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91 群島と地上の都

 下降した飛行船は、群島の端の方にある浮島へ入って行った。


 島の側面をくり抜いて格納庫にしていて、わたしたちが乗ってきた飛行船以外にも、数隻の飛行船が停泊していた。船の修理や整備なんかも、ここでやるそうである。


「――ではイチカ様、わたしはこれで」


「お仕事がんばってください。助手さん貸してもらって、ありがとうございます」 


 王宮への同行を辞退すると、ダミアンさんが道案内の助手さんをつけてくれた。地図持ってるし、ひとりで大丈夫と断ったんだけど、何かあったらジルさんに怒られるからと却下された。スタッフ三人しかいないのに、人数減ちゃって不便じゃないんだろうか。


「いいえ。何でも言いつけてやってください」


 気前のいいことを言って、ダミアンさんは去って行った。


 正直、とてもとても王宮に行きたかった。でも、ゼインさんに警告されたし、ダミアンさんも何か不穏なこと言ってるし、観光目的で付いて行けるような空気ではなかった。ジルさんの代理なのに、何で国王様に会えないんだろう?


「では、我々も行きましょうか」


 道案内の助手さんが言った。フロイさんという二十代の男の人で、ジルさんの秘書であるダミアンさんの、さらに秘書というややこしい人である。


 発着場のなかに転送基地があるそうで、貴族街へ行くための駅へ向かった。わたしの旅行鞄は、業者さんに頼んで配送してくれるそうだ。もちろん無料である。ジルさんには感謝しかない。


「あの、ハリファに大きな図書館? とかってありますか?」


 移動の途中で聞いた。フロイさんは、王都へは何度も来ているそうで、今も広い発着場内を案内版も見ずに歩いていた。


「ございますよ」

「一番大きいとこだと、どこになりますか?」

「蔵書の数で言えば、やはり王立図書館ですね」

「王宮島にあるとかいうオチはなしで?」

「王宮島にはございません」

「ええっと……」

「湖畔の街の方にあるんです。とても大きな施設ですからね」

「そんなにすごいんですか?」

「ええ。それと、資料の保存の意味もあるそうです」


 フロイさんが言い添える。浮島に図書館つくって、もし湖に落っこちたら、水びたしになってしまうからだろう。隣国と戦争してるし、あり得ない話ではない。


「誰でも入れますか?」


「いいえ。ですが、イチカ様の旅券なら入館できますよ」


 王立ってついてるし、やっぱり身分証が必要のようだ。


 わたしは、アーベルから持たされた旅券を取り出した。

 ふたつに折った豪華な厚紙に、わたしの名前と年齢、シェローレンの警備兵で、仕事のために王都に滞在することなどが書いてある。これ持ってればシェローレン領内と王都の行き来ができるけど、よその領地へは行けないとのことだ。


「……あの」

「図書館に行かれたいんですか?」

「……えっと、はい」

「では、ご案内いたしましょう」

「いいんですか?」

「ええ」

「戻るの遅くなったら、ダミアンさんに叱られませんか?」

「ご案内せず、イチカ様を放り出したらそうなるでしょうね」


 フロイさんは笑っている。


 わたしは迷った。

 フロイさんはこう言ってるが、早いとこ返してあげた方がいいに決まっている。

 でも、アーベルと合流したら、次いつ休暇をもらえるかわからない。王立の図書館だったら、きっと九時五時のホワイト運営だろう。ばあちゃんの警護してた時みたいに、二十日以上休みなし、自由時間は日暮れから、なんてスケジュール組まれたら、図書館行くなんて絶対に無理だ。ブラック勤めの魔術師には高嶺の花、禁断の園である。ただの観光ならあきらめるけど、どうしても調べたいことがある。


 わたしはフロイさんを見た。ダミアンさんすいません。


「叱られないなら、図書館に連れて行ってもらえますか?」


「イチカ様のお役に立てて光栄です」 


 右手を胸に当ててフロイさんが言う。さすがは、できた秘書さんのできた秘書さんである。





 転送基地を経由して、わたしとフロイさんは湖畔の街にあるという王立図書館へ向かった。ちなみに、ハリファの転送装置は、ダーファスのより円盤が小さい。馬や馬車の乗り入れが基本的にNGだからだそうだ。じゃあ、大きな荷物はどうやって運ぶのかと言うと、基地の近くにレンタカー屋ならぬ、レンタ馬車屋さんがいるので、馬車を借りて運ぶのだそうだ。


