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97 外出とお約束

「――それはデートですね」


 神妙な顔をして、セラさんが言った。


 場所は、厨房横にある従業員用の食堂である。今日は、シュルツが一日仕事なので、午前も午後も自主練だった。三時になったのでおやつを食べにきて、休憩中のセラさんに出会ったのである。今日のおやつはパン入りプディングで、洋酒がほんのり香る大人の味でとてもおいしい。


「デートじゃないよ?」


 わたしは言った。明日、シュルツと一緒に買い物に行くと言っただけだ。


「独身の男女が二人で出かけるのを、デートと言うのではないのですか?」


 セラさんが視線を向けた先には、メイド仲間のマデリンさんが座っている。歳はセラさんと同じくらいで、ばあちゃんの引っ越しと同時に、シェローレン屋敷から派遣されてきたそうだ。わたしはマデリンさんを知らなかったが、マデリンさんはわたしのことを知っていた。


「ですけど、シュルツ様ってそういうの鈍感そうですよね」


 紅茶のカップを置いて、マデリンさんが言った。

 わたしは、首をかしげた。


「そういう……?」


「着飾った女の子を、登山に連れて行くタイプに見えます」


「……そこまで鈍くはないと思うけど」


 シュルツの名誉のために言う。でも、高尾山はなくても、ホームセンターとか東急ハ○ズくらいは連れて行きそうだ。高圧洗浄機とかめっちゃ見てそう。


 マデリンさんが、真面目な顔でこっちを見た。


「どこに行くとか、おっしゃっていましたか?」

「買い物だから商店街じゃない?」

「でも、一緒に行こうって誘われたのですよね?」

「スリとか強盗とかの心配をしてるだけだよ」

「それで、イチカ様はどのような服をお召しになる予定ですか?」

「普通に普段着だけど……」

「あの男の子みたいな服装ですか?」


 “あの”を強調して言う。今は自主練帰りなので、チュニックにズボンという森の少年風だが、街に出る時は貴族の小間使いみたいな格好をしている。“あの”というのが小間使い風のことを言っているなら、マデリンさんの予想通りである。


「そうだよ」

「いけません」

「いけませんって……」

「着飾りましょう。せっかくのお出かけなのですから!」


 右手を拳ににぎって言う。そんなマデリンさんを、なぜかセラさんが尊敬のまなざしで見つめている。セラさんの心境がよくわからない。


「着飾るったって、そんな服持ってないよ」

「ご心配なさらずとも、三階のクローゼットに山ほどあります」

「そうなの? 誰の服?」

「ゲオルグ様の、歴代奥様が置いていかれた服です」


 休暇や用事でやってきて、新しい服買って荷物が増えたので、持ってきた服を置いていくのループで溜まったものらしい。ゲオさんは三回離婚しているので、元奥様も三人いる。勝手に捨てるわけにもいかないので、そのまま置いてあるそうだ。


「ワーリャ様に、借りていいか聞いてきます!」


 セラさんが立ち上がる。止める間もなく、休憩室を出て行った。この屋敷はゲオさんの別荘だけど、今の主人はばあちゃんだから、ばあちゃんの許可とればOKらしい。


「あの……」


「まあまあ、見るだけでも」


 澄ました顔でマデリンさんが言う。しばらくしてセラさんが戻ってきた。


「好きにしていいそうです」


「では、さっそく参りましょう!」


 そう言うと、マデリンさんが席を立った。





 階段を三階まで上る。三階は主人の住居スペースだけど、ばあちゃんが二階を使っているので今は無人だ。誰も居なくても埃はたまるし、ふらっとゲオさんがやってくる可能性もあるので、掃除は毎日しているそうだ。


 マデリンさんがスタスタ歩いて行く。並んでいる扉のひとつを開けた。


「おおー」


 わたしは驚きの声を上げた。

 クローゼットと言っていたが、部屋ひとつがまるまる服で埋まっていた。沢山のハンガーラックがあって、洋服がぎっしり吊ってある。壁の棚には靴や帽子などの小物も並んでいて、演劇の衣装部屋のようだ。


