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86 休暇のおわりに

 ウィノワクチンのせいか、家に着くなりシュルツは熱を出して倒れた。


 さすがに「ウィノに噛まれて熱出しました」とはヘレーネさんに言えず、風邪ってことにしたので、わたしとミハイ君は接近禁止を言い渡された。シュルツが寝込んでいる間、わたしとミハイ君は山行って魔物狩ったり、湿原行って夕食用の獲物狩ったり、ヘレーネさんの見回りを手伝ったりして過ごした。


「ここの街、宿屋ってないのか?」


 夕食の席でミハイ君が言った。

 イルゼさんとコリンナさんは、子供たちをみている。ヘレーネさんが答えた。


「宿屋はないけど、旅人を泊めてくれる家ならたくさんあるわ。うちにしたって、空き部屋だらけだし。でも、どうして?」


 必要に応じて民宿やる感じらしい。ミハイ君は、何が聞きたいんだろう。


「うちのじいちゃん、仕事引退してから遊んでんだけど」


「ああ、イワ――ごほごほ」


 わたしは、気づかないふりをした。


 今、絶対イワノスって言いかけたな。家名は名乗ってないし、寝込んでるシュルツが教えたとも思えないけど、考えてみれば、ダーファスに住んでる魔術師のミハイル君十六歳が何人もいるわけがない。家長なら本家次男坊の名前くらい知ってただろうし、バレてないわけなかったようだ。


「じいちゃん鳥好きだから、ここのこと話したら来たがると思うんだけど」

「ミハイ君のおじいさまなら大歓迎よ」

「じゃあ、おばさんのこと話しとく」

「……こっ、心の準備をしておくわ!」

「引退する前はすごい遣り手だったらしいから、困ってることがあったら話してみるといいと思う」


 ついでという感じで、ミハイ君が言う。


 困ってることっていうのは、例の借金のことだろう。

 ヤレン家は分家の分家の分家で、本人死んでるとはいえ、自分の失敗で背負った借金のことを本家に相談なんかできなかったのだろう。ミハイ君のじいちゃん、前の当代さんなら、話を聞いて借金減らす方法を教えてくれるかもしれない。


「もし、おじいさまがいらしたら……ええ、そうさせていただくわ」


 まだ実現したわけじゃないし、半信半疑といった感じだ。


「それはそれとして――」


 ヘレーネさんは、テーブルに手をつくと身を乗り出してきた。


「ミハイ君も、イチカちゃんも、ぜひまた遊びにきてね。いつでも大歓迎だから。それから、イチカちゃん。うちはお金はあんまりないけど、シュルツは家事全般何でもできるし、わたしが言うのもあれだけど、そこそこ顔もいいし、真面目で誠実で浮気とか絶対にしないから、ね?」


 何が「ね?」なのかわからないが、気迫に押されてわたしはうなずいた。


「……また遊びにきます」


「暇があったらなー」


 話終えたミハイ君は、またわしわし食い始めた。

 何も考えてないと思ってたけど、ミハイ君なりに気を遣ってくれたようだ。

 ダーファスに帰ったら、家出した息子さん超良い子でしたよってジルさんに教えてあげよう。





 朝早くに目が覚め、カーテンを開けたわたしは、ウッドデッキにシュルツの姿を見つけた。五日間も寝込んでたけど、やっと起き上がれるようになったようだ。わたしは、急いで着替えると部屋を出た。


「シュルツ、おはよう!」

「おはようございます。早いですね」

「体は、もう大丈夫?」

「ええ、すっかり回復しました」


 それでも病み上がりではあるので、ベンチに並んで腰掛けた。


 ウッドデッキは、渓谷のある北の方を向いている。太陽が昇ったばかりで、東の山の方が明るく、湿原には霧がかかっている。朝なのに夕暮れみたいな、夕暮れにしては明るいような、不思議な景色が広がっていた。


