96 宮廷魔術師
「クーデターするの手伝えってこと!?」
「大きな声を出すな」
そんなこと言われたって、大きな声も出したくなる。
てか、さっきから近衛、近衛って言っているのは宮廷魔術師のことだったのか。普通の兵隊さんでイメージしてたけど、考えて見れば、王様の警護なんか魔術師がやるに決まっている。
「近衛の人って、魔術師なんだね」
「当たり前だ」
「宮廷魔術師とは、また別の組織なの?」
「いや、宮廷魔術師の外枠のなかに近衛がいる」
「ええっと……」
「シュルツ、説明してやれ」
アーベルがぶん投げた。
シュルツが宮廷のことに詳しいはずがない。そう思ったけど、事前に聞いたか予習するかしていたらしく、わたしの方を向くと説明を始めた。
「――宮廷魔術師とは、王家から魔導書を貸し与えられている魔術師のことを言います。いかにすぐれた魔術師であっても、この条件をクリアしないことにはハリファールの宮廷魔術師になることはできません」
「ふーん」
「王家から魔導書を借り受けている以上、王族に服従しなければなりません。そのため、王家の魔導書には様々な制約が付けられています」
「ルーミエが、国の外に出られなかったやつだね」
元宮廷魔術師ルーミエは、恋人を追いかけてガロリアに行こうとしたけど、魔導書の制約に邪魔されて、国境を越えることができなかった。じゃあ、国境を破壊すれば通れるんじゃね? とひらめいて魔法で破壊活動を行い、森の精霊さんや国境警邏隊の人達に大迷惑をかけたのだ。
わたしが言うと、シュルツがうなずいた。
「貴重な魔導書を、国外へ持ち逃げされるわけにはいきませんからね」
「それ以外には?」
「王族を攻撃することはできません。それから、王族が命じれば、本人の意思とは関係なく魔導書との契約を解除されます」
「それは大変だ」
「あくまで借り物ですからね。持ち主の命令は絶対です」
「王様でなくても、王族でいいの?」
「そうです。この場合は、ハリファールの家名を持つ者が対象となります」
「だから、サレンスさんは王様の代わりができたんだ」
「その通りです」
「じゃあ、ルーミエ連れ戻してって依頼したのも?」
わたしはアーベルの方を見た。
アーベルは腕組みをしてゲーム盤を見ている。話は聞いていたようで、顔を上げると口を開いた。
「サレンスだ」
ゲオさんの指示で、アーベルはばあちゃんの護衛をする魔術師を探していた。ばあちゃんは元老院の会員になることが確定していたけど、長男のジルさんと敵貴族のサラウースがそれを邪魔するかもしれなくて、護衛の人が必要だったのだ。
サレンスさんは、そのことを知っていたんだろう。
凄腕魔術師ルーミエを説得できたら、その帰り道でばあちゃんの護衛に使ってもいいよ。という取り引きをアーベルに持ちかけた。結局、ルーミエが魔導書を手放しちゃったから、取り引きは成立しなかったけど、ルーミエの魔導書は王家のものだからサレンスさんに返却した。それを見て、わたしが密輸取り引きの現場と勘違いしたという次第である。
シュルツが説明を続けた。
「宮廷魔術師の仕事は様々です。王族の警護のほかに、魔術の研究や、魔具の開発なども宮廷魔術師が行っています」
「王族だけ? 王宮の警備はしてないの?」
「それは衛兵の仕事ですね」
「その人たちは宮廷魔術師じゃない?」
「ええ、そうです」
「ポーションも宮廷の人が作ってるの?」
「製造を行っているのは民間の工房です。ですが、元々のレシピを作ったのは宮廷の研究所です」
「もうちょっとおいしくしてって、お願いできない?」
「あれは、わざと飲みにくい味にしているんですよ」
「そうなの? 何で?」
「強い魔法がかかっているので、飲み過ぎないようにとのことです」
「ふーん」
同じ宮廷魔術師でも、仕事内容は様々のようだ。でも、制約がかかっているのは全員一緒だから、王族に攻撃することはできないし、逆らえば魔導書を取り上げられる。王族とは、ハリファールの名字を持つ人達のことだ。
「そういや、王妃様っていないの?」
「いません」
「サレンスさんも?」
「サレンス殿下には、奥様とお子様がいらっしゃいます」
「ふーん。ラハイヤさんて歳いくつなの?」
「確か、二十二歳のはずです」
「えっ、若すぎない?」
「二番目の王妃様とのお子様なので」
「……最初の王妃様と、その子供は?」
「先王がラハイヤ王子を跡継ぎに指名されたあと、王宮から去りました」
「今は、どこにいるの?」
「アルバルの家名を賜って、貴族となっています」
「アルバル……?」
どっかで聞いたな。どこだっけ?
