ぱりぱりパーティー
地図にはのっていないほど小さな国に、誰にも見つからないほど小さな人たちが暮らしていました。
小さな国は、世界のどこよりも早く冬がおとずれます。
小さな人は、冬の精霊です。雪が降り始めると生まれ、雪が溶けるころには誰もいなくなります。小さな国に降る雪のいくつかが人みたいな姿になるので、体が雪でできているのかもしれません。
今日は晴れていますが、とても寒いです。深く積もった雪で辺りは真っ白だし、林に囲まれた湖には氷が張っています。
精霊たちはひだまりで身を寄せ合って、よく晴れた空を見上げていました。雲ひとつない完璧な晴れです。
木の枝に積もった雪のかたまりがどさりと落ちました。
「いたた……」
雪をかき分けて出てきたのは、小さな精霊たちよりもさらに小さい精霊でした。生まれたての精霊です。
きょろきょろと辺りを見回していると、一人の精霊がかけよってきました。
「やあ、ポンペ。おそかったね。君がこの冬最後の精霊だよ」
「ポンペってぼくのことかい?」
「そうさ。君の名前さ。おれのことはユポって呼んでくれればいいよ」
生まれたてのポンペにはなにもわかりませんでしたが、先に生まれたユポはもうすべてをわかっているみたいで、頼もしく見えました。
「ねえ、ユポ。みんなはなにをしているの?」
ポンペが不思議に思うのもむりはありません。精霊たちはみんなそろって空を見上げているのですから。
「あれはね、役目を果たすためにお日様を見ているんだよ」
「役目? お日様を見ることが? まぶしいじゃないか」
「君はなんにも知らないんだな」
「知らないよ。だって、ぼくは生まれたばかりだもの」
ユポは「それもそうだな」と思って、小さな弟にいろいろと教えてあげることにしました。
「よく見てごらんよ。このお日様はまぶしくないだろう?」
ポンペはおそるおそるお日様を見上げました。すると、布でつつんだようにぼんやりとした明るさでした。
「あれれ? さっきはもっと明るかったのに」
そうしている間にも、お日様はどんどん暗くなっていきます。お花が枯れていくみたいにしわしわになって、しまいにはぽろりと空から落ちてしまいました。林のひらけたところに転がったお日様の周りに精霊たちが集まります。
「たいへんだ! お日様が枯れちゃった!」
びっくりしているポンペの肩にユポの手が置かれました。
「ここからがおれたちの出番さ。ポンペも役目を果たすんだぞ」
ポンペはユポにつれられて、ほかの精霊たちが集まっているところまでいきました。
精霊たちの輪の真ん中には、枯れて落ちてきたお日様がありました。お日様はもう輝きを失ってまぶしくありません。しわしわの固まりは、見るからにかさかさのぱりぱりです。
「ねえ、ユポ。ぼく、なにをすればいいの?」
「みんなの真似をすればいいよ」
みんなはお日様のはがれかけた部分をぺりぺりとはがしていきます。ポンペもユポと一緒にぺらぺらしたところを次々とはがしました。お日様のかけらは、まだほんのりとあたたかくて気持ちいいので、、ポンペはギューッと抱きしめまてみました。すると、枯れてぱりぱりになっていたお日様はたちまち粉々にくだけてしまいました。
「わわわ。どうしよう、ユポ。ぼく、お日様をこわしちゃった!」
「ポンペ、よく見てごらんよ。それでいいんだ」
「え? いいの?」
たしかに、みんなもお日様のかけらを粉々にしています。そしてそれを積もった雪の上にまいています。ユポもみんなと同じように粉をまきはじめまたので、ポンペもあわてて真似をしました。
みるみるうちに、枯れたお日様はすっかり粉々になってしまいました。
お日様がなくなったので、辺りは真っ暗です。けれどもお月様やお星様がすうーっとおりてきて、ほんのり明るくなりました。
すると、精霊たちが歌い始めました。歌に合わせて踊ります。湖の氷を楽器にして演奏する精霊もいます。薄い板みたいな氷を少しずつ割って音をだすのです。
ぱり、ぱり、ぱりん。
ぱり、ぱりん。
「パーティがはじまったよ。さあ、ポンペ、おれたちも踊ろう」
ポンペは、お日様がいなくなって大変なときにこんなことしていていいのかな、と心配になりましたが、ユポに手を引かれていつのまにか踊りの輪に入っていました。
ぱり、ぱり、ぱりん。
ぱり、ぱりん。
みんなで手をつなぎ、輪になって、お日様だった粉のまわりをぐるぐる回ります。
ぱりん、ぱりん。
ぱり、ぱり、ぱりん。
ぱり、ぱりん。
お日様の粉は、いつしか雪にまぎれて見えなくなっていました。
「ああ、これからはずっと夜なのかな」
ポンペは踊りながらそう思いました。
そのときです。
積もった雪がむくむくと盛り上がってきました。それを見た精霊たちはそろって嬉しそうな声をあげました。
「ユポ、なにが起こっているの?」
「これかい? ここまでくればもう安心さ」
「安心ってなんのこと? ぼくたちの役目のこと?」
「そうとも。ほらごらん。大きな卵になった」
ユポのいうとおり、盛り上がった雪は大きな大きなまんまるのかたまりになっていました。
「さあ、しあげだ」
ユポはそういうと、大きな卵の殻をむきはじめました。ユポだけではありません。精霊たちみんなが卵の殻をむいています。ポンペもあわてて卵に手をのばしました。
ふれてみると、それは殻というより皮といった感じでした。ぱりぱりの皮をぺりぺりとむいていくと、中から光の玉があらわれました。大きな大きな光る玉です。お日様と同じくらいに。
「せーのっ!」
精霊たちは声をそろえて玉を持ち上げました。ポンペも背伸びをしてささえます。大きいのに重さを感じません。
「10!」
だれかがさけびました。
「9!」
みんなが声をそろえます。
「8、7、6……」
ユポも大きな声で数えています。ポンペも一緒に数えました。数がへっていくたびに玉はどんどん光っていきます。
「……5、4、3、2、1」
もうまぶしくて目をあけていられません。
「そーれっ!」
精霊たちは力いっぱいに飛び上がって、光る玉を空におしあげました。
玉はゆっくり昇っていきます。
いつのまにかお月様もお星様もいなくなっていて、辺りは明るくなっています。雪も氷も光を浴びて、きらきらと輝いています。
「ユポ、ぼくたちの役目って、これのこと?」
「そうだよ。一年間照らし続けてくれたお日様から、次の一年を照らすお日様に生まれ変わるお手伝いをするんだ」
「ぼく、役目をはたせたのかな」
「もちろんさ。それに、次はもっとうまくできるさ」
「ぼく、がんばるよ」
「じゃあ、また一年後に会おう、ポンペ」
「うん。また一年後に。ユポ」
ふたりは手をふると、新しいお日様の光の中を歩き始めました。
小さな国の小さな精霊には、大切な役目があります。一年の終わりを見届けて、新しい一年を送り出す役目です。
役目を終えた精霊たちは、世界中に散らばって、それぞれの一年をすごします。そしてまた小さな国に冬がやってくるころに集まるのです。
今年もまた、小さな国に精霊たちが集まりはじめています。
(おしまい)