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本日あまとろデー

作者: 霊闇レアン

「ほいさー、みんなお待ちかねのチョコだよっ。感謝して受け取りな!」


一人の女子が教室中にラッピングされた袋を投げる。待ち構えて取る者もいれば取り損ねて落とす者もいる。


中に入っているチョコには、


『Happy Valentine』


と書かれている。


この女子は毎年クラス全員に配るらしい。名前は東堂美佳。雑誌で特集を組まれるほどの美形で、学校のアイドルだ。


彼女に惹かれる者は多いだろうが、俺は別の人に期待を抱いている。


東堂の影でダンボールを抱えている女子が約一名。小柄で中学生とよく間違えられそうな容姿の倉木百香さんは控えめに東堂の様子を窺っていた。


東堂はチョコを配りもとい投げ終えると、後ろにいた倉木さんに話しかける。


「さーて、終わったわー。次は百香の番……って何この量!? お菓子屋でも開くんですかっ」


「ち、違うよ。板チョコ一箱って頼んだらおじさんがダンボールで持ってきたから……」


「そのまま受け取ったのかいっ。このすっとこどっこい!」


早口の東堂はそのまま続ける。


「しゃーないね。ドジも百香の魅力だし。手伝ってあげよっか?」


「い、いいよ。美佳ちゃんの場合また投げちゃうでしょ。壊れたら困るから一人ずつ配るよ」


その台詞にクラスの男子が耳を傾ける。

 東堂ほどではないにしろ、倉木さんも人気があるのだ。故に個別にチョコを配るなんて言ったら、少しは期待してしまう。


「いやいや、百香が配ったらドジって余計に壊れるでしょ」


東堂の台詞に聞いていた全員が頷き、倉木さんは頬を膨らませる。


「もぅ……。大丈夫だよっ。気をつけるから!」


そう言って東堂を制しようとするが、ダンボールを抱えていたためにうまくいかなかった。そんな様子にますます惹かれる。


「ま、気をつければいっか。ほら、男子が待ってるよ。本命はいるのかなー?」


今度は頬を赤くした倉木さんが、


「き、期待はしないで下さいっ」


と言いながら順番に配り始める。


倉木さんは何度も危なっかしい場面を演出しながらも着実に配っていく。途中、何度も男子たちに質問攻めにあっていた。


このクラスは男子が若干多い。同時に、カップルも少なくないはずだが。


 倉木さんは軽く流しながら席の間を進んでいく。


 賑やかな教室内に向けて東堂が言う。


「おーい男子! あんまり百香をいじめんなよー。あたしにはそんなこと聞いてなかったろう!」


すでに倉木さんから受け取った男子たちが騒がしく言い返す。


「はいはい、わかりましたよっ。東堂に聞いたってどうせ答えないだろ?」


「はっ。あたしのタイプを教えてほしいか男子共! 少なくとも今騒いでる奴らの中にはいないけどねっ」


「結局かわんねーよ!」


などと、倉木さんが半分ほどに配り終えたあとでも、男子と東堂は相変わらずな会話を続けている。


あいにく俺の席は最後から二番目で、幸か不幸か後ろは倉木さんなため、今は最後ということになる。


下手に騒いで倉木さんに迷惑をかけたくないため、東堂から貰ったチョコを食べながら待つ。


 義理だとわかっていても期待はしてしまうし、受け取った男子の一瞬だけ落胆する様子を見ると、なおのこと期待は高まってくる。


「うまい」


何気なく食べたチョコは売っているものよりも遥かに美味しかった。やるな東堂。


気がついたら倉木さんは俺の前の女子まできていた。


男子の熱は他の女子に移っており、こちらに注目する人はほとんどいなかった。


 ついに倉木さんに名前を呼ばれる。


「あの、ごめんね。柊君の分だけ持ってき忘れちゃった……」


予想外の言葉に驚くが、ダンボールの中にはまだ包みが大量にある。


「え、俺はこれ貰えないの? あ、ごめん。つい」


図々しくなった態度を謝るが、倉木さんは首を振る。


「部員の分なんだよね……」


そう言って小さくなりながら、俺の耳元で囁く。


「お詫びに、き、今日うちに来て、ほしいな……」


渡されたのはみんなが持つのと同じ包み。だが、重さは感じなかった。


そそくさと後ろの席に倉木さんが着いてしまったので、あまりにも衝撃的な台詞の真意を確かめる訳にもいかず悶々としていたら、今日最後の自習時間が終わり放課となった。


帰り際に後ろから、


「う、うちで、ま、待ってるね」


と聞き慣れた声をかけられ、もしかしたら、という期待が異常なまでに高まる中、包みに入っていた手作りの地図を頼りに倉木さんの家まで行った。


目的地に着くと、涙目の倉木さんが俺を見るなり頭を下げてきた。


「ごめんなさい!」


俺はただショックだった。


 まさか告白もしないでふられるとは期待どころの話ではなかった。と思いかけたところで、


「鞄に入れてたみたいで、忘れてきちゃった……」


救いの言葉をかけられた。まだ救われたわけではないが。


最後の希望だ、と自分に言い聞かせながら倉木さんに声をかける。

 

 二時間後、うちのクラスに新たなカップルが誕生した。


あの後、誰もいない教室で倉木さんから巨大なチョコを貰いながら告白されたのは、この世で二人しか知らない。

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