89 伝説の欠片
第五部は、一日二回更新します。
「また、こんな遅くに帰ってきて! 今日のお夕食はなしですからね!」
マーリャ・シュテーレン嬢(五才)が、両手を腰に当てて言った。
床に広げた敷物の上には、玩具の夕食がセッティングされている。敷物の上が自宅という設定で、わたしはその前でストップをかけられていた。
「マーリャ、どうか許しておくれ!」
「そんなことを言って、また約束を破る気でしょう!」
「僕を信じてくれ!」
「だめよ……信じられないわ」
「そんな……」
「もうたくさん! 何度わたしを裏切れば気が済むの!」
「今度こそ本気だ。僕のこの目を見てくれ!」
「あなたそこまで……」
わたしがさし出した手を、マーリャ嬢がぎゅっと握る。涙を拭うしぐさをすると、敷物の上に座り、両手をぱんっと打ち合わせた。
「約束しましたからね。次は絶対に許しませんからね!」
可愛い笑顔で言うと、布でできたパンを取り分け始めた。
場所は、シェローレン南棟にある子供部屋。マーリャはジルさんとこの末っ子で、金髪に青い目の激カワ美少女である。そんでわたしが何をしているかと言えば、マーリャの家庭教師さんに宿題を手伝ってもらったお礼に、家庭教師さんのお手伝いをしているのである。
説明しよう。
アーベルから出された課題をやらずに家出したわたしは、罰として課題を三倍に増やされ、三日以内に終わらせなければ「ここに置いていく」と宣言された。そんで、終わらなかったので、ガチで置いていかれたのである。ジルさんの紹介で、マーリャの家庭教師さんに資料をリストアップしてもらったが、それでも三日は無理だった。というか、プロに手伝ってもらったのがバレて全部やり直しになった。アーベルとシュルツは、すでに王都へ旅立ったあとである。
編み物をしていた家庭教師さんが、椅子から立ち上がった。
「マーリャ。そろそろお昼寝の時間ですよ」
名前はオリビアさんで、一男二女の母だそうだ。さっきからシビアな設定でおままごとをしているが、止めに入らないところに懐の深さを感じた。
ちなみに、“賭け事狂いの亭主とそれを支える貞淑な妻”という設定を言い出したのはマーリャである。前にお母さんと観に行ったお芝居が、そういうお話だったんだそうだ。お母さん……。
マーリャが、がっかりした顔でオリビアさんを見た。
「ディナーを始めたばかりなのよ」
「続きは、お昼寝のあとにしましょうね」
「でも……」
「行ってきなよ。待ってるから」
「わかったわ。良い子にして待っていてね」
「はーい」
「勝手に食べたら、おしおきですからね」
人差し指を立て、目をキラキラさせながらマーリャが言う。アーベルの従兄弟だし、暗黒令嬢の素質があるようだ。美人になるのは確定してるし将来が末恐ろしい。
マーリャは、オリビアさんと一緒に寝室に入って行った。
お昼寝は一時間とのことなので、ここで待たせてもらうことにした。
子供部屋には、玩具の他にも絵本が詰まった木箱がたくさん置いてあった。本棚じゃなく箱に入れてあるのは、子供が手に取りやすいようにとの配慮だろう。
マーリャは、普段どんな本を読んでいるのだろう。興味本位で、わたしは木箱を漁り始めた。大貴族のお宅だが、新しい本より古い本の方が多い。上の子のお下がりにしても古すぎる気がするから、代々受け継いでいるものなのかもしれない。
本を出し入れしている内に、鮮やかな赤い背表紙が目に入った。
引き寄せられるように、わたしはその本に手をのばした。箱から引っ張り出し、絵本の表紙を見る。描かれていたのは、凶悪な顔をした一頭の赤い竜だ。
どっかで見たことあるなーと思いながら、わたしは絵本を眺めた。
「――あっ、わたしか!」
真っ赤な体に、金色の目。額には一本の角がある。前世で見たグラナティス(大)とは似ていないが、実家の地下で見た緞帳の竜とは少し似ていた。勇者に退治される系の、凶悪面のドラゴンだ。
