90 王都ハリファ
翌日、わたしはダミアンさんと一緒に馬車で発着場へ向かった。
地図上だとシェローレン屋敷のお隣だけど、シェローレンの庭は国立公園並に広いので徒歩で行くのはしんどいのである。ダミアンさんには、護衛の人三名、お付きの人三名がついていて、わたしは四人目の護衛にカウントされるそうだ。シェローレン家の私兵の制服を着ることになるが、仕事はしなくていいと言われた。
発着場は軍の施設なので、そうそう気軽には来られない。
わたしが発着場に来るのも、ダーファスに到着したとき以来だ。
発着場は、菱形をしたダーファスの北の先端にある。
天然の岩山をくり抜いた洞窟が飛行船の格納庫になっていて、その隣に荷下ろし場と事務所みたいな建物がある。格納庫は半分地面に埋まっている構造で、岩山の側面にある階段を上がればプラットホームに行ける。大きな荷物は、船底から昇降機で載せるので、そっちは下へ向かうトンネルへと運ばれていた。わたしの旅行鞄も移動用荷物のなかだ。
「イチカ様は、飛行船に乗るのは二度目なんですよね?」
階段を登る途中で、ダミアンさんが聞いてきた。
「はい。ニルグからきた時、乗せてもらいました」
「船室が狭いから、大変だったでしょう」
「狭いのは気にならないんですけど、お風呂がないのがね……」
「女性は不便ですよね」
「ダミアンさんは、飛行船乗るの何度目なんですか?」
「今回で四度目になります」
「外が見られないのが残念ですよね」
「そうですね。ああでも、王都の近くだったら甲板に上がらせてもらえますよ」
さらっとダミアンさんが言った。まじで?
「えっ、上がってもいいんですか?」
「はい」
「だって王都ですよ?」
「わたしも前回上がらせてもらいましたし、大丈夫だと思います」
「軍事機密? なのに?」
「ハリファの周辺は、街道や転送基地が多くありますから。秘密にするような秘密がないんですよ」
ハリファールでは、国内の詳しい地理は軍事機密に当たる。ゆえに、飛行船の窓は外が見えない加工がされていて、空兵さん以外は昼だろうが夜だろうが甲板に出ることもできない。でも、王都の近くは人が大勢いて、隠すような地理もないから、甲板に上がらせてもらえるそうだ。やったぜ。
格納庫に入ると、前回乗ったのと同じような飛行船が浮かんでいた。船体はガレオン船風で、甲板の上にはマストが林立し、船の後方には水車を並べたような魔具の外輪がくっついている。何がどうなって浮いているのかは軍事機密なので教えてもらえないが、とにかくでっかい船が浮かんでいる。
「あ、ゼインさんだ」
プラットホーム上にお見送りの軍人さんが並んでいて、そのなかにゼインさんの姿を見つけた。前に発着場に来た時、シノブの捕獲を頼んできたヒョロガリの軍人さんである。お偉いさんとダミアンさんが話している間に、わたしはゼインさんに近づいた。
「ゼインさん。ひさしぶりー」
「イチカ。元気にしていたか?」
「うん。こないだは、ありがとうね」
ばあちゃんの護衛の仕事をしていた時、ユリウスがダーファスに来ていることを教えてくれたのがゼインさんだ。本当はだめなのに、シノブを捕獲してくれたお礼にと、こっそり教えてくれた。
「アーベル卿の護衛から外れたのか?」
「ううん。アーベルが王都にいるから、ついでに連れてってくれるって」
「ダミアン卿が?」
「ジルさんが、ダミアンさんに頼んでくれた」
「ジルさん……? ジルムンド卿のことを言っているのか?」
「や、ミハイ君のお父さんだし」
「ミハイル様は、相変わらずか?」
「こないだ家出して、一ヶ月の禁固刑食らってる」
「……」
「ダーファス市内は自由にしていいけど、外に出るのはダメだったんだって」
どちゃくそ怒られたあげく、お母さんから一ヶ月間の外出禁止を言い渡された。しかも、ただの外出禁止ではない。魔術師三名という超豪華な監視付きである。三交代で見張られ、さすがのミハイ君も逃げる隙がないようだ。陣中見舞いに行ったら、死にそうな顔で勉強やらされてて他人事ではなかった。
ゼインさんが一歩近づいた。ちらっと周囲を見てから、小声で言う。
「王都に行ったら、ダミアン卿とは別行動になるんだな?」
「そうだと思うけど……何で?」
何か問題でも?
