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95 青と白の対立

 庭を通る途中で、門から馬車が出て行くのが見えた。用事が終わって、サレンスさんかゲオさんが帰ったようだ。窓のカーテンが閉まっていたので、どっちかはわからない。


 玄関ホールに入ったところで、不機嫌顔のアーベルと出くわした。


「今度恥をかかせたら、丸刈りにするからな」


 わたしの顔を見るなり、そう言う。


 どっちの形態の時にやるつもりか知らないが、どっちにしろ大迷惑だ。


「おっちゃんの正体、アーベルが隠したのがいけないんでしょ」

「話しかけるなと言ったはずだ」

「ばあちゃんが、こっちにおいでって言ったんだよ」

「なら、いっさい口を開くな」

「それこそ失礼じゃん!」

「まあまあ」 


 シュルツが割って入った。アーベルの方に顔を向ける。


「殿下は、お怒りにならなかったんでしょう?」


「今日のところはな」


 わたしを睨みつけていたが、息をつくと階段の方へ足を向けた。


「ついてこい。仕事について話す」





 アーベルのあとを追うと、階段を上がって客室のひとつに入って行った。どうやら、アーベルが私室利用している部屋のようだ。入ってみると、わたしの部屋よりだいぶ広い。リビングの他に寝室と書斎もあり、渋い内装からして紳士専用といった感じだ。


 アーベルが、書斎に入って行く。


 窓を背に仕事用デスクがあり、その前に小会議を開くようなテーブルと椅子があった。テーブルの上には、青と白で色分けされた市松模様のゲーム盤が置いてあって、人形の駒が入った箱も横に置いてある。チェスに似たゲームのようだ。


 アーベルが椅子に座り、わたしとシュルツは向かい側に腰掛けた。


「仕事って、殿下関連の何かなの?」


 わたしは聞いた。ばあちゃんのお友達みたいだけど、お茶しに来ただけなら、アーベルとゲオさんと会議室で会う必要はないはずだ。


 アーベルが顔を上げた。

 

「……なぜ、そう思う?」

「ゼインさんが、王宮やばくなるから気をつけろって」

「誰だそれは」

「発着場の親切な軍人さん」

「ああ、ユリウスのことを教えてくれた方ですか」

「そうだよ」

「そいつは、他に何か言っていなかったか?」

「何も。でも、別の人が今の王様は誰にも会わないって」

「それはどこの軍人だ」

「その人は軍人さんじゃない」

「イチカには、たくさん友達がいるんですね」


 シュルツが感心した様子で言う。

 友達とは違う気がするけど、じゃあ何だと聞かれても答えられない。

 情報源って言うと何だかさびしいし、じゃあ友達でいいのかな。 


「で、王宮って今やばいの?」


 聞くと、アーベルはあっさりうなずいた。やばいんだ。


「現在、わかっていることを教える」


 そう言うと、テーブルの箱から青と白の駒を一体ずつ取り出した。どっちも王冠を被り、足元まで届く毛皮付きマントを羽織っている。キングの駒のようだ。


「今の国王は、ラハイヤ・エル・ハリファール。三年前、先代の王の病死により、玉座についた」


 言いながら、白の王様をゲーム盤の上に置いた。


「そして先代の王の弟であり、王の叔父であるサレンス・メル・ハリファール」


 青の王様を取ると、白の王様と向かい合わせて置く。


「今、ラハイヤとサレンスは対立している」


 わたしは、向かい合っている青と白の王様を見つめた。先ほど会ったサレンスさんの様子を思い出す。穏やかに微笑んでいて、甥っ子とケンカの真っ最中というようには見えなかった。


「とりあえず聞くけど、何で?」


 アーベルは、テーブルに肘をつくと指を組んだ。


「まずラハイヤについてだ。玉座についたものの、いっさい表に姿を見せない」

「人前に出ないってこと?」

「そうだ」

「病気? 恥ずかしがり?」

「理由はわからん」

「王様の仕事はどうしてるの?」

「政務は寝所である宮殿内で行い、対立する前はサレンスが補佐をしていた」

「……えーと」

「要するに連絡官だ。近衛と侍女をのぞけば、同じ王族であるサレンス以外寝所には入れない規則だからな」

「サレンスさんを伝書鳩にしてたってこと?」

「そうだが、ただの連絡官ではない。国王と重臣の意見をすり合わせ、国政に支障が出ないよう取り計らっていた。それに、外交や式典の際、王の代理として表舞台に立っているのもサレンスだ」


 よくわからんが、ラハイヤさんが総理大臣で、サレンスさんが官房長官みたいなことだろうと想像してみる。総理が官邸に閉じこもって、国会にも出ないし、賓客ももてなさないから、官房長官が総理代行をしていた。という状況らしい。


「ラハイヤが大人しくしている間は、それでも上手く行っていた」


 最低限の仕事はやっているし、お父さんが亡くなったショックで鬱になってるのかも? みたいな配慮もあって、「早く外に出てきてくれると嬉しいな」みたいな感じだったそうだ。ところがである。


「最近になって身辺から近衛を排除し、サレンスにも寝所への出入りを禁じた。それだけでなく、素性の知れない魔術師をはべらせるようになった。連絡役であったサレンスが締め出されたことで、現在は政務にも携わっていない」


 つまり、警護のSPを官邸から追い出し、官房長官も出入り禁止にして、パリピな仲間を官邸に連れ込んだ。そんで、お仕事もやらなくなってしまった。ということらしい。サレンスさんは、総理の仕事を丸投げされてしまった形だ。あれ? それなら――。


「だったらもう、サレンスさんが王様やればよくない?」


「その通りだ」


 さらっとアーベルが答えた。えっ、終わり?


