王子様
彼女が本当は、自分から衣服をすぐに脱ぎたがることをぼくは知っている。そもそも肌に繊維が絡みつくのが、あまり好ましくないのかもしれない。
いや、しかし小さなぬいぐるみの類なんかに、迷いなく柔らかい頬をうずめたがるさまも、当然知っている。
それら一連の動作には、あまりにためらいが見受けられない。時折ぼくは、そんな彼女を危なっかしくて仕方なくなってしまう。
一方、ほんの僅かに人とはずれた経験をしたり、趣味を持っているだけで、延々ためらいがちなぼくなどは、そう、そんな彼女のつるりとした眼には、恐らく映り込む余地がない。自覚はある。
「なあんて、きっと章くんは考えてるの」
自分が撫でてもらうほうが好きなくせに、ぼくの頭をやや震え気味に撫でるその手。に、もしも何か、ぼくなんかが想像もできないようなひどいことがあったとしたら、
「きっとね、許せないの。章くんて、そういうひと」
ぼくにはたぶん絶対に、あんまり悲しいことを考えさせてくれない。教えてくれない。
そう、彼女のことばは、いつだってどこか、芝居がかっているのが特徴的だった。
すぐに気が付いた。だから何回でも呼んでほしい。何回も何回も、彼女なりの精一杯でいい。
「。って一字一句まで、章くん、お見通しにされたがっていらっしゃるの、すぐにわかった。だからね。」
一音間をあけて彼女は言った。
「あ、」
聞き取れなかった。
「ふふ。章くんの考えてることなんか、全部お見通しなんだよ。そーんなこと、あるわけないんだから。あるわけないじゃん。章くんが、世界でひとりの王子様」