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85 もうひとつの再会

「――イチカ!? イチカですよね?」


 ダッシュで逃げていたわたしは、シュルツの声を聞いて足を止めた。


 行けると思ったけど、猫のふりでは騙されなかったようだ。

 

 しかし、よく気づいたなあと感心する。ぺっちゃんこになったはずの弟子が消えて、ヘンテコな生物が現れたからといって「あ、弟子がこれにイリュージョンしたんだな」とは普通思わないだろう。やっぱり、目撃されるの二度目だからだろうか。ニルグの森にいた奴が、何でここにってとこから推理したんだろう。シュルツが正気に戻ってる可能性を考えて、ちゃんと隠れとけばよかった。


 わたしは、おそるおそる振り向いた。


 目が合うと、シュルツが驚愕の表情を浮かべる。やってくると、両手を地面について、変わり果てたわたしの姿を凝視した。わあ、めっちゃ見てる。


「イチカですか? 本当にイチカですか? 本当に?」


 かなり動揺しているらしく、三回聞いてきた。


 わたしは、返事するのをためらった。


 シュルツが、わたしの正体を喋ってまわるとは思わない。けど、色々後ろ暗いことも多いし、できれば正体を知られたくない。何とか誤魔化す方法はないだろうか、――いや、完全に同一生物だと気づかれてるし、ここからすっとぼけるのは無理だろう。


「――あの」

「そうだよ」

「……」

「そうだよ?」


 シュルツは困惑している。聞いといて引くなよ。


「……いつからこの姿に?」

「もちろん、生まれた時からです」

「魔法や呪いではなく?」

「ちがいます」

「ではどうして?」

「どうしてって、むしろ人間の姿のが魔法の目くらましなんだけど」

「呪いでもないのに、こんな姿に……」

「こんなとは何だ。こんなとは」

「あっ、すみません」


 謝ったものの「かわいそうに」みたいな表情で見てくる。


 わたしはイラっとした。ドラゴン形態の時のわたしは、最強に可愛いのに。シュルツといいアーベルといい、どうしてこの可愛さがわからないのだろう。今や褒め称えてくれる人もいないし、自信失いそう。わたしは、長い尾をひとふりした。


「あのさ」


「何でしょう?」


「お腹、刺さったままだけど、痛くないの?」


 指摘すると、シュルツは下を向く。

 素で忘れていたらしく、一気に顔色が悪くなった。


 投剣を抜いたシュルツは、ポーションの残りを飲み干した。水筒を出してごくごく水を飲み、飲み終わると怪我の治り具合を確かめる。その間、わたしは魔素の補充をしようとしたが、洞窟の壁が邪魔してるらしく、チビのパワーでも魔素を集めることができなかった。わたしは、魔素のあるとこまで連れてって欲しいとシュルツにお願いした。


 手の上に乗っけてもらい、空洞の外に出た。


 歩きながら、シュルツは何かを探している様子だ。


 ふと進路を変えると、通路の端で足をとめた。

 見ると、岩のくぼみから地下水が湧き出し、水が溜まった上に、うっすら魔素が浮かんでいた。少ないけど、<転化>くらいならやれそうだ。変身の維持は、わたしの余剰エネルギーで足りるから、発動さえできればそれでいい。


 地面に下ろしてもらってから、シュルツを見上げた。


「ちょっと、あっち向いてて」


「どうしてですか?」


 シュルツが聞いてくる。どうしてって……どうしてだろう?


「いや、着替え見られてるみたいで恥ずかしいからさ」


「え? むしろ今の状態が……」


 全裸なのでは? と言いかけたのだろう。赤面すると背中を向けた。


 確かに、今すっぱだかなのに、服着るからあっち向いててはおかしいか。でも何か恥ずかしいんだよ。何だろうな、この感じ。わたしは上の空で呪文を唱え、人間の姿になるとシュルツの背中をつついた。


 振り向いたシュルツは、わたしを見るとびっくりした顔をした。


「――本当に、あの小さいのがイチカになるんですね」


 とても感激している様子だ。


「ちょっと、触ってみてもいいですか?」


 感激ついでに、とんでもないことを言い出した。


 常識人のシュルツの口から出た言葉とも思えないが、バーサク発動したり、弟子が死んだかと思ったらドラゴンにイリュージョンしたり、衝撃的なことが多すぎて、頭がハイになっているんだろう。他の人だったら断るけど、シュルツなら別にいいか。わたしが了承すると、シュルツが手をのばしてきた。


「本当に、生きているみたいですね」


 わたしの頬を両手で包み、軽くつまんでムニムニする。髪の毛を手に取り、親指でしごいてから、指の間でさらさら流した。何か居たたまれなくなってきたが、いいよって言ってしまった責任があるので我慢する。


 シュルツが身を屈め、わたしの脇の下に手を入れると、ひょいと身体を持ち上げた。魔法でできてる幻だけど、わたしにはちゃんと体重がある。シュルツだって知ってるはずなのに、あらためて確認し、そして驚いている様子だ。


「――これは、すごい魔法ですね」


 感じ入った様子で、シュルツが言う。


 わたしは、にっこりした。<転化>の魔法を作ったのは、うちの父とヤスだ。ふたりが褒められるのは、わたしも嬉しい。


 シュルツの気が済んだようなので、地面に下ろしてもらった。

 わたしは辺りを見回した。通路の真ん中にでっかい足跡がある。見覚えがあるから、来る時に通った道のようだ。


「――洞窟の出口、どっちだかわかる?」


 聞いてみると、シュルツは出口とは反対の方を指差した。


「たぶんあっちです」


「……こっちだよ」


 来た道を戻るだけだ。しっかりしろ地元民。





 洞窟の外に出ると、魔族の少年少女が、ヤンキーの前で正座させられていた。


 うさんくさい商品を購入して巨大化したことと、ミハイ君の注意を無視して飛び出してきたことを説教されている様子だ。ラスムス君は神妙な顔をして聞いているが、ウィノはうとうとしている。ラスムス君と会えて安心したんだろう。