 わたしはシュルツの方を見た。シュルツは、眉をひそめて何か考えている。


「名ばかりの王と、事実上の王。どちらを取るかという話ですか?」


 アーベルがうなずいた。てことは、みんなもサレンスさんが総理になればいいじゃんって思ってるってことか。


「ばあちゃんは、殿下派なんだ?」


「ワーリャというより、元老院がだ」


「ふーん」


 アーベルが駒の入った箱に手をのばす。剣と盾を持った白の駒を箱から出すと、青の王様の後ろに四体並べた。兵隊さんのようだ。対する白の王様は、ひとりぼっちで立っている。


「元老院だけではない。重臣たちも、殆どがサレンスが玉座につくことを望んでいる。当然と言えば、当然の流れだ。寝所から出ず、政務まで放棄してしまったラハイヤと、国王の代理として不足なく政務をこなしているサレンスなら、比べるまでもない」

「それなのに王様になれないんだ?」

「先代の王が、後継者としてラハイヤを指名している。ラハイヤの方から退位を言い出さない限り、ハリファールの王はラハイヤだ」


 わたしはゲーム盤の人形を見た。状況は理解できたけど、でも、ひとつ引っかかることがある。素性の知れない魔術師ってどういうことだ?


「えっと、素性が知れないって……?」

「現在、調査している最中だ」

「貴族のお友達とかじゃなくて?」

「ハリファールの者であれば、身元はわかる」

「えっ、外国の人なの?」

「そのようだ」

「どっから連れてきたの?」

「調べている最中だと言っている」


 てか、見知らぬ外国人を王宮のなかに入れていいの?


 幻影○団みたいのだったら、財宝取られ放題になる。普通に考えてダメだろう。わたしでさえ、ラハイヤさんやべえとわかるくらいだ。国の偉い人たちなら、わたし以上に超やべえのわかっているはずだろう。


 アーベルが立ち上がった。


「――近衛を追い出したあとも、ラハイヤは依然として寝所から出ず、なぜそんなことをしたのかという意思表明もしていない。問題のある国王を、このまま玉座に据え続けるのか、それともサレンス自身が玉座につくのか、重臣たちはサレンスに決断を迫った」

 

 棚から箱を取ってくると、戻ってきて蓋を開けた。箱の中には黒と赤の人形が並んでいる。同じゲームの色違い版のようだ。赤の兵士を取り上げると、白の王様の後ろに四体寝かせて置いた。


「サレンスは、謎の魔術師たちごとラハイヤを倒すことを決めた」


 指先で白の王様の頭を押さえると、ことりと横倒しにした。





 いつの間にか、窓の外が暗くなっている。


 シュルツが立ち上がり、板状の金属を擦り合わせると、飛ばした火の粉で火球を作った。それで、備え付けのランプに火を灯して行く。


 わたしは、青と白に色分けされたゲーム盤を見た。

 青の王様の後ろには、白の兵隊。

 その向かい側には、白の王様と赤い兵隊――よその箱から出張してきた異国の兵隊――が仲良く横倒しになっている。ゲーム盤の上が舞台だとすれば、青の王様と戦って白の王様が負けたように見える。


 こういうのって、何て言うんだっけ?

 下克上は下っ端が上に刃向かうことだから、何とかの乱? いや、欧米風のかっこいい名称があったはずだ。何だっけ? 風吹いてるやつだ。


「レボリューションするってこと?」


「イチカ、それを言うならクーデターです」


 どう違うのかわからない。あとでアイチャンで検索しよう。

 シュルツが席に戻った。


「魔術師たちの正体に、心当たりもないんですか?」

「残念ながら手がかりなしだ」

「人数は?」

「わかっているだけで二十名」

「……多いですね。すべて魔術師ですか?」

「それも不明だ」

「しかし、魔術師がいるのは確実だと」

「ああ。手練れが混じっているのは間違いない」


 ラハイヤさんの謎のお友達二十名の正体は、調べてるけど、何もわからないという状態のようだ。逆に、ネットも写真もないのにどうやって調べているのか気になる。似顔絵持って聞き込みとかかな。でも、外国人の素性を調べるのは難易度高いんじゃないだろうか。王宮勤めも大変そうだ。いや、ちょっと待って。

 

「まさか、仕事ってそれじゃないよね?」


 わたしは聞いた。いくらシェローレンがブラック貴族とはいえ、そんな刑事ドラマみたいな仕事取ってこないだろう。こないよね?


「似顔絵持って、知らないお家訪問するの?」

「いったい何の話だ」

「王様のお友達の正体、突き止めたいんでしょ?」

「……似顔絵はいいとして、どこの家に聞きに行くつもりだ」

「えっと、外国から引っ越してきたお家とか?」


 わたしみたく、出稼ぎにきた外国人とか絶対いるだろう。


 そう思ったのだが、シュルツが首を横に振った。


「魔術師ということは、高い身分の者達です。国を行き来するような流れ者では、おそらく面識はないでしょう」


 それもそうか。わたしは、アーベルの方を見た。


「じゃあ、どうやって調べるの?」


「専門の者がやっている。お前が何かする必要はない」


 なんだ、それを早く言ってよ。

 わたしは安心した。いや、安心している場合じゃない。


「じゃあ仕事ってのは?」

「簡単に言えば、近衛の手伝いだ」

「手伝いとは?」

「宮廷魔術師は制約に縛られていて、ラハイヤに手を出すことができない。ラハイヤの身柄を押さえるために、制約を受けていない魔術師の手が必要となる。あとは言わなくともわかるな?」


 わたしは、アーベルの端正な顔を凝視した。


 このブラック上司は、まさかクーデターを手伝えと言っているんだろうか。

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