「馬車乗っけたら、何でだめなんですか?」

「ハリファの転送基地は、地上と浮島を合わせて五十箇所近くありますから」

「そんなにあるんですか?」

「ええ。人の移動だけで手いっぱいですし、馬車を運べるような大きな基地を設置するだけの土地が、そもそも確保できないのです」


 田舎の電車には自転車乗せられるけど、東京の満員電車にそんなもん乗せるスペースはない。みたいな感じのようだ。王都の土地とかめっちゃ高そう。


「アーベルは、どこにいるんですか?」


 住所は教えてもらっているが、地上とも浮島とも書いてない。でもたぶん浮島のどっかだろう。大貴族だし。


「あそこですよ」


 フロイさんが、浮島のひとつを指さした。どれも大差ないように見えるんだけど、どうやって見分けているんだろう。


「あれがシェローレンの区画島です」


「えっ。あれ、まるごと?」


「そうですよ」


 わたしは、シェローレンで占領しているという浮島を見た。


 他の島と同じく、ダーファスの一区画分くらいの広さがある。ダーファスの街は壁で囲まれていたけど、ここは土地が不足しているようで、端っこから建物がぼこぼこはみ出していた。夏になったら、湖に向かって高飛び込みができそうだ。飛び込んだあと、どうやって戻るのか知らないけど。


「じゃあ、あの浮島にはシェローレンの人しかいないんですか?」

「そういうわけではありません」

「さすがにそうですよね」

「島の土地は、すべてジルムンド様の所有ですが」

「わーお」

「素敵な所ですよ」

「ワーリャばあ……様も、あそこにいますか?」

「ええ。すぐにお会いになれますよ」


 元老院の会員になってから、ばあちゃんは王都に行ったきりで、ダーファスに帰ってきていない。セラさんは怒られずに済んだそうだし、会ったらお話したいことが沢山ある。遊びに行く時間があるといいな。





 王立図書館は、転送基地を出た目の前にあった。


 まったく同じ四角い建物が、三棟くっついて並んでいる。奥にも同じような建物あるそうで、蔵書が増えるのに合わせて建物を増やしていくスタイルらしい。石造りだけど古い感じはしない。誰でも利用できるわけじゃないらしいが、それでも結構な人数が出入りしていた。


 図書館の前で待ち合わせの約束をして、フロイさんと別れた。


 フロイさんの旅券は短期滞在用だから、図書館には入れないんだそうだ。


 待ち合わせの時間まで、あと二時間ある。ロビーの入口で旅券を確認され、通過してから何気なく振り返ると、フロイさんがまだ見送りに立っていたのでびびった。まさか二時間あそこに立ってるわけじゃないよね? いや、有能な秘書の有能な秘書さんならあり得るか。途中で、様子見に来た方がいいかもしれない。


 図書館は、あつかう分野ごとで部屋が分かれていた。


 大ホールみたいなとこはなく、植物図鑑が読みたかったら「生物」をあつかっている部屋に行って「植物」の棚を探す感じだ。


 建物同士は廊下で繋がっているので、外に出る必要はない。

 分類表を見てもわからなかったので、司書さんのいるカウンターに向かった。前世では、ほとんど図書館に行ったことがない。こっちにきてからは初である。なんか静かだし、真面目な本って眠くなってくるんだよね。


 司書さんに聞いて、目的の本がある部屋を教えて貰った。

 館内地図で行き先を確認し、そっちへ向かう。

 入口では結構な人数が出入りしていたのに、あんまり人とすれ違わない。

 館内が、尋常でなくだだっ広いせいだろう。


「――掃除が大変そう」


 だだっ広いにもかかわらず、歩くとこ全部に分厚い絨毯が敷いてある。足音が響くと、読書の邪魔になるからだろう。「さあ、存分に居眠りなさい」と言わんばかりの仕様だ。


 目的の部屋に到着したので、棚のプレートを頼りに本を探した。


 二階までの吹き抜けで、一階は櫛形に本棚が置かれ、二階は壁沿いの本棚を回廊でまわれるようになっている。一階の中央に、閲覧用のテーブルと椅子が設置されていたが、本棚のとこも含め、部屋にはわたし以外、誰もいないようだった。


「――結構あるなあ」


 探しにきたのは、もちろんガロリアの本である。


 司書さんに聞いたら、「諸外国の本」の部屋に置いてあると教えてくれた。この部屋まるごとが、「諸外国の本」コーナーだそうだ。本棚ぎっしりしてるし、結構な量がある。背表紙を眺めてるだけで頭痛がしてくる。


 本棚につけられたプレートを見ながら、ガロリア国の棚を探した。ちなみに、国交のある国だと「シャムルド国の本」みたいな感じで、ひと部屋作ってある。ここには、部屋作るまでもない外国の本が「諸外国」でひとくくりにされ、押し込まれているようだ。


「――いや、あんまなかった」


 こんなに大きな図書館なのに、「ガロリア国の本」のプレートがついた本棚は、ひとつしかなかった。歴史書だけでなく、小説やら料理本やらも含めての全部である。敵国とはいえ、お隣の国なのに、こんなにないものだろうか。それとも、禁書あつかいで、地下書庫とかに仕舞ってあるのかな。ありそうな話だけど、外国人のわたしでは、たぶん閲覧できないだろう。


「――とりあえず赤いの」


 読みやすそうかつ、挿絵付きの歴史書を探して抜き出す。それと、赤い背表紙の絵本も。誰もいない閲覧用スペースに運ぶと、早速読み始めた。

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