者過ぎる。これから起こるであろう珍事にはぁ、とため息一つ燭台を握ると、


「きゃあッ!」


バチバチッ!と豪快な音を立てて線香花火のような細かい火花を散らしながら蝋燭が全て溶け消えてしまいました。お嬢さんには驚かせてしまって大変に申し訳ないです…。私も驚いていますので許してほしい…。


「どうした?」「なんだ今の!」「なにがあったんだ」「おいなんだあれ…」


たまたまこちらをみていた人やお嬢さんの悲鳴に振り返った人達の視線が私と測定器具に突き刺さり、ざわざわと波紋が広がっていく。いたたまれず身をすくませる私とは真逆に、シンシャさんは堪えきれないと云わんばかりに笑っています。遺憾の意。


「どうした。」


低い声と共にフッと影がかかり思わず顔を上げると目の前には大きな岩山のような男性がお嬢さんに声をかけていて。カウンターの内側にいると云うことは職員の方ですよね。お嬢さんはおろおろと男性と測定器を見比べると半べそのまま男性の耳元へ手を当てて、


「ま、マスターそれが…、新規登録を行おうと…何故か測定器が…、」


こそこそゴニョゴニョと密談が始まってしまいました。うう、お嬢さんこの方を『マスター』と呼んでましたよね。冒険者ギルドでマスターなんて『ギルドマスター』確定じゃないですか最高権力者やだぁ…。


「…おうち帰りたいです、」


遠い目のまま漏れでた心の声とヒンッと鼻を啜ってしまいシンシャさんを更なる笑いの渦へ叩き込んでしまった。もはや箸が転がっても笑うことでしょう。


「なるほど、話しはわかった。おい!騒ぐんじゃねぇただの故障だ。」


男性のよく通る声が建物内に響くと、方々から「なんだよ」「驚かせやがって…」「それでよぉ」「飯まだかぁ?」とあっという間にもとの空気に戻って行った。ここ以外は。


「ッつー訳でな?嬢ちゃん悪いが応接室まで同行してくれや。」


「かしこまりました。」


すぐに男性へ返事をして、促されるまま後に続く。お嬢さんの横を通りすぎる際に驚かせてしまってすみませんでした。と頭を下げましたが許してくださるでしょうか…。


案内された応接室で勧められたソファに腰を下ろすとシンシャさんが飛び降りてもにもにと両前足を前後させてソファの柔らかさを堪能している。…うう、可愛い。さっきまでこ憎たらしかったのにずるい方だ。


「んじゃま、もっかい頼む。」


「はい。」


お茶と共に机の上にだされた測定器。先程と同じように燭台を握ると、またバチバチと火花が…散ることはなく。6本の蝋燭に白い火が灯りその一つ一つに虹の様な輝きを纏わせている。


「…測定器に問題はねぇな。結果も異常無し。」


「よかった。」


男性の言葉に胸を撫で下ろし、ついでにさっきのはシンシャさんが原因なのだろうな。と勘づいてしまった。すい、とシンシャさんに目を向ければそ知らぬ顔で香合を組んでいて…イタズラ好きなのは猫だからですか?


「異常がねぇのは測定器の方だ。悪いが嬢ちゃんにはちっと問題があるな。」


「えっ。」


ひら、と男性が軽く挙手するといつの間にか私の座るソファの周りを三人の男性が囲んでいて。いつからいたんだろうか。


「俺はギルドマスターのルドルフ。よろしくな。これから何個か質問に答えてもらいてぇんだが…。」


「あ、はい。竜胆佐々良(りんどうささら)と申します。よろしくお願い致します。」


向けられている刃物に驚きつつ返せば、マスターさんの片眉が跳ね上がる。


「肝が太ぇのか…戦いなれてる感じじゃあねぇな。」


「そうですね。つい先日めった刺しにされましたので、どちらかと云えば刃物は収めていただけるとありがたいのですが…。」


「やっぱ渡り人か。」


「それが異世界人を指す言葉なのでしたら、私は渡り人ですね。」


「…わりぃな。渡り人は()()()()()()()()()()()()()、命が脅かされるとこちらに渡ってくる。その時『神』とやらに超常な力を授けられるらしくてな。警戒するに越したこたぁねぇだろ。」