「霧化の魔法は試してみた?」

「試しました。以前よりも安定している感じがします」

「よかったね」

「危ない目に遭わせて、申し訳ありませんでした」

「仲間なんだし、いつでも止めるよ」

「今回は助かりましたが、でも、もう無茶はやめてください」

「シュルツだって、ミハイ君かばって噛まれてたじゃん」

「ミハイより、俺の方が丈夫だから当然です」

「若者だから駄目ってことなの?」

「考えもなしに、危険に飛び込むことがです」


 そうは言っても、あのまま放置していたらシュルツがどうなっていたかわからない。無茶でも何でも、やっただけの意味はあったと思う。結局、ウナギの魔物以外、誰も死んでないわけだし。あ、そういえば。


「……あのさ」


「はい」


「前に、バーサクかっこいいとか無神経なこと言ってごめんね」


 謝ろうと思っていたのに、シュルツが失踪したので謝れていなかった。シュルツは、そんなこといつ言われたっけみたいな顔をしている。だいぶ前のことだし、もう覚えていないのかもしれない。


「気にしていません。大丈夫ですよ」


 シュルツが微笑んだので、わたしはほっとした。

 これからも失言しまくるだろうが、シュルツなら許してくれるだろう。

 てか、何か大事なことを聞き忘れているような……。


「どうかしましたか?」


「――どうして、理由も言わずにいなくなったの?」


 家出してから色々ありすぎて、すっかり忘れていた。


 朝の訓練に行ったのにシュルツが現れず、アーベルからシュルツが急用で実家に帰ったのだと知らされた。急用の内容をアーベルが聞いてなくて、伝言も書き置きも何もなかったから、心配になってケレースまでやってきたのだ。


「イチカ宛ての手紙を残したはずですが?」

「えっ、どこに?」

「渡しておくと言われたので、アーベルにあずけました」

「……」

「受け取っていませんか?」

「……うう」

「たぶん、忘れていたんでしょう」


 そんなわけがあるか。絶対にわざとだ。あの野郎!


「シュルツ、クビにしたって言ってたけど」

「勝手にしろとは言われましたが、クビとは言われていません」

「クビじゃない?」

「そのはずですが……」

「……」

「ああ、でも、一時的にはクビになっているかもしれませんね」

「……一時的?」

「出る前に、等級ひとつ上げるまで戻ってくるなと言われたので。それは、上がったら戻って来いという意味ですよね? ――イチカ? イチカ? どうかしましたか?」


 わたしは、アーベルの悪行を涙ながらに訴えた。わたし宛の手紙隠して、シュルツをクビにしたって嘘ついて、アーベルはいったい何がしたかったんだろう。


 シュルツは、首をかしげて考えている。


「外に出して、修行させたかったのでは?」

「なら、最初からシュルツについてけって言えばいいじゃん!」

「それもそうですが」

「何でそう言わなかったの?」

「わかりません」

「……」

「まあ、いつもの嫌がら……気まぐれですよ」

「――そうね」


 わたしは、真顔になると同意した。


 シュルツがいなくなったことに動揺して、最大の容疑者が目の前にいることをすっかり忘れていた。慌てふためくわたしを見て、アーベルは内心で爆笑していたに違いない。腹ん中暗黒王子の異名は、伊達ではなかったということだ。ストレス過多で性格歪んだのかもとか、同情したわたしが愚かだった。次は、絶対に騙されないよう気をつけよう。


「あ、シュルツは等級いくつになったの? ダーファスに帰れる?」


 上がってなかったら逗留決定だ。それもいいかもしれない。


「星の2になりました。帰れますよ」


 星の2というとレベル40くらいか。前に聞いた時は、星の4だった。いつの間にか星の3になってて、今回ので一気に星の2まで上がったようだ。ウィノワクチンが効いたんだろうか。わたしも打ってもらえばよかった。


