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小さな恋のうた  作者: ちい。
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第8話 変化(盛田×柳川)

 私は一人が好きだ。昼休みのざわついた教室を離れ、この静かな図書室の隅の席に座り、一人で黙々と絵を描いている時間が大好きだ。

 

 中学に入学してから、ずっと続けている。友達がいないわけではない。いる事はいる。ごく僅か、同じ美術部の女子部員とクラスの女子、数名。たまにその部員の子と過ごす事もある。でも、ほとんどここにいる。

 

 私は人と接するのが嫌いなのではない。苦手なのだ。人見知りで極度のあがり症。しかも、ネガティブ思考。だから、慣れた人達以外と関わりたくない。本当はそれじゃ駄目だと分かっている。分かっているけど、やっぱり怖い。

 

「上手やね」

 

 図書室へ通いだして半年程が過ぎた一年生の十月の半ば。その日はとても天気が良く、少し汗ばむ陽気であった。相変わらず図書室の隅の席で一人で絵を描いていた時、突然、背後から声がした。驚いて後ろを振り返ると、そこには一人の男子が私の描いている絵を覗き込む様に見ていた。

 

「……え」

 

 柳川(やながわ)颯人(はやと)

 

 同じクラスで、確か野球部。他の同級生達よりも身長も高く、体格も良い。どちらかと言うと、体格的に威圧感を感じてしまう苦手なタイプの男子。そんな柳川君は、昼休みに他の男子達の様に大勢で騒ぐのではなく、たまに図書室で一人、読書をして過ごしている姿を見掛ける。

 

 今までは私も声を掛けなかったし、柳川君も声を掛けて来なかった。

 

「あ……う……」

 

 不意に声を掛けられ、いつもの人見知りが発動して驚き固まっている私を見た柳川君は困った様な顔をして、ぽりぽりと頬を掻いている。

 

「あ、ごめん。驚かすつもりはなかったとばってん……いつも絵ば描きよるんは知っとって、なんば描きよるんかなって思って……つい」

 

 こんな時にも私は上手く喋る事が出来ない。ただ黙って俯いているだけ。

 

「邪魔やったね……本当にごめん、ならまたね」

 

「……あ」

 

 柳川君はそう言うと、本当に済まなそうな顔をして私の前から去っていった。確かに突然声を掛けられたのには驚いた。でも、絵を褒めてくれた事は嬉しかったのに。そのお礼を言おうとしたけど、やっぱり言葉が出なかった。

 

 それからも、柳川君は図書室に何度も来ていた。だけど、私へと声を掛ける事はなく、私も一人、黙々と絵を描き続けていた。

 

「あーっ、やっぱりここにおったっ!!盛田(もりた)ちゃん、担任が呼びよったよ」

 

 静かな図書室に響き渡る一際明るい声。同じクラスの五木(いつき)さん。明るい栗色の長い髪。他の女子よりも短いスカート。すらりと伸びた長いきれいな脚。彼女で良からぬ妄想を抱いている男子も少なくないと聞く。私と対照的な女子。人と接する事が下手な私とも分け隔てなく話し掛けてくれたお陰で、五木さんとはある程度の会話が出来る。

 

「……え……わ、分かった」

 

 いそいそとスケッチブックと色鉛筆を片付けている私へ、何かと喋り続けている五木さんが、図書室にいる柳川君に気がついた。

 

「柳川じゃん、あんたも図書室に来とったったい」

 

 ちらりと顔を上げ五木さんへと手を上げる柳川君。だけどすぐに本へと視線を戻す。そんな柳川君に苦笑いをした五木さんは根気よく私が片付け終わるのを待ってくれている。

 

「ご、ごめんね……」

 

「良かよ、急がんでも。ゆっくり片付けり」

 

 また柳川君がちらりと顔を上げこちらを見た。うるさかったのだろうか。柳川君と目があった私は慌ててぺこりと頭を下げると、その様子がおかしかったのか柳川君はくすりと笑うと手を上げてくれた。

 

 その後、私と柳川君は、図書室で顔を合わせると挨拶する様になった。私が頭をぺこりとさげ、柳川君はにこりと笑って手を小さく上げてくれる。そんな言葉を交わす事のない無言のやり取りだけど。

 

 それでも私にとっては特別な事だった。でも、それは図書室だけ。靴箱や廊下、ましてや教室では出来ない。人のほとんどいない、昼休みの図書室だけ。

 

 そんな関係がしばらく続いた日の事である。静かに本を読んでいた柳川君が私の方へと近づいて来るのが分かった。そして、私の前まで来ると、何かもじもじしながらこちらを見ている。

 

「あ、あのさ……良かったら、盛田さんの描いてる絵ば見せてくれん?……いや、無理にとは言わんけん」

 

 大きな体に似合わない小さな声だった。少し俯き加減で頬を掻きながら。私は突然の事に驚き、ただ柳川君を見つめる事しか出来なかった。

 

「……えっと……ごめん、無理ば言った……」

 

 私の前から慌てて立ち去ろうとした柳川君。私は思わず立ち上がり、柳川君を追いかけると制服の裾を掴んだ。振り返った柳川君が驚いた表情をしている。

 

「よ、良かよ……」

 

 私はスケッチブックを押し付ける様に柳川君へと渡すと、呆気に取られていた柳川君がスケッチブックを開き、ゆっくりと丁寧に、一枚一枚を捲りながら見てくれている。恥ずかしかった。美術部で描いている絵とは違う。誰かに見せる為の絵ではない。自分が描きたいから、描いているだけの絵。

 

「やっぱり……上手やね。色鉛筆でここまで色をきれいに塗れるとたい……」

 

 柳川君が感心した様に呟く。その言葉を聞いて、さらに恥ずかしくなる。でも、嬉しかった。

 

「あ、ありがとう……」

 

 今度は素直に言えた。あの時、言えなかったお礼の言葉。

 

「いや、俺の方こそ……ありがとう」

 

 そう言って優しく微笑む柳川君の顔を私は直視する事が出来なかった。

 

 

 

 あれから私と柳川君は中二になってから別々のクラスになったけど、柳川君は相変わらず図書室で本を読んでいる。私も変わらず図書室で絵を描いている。

 

 秋の暖かな陽射しが差し込む窓際の席に座り、静かに本を読んでいる柳川君。ふと壁の時計を見ると、そろそろ昼休みが終わろうとしている時間だ。ふぅっと溜息を一つつくと、私はスケッチブックを閉じた。

 

 

 

「あの絵、描き終わったん?」

 

「……うん」

 

「なら、また今度、見せてくれん?」

 

「……うん、良かよ」

 

 でも、少し変わった事がある。それは、私の絵を柳川君が見てくれる。そして、無言の挨拶だけから、少し話せる様になった。

 

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