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ラッキーボーイ  作者: 宮藤 隆
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パラレルワールドその参、人間には決して見る事は出来ないが、選択肢の数だけ無数に並行世界が存在する。~佳苗の場合

最終回となります。宜しくお願いします。

ぼくは佳苗と結婚する事にした。男なら自分の行動に責任を持つべきだろう。


ぼくは社長の縁談を断ったうえに佳苗との関係もバレてしまったので、もう会社にはいられなくなった。執筆中の脚本も結局完成させる事が出来なかった。


亜希子は華麗なる転身を遂げていた。自らがモデルをつとめるアパレルブランドを立ち上げたのだ。オーナーはカリスマプロデューサーの狩野恭介。亜希子の美貌に目をつけ出資したのである。狩野は短期間で会社を立て直し、今では多角化経営を推し進めている。


ぼくは小さな縫製工場で働きはじめた。そこは狩野の傘下の下請け会社だった。ぼくは皮肉な事に亜希子のデザインした洋服を毎日作っているのだった。


狩野は最初から無理な納期を要求し、それが守られなければ当初よりずっと低い金額で買い叩いた。労働条件は劣悪になり次々に人が辞めていった。


ある日、狩野が派手な外車に乗って工場にやって来た。


「社長を呼んで来い。今すぐにだ」


応対した男は急いで奥に飛んでいった。狩野と視線があった。狩野はぼくを一瞥して言った。


「はて、君とは以前一度どこかで会ったかな?」


嫌味な奴だ。ぼくがライバル会社の社員だったのを知っているのだろう。


「わざわざ、こんなところまでお越し頂いて恐縮です。汚いところですが、どうかごゆっくりしていってください。今、何か冷たいものでもお持ち致しますので」


慌てて出て来た社長は親子ほど年の離れた狩野にぺこぺこと頭をさげた。


「こんなところに長居などしたくはない。要件が済んだらすぐに帰らせてもらう。あれほど言っておいたのに納期が遅れているようだな。これはわが社の信用に関わる問題なのだぞ」


狩野はマスコミの前で見せる爽やかな印象とは大違いだった。まるでヤクザのように恫喝がさまになっている。


「なにぶん人手が不足しておりまして。募集をかけましても、縫製工は熟練を要すものですから、新人にすぐに勤まるものではございません。現在徹夜で作業を続けておりますので、 何卒今しばらくのご猶予を」


社長はそう言って何度も頭を下げた。


「ふん、そんな事は俺の知った事ではない。貴様たちもプロならきちんと納期を守ったらどうだ。これ以上遅れるようなら取引は中止する。いいな」


狩野はそう言い捨てると足早に出ていった。


それでもぼくは家族の為に必死で働いた。だが佳苗は炊事や家事を一切やらず、子供を保育園に預けたまま、夜遅くなっても家に戻らなかった。息子もいっこうにぼくになつこうとしない。


ぼくは通帳を佳苗に預けてしまった為、預金はどんどん減っていき、かわりにブランド品が山のように部屋に積まれていった。


ある日、息子がケガをしたので医者に診てもらうと、息子は自分からは生まれるはずのない血液型である事がわかった。佳苗を問いつめると家を飛び出したまま帰ってこなかった。


しばらくして離婚届が送られてきた。ぼくはまったくの甘ちゃんだった。情に流されず、こういった事はきちんと調べておくべきだったのだ。だが、もともと結婚を切り出したのはぼくだ。裁判をしても勝ち目はない。ぼくは離婚届に判を押した。


あみだくじで人生を決めるとは馬鹿な事をしたものだ。でも、他の道を選んでいてもどうせたいして違いはなかったのではないかとぼくは考えるのだった。


ーこの男はすべての選択肢に於いて失敗したようである。だが本当にこの男に幸福を掴むチャンスはなかったのだろうか?わたしは今一度、あの夜の公園を覗いてみる事にした。


公園にはもうひとり男がいた事を覚えておられるだろうか。ダンボールの箱に居を構えた哀れなホームレスである。

この男の名は狩野恭介。事業が失敗し、多額の負債を抱え、借金取りから逃げまわり、今や公園で生活するまでに落ちぶれている。


狩野はベンチに座っている男をじっと凝視していた。

べつに男色の性癖があった訳ではない。お目当ては男が地面に落としている煙草の吸殻だった。もう何ヵ月も煙草を吸っていない。ああ、煙草が吸いたい。その一心であった。


男が立ち去るのを見届けると狩野はベンチにかけ寄った。まだたっぷり残った吸殻が地面に散らばっている。


ライターで火をつけて息を吸い込むと幸福感で体が充たされた。今日はなんと素晴らしい日なのだろう。ふと足下を見ると封筒が落ちていた。おもてに何か書いてある。あみだの線がひかれて、最後に三人の女性の名前が記されている。


すると、あの男はあみだくじで女性を選んでいた訳か。ふざけたやつだ。封筒は厚みがあり空ではなかった。なかを取り出してみるとそれは宝くじだった。


彼は末等でも当たっていれば今度はビールが飲めると仄かな期待を抱いてそれを売り場に持っていった。それは一等の当たりくじだった。


彼は一日にして億単位の金を手に入れた。だが、彼はそれで良しとはしなかった。会社を立て直すにはまだまだ金が必要である。彼はその金を迷わずギャンブルにつぎ込んだ。さすがはカリスマプロデューサーと呼ばれていただけの事はある。その豪胆さは常人離れしている。彼は連戦連勝で元手を何十倍にも増やし、会社を見事に立て直した。まさにラッキーボーイと呼ぶほかはない。


逆にベンチに座っていた男は女性選びに夢中になるあまり、自ら幸運を手離してしまっていたのである。


この話に教訓めいたものは何もないが、人生の幸運とはどこに転がっているかわからないという事を記憶に留めておいてもらいたいものである。



ご愛読ありがとうございました!

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