北棟の談話室をエゴサしても、グラナティスのグの字も見つからなかったのに、こんな所で見つかるとは。いやでも、まだ別ドラゴンの可能性もある。
わたしは、絵本を開くと読み始めた。
絵本なので文章は少ない。
内容は、父から聞かされた話とほぼ同じだ。
炎竜グラナティスが、世界を滅ぼして去って行く。
でも、その前後に、わたしの知らない物語がくっついていた。
世界中を巻き込むような、大きな戦争があった。
戦争は何年も続き、主人公の少年は戦火の中で生まれ、戦火によって家族全員を失った。傷心の少年は、何でも願いを叶えてくれるという不死のドラゴンの噂を耳にする。数々の冒険を経て、グラナティスの卵を見つけた少年は、生まれてきたグラナティスに「戦争を終わらせて欲しい」とお願いする。
しかし、少年の願いを聞いたグラナティスは、戦争していた人もしていなかった人も容赦なくブチ殺してしまった。グラナティスは、願いを叶える竜などではなかった。世界を滅ぼす破壊竜だったのだ。結果的に「戦争は終わった」ものの、少年はグラナティスに願ったことを後悔する。生き延びた少年は、残された人々と新しい国を作ると最初の王様になり、少年の国は末長く平和に栄えました。そういうストーリーである。
「……刷り込まれちゃったんだね」
卵を孵した少年を父親と認識し、張り切っちゃったんだろう。
どうやら、先代グラナティスの話で間違いないようだ。絵本の内容が、現実に起きたことだとすれば、主人公の少年とは、いったい何者なんだろう。国を作ったとか言ってるし、これがハリファールの初代王様とか、そういう話なんだろうか。でも、談話室の歴史書には、グラナティスのことはひと言も書かれていなかった。
考え込んでいると、寝室の扉が開いてオリビアさんが出てきた。マーリャは眠ったようで、そうっと扉を閉める。
教師のオリビアさんなら、何か知っているかもしれない。
わたしは絵本をオリビアさんに見せに行った。
「これってハリファールのお話ですか?」
絵本を見たオリビアさんは、首を横に振った。
「いいえ、それはガロリアのお話ですよ」
予想外の名前が出てきて、わたしはきょとんとした。
ガロリアってあれだよね。ニルグの森の東向こうにある、ハリファールと仲悪い国のことだよね。作中にガロリアのガの字もなかったし、ハリファールと文字一緒だから気がつかなかった。
「敵国の絵本が、何でここにあるんですか?」
「どなたかが、お勉強のために手に入れてきたんでしょう。ガロリア国が、どうやって出来たのかという、成り立ちのお話ですよ」
わたしの疑問に答えてオリビアさんが言う。国際感覚を身につけるとか、そういう感じなんだろう。さすがは大貴族。
「ガロリアの地域限定本?」
「おっしゃる通りです」
「ハリファールには、グラナティスのお話ってないんですか?」
「ハリファールの歴史は、新天地を求めて旅した最初の王が、豊かな土地を見つけて王国を築くことから始まります。こういう血生臭いお話はないですよ」
「王様が旅に出たのが、炎竜が滅ぼしたあとの世界だったとかは?」
「面白いことをおっしゃいますね」
「ないですかね……」
「いえ、ガロリアの歴史と比較している学者もおります」
「じゃあ……」
「でも遙か昔のことですし、確認のしようがありません」
おとぎ話ですよと、オリビアさんは肩をすくめた。
マーリャのお昼寝が終わるまで、わたしは絵本を漁って過ごした。ハリファールの王様の本は何冊もあったけど、グラナティスの本は一冊きりだった。ガロリアでしか売ってないみたいだし、敵国の本がそうそう手に入るはずもない。偶然見つけただけでもラッキーだったんだろう。
おままごとの続きをしたあと、マーリャにお別れを言って子供部屋を出た。
明日の朝にはダーファスを出発する予定だから、今から荷造りを始めないといけない。来た頃と比べて持ち物が増えているし、部屋を空けるよう言われているから全部持って出る必要があった。整理して詰めないと、旅行鞄がエライことになってしまう。