「そういうイチカは、どうでしたか?」


「レベル25、星の5になりました!」


 洞窟から帰ってきた時点でレベル23、ミハイ君と野山を駆けまわった数日間で2増えてて等級も上がっていた。これでようやく四分の一人前である。


「よくがんばりましたね」

「えへへ」

「新しい魔法を何か習得しましたか?」

「力の糸覚えて壁走りの練習してる。シュルツは壁走りできる?」

「いいえ。俺のレベルと体重では厳しかったので」

「力の糸は解放してない?」

「2は使っていますよ」

「何に使ってるの?」

「剣を振る時、地面に足を固定するとふんばりが効きます」

「それならわたしもできそう」

「上手く切り替えないと転ぶので、練習しましょうね」


 ミハイ君は練習つき合ってくれないから、とてもありがたい。


 体調は良いというので、<力の糸>の使い方を習うことにした。壁走りで足の切り替えが上手くできないと言うと、ちょっと考えてからシュルツが口を開いた。


「力の糸というのは、自分の体の一部を対象に縫い付ける魔法です」

「糸ってくらいだしね」

「接着ではなく、縫い付けなので時間がかかります。当然、外す場合もです」

「切り替え早くするにはどうすればいいの?」

「付ける時間は練習あるのみですね」

「外す時間は?」

「まず、外すという考えを捨ててください」

「え? うーん」

「一ヶ所縫い付けたまま、二ヶ所目を縫い付けてください」

「でも、レベル低いと一ヶ所しかつけられないんでしょ?」

「ええ。だから、前の糸は勝手に切れます」


 近くの壁で、さっそくやってみることにした。


 壁に右足をつけ、<力の糸>で縫い付ける。今までは、右足を解除してから、左足を付ける感覚でやっていた。それを、右足は縫い付けたままで、今初めてやりますよの感じで左足を縫い付けてみる。すると、何もしていないのに右足の糸がパチッと外れた。左足はくっついている。三歩目で背中から落ちたが、それでもすごい進歩だ。


「できた! できたよ、シュルツ!」


「その前に、安全に着地する方法を覚えましょうね……」


 シュルツはあきれている。落ちるにしても、素人みたいな落ち方するとは思わなかったようだ。だって、すぐできるとは思わなかったからさ。





 正午きっかりにミハイ君が起きてきたので、シュルツと三人で昼ご飯にした。ヘレーネさんは、イルゼさん家へ出かけていて不在だ。足はもういいようで、杖を置いて手ぶらで出て行った。


「……くそまずい」


 この世の終わりみたいな顔をして、ミハイ君が言う。

 いつもはイルゼさんが手伝いに来ているけど、今日はいない。わたしは壁走りの練習をしていたから、作ったのは……。


「俺です」


 しれっとしてシュルツが答えた。


 わたしも食べてみる。くそまずい。素材の味を活かしてるというか、素材の味しかしないというか。手先が器用だから見た目はちゃんとしてるけど、すごく味が薄い。あとなんか薬草がもりもり入っている。家庭のご飯というより、プロアスリートの仕事飯という感じだ。


「……おい、シュルツ。味しねえんだけど」

「塩分の取り過ぎは体に毒ですよ」

「んな、やわな体してねえよ」

「でも」

「イチカ、お前も何か言ってやれ」

「ほら見て、スープの具がぜんぶ四角に切ってあるよ。女子力が高いよ」

「何の力だよ。知らねえよ」


 ぶつくさ言いながらも食べ始める。でもやっぱり食が進まないようで、手を止めるとわたしの方を見た。


「シュルツも回復したし、そろそろダーファスに帰るか?」


「そうだね」


「お前、アーベルに無断で出てきたんだよな? 帰れんの?」


 自分のことは棚に上げて、不吉なことを言ってくる。それな。


「まあ、命までは取られませんよ」


 のんびりとシュルツが言った。罰を受ける前提で話をしている。


 嵌められて出て行かされたようなもんなのに、そんなことってある?


 わたしは、リーシュやケレースの店で売られていたものを思い出そうとした。腹立たしいが、アーベルの機嫌を損ねると、手当たり次第に正体をバラされてしまう。アーベルが超ご機嫌になるような、いい感じのお土産を買って帰ろう。

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