「――近く、王宮が騒がしくなるかもしれない」
「うえ」
「十分に気をつけろ。わたしに言えるのはそれだけだ」
そう言うと、わたしから離れた。
小声で言ったってことは、これも教えちゃいけないことなんだろう。今は貸し借りゼロの状態なのに、何で教えてくれたんだろう。ミハイ君情報の見返りだろうか。こんなとこにまで需要があるとは、ミハイ君すごいな。
わたしは、ゼインさんにお礼を言って別れた。
「お知り合いですか?」
甲板に向かう途中で、ダミアンさんが聞いてきた。お偉いさんの相手をしていたのに、わたしとゼインさんに気づいていたようだ。さすがジルさんの有能秘書。
「はい。王都へ行くなら、気をつけろって言われました」
「そうですか。いいお友達ですね」
ダミアンさんが微笑む。気をつけろの部分に突っ込まなかった所を見ると、何か心当たりがあるようだ。それとも、わたしの考え過ぎだろうか。
例によって運行スケジュールを教えてもらえなかったが、ダーファスから王都までは約一日とダミアンさんが教えてくれた。飛行船に乗り、寝て起きた翌日、部屋で下船の準備をしていると、ダミアンさんがやってきた。
「甲板に上がる許可をいただいたので、お迎えに上がりました」
「わーい」
本当の本当に、上がっていいらしい。
部屋を出たわたしは、ダミアンさんの後ろに無表情の軍人さんが立っているのを見てびびった。案内の人にしては愛想がないから、たぶん監視の人だろう。許可もらったと言っても、自由に歩き回れるわけではないらしい。
にこりともしない軍人さんを先頭に、狭い階段を登って、甲板に出た。
青空を背に、大きな白い帆が風をはらんで膨らんでいる。風が強いはずだけど、甲板上は魔法障壁に守られていて無風に近かった。ごちゃごちゃした甲板の上を、船首に向かって歩く。制服を着た空兵さんがテキパキ働いていたが、民間人と口を利いてはいけませんと言われているのか、近くを通りかかっても完全スルーされた。
「――何も見えない」
船首に立って下界を見下ろすが、真っ白な雲海が広がっているだけだった。右を見ても左を見ても、空の果てまで真っ白である。王都はどこだ。
「王都って浮島じゃないんですか?」
振り向いて、ダミアンさんに聞いた。
地方都市のダーファスが浮島だから、王都も当然そうだと思っていた。でも、そろそろ到着するらしいのに、王都らしき浮島はどこにも見当たらない。
「一部はそうです。ですが、王都自体は地上にあります」
「自体じゃないとことは?」
「――ああ、雲に入るようですよ」
「えっ」
ゆっくりと船体が沈み込み、船の両側から雲の壁がせり上がってきた。
でっかい波みたいに、だっぱーんとなって甲板に襲いかかってくるが、甲板には魔法障壁があるし、そもそも水じゃなく雲なので被害はない。雲海の中に突入したようで、視界が完全に真っ白になる。雲を抜けると、地上の景色が現れた。
わたしは、再び下界を見下ろす。そして歓声を上げた。
「わあー」
広い平野の真ん中に、宝石みたいに真っ青な湖があった。
湖の形は真円で、湖底の砂が白いらしく、南国の海みたいな綺麗な青色をしている。青い湖の上には、いくつもの浮島が浮かんでおり、湖を取り囲むように大きな街が広がっていた。街の規模は、ダーファスとは比べ物にならない。街の外には、パッチワークみたいな畑が地平線まで続いていた。
わたしは、湖に浮かぶ島に目を向けた、
青い湖の上にある浮島は、ひとつひとつがダーファスの一区画ぐらいの大きさがあった。中央にある一島だけが他より大きく、デザインも違っている。他の島は大きな岩の上に街が築かれているが、中央に浮いている島だけは、下の岩を隠すように外壁が巡らしてあった。上に建っているのは、何とか大聖堂みたいな巨大建造物で、周囲を緑の森に囲まれている。あれが王様のお城だろうか。
ダミアンさんが腕を上げ、中央の島を指さした。
「――真ん中に浮いているのが、王宮のある王宮島です」
ですよね。
「まわりに浮いてるのは?」
「貴族街です」
ダーファスは上が世田谷、下が浅草みたいになってたけど、王都では湖上の群島が世田谷、湖の周囲が浅草みたいな感じらしい。浅草広いなー。
「王宮って、観光客は入れないんですか?」
「入れませんね」
「そうですよね……」
「護衛のひとりとして、王宮までいらっしゃいますか?」
「えっ、いいんですか?」
「ええ。構いません」
「わたし、ハリファールの国籍とか持ってないのに?」
ダミアンさんはスルーしたが、傍にいた軍人さんの肩がぴくっとした。
しまった。存在を忘れていた。
スパイ容疑で、甲板から蹴り落とされるだろうか……。
怯えながら見つめると、軍人さんはふいっと横を向いてくれた。聞かなかったことにしてくれるようだ。ありがてえ。愛想がないとか言って悪かった。
ダミアンさんが苦笑している。
「問題ないですよ。どうせ、陛下に会うことはできないんですから」
「えっ?」
どういう意味だろう?
ダミアンさんが、軍人さんに目をやる。軍人さんは横を向いたままだ。
「今の国王様は、誰ともお会いにならないんです」
誰ともって、これから定期報告? に行くのに?
聞きかけた言葉をわたしは呑み込む。
傍で軍人さんが聞いてるし、詳しい話はしてもらえないだろう。
わたしは、近づきつつあるハリファの街を見下ろした。
ゼインさんは、王宮が騒がしくなるかもしれないと言っていた。
王都ではなく王宮が、と言うからには、政権交代とか、王家のお家騒動とかだろう。ジルさんならともかく、ゲオさんとアーベルが国の揉め事に首突っ込むとも思えない。ゼインさんは心配してくれたけど、わたしが関わり合いになることは、まずないだろう。




