87 卵の見る夢
「イチカ、呼ばれていますよ」
シュルツが言った。場所は、ダーファス南区の食料品市場である。
島外基地に着いたのが朝の早い時間だったので、朝食を食べようと南区で降りた。ミハイ君は、じいちゃん家に寄ってから帰るとのことで前の街で別れている。イワノスさんは、ダーファス近郊で田舎暮らししているそうだ。
シュルツが示した先を見ると、前に小豆を買ったお店の店主が手招きしていた。
「運がいいね。今朝入ったばかりだよ」
そう言うと、ザルいっぱいの小豆を見せてきた。何だ、ただの神か。
「豆ですか? 面白い色をしていますね」
シュルツは興味深そうにしている。
わたしは、お財布を出しながらシュルツの顔を見上げた。
「貴重なブツが手に入った。ちょっと寄り道していい?」
今日ダーファスに帰るとアーベルに手紙を出していたけど、何時に着くとまでは書いていない。今からとりかかれば、おやつの時間に十分間に合う。シュルツの了解を得たわたしは、必要な材料を探して市場をまわり始めた。
シェローレン屋敷に帰ると、アーベルは談話室でくつろいでいた。家出する前にあった臨時の書斎が片付いていたから、ゲオルグさんは自分の領地に帰ったようだ。ソファーで本を読んでいたアーベルは、顔を上げると本を閉じた。
「――どこをほっつき歩いていた」
ちょい不機嫌な様子だ。
持ってきたお土産をテーブルの上に置いた。
ケレースで買った茶葉。リーシュで買ったウン万円する高級地酒。それから、白いナプキンを被せたおやつの大皿である。
「何だこれは?」
「約束してたお土産。それから、ニホンのお菓子どら焼きです」
ナプキンをとる。大皿の上には、黄金色に輝くどら焼きが並んでいる。
ソニアさんがお店にいたので、台所を借りて小豆を炊き、生地も焼いて餡子を挟んだ。ソニアさんの勤務先は、倒産の危機を無事まぬがれたそうだ。
アーベルが、かなり不機嫌な様子でわたしを見た。
「……このみすぼらしい物を、俺に食えと言うのか?」
「みすぼらしいとは何だ。みすぼらしいとは」
「見るからに貧乏臭い」
「せめて食べてから文句言ってよ」
「運んでくるなと言っている」
「まあまあ」
「シュルツは手伝ってくれたから、いっぱい食べてね」
「ありがとうございます」
餡子だけだと口に合わない可能性があったので、バタークリームも挟んでみた。ソニアさんも絶賛してたし、絶対おいしいはずだ。
メイドさんがお湯のポットとティーセットを持ってきてくれたので、三人分のお茶を淹れた。ケレースのお茶は、紅茶というよりウーロン茶に近い感じなので、どら焼きに合いそうだ。
「とてもおいしいです。アーベル、おいしいですよ」
小皿に載せたどら焼きをシュルツが差し出すと、アーベルがため息をついて手を出した。よしよし、文句も言わずに食っている。可愛いもんだ。
お茶をしながら、シュルツが不在の間の報告をした。スパイに見られるとまずいので、手紙には書けなかったのだ。ちなみに、聞き耳系の魔法は、屋敷内であれば警備の魔術師さんが排除しているそうである。
報告を聞き終えると、アーベルが口を開いた。
「シュルツはいい。イチカ、お前は魔族とやり合ってその程度か」
望み通りレベルを上げてきたというのに、文句をたれる。
前にユリウスと戦った時は、レベル10から18に上がった。今回はちまちまやって、レベル18から25。レベルが上がるにつれ必要な経験値も増えるだろうし、割とがんばった方じゃないだろうか。
「そういや、ミハイ君も上がったって言ってたよ」
「人のレベルを気にする暇が、お前にあると思っているのか」
「上げてきたじゃん」
「不十分だと言っている」
「アーベルが強欲すぎるんだよ」
「役立たずに給金を出さねばならない者の身にもなれ」
「お金持ちなんだからいいじゃん」
「シェローレンの財は、お前の小遣いのためにあるのではない」
お金持ちのくせにケチケチしてんなあ。あ、そういえば。
「あと、シュルツに正体ばれた」
ぶっちゃけると、シュルツがお茶にむせた。どうした?
「アーベルは、知っていたんですか?」
そっちか。そういえば、言ってなかった。
アーベルが、腕を組むと息を吐いた。
「どっちも頭の中身は一緒だ。大差ない」
「……いや、だいぶ違うでしょう」
「ばらしたではなく、ばれたと言っているあたり察するものがある」
「だって、魔素もなくて緊急事態だったんだよ」
「……」
「知らないうちにゼロになっててさ」
アーベルが睨んでくる。手の届くとこにいたらアイアンクローを食らっていただろうが、テーブルを挟んでいるから大丈夫だ。残念だったな!
