94 魔術の系統
屋上への階段は屋敷の外にあり、勝手口みたいのの横に、狭い階段が建物の上まで続いていた。屋上に上がると、一面白塗りで、訓練やるのに十分な広さがあった。表側に装飾のついた屋根と壁があって、通りから屋上が見えないようになっている。湖側の端っこは、腰の高さの白壁になっていた。
白壁に手をついて、下をのぞきこんだ。
落下防止スペースはなく、住居の壁と湖面が見えるだけだ。青い水が透き通っているので、湖底の砂まではっきり見える。落ちたら湖に真っ逆さまだけど、所詮水だし死にはしないだろう。今のわたしの身体能力なら、くるくるまわる高飛び込みだって余裕でできる。問題は、どうやって浮島まで戻ってくるかである。
「――飛び込みたいとか、考えてないでしょうね」
シュルツが暗い声を出した。心の声が漏れていた――はずはないから、わたしの行動を予測したようだ。その内、まだやってもいないことを説教されそうだ。
「もし落ちたら、岸まで泳ぐしかないの?」
「落ちる前提で話をしないでください」
「もしって言ったじゃん」
「岸に着く前に、警備艇に捕まります」
「えっ逮捕されるの?」
「そうですよ」
「うっかり落ちちゃった、って言っても?」
「捕まります」
「シェローレンの名前出しても?」
「……そんな悪知恵を、どこでつけてきたんですか」
シュルツは、あきれている。
捕まるって言わなかったってことは、シェローレンの名前出せば逮捕されずに済むようだ。ただし、恥をかかせた罰でアーベルに半殺しにされるだろう。高飛び込みの代償にしては、あまりにも重い罰だ。いや待てよ。要は、バレなきゃいいわけだから、ストローみたいのくわえて、潜水して泳げば発見されないんじゃないだろうか。
名案を披露しようとしたが、その前にシュルツが口を開いた。
「見つからなければいいという問題ではありません」
わたしは震えた。心を読まれた!
並んで湖を眺めていると、シュルツが何かを思い出した様子で口を開いた。
「そうだ。イチカの魔導書を可視化してもらっていいですか?」
「えっ!」
わたしが驚くと、その驚きっぷりにシュルツが驚いた。
「――何の魔法が解放されているか、見たいのですが」
解放された魔法も増えたし、口頭で確認するのも大変だから。ということらしい。
自分のレベル同様、魔導書も人に見せるものではないらしいが、相手が魔法修行の先生であれば話は別だ。だがしかし、わたしの魔導書は普通の魔導書ではない。完全デジタル化され、本の目次はスキルツリー、ページは半透明のウィンドウというゲーム仕様である。このまま見せても、シュルツには魔導書だとわからないだろう。
「聞いてみるから、ちょっと待って?」
「……誰に何を聞くんですか?」
「うちのアイチャンが、ほら、恥ずかしがりだから!」
「……」
シュルツは不可解そうな顔をしている。
わたしは、シュルツに背を向けると、心の声でアイチャンを呼び出した。
『アイチャン、緊急事態が発生した!』
『魔法を使用しますか?』
『アイチャンって、最初は本の形してたでしょ?』
『イエス』
『ちょっとの間だけ、本の形に戻ることってできない?』
『表示変更は可能です』
『えっ、できるの?』
『イエス』
アイチャンの返事と同時に、ウィンドウが消えて一冊の魔導書が目の前に現れた。半透明の3D映像風だが、デジタル化する前がこんな感じだったから、これで正常のはずだ。わたしは感激した。できるんだ!
