パラレルワールドその弐、人間には決して見る事は出来ないが、選択肢の数だけ無数に並行世界が存在する。~亜希子の場合
パラレルワールド2回目。主人公の本命の亜希子を選んだストーリーです。主人公は幸福を掴む事が出来るのでしょうか?
ーぼくがあみだをたどるとすぐに答えは出た。ぼくは亜希子に決めた。もちろん、今の時点ではそれはただの願望にすぎない。だがぼくがこの作品をものにすれば、きっと彼女もプロポーズを受け入れてくれるはずだ。
ぼくは思いきって仕事を辞め、執筆活動に専念する事にした。後悔はない。トミ子との縁談を断れば、どのみち会社に長くはいられなかっただろう。
亜希子はぼくに別荘を用意してくれた。そこは人里から遠く離れ、テレビもなく、ネットも繋がらないところだった。おかげで誰にも邪魔されず執筆活動に集中する事ができた。
亜希子は週末に顔を出し買い物やその他雑用を引き受けてくれた。彼女の振る舞ってくれる手料理が何よりの楽しみだった。
仕事がひと区切りつくと、原稿を読んでもらい助言を求めた。ソファで二人で寛ぐ至福のひととき。亜希子との仲はどんどん親密になっていった。
ついに作品が完成した。ぼくは亜希子に原稿を送ると東京には戻らずこの場所でしばらく養生する事にした。寝る間も惜しんで原稿を書き続けた為、体がすっかり衰弱していたのだ。
朝は小鳥のさえずりで目をさまし、散歩に出かける。吐く息は白く、澄んだ空気に肺が充たされる。朝日を浴びてきらめく山の稜線に視線を投げかけながら森へ分け入ると、都会よりもいっそう濃く強い生命の息吹きを感じる。ぼくの体はみるみる回復していった。ここを拠点に亜希子と暮らすのも悪くない。あとは吉報が来るのを待つだけだ。
だが、いつまでたっても返事が来なかった。何か作品に致命的な欠点があったのだろうか。亜希子に何度電話しても繋がらない。もうここでゆっくりしている場合ではなくなった。ぼくは急いで東京に戻った。
ぼくはD社を訪ねた。驚くべき事に亜希子はすでに会社を辞めていた。ぼくは顔見知りの吉野という男をつかまえて彼女の消息を尋ねた。
「彼女が今どこにいるか知らないか?至急連絡を取りたいんだが、いくら携帯に電話しても繋がらないんだ」
すると吉野はいった。
「さあね。ネットで調べたほうが早いんじゃないか?彼女は超有名人だからね。彼女の一挙手一投足にマスコミが注目している。彼女が話題にのぼらない日はないくらいだ」
亜希子が有名人だって?何がなんだかさっぱり分からない。吉野は呆れて言った。
「君は本当に情報に疎いんだな。外国にでも行ってたのかい?今や芸能ニュースはG社の新作映画の話題で持ちきりだよ。ハリウッド映画並みの予算をかけた超大作さ。並みいる豪華キャストを押し退けて主役を張るのが彼女なんだ。それも彼女自身が書いた脚本でね」
吉野はパソコンを開いて映画の記者会見の様子をぼくに見せてくれた。確かに亜希子が写っている。
あまりの急展開に頭がついていかない。それにしても、G社は倒産寸前だったはずだ。なぜ、短期間で立て直す事が出来たのだろう。
「彼女は温めていた脚本をG社に持ち込んだのさ。プロデューサーの狩野はその作品の主演に彼女を抜擢した。彼女の演技力は未知数だが、美しさならどんな女優にもひけを取らない。話題性は抜群だよ」
亜希子が書いた脚本?悪い予感しかしない。一体どんな内容なのだろう。ぼくは彼女にいっぱい食わされたのではないか。映画のストーリーは日に日に明らかになっていった。間違いない。これはぼくの書いた作品だ。
「盗作されただって?聞き捨てならないな。何か証拠でもあるのかい?」
ぼくは彼女とのいきさつを吉野に話した。だが、証拠はない。今回の件はすべて亜希子が窓口になっていたからだ。
「なら諦めるしかないだろうな。もっとも、彼女ならそれくらいの事をやりかねないがね。彼女は社内でも鼻つまみものだったんだ。なんでも自分で勝手に決めて話を進めていたからね。でも結果として映画が大ヒットしているから誰も文句を言えなかったのさ」
映画が公開されると空前の大ヒットとなった。脚本は思った通りぼくが書いたものとまったく同じだった。亜希子の演技は高く評価され、その年の主演女優賞に選ばれた。しかも脚本賞とのW受賞だった。そして彼女は狩野との婚約を発表した。ぼくの心には復讐心だけが残った。
ぼくはゴシップ紙に暴露記事を書いた。だが、それはほんの一時マスコミをにぎわしただけですぐ立ち消えになってしまった。逆にこの事がぼくの作家生命を断つ事になった。
それにしても、あみだくじで人生を決めるとは馬鹿な事をしたものだ。ぼくは他の選択肢を選んでいたら今ごろどうなっていただろうとふと考えるのだった。
この男は第二の選択肢でも失敗したようである。では最後に第三の選択肢も見てみるとしよう。
次回で完結します。最後に佳苗を選んだ場合の主人公の運命と、ラッキーボーイの真の意味が明らかになります。