アーベルが、冷ややかな視線をわたしに向けた。
「シェローレンと同じ、三大貴族の内のひとつだ」
「ああ!」
そうだった。
ハリファール国のなかで特に力を持っているのが、シェローレン、サラウース、アルバルの三家だ。シェローレン家、サラウース家は経済力でのし上がってきたけど、アルバル家は元王族が集まった一族で、王家とのコネで権力を持っている感じだそうだ。
「ラハイヤさんのお母さんは?」
「先の王様が亡くなられたあと、体調を崩されて今は離宮で暮らしています」
「王宮にはいないんだ?」
「そうですね」
「じゃあ、ラハイヤさんひとりぼっちなんだね」
お父さんは死んじゃうし、お母さんは病気だし、お父さんの仕事は引き継がなきゃならないしで大変だっただろう。今二十二歳なら、三年前だと十九歳か。進学を機に田舎から出てきて、都会でヒャッハーしているお年頃である。遊びたい盛りなのに、いきなり総理の仕事しろって言われても、きついだろう。
アーベルが、渋い顔をしながら口を開いた。
「そこらの庶民と同じ感覚で語るな」
「でもさ」
「でもも何もない。ラハイヤが後継者に指名されたのは十三歳の時だ。その際、第一王妃とその子供たちを、王宮から出すよう進言したのがラハイヤだ。そんな男が、親の不在ごときで心を病むわけがない」
「それはそれでエグいな」
「だが、蓋を開けてみればこのざまだ」
「お父さんが亡くなる前は、普通に外出てたんだ?」
「ああ。王位継承者として務めを果たしていた」
「何でこんなことしたんだろ。遅れてきた反抗期?」
「さあな」
「王様を辞めたがってるとか」
「それなら、さっさと玉座を譲り渡せばいい」
「それっぽいことも言わないの?」
「わからん。何しろ、寝所から一歩も外に出ないのだからな。ラハイヤから退位を言い出せば、すべて丸く収まる。だが、サレンスが言い出せばそれは謀反だ」
わたしはゲーム盤の人形を見た。
話をまとめるとこうだ。
三年前、前の王様が死んでラハイヤさんが十九歳で王位についた。
しかし、王様になったものの、自分の宮殿に閉じこもって一歩も外に出ない。しかたがないので、王様の仕事は宮殿内で行い、前の王様の弟であるサレンスさんが臣下の人達との連絡役をするようになった。お父さんが亡くなってショックを受けてるのかも? みたいな配慮もあって、サレンスさんが重臣達の不満を押さえこんでいたが、最近になって事態が急変した。
ラハイヤさんが素性の知れない魔術師たちを宮殿に引き入れ、身辺警護の宮廷魔術師を追い出してしまった。だけでなく、臣下との連絡役であったサレンスさんも出入り禁止にし、王様の仕事を放棄してしまったのだ。
このせいで、積もり積もっていた重臣達の不満が爆発。
「どうにかしろよ!」と迫られた結果、サレンスさんは、お友達魔術師ごとラハイヤさんを宮殿から追い出すことを決断した。クーデターである。でも、サレンスさんの兵隊である宮廷魔術師は、制約に縛られていて王族に逆らうことができない。ラハイヤさんの身柄を押さえるため、制約を受けていない魔術師の協力が必要であり、それが今回の仕事であるらしい。
「で、わたしたちの他にあと何人いるの?」
わたしは聞いた。クーデターだし、他にも助っ人魔術師がいるだろう。
「少しは学習しろ」
アーベルが、あきれた顔で言った。どういう意味だ?
学習しろってことは、前にも教えたんだから覚えとけってことだよね。そういやばあちゃんの警護する時も、同じような質問をしたことがある。あの時、アーベルは何て答えたんだっけ、確か「ここにいるだけだ」とか言ってなかったっけ。いやいや、そんなまさか、王様捕獲するのに三人だけってことはないだろう……。
わたしはシュルツの方を見た。
シュルツは、額の辺りに縦線を入れている。ガチでどん引きの様子だ。今のアーベルの言葉で答えを察したらしい。まさか――。
「えっ、三人しかいないってこと?」
「そういうことだ」
「……いやいやいや」
「宮廷魔術師をのぞけばの話だがな」
「だって、シェローレンの魔術師さんは?」
「使えない」
「どうして使えないの?」
「ジルムンドが断ったからだ」
「何で断ったの?」
「宮廷魔術師がいるのだから必要ないという判断だ」
「サラウースとか、アルバルの人達は?」
「断られたそうだ」
わたしは、ガタッと席を立った。テーブルの上の人形がカタカタ揺れた。
「じゃあ、アーベルも断ってきてよ!」
ラハイヤさん追い出して、サレンスさんが王様になりますよって話してるけど、考えてみれば、絶対に成功するという保証はない。失敗する可能性だってもちろんある。ジルさんたちが断るはずである。なんでかって、失敗したらガチ牢獄行きみたいな仕事、真っ当な魔術師さんにはさせられないからだ。
「――親愛なる義父上は、お祖母様のご機嫌をとるために命を捧げる覚悟だ」
殺気を放ちながら、アーベルが言った。
つまり、上司の上司であるゲオさんが、ばあちゃんの好感度を上げるために「僕にまかせて!」みたいなことを言って、アーベルに「死んでもやれ!」みたいなことを言ってきたから、やらんとしょうがないらしい。あれ? そうなると、本当の黒幕はばあちゃんってことになるのか。ばあちゃんは、サレンスさんに弱みでも握られているのか。
「危険は多いが、悪いことばかりではない」
殺気を消して、アーベルが言った。
「サレンスが王位につけば、それなりの見返りが期待できる」
「つかなかったら?」
「その選択肢はないものと思え」
つまり、“勝てば天国、負ければ地獄”ってことか。
わたしは、シュルツと顔を見合わせた。わたしは正体バラすって脅迫受けてるし、シュルツは実家の借金返済のためにお金が必要だ。危ない仕事でも、アーベルにやれって言われたらやるしかなかった。