「……シュルツ」
「あとで言い聞かせておきます」
シュルツの説教ならこわくない。
この程度で済んでよかったなあと思いながら、わたしはどら焼きを頬張った。
天才の炊いた餡子がうまい。次は、小麦粉でお団子作ってぜんざいにしよう。
シュルツが、わたしを見ながら口を開いた。
「イチカは、本当はどこから来たんですか?」
「ん?」
わたしは、視線をさ迷わせた。談話室には、いつものごとくわたしたちしかいない。入口は遠いから、廊下に誰かいたとしても聞こえないだろう。話しても大丈夫そうだ。
「わたしも、よくわかんないんだよね」
「わからない?」
「生まれたとこは古いお城みたいなとこで、パパとパパの部下の人達と暮らしてたんだけど、正義の……じゃない、パパと敵対してる組織の襲撃に遭って、わたしだけ逃がされて、気づいたら川に流されてた? みたいな? たぶん、ニルグの川の上流の方だと思うんだけど……」
「あ、あの盥はイチカの鍋だったんですね」
「そだよ」
「ニルグの上流はベル山脈だ。人が住めるような場所ではない」
「住んでたって言ってんじゃん」
「まあ、ベル山脈と言っても広いですからね」
「そうなんだよね……」
「と言うことは、ニホンという国の話はお前の妄想か?」
便宜上、わたしはニホンという東の島国からきたと言っているが、当然ながらこの世界にそんな国は存在しない。前から疑われていたようだが、今の打ち明け話で、嘘だと確信したようだ。でも、本当じゃないけど嘘でもないんだよなあ……。
「ある意味ではそうだと言えるし、ある意味ではそうだとは言えない」
「……わかるように言え」
わたしは、ちょっと考えた。何と説明したらいいんだろう。
「わたし、孵化する前にニホンって国で暮らしてて、そこで死んでこっちに生まれてきたんだよ。生まれる前の記憶を持ってるけど、でも証明はできないから、ニホンって国は本当にあるのかもしれないし、全部わたしの夢だったという可能性もゼロではない」
信じるか信じないかは、あなた次第。というやつだ。
突然のオカルト話に、ふたりは不可解そうな顔で黙り込む。そんな馬鹿なと言いたそうだが、わたしが夢かもしれないと言ってる以上、突っ込みようがない。
アーベルが、首を振ってから口を開いた。
「――まあいい。お前の父親とは何者だ?」
「わたしの卵を見つけて孵化させた人」
「人間の魔術師か?」
「それは言えない」
「魔術師だな」
「……」
「ああ、ではその魔法は……」
シュルツが言いかけて、はっと口を閉じる。アーベルが視線を向けた。
「今、何を言いかけた?」
「いや……その……」
「わたし、この姿になるのに魔法使ってるんだよ」
<転化>を使った時、シュルツは後ろを向いていたけど、呪文は聞こえていたから魔法だとわかった。けど、そうじゃなかったらドラゴンパワー的なあれで変身していると誤解されても不思議じゃない。実際、アーベルはそう思っていたようだ。
「お前のそれは、魔導書の魔法なのか?」
「そうだよ」
「何のための偽装だ?」
「チビだと、部屋のドアが開けられないからだよ」
ふたりが黙り込んだ。たぶん、んなアホな理由でと思ってるんだろう。手のひらサイズになったことのない奴に、わたしの苦労がわかろうはずもない。
「いっぺん、手のひらサイズになってみるといいよ」
返事はない。そういう魔法はないのかな。まあいいや。
「パパもパパの部下の人達も、みんな強いから無事だと思うんだけど、今戻っても敵の人質になったりして、足手纏いになるから。だから、そうならないくらいレベル上げて、それから実家探しに行こうって思ってる」
シュルツが微笑んだ。
「……偉いですね、イチカは」
「成り行きだけどね」
わたしは、お茶をすすった。
色々ぶっちゃけたが、グラナティスの名前は出さなかった。
お城を出てからこっち、世界を滅ぼすドラゴンの話を、誰かが話しているのを聞いたことはない。談話室にある歴史書の中にも、グラナティスのグの字さえなかった。
前に復活したのは数百年も前だというし、一部の歴史マニアの間では常識でも、世間からは忘れ去られている――のかもしれない。であるなら、前科持ちの凶悪生物です、とわざわざカミングアウトすることはないだろう。シュルツはともかく、アーベルに知られたら一瞬で駆除される可能性がある。
アーベルが立ち上がった。報告も聞き終わったし、どっか行くようだ。
「来週にはここを発つ。荷物をまとめておけ」
「……今、帰ってきたばっかなのに」
「休暇みたいなものだっただろう。働け」
「と言うことは、新しい仕事ですか?」
「そうだ」
「どこ行くの?」
「ハリファだ。仕事の内容はそこで話す」
ハリファって、確か王都だよね。ハリファールの王様が住んでるとこで、日本で言えば東京みたいな場所だ。
「えっ、王都行けるの?」
「その前に、お前にはやることがある」
アーベルが書き物机のとこに行き、戻ってくると見覚えのある紙をわたしの前に放った。家出する前、放置して行った宿題だ。やり直し一枚、追加三枚だったはずが、新たに八枚増えて合計十二枚になっている。これはいったい……。
「終わらせろ。期限は三日」
「……お、終わらなかったら」
「ここに置いていく」
「シュルツ、手伝って!」
「……少しだけですよ」
やった。と思ったが、アーベルから待てがかかった。
「シュルツ、お前はミハイを連れ戻してこい。伯父上の気鬱が限界だ」
「それは大変ですね」
「えっ、ちょっと待って」
「大丈夫。イチカならできますよ」
できねえよ。だってアーベル日本語読めないじゃん。
アーベルは、いつの間にか姿を消している。
シュルツも出て行くと、わたしは涙目になった。
ソニアさん……は仕事があるだろうし、あと手伝ってくれそうな人は誰がいるだろう。そういや、ジルさん落ち込んでるって言ってたな。ミハイ君の情報届けるついでに、そこそこ暇で有能な部下の人がいないか聞いてみよう。
わたしは涙を拭く。
宿題を腕に抱えると、談話室を飛び出した。
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