課題が終わらず、ダーファスに置いていかれたわたしだが、追加の課題を終わらせたら来いと、アーベルから旅費と旅券をもらっていた。
同じ国のなかだけど、王都に入るには許可証みたいのがいるそうだ。レベル25の弱々魔女なのに、ひとりで旅行していいの? と思ったけど、シュルツも何も言わなかったし、誘拐犯撃退できるくらいの力はあると認められたようだ。わたしも立派になったものである。
「――にしたって、本当に置いてくことないのに」
一応、未成年の女子なんですけど。
ぶらぶら階段を下りていると、メイドさんに声をかけられた。
「イチカ様。ジルムンド様が、書斎までいらして欲しいとのことです」
シェローレン屋敷は二つの建物から成っていて、南棟はジルさん一家の住居で、北棟が来客用の建物になる。ジルさんは書斎にいるというので、そちらに足を向けた。
「マーリャと遊んでくれたそうだね。ありがとう」
書斎を訪ねると、微笑みながらジルさんが言った。
三大貴族のひとつであるシェローレン家を束ねる当代さんであり、ミハイ君とマーリャのお父さんでもある。放蕩息子であるミハイ君のことを大変心配しており、ミハイ君情報を流しているうちに仲良くなった。
「すっごく楽しかったです」
「……マーリャは、少しませていると思わないかね?」
「そうですね」
「やはり、君もそう思うかね」
「目を輝かせながら、おしおきですからねって言われました」
「マーリャ、いったいどうして……」
「血筋じゃないですかね」
などと話していると、ノックがして男の人が入ってきた。年齢は三十代くらいで茶色の髪に青色の目。服装は地味だけど、使用人という感じでもない。わたしに気づいて目礼してから、ジルさんに目を向けた。
「お邪魔いたします。お呼びでしょうか」
頭を抱えていたジルさんは、手を下ろすと咳払いをした。
仕事モードになると、男の人の方を示した。
「わたしの秘書のダミアンだ」
「初めまして、イチカ様。ダミアン・ルーレンと申します」
初めましてと言いつつ、わたしのことを知っているらしい。
わたしの方はと言えば、ダミアンさんに見覚えがない。南棟へはあんまりこないし、呼ばれない限りジルさんの書斎にも入らないから、会う機会がなかったんだろう。いや、だとすると、ダミアンさんはどこでわたしを知ったんだ。
「どこかでお会いしましたっけ?」
「いいえ。でも、お噂はかねがね」
「……お噂?」
「ダミアンは、わたしの代理で王都へ行くことになっている」
「そうなんですか」
「ついでだから、一緒に連れて行ってもらいなさい」
「えっ、いいんですか!」
わたしは歓喜した。王都までの旅は楽しみだったけど、大量の荷物が悩みの種だった。でも、シェローレンの秘書さんと一緒なら、自家用馬車とか自家用船とかで荷物を運んでもらえるし、アーベルから貰った旅費を全部おこづかいにできる。良いことずくめだ。
「よかったですね。飛行船に乗れますよ」
にこっとしてダミアンさんが言った。今、何て言った?
「飛行船って、一般人でも乗れるんですか?」
この国の飛行船は、すべて軍の持ち物だ。前にニルグの森から乗った時も、ルーミエの逃亡を幇助した疑いがアーベルにかかっていて、事情聴取するために乗っけたと聞かされた。だから、軍人か犯罪者でないと乗れないと思っていた。
「義務付けられている定期報告なので」
今回は代理だけど、ジルさんくらいの大物になると、飛行船に乗ってもOKの許可が出るんだそうだ。もちろん、OKのなかにはお付きや護衛の人も含まれる。機密保持のために、飛行船の窓は外見えないようにされてるし、飛んでる間は甲板にも出させてくれない。でも、それでも飛行船に乗れるのはうれしい。置いてきぼりくらってよかったー。
わたしは、ジルさんにお礼を言って部屋を出た。
さっさと荷造りして、係長に手紙を書こう。
王都、楽しみだなあ。




