98 師弟の休日
翌朝、部屋で出かける仕度をしていると、セラさんがやってきた。
「服に合わせて髪を結いましょう」
ヘア用品持参でそう言う。わたしを椅子に座らせ、オイルをつけて丁寧に髪をとかし始める。両サイドの髪をとって上半分を三つ編みにし、頭の後ろにまわして縛ると、その上から赤いリボンを結んでくれた。
「できました。とっても可愛いですよ」
わたしは、姿見の前に行って自分の格好を見た。
白のブラウスに、短めのプリーツスカート。スカートと同じ丈の薄手のケープを肩に羽織って、下は黒のタイツと、先の丸い革靴を履いている。貴族のお嬢様というより、イギリスの女子高生みたいな格好だけど、セラさんが髪を結ってくれたおかげで何とかお嬢様感が出せていた。
「すごく可愛い。セラさん、ありがとう!」
「楽しんできてくださいね」
そう言うと、セラさんはにっこりした。
約束した時間にはまだ早かったが、玄関ホールにはシュルツの姿があった。街に出る時はいつもそうだけど、制服のようで制服でない少し制服っぽいカチッとした貴族服を着て、長剣を下げている。わたしの姿を見ると、軽く目を見張った。
「おめかししてきましたね」
わたしは、その場で一回転して見せた。薄手のケープがひらっとふくらむ。
「メイドさんたちが選んでくれた」
「そうだったんですか」
「可愛い?」
「ちゃんと女の子に見えます」
「あんまりスカート履かないしね」
「どうして、女の子らしい服装をしないんですか?」
「だって動きにくいから」
「でも女の子なんですから。たまには、こういう服装もした方がいいと思います」
「そうかな……」
「そうしないと、男の子だと思われてしまいますよ」
どういうわけか、お説教の流れになっている。
ふと見ると、柱の陰に昨日のメイドさんたちが集合していた。わたしたちの会話が聞こえていたようで「お母さんかよ!」みたいな顔をしてシュルツを睨んでいる。突撃してきそうな雰囲気だったので、わたしは急いでシュルツの袖を引いた。
「ここで話しててもあれだし、行こうよ」
「そうですね」
別荘を出て、島の転送基地まで歩いた。
ゲオさんの別荘は島の一等地にあるので、それほど遠くない。
転送基地の前で、シュルツが二つ折りの厚紙を渡してきた。
「アーベルから、無料のパスをもらいました。これはイチカの分です」
旅券よりひとまわり小さく、型押しされた模様の上に、銀色のインクで使用方法や注意事項なんかが書いてある。ハリファ市内ならどこでも使えて、一枚で五人まで乗れるそうだ。
「シュルツは、どっか行きたいとこあるの?」
「日用品の買い足しくらいですね」
「場所ってわかる?」
「地図をもらってきました」
「前にも王都に来たことある?」
「ええ。一度だけですが」
てことは、わたしと同じか、それ以上にわからんということか。
わたしはウエストポーチに手を触れた。買えそうなら買おうと思って有り金全部持ってきたけど、この分だとお店を見つけるのも大変そうだ。今日のとこはあきらめて、また次のチャンスを狙おう。
シュルツが、わたしを見下ろした。
「イチカは、何か買いたいものがあると言っていましたが?」
「えっと……そう、小豆売ってないかなと思って」
「ああ、あれですか」
「他の材料は厨房にあったんだけどね」
「どら焼き? をつくるんですか?」
「でもいいけど、今度はアンパン作りたいんだよね」
別荘の厨房にもコックさんがいるが、シェローレン屋敷ほど厳しい感じでもなかった。献立作りはセラさんが手伝ってるそうだし、忙しい時間帯でなければ、たぶん使わせてくれるだろう。
転送基地の人に日用品や食品を売っている場所を聞くと、壁に貼ってある地図を示しながら、場所を教えてくれた。
ハリファの街は、大きな湖を中心に広がっている。真円の湖の中央に王宮島があって、周囲には貴族街である十数島の群島。湖を取り囲むように庶民の街が広がり、転送基地の人によると、南側の湖畔に大きな商業地区があるそうだ。観光にも力を入れているそうで、王宮が綺麗に見えるという展望台の場所も教えてくれた。
ダーファスの転送基地はイベントホールみたいな建物だったけど、ハリファの転送基地はそれほど大きくない。公民館くらいの大きさで、柱だけが立っている室内に四つの台座が置かれていた。台座の大きさは、ダーファスにあったものの半分もない。馬車の乗り入れが禁止なので、そこまで大きくする必要がないのだ。
転送基地を乗り継ぎ、外へ出ると賑やかな街が広がっていた。
沢山のお店が軒を連ね、色んな服装をした人が大勢歩いている。王立図書館のあった辺りも大勢の人がいたけど、何だか客層が違う。十代、二十代の若者が多く、観光地でもあるせいか、お祭りのような雰囲気があった。異世界版、渋谷センター街といった場所のようだ。
わたしは、はぐれないようにシュルツに近寄った。
「食料品は最後にして、先にシュルツの買い物に行こうよ」
「いいんですか?」
「ちな、何買うの?」