 わたしたちが近づくと、ミハイ君が説教を止めてこっちを見た。


「シュルツ。噛まれたとこ、大丈夫か?」


「ええ、何ともありません」


 シュルツが微笑む。わたしはラスムス君に声をかけた。


「ラスムス君は、体何ともない?」


 ラスムス君が顔を上げた。

 黒い髪に真っ赤な目。二本の角も黒色なので、ぱっと見は人間に見える。でも瞳孔縦長だし、半開きの口からは牙がのぞいていた。ウィノもぽやっとしてるけど、この子も結構ゆるふわな様子だ。


「平気だ。迷惑をかけてすまなかった」


「ウィノと会えてよかったね」


 ラスムス君は、こくんとうなずく。見ると、ウィノとしっかり手を繋いでいた。小学生カップルみたいで可愛い。どっちも百歳越えてるけど。


「あのさ、ふたりに相談したいことがあるんだけど、いいかな?」


 わたしが聞くと、うとうとしていたウィノがはっとなった。


「……かまわぬ。イチカとミハイには世話になった」


「うむ」


 横でラスムス君が同意した。あっ、この子もジジイ風なのか。


「シュルツの魔導書のことなんだけど……」


 わたしは霧化魔法のこと、その副作用のこと、さっき魔物に噛まれてその副作用が出たことを二人に話した。霧化魔法は、魔導書の前の持ち主が魔族であったことに由来する。同じ魔族なら、制御する方法を何か知らないだろうか。


 ウィノが立ち上がり、シュルツのとこに行って長身を見上げた。


 シュルツは困惑顔だ。たぶん、こんな子供に言っても、どうにもできないと思ってるんだろう。――しかし、このふたりは小学生カップルに見えて、実はワーリャばあちゃんよりも年上だ。年寄りの知恵袋的なあれで、何とかしてくれる可能性は十分にある。


「シュルツと言ったか」

「はい」

「服を脱いで、そこへ座れ」

「はい――はあ?」


 シュルツが、助けを求める顔でこっちを見た。わたしが笑顔で首を横に振ると、今度はミハイ君の方に「誰か助けて!」の視線を送る。ミハイ君が、あきれた顔で口を開いた。


「大の男が恥ずかしがってんなよ。情けねえ」


 よし、よく言った。


 ミハイ君の一言が効いたらしく、シュルツはしぶしぶ服を脱ぎ始める。上半身だけ裸になると、地面の上にあぐらをかいて座った。やっぱいい体してるなあ。


「俺も鍛えてんだけどなあ……」


 わたし以上に興味津々な様子で、ミハイ君がシュルツの裸を眺めている。見物人に囲まれて、シュルツは居心地が悪そうだ。


 ウィノが、シュルツの背中に手をあてた。

 

「……魔族の力が宿っておるの」


 「?」を挟みつつウィノが説明するのを、後ろでラスムス君が解説した。


 曰く、シュルツには魔族の力に対する耐性があり、それで霧化魔法が使えているが、他の人間だったら発動した瞬間にバーサクしているそうである。もし、霧化魔法の副作用を抑えたいのであれば、魔導書の方ではなく、シュルツの魔力耐性を上げた方が早い、とのことだった。


「耐性を上げるって、どうすればいいの?」

「ういが何とかする」

「まじで? ウィノすごい!」

「うむ」

「大丈夫かよ」

「うむ」

「本当にやるんですか……」

「うむ」


 シュルツは不安そうだ。後ろを向こうとして、ウィノに頭をぐきっとやられた。


「じっとしておれ」


「えっ、何ですか? ちょっと待ってください!」


 鋭い犬歯がキラッとしたかと思うと、ウィノがシュルツの首筋に噛みついていた。場所が場所だし、歯が尖っているから痛そうだ。シュルツは涙目になって耐えている。じっとしておれと言われたのを、律儀に守っているようだ。ミハイ君は「まじか」と呟いてドン引きしていた。


「ういの魔力をシュルツの体に入れた」


 けろっとしてウィノが告げた。口元をぬぐうが、血とかはついていない。


「どういうこと?」


「ういの魔力は弱い。シュルツの力でやっつけられる、だから……」


 ウィノが、ラスムス君の方を見る。ラスムス君が口を開いた。


「やっつけると、シュルツの耐性が上がる」

「もう暴走しなくなったってこと?」

「しにくくした」

「そうだの。しにくくした」


 よく噛まずに言えるな。

 よくわからんが、ウィノの魔力をワクチン代わりにして、重症化しないようにしたってことらしい。バーサクしなくなったわけじゃないけど、でも十分なんじゃないだろうか。


「ういにできるのは、これくらいだの」


 シュルツの背中をぺちっと叩いて、ウィノが言った。シュルツは、シャンプーされた黒猫みたいにしょげている。裸にされた上、幼女に噛まれたのがかなりショックだったようだ。あとで慰めてあげよう。


 ウィノたちは、このまま山を越えて魔族の国に帰るという。


 ふたりを見送ってから、わたしたちは渓谷の深部をあとにした。

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