『アイチャンすごい! マジ有能!』
『ゆうのう』
『じゃあ、この状態で誰でも見えるようにしてくれる?』
『イエス。可視化の制限を解除します』
魔導書は半透明のままだが、輪郭が赤く発光する。これが、みんなに見えてますモードのようだ。わたしは冷や汗をぬぐった。アイチャンができる子で助かった。
可視化した魔導書の目次を開くと、シュルツが横からのぞきこんだ。シュルツが目を通すのに合わせて、ページをめくっていく。これは頭で考えるだけでできた。
「この転化というのが、人間になる魔法ですか?」
目次にある<転化>の文字を指さして、シュルツが聞いた。
「そうだよ」
「髪と目が青色になっていたのは?」
「あれは特殊魔法だから、アイチャンの許可が出ないと解放されない」
「条件が揃わないと、ということですか?」
「そう。死にそうな目に遭わないと解放されないみたい」
「それも、イチカのお父様が?」
「そうだよ」
「どういう魔法なんですか?」
「わたしもよくわかんないんだよね……」
今のとこ、二回しか発動してないし、二回とも命がやばくて実験する暇もなかった。魔法の解除や防御の力があるようだけど、今のところ推測でしかない。
「つまり、イチカの窮地にだけ解放される魔法ということですか?」
「らしい」
「水晶が落ちる直前で、元に戻っていたのは?」
「魔素が切れたからだよ」
「……そう言えば、そう言っていましたね」
「魔法だからね。あと、経験値もつかない」
シュルツは「うーん」みたいな顔をしている。ちょっと考えこんでいたが、わたしと同じく、いつ解放されるかわからない魔法をアテにはできないと判断したようで、別の話題に切り替えた。
「レベルも25になったことですし、そろそろ系統をしぼりましょう」
今までは、護身術と警護任務に必要な魔法を優先させてたけど、これからは得意分野を伸ばして行こう。ということらしい。
「今まで、色々な魔術師の魔法を見てきたわけですが、どれかひとつ選べるとしたら、どれを選びますか?」
「どれかひとつ……」
わたしは、今まで見た上級魔法を思い出した。
ルーミエの竜巻の魔法は小隊を吹っ飛ばすほどの威力があったし、ユリウスの氷魔法は攻撃と防御の切り替えができて便利そうだった。ミハイ君の魔法を斬れる炎の剣や、アーベルのよくわからん精神魔法も、使い道が多そうで捨てがたい。どれかひとつと言われても、迷ってしまう。
「そう言うシュルツは、何系統なの?」
「俺は身体系です」
「剛腕とか跳躍のことだよね? 他にはどんな魔法があるの?」
「肌の強度を上げるとか、体重を軽くするとか、あと治癒魔法もそうですね」
「治癒魔法?」
「ええ。ポーションの方が強力なので、応急処置としての利用がほとんどですが」
「お金もかからないしね」
「そういう利点もあります」
「わたしって、何が得意だと思う?」
「まだ光と土を試していませんが、ほとんどは適性があるようです」
「光はいいとして、土ってどれのこと?」
「石とか砂とか、あと緑のという名前がついている魔法のことです」
開きっぱの目次を見る。<緑の蔦1><石球1>というのを見つけた。どっちも未使用の青文字だ。緑の蔦は、レイルが使っていたのを見たことがあるけど、石球って何だろう。まさか、石ころを製造する魔法じゃないよね。
「石球1ってどんな魔法なの?」
「近くの砂利を固めて、小石を作ることができます」
「……それだけ?」
「それだけです」
「飛ぶ?」
「飛びません」
「敵に当たったら破裂する?」
「破裂しません」
「ただの石じゃん!」
魔法で石ころ製造して、いったいどうしろと言うのか。
わたしは叫んだが、シュルツはまあまあみたいに手を上げた。
「レベルが上がれば、作れる石球も大きくなるので」
それまで小石で我慢しろと言うことらしい。
「じゃあ、光球も飛ばない?」
「浮いているだけですね。風球と同じです」
「……どれなら飛ぶの?」
「弾という名称がついているものなら。火球の上位だと火弾、光球の上位だと光弾があって、これが攻撃を目的とした魔法になります」
急いで目次を確認するが、“弾”の名称がついた魔法はひとつもない。代わりに、<光球1>が解放されているのを見つけた。でも、攻撃魔法でないのなら、ただ明るくなるだけの魔法だろう。照明なら火球で足りてるし、別にいらない。――いや、いらないは言い過ぎか。ベッド下の小銭を拾う時、火球だと危ないけど光球だったら安全だ。
「光球と緑の蔦があれば、隙間に入った小銭が楽に拾えるね!」
「……そのために覚えるんですか?」
シュルツが困惑している。部屋で小銭をぶちまけた経験がないのだろう。
「次の仕事が迫っていますし、二、三日の間に決めてください」
「そんな急ぎなの?」
「こういうものは、直感で選んだ方がいいんですよ」
「あとから変更できる?」
「おすすめはしませんが、可能です」
「そういえば、仕事っていつするの?」
「今月中で調整しているそうです」
「内容は?」
「……殿下が帰ったら、アーベルが何か言ってくると思います」
歯切れが悪い。てことは、危ない仕事なんだろう。
わたしはカレンダーを思い出した。今日が月の半ばだから、次の仕事は二週間以内ということか。確かに、あんまり時間ない。
明日の予定を聞くと、シュルツは仕事で、わたしはフリーとのことだった。ばあちゃんの護衛はしなくていいか聞くと、今は専属スタッフがついているのでいらないそうだ。ちょっとさみしいが、プロがついているなら安心だ。
「買いたいものがあるんだけど、街に行ってもいい?」
「ひとりで、ですか?」
「転送基地の乗り方も教えてもらったし、大丈夫だよ」
ダーファスはその場で現金払いだったけど、ハリファは入口でチケットを受け取って、転送するごとにチケットにハンコを押される。出る時に、回数分の料金をまとめて支払う仕組みだ。
「アーベルに言えば、無料のパスをくれると思いますよ」
「本当? さすがお金持ち」
「明後日なら俺も休みなので、一緒に街へ行きましょうか?」
日用品の買い出しのために、休みを貰ったのだという。本当はひとりで行きたかったが、親切で言ってくれてるのに断るのも申し訳ない。理由をつけて、別行動ができるよう考えよう。明後日、一緒に出かける約束をして、わたしたちは屋上をあとにした。