「携帯用の小箒が古くなってしまったので新調しようかと」
「……何のために携帯しているの?」
「もちろん掃除をするためです」
「今も持ってるの?」
「いつも持ち歩いているわけではありません」
苦笑して言われた。苦笑したいのはこっちだ。
女子力高い女子が、小型クリーナー持ち歩いてる感じだろうか。いやいや、そんなもの持ち歩いてる女子なんか見たことも聞いたこともない。せいぜい、服の染み抜きくらいだろう。じゃあ、どういうことだ? すごく気になる。
「……持ってるの見たことないけど、いつ使ってるの?」
「野外で泊まる時とかですね」
「あっ、キャンプ道具的なあれってこと?」
「あれの意味がわかりませんが、まあそうです」
寝床の砂払ったり、足跡消したりするのに使うそうだ。これで謎が解けた。
「たぶん、あっちの方です」
地図を見ながらシュルツが言った。
非常に不安だが、一度来たことがあるという言葉を信じてついていく。賑やかな通りを進んでいき、右に曲がり、左に曲がる。歩くにつれ、お店の数が減っていき、人の数も減って行った。ひょっとして迷ってないかと思ったが、ソニアさんの店も分かりにくいとこにあったし、マニア向けの掃除道具を売る店がこの先にあるのかもしれない。
シュルツが立ち止まった。地図の上下を入れ替え、首をかしげる。
「……迷った?」
「いえ、まだ大丈夫です」
出た。言霊信仰だ。
大丈夫だと言い切ることで、現実をねじ曲げようとしている。
じゃあ、絶対迷ってるなあと思いながら、わたしは辺りを見回した。裏通りっぽいところで、お店はあるものの、あんまり繁盛している様子はない。大きな荷物を背負ったバックパッカーっぽい人や、腕を組んだカップルがちらほら歩いていた。
「一回、戻った方がよくない?」
「いえ。おそらく、今がこの辺りなので――」
言いかけたシュルツの手から、持っていた地図が落ちた。顔を上げ、剣に手をのばすが、その前に大きな影がシュルツに襲いかかった。
「イチカ! 離れて!」
襲ってきた男の拳を止めつつ、シュルツが言った。
直前まで姿がなかったから、屋根の上から飛び降りてきたようだ。
長身のシュルツより背が高く、紺色の髪に、どんよりした灰色の目をしている。剣を下げているが抜いてはなく、シュルツの腹に一発入れたあと、後ろに下がって腕を上げ「かかってこいや」みたいに指を動かして挑発した。
わたしは、シュルツに言われるまま後ろに下がった。
きょろきょろして辺りを探す。
この人がいるってことは、上司の方も近くにいるはずだ。
いた。集まってきた野次馬のなかに銀髪の男を見つけたので、そっちに急いだ。
「――何やってんの?」
「デートの邪魔をして悪いな」
ちっとも悪いと思っていない顔をして、ユリウスが言う。片手を腰に当てると、シュルツと取っ組み合っているバルマンさんを顎で示した。
「どうしても再戦を申し込みたいと言うんでな」
「そのために、あとつけたの?」
「俺があとをつけたわけではない」
「あっ、スパイか!」
「ゲオルグの別宅にはいないから安心しろ」
「……本当に?」
「ああ。さすがに用心しているようだ」
「何か用なの?」
「お前に聞きたいことがあった。あれはついでだ」
「じゃあ、バルマンさん止めてよ」
「そう言うな。あんなに楽しそうなバルマンはひさしぶりに見る」
バルマンさんが、楽しそう?
わたしは、ストリートファイト中のふたりを見た。野次馬がいるので、剣も魔法も使わず、どっちも素手で戦っている。シュルツは苦戦しているけど、急所はちゃんとガードしているようだ。追い込んでいるバルマンさんは、いつも通り素浪人みたいな陰気な顔をしていた。
「――楽しそうか?」
「見てみろ。あの生き生きとした目を」
「死んだ魚のような目をしていますが……」
「どっちが勝つか賭けるぞ」
「賭けないよ」
「心配なら無用だ。賭けるのは金じゃない」
「じゃあ何?」
「バルマンが勝ったら、昼飯につき合え」
「シュルツが勝ったら?」
「昼飯をおごってやる」
勝っても負けても、ランチを食うことになっている。負けたら何も言えないけど、勝った時はほっといて欲しい。
「もう会うなって言われてんだけど」
「そっちのお目付役も一緒なら問題あるまい」
「シュルツがダメって言ったら行かないよ」
「ダメだと言われたら、お前が負けたせいだと言ってやれ」
「まだ負けてないよ」
などとやっている間も、シュルツとバルマンさんの戦いは続いている。シュルツの劣勢は相変わらずだが、バルマンさんの動きに慣れてきたのか、ちょいちょい反撃を当てていた。
「バルマン、そろそろ終わらせろ」
ユリウスが声をかける。バルマンさんが身をかがめ、シュルツの腹に一発入れる。――と、見せかけて、顎の下に素早く掌底を打ち込んだ。シュルツの体が仰け反り、一瞬宙に浮いてから地面に落ちる。バルマンさんが、起き上がろうとするシュルツの頭を足で踏みつけてぐりぐりした。ひどい。