「おっしゃる通りですね。私は現在完全に不審者ですからお気になさらず。お仕事ご苦労様です。」


マスターさんと武器を持つ方々に頭を下げるとマスターさんは眉間を寄せて頭をガリガリ掻きながらやりずれぇな。と呟かれた。ふむ。過去にこの世界に無体を働いていた渡り人がいたのかな?しかし超常な力。と言いつつ三人で武器を向けて威嚇…牽制ですかね、をしてくると言うことはこの方々が凄くお強いか、私がどんな力を持っているかご存じかの二択ですか。


「で?さっきは随分物騒なことを言ってたな。死んだのか?」


「はい、通り魔にめった刺しにされまして。」


「…そんな穏やかな顔で言うことじゃねぇだろ。」


いやぁ参りますね。なんて笑って見せる私とは対照的に顔をしかめるマスターさん。気になさらなくてもいいんですがね。


「ストレス社会の昨今ですからねぇ。あそこまで見事にバラバラにされると若干他人事と言いますか…。」


「視てたように言うな?」


「…恐らく三度目あたりで絶命したんですが、シンシャさんに回収された後に自分がバラバラにされるところを鑑賞してましたね。」


一度目は衝撃、二度目は熱さ。三度目に振り返ったときにみたあの『眼』。それらは目蓋を閉じれば鮮明に思い出せるけれど幸いにも痛みを思い出すことができない。余程間髪いれずに突き刺したのでしょうねぇ。そう言葉にすれば、マスターさんに複雑そうな顔を向けられてしまった。


「まぁ、私のつまらないお話しはここまでで。他に何かご質問はありますか?」


「…その猫は嬢ちゃんの猫か?」


「シンシャさんは私が腰を落ち着けるまでの用心棒さんです。」


マスターさんに答えているうちにシンシャさんが大あくびをしては身だしなみを整えている。一通り終わったのか当たり前のような顔で膝上に乗ると、私の手にお顔をズイと刷り寄せて座ってくる。…なんですかシンシャさん。そんなお可愛らしいことをして…!


「シンシャ、は嬢ちゃんを『回収した』っていう奴の名前だろ?」


「はい。死んだ私の魂…とでも言いますか。それを回収したのがこちらのシンシャさんです。」


「…なんで一緒にいんだ?その猫も異世界人ってことだろ?」


「異世界人と言うか異世界猫と言うか…。目的は観光…ですかね?」


首をかしげる私にマスターさんもよくわかんねぇな。と言う顔で私の膝上でアゴ下をこしょこしょと撫でられているシンシャさんをみつめる。そんなシンシャさんはちろり、と片目を細く開けて


「この世界の神とは話をつけてあるからなぁ。俺様に手ぇ出そうなんて考えんなよ。」


ニヤッと笑った。ガチャンッと背後から武器を構えた音が聞こえるのと、マスターさんが手を上げてそれを制するのが同時でした。…いやはや。ことが起こってから現状を観察してわかったつもりでいますが、実際された瞬間には対応できていないので私は気付かずに死んでいそうですね。


「それから…()()()はオマケだが、俺様のモンに勝手すりゃあどうなるか…わかんだろぉ?」


ゆらりとシンシャさんの姿が陽炎のように揺らめいて、マスターさんが息を飲む。…こんなところで元の大きさに戻っては、応接室にみっちりつまってしまうのでは?


「シンシャさん。いけませんよ。」


「ああ?」


「悪戯に相手を刺激するものではありません。今すべきは信頼関係の構築です。」


振り仰いで私と目を合わせたシンシャさんは、それはそれは怪訝なお顔で。 


「…お前なぁ。状況わかってんのか?獲物向けられて黙ってろってのかよぉ。」


「そも、シンシャさんが測定器にイタズラしたのでしょう?そんな不審な人物に無手で挑むなんてしませんよ。マスターさんの対応はごもっともです。」


器用に眉間にシワを寄せているシンシャさんのおでこを揉むように撫でつつ、ダメです。と念を押す。しばらく考え込んでいたようだけどハァ。とため息をつかれた。


「…微温湯ばっか浸かってっと、ふやけんぞ。こいつ等にやられたらどうすんだぁ?」


「ふふ、シンシャさんが護ってくださるので大丈夫ですよ。」


「………。」


背中を緩くなでるとフン、と鼻をならして背中を向けられてしまった。けれど膝から移動する気はないんですね。これが猫のツンデレと言う奴かな?

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