 セラさんが、きょろきょろしながら言った。


「どれがお似合いになるでしょうか……?」


「普段が普段ですから、女の子らしいのがいいですよね」


 セラさんとマデリンさんが、相談しながら衣装をかきわけていく。

 わたしに意見を求めてこないのは、普段が普段だからだろう。


 わたしも、吊ってある服をかきわけてみた。服というか、どれもこれも高そうなドレスである。普段着っぽいのもあるにはあるけど、光沢があったり、金の縁取りがあったりしてケバ……高級品っぽい。ゲオさんの元奥さんってことは、大貴族の奥様ってことだけど、わたしが着られるような服があるのだろうか。


 ゴソゴソやっていると、廊下に人の気配がした。


「あら、何をしているの?」


 開けっぱなしの扉から、メイドさん三名が顔を出す。手に箒やバケツを持っているから、掃除にきたメイドさんのようだ。マデリンさんが顔を上げた。


「イチカ様の、お出かけの衣装を選んでいるのよ」

「まあ、楽しそう」

「わたしたちも混ぜて」

「もちろんよ。いらっしゃいな」

「二番目の奥様は小柄でいらしたから、サイズが合うと思うわ」

「そうなの? どれ?」

「これなんかどう?」

「地味すぎない?」

「それより丈の長さが……」


 などと、女子五人でわちゃわちゃ言いながら服を漁る。


 カーテンの下がった着替えスペースがあったので、言われるまま色んな服に着替えてみる。だが、五人もいるので意見が一致しない。わたしも鏡で見てみたが、どれも派手すぎて、街を歩くには不向きなように見えた。ていうか、こんなん着るくらいだったら、メイドさんの制服が着てみたい。


「わたしもメイドさんの服が着てみたい」


 ダメ元でお願いしてみると、どっかからジャストサイズの制服を取ってきてくれた。ここのメイド服は、シェローレン屋敷のメイドさんと同じもので、スカートが長くて、エプロンもひらひらですごく可愛い。髪をアップにしてもらい、白いリボン付きのキャップもつけてもらうと、メイドさんたちが「可愛い!」と褒めてくれた。


「じゃあ、ちょっとその辺掃除してくる!」


「イチカ様、お待ちを!」


 調子に乗って出て行こうとしたら、マデリンさんに腰にすがりつかれた。


 一応、ばあちゃんのお客様という立場なので、色んなとこから怒られるという。しょうがないので、服とか片付けて気分を出していたら、いつの間にかメイドさんたちのファッションショーが始まっていた。色んなドレスを見ていたら、自分も着てみたくなったそうだ。


 メイド服で満足しているわたしと、ドレスに興味ないというセラさんと二人でファッションショーの観客をやる。服だけでなく、服に合う小物もちゃんと選んでいて、各人のこだわりが見えるのが興味深い。その内、あなたも着替えなさいとセラさんが連れて行かれ、ひとしきり騒いだところで、マデリンさんがハッとなって声を上げた。


「こんなことをしている場合ではないわ!」


 改めて、お出かけ用の服を探し始めるが、やっぱり意見が一致しない。


 八着目あたりで、マデリンさんがまた声を上げた。


「こんな時こそ、メイド長の出番だわ!」


 どんな時だか知らないが、他の四人も納得した様子でうなずいた。


 メイドさんたちの要請を受け、やってきたのは出来る女風のシャキッとした眼鏡のメイドさんだ。メイドさんたちが選んだ衣装を一瞥すると、やれやれといった表情で首を横に振る。眼鏡のフレームを指先で押し上げた。


「これではいけません」


「どうしてですか?」


「女の子らしすぎる服装では、シュルツ様が気後れなさってしまいます」


 メイド長の発言に、メイドさんたちから感嘆の声が上がる。よくわからないが、わたしの好みが完全に無視されているのはわかった。


 メイド長が歩きまわり、服と小物を選び出してくる。ハンガーラックは無視して、端っこにあった衣装箪笥をごそごそしていた。


 着替えてカーテンを開けると、メイドさんたちの口から、「いい!」「可愛い!」「さすがメイド長!」などの声が上がった。メイド長も、両手を腰にあてて満足そうにうなずいている。いったい何者なんだこの人。

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