08 ドラゴンの反省
次の遠足は、最初の遠足の三日後に行われた。
前回は早朝の出発だったが、今回はお昼ご飯を食べてからの出発である。
メンバーはいつもの四人、プラス五人の護衛の方々。
今回はがっつりご飯は食べないので、コックさんはいない。
おやつに「どら焼きもどき」をつくってもらい、バスケットに詰めて持参した。何が「もどき」かというと、あずきに似た豆が見つからなかったので、似ても似つかない豆をそれっぽく炊いてパンケーキに挟んだ、まがい物……いや試作品だからである。
つくったのは厨房のコックさんなので、味は保証付きだ。
ただ、挟まっているのが「あんこ」ではない。
「あずきではない何かの豆の炊いたの」である。
到着したのは、前回と同じ崖の上の土地だ。
「では、魔素を見えるようにしますね」
ミリーが呪文をつぶやき、手の上に載せたわたしを掲げるようにした。
肌にぴりぴりきたなと感じた次の瞬間、見える景色が一変した。
空と言わず、地上と言わず、そこらじゅうに金色の雪が漂っている。
雪というより、星と呼んだ方がいいのだろうか。
若干ゆらゆらしているものの、風に流されたり、下に落ちたりすることはない。
花火のなかに入ったドローンの映像を、一時停止させたような状態だ。
小さな宇宙が、視界いっぱいに広がっている。
「すごーい! 魔素きれー!」
わたしは、月並みな感想を叫んだ。
だが、それしか言いようがない。
本当にすごくて、本当にきれいなのだ。
近くの魔素をよく見ると、ひとつひとつが複雑な形をしていた。
モノグラムというのだろうか、ブランドバックの模様のような記号である。
ざっと見ただけでも何十種類もあり、人工物なのかなと思ったが、雪の結晶だって自然の産物だし、魔素というのはこういうものなのだろう。
「今からアントラ様が魔法を使うので、見ていてくださいね」
「はーい」
父は、離れたところに立っている。
父が片手を上げると、浮かんでいた魔素が父に向かって集まり始めた。
魔素の塊ができあがるにつれ、周辺の魔素の密度が薄れて、スカスカになっていくのが見てわかる。魔素の塊は、たちまちバレーボールくらいの大きさになった。
父が呪文を唱えると、魔素の塊が炎に変化した。
手の上で燃え上がり、細い竜巻のような炎柱になって吹き上がる。
炎の竜巻は二十秒ほどで消え失せた。
父の手に魔素は残っていない。魔法として燃焼させてしまったからだ。
わたしはミリーに尋ねた。
「今のは大魔法?」
「いいえ、普通の魔法です。魔素を炎に変えただけですよ」
「それだけの魔法なのに、あれだけの魔素を使うの?」
「そうです。まあ普通ですよ」
「大魔法を使うには、どれくらいの魔素が必要なの?」
「うーん。ざっとですが、今の五十倍くらいですかね……」
バレーボール大の魔素、五十個分か。
父がやってきたので、わたしはミリーの手から父の肩へと飛び移った。
相変わらず翼で飛ぶことはできないが、寝台で跳びはねているうちに身体能力が上がってきた。早くシュッとしたドラゴンになりたいものである。
「まずは、魔素を集めることからやってみよう」
わたしを連れて、父は崖際に移動した。
崖下には、深い谷が口を開けている。
わたしは、後ろ足で立ち上がった。
魔法を使うには、まず魔素を手元に確保しなくてはいけない。
「ますは深呼吸」
「すーはー」
「どこに魔素を集めるかを自分で決める」
「手の上でいい?」
「それでいい。集中し、周辺の魔素を引き寄せる」
「魔素よこーい。魔素よこーい」
「息を吸うイメージ、息を吸えば、周囲の空気とともに魔素も引き寄せられる」
それだと、息吐いたら魔素も離れてかないか?
などと、余計なことを考えていたのがいけなかったのか。
わたしの手の上には、ひと欠片の魔素も集まってこなかった。
「あきらめるなグラナ。まだまだっ」
「魔素よこーい、魔素よこーい、いっぱいこーい」
「もうひと息」
「魔素よこーい、寄ってこーい」
「いいぞ。その調子だ」
「こーい、寄ってこーい」
しかし、どれだけやっても、わたしの手の上はからっぽだった。
わたしには、魔法の才能がないのかもしれない。
落第魔女とか最弱魔女ならワンチャン主人公っぽいが、一個も魔法が使えなかったら、それはただの一般人だ。魔女とは呼べない。せっかく異世界に転生したというのに、魔法のひとつも使えずに生涯を終えるのか。わたしは泣きたくなった。
「グラナ様ー」
「グラナ様ー」
ミリーとレイルが、なぜか小声でわたしを呼んでいる。
顔を向けると、あわてた様子で手を振っていた。
「グラナ様、上です。上っ!」
きょとんとしているわたしに向かって、小声で言う。
わたしと父は、言われるまま上を見た。
これが漫画なら、わたしと父の頭上に「!?」が出現していたはずだ。
あれは何だ?
空の上に、さっきまでなかったミラーボールみたいのが浮かんでいた。
輝きながらくるくる回転し、ヒュンヒュン飛んでくる魔素を取り込んで徐々にふくらんでいっている。
周辺の魔素量は、ほとんど変化していない。
にもかかわず、遠くの方から、ミラーボール目指して魔素が飛来してきている。
いったい、どういう状況なんだ?
「……すばらしい娘を得て、わたしはうれしい」
見ると、父が静かに涙を流していた。
「あれ、わたしがやったの? パパがしたんじゃなくて?」
「わたしは何も手出ししていない」
「じゃあ、才能あるのかな?」
「お前は魔術の申し子だと言っただろう」
「パパと同じ太陽の魔術師になれる?」
「ああ、なれるとも。なれないはずがあるものか」
などとやっている間にも、ミラーボールはふくらみ続けていく。
遠くてよくわからないが、運動会で転がす大玉くらいはあるような。
バレーボール五十個分で大魔法ひとつなら、あれ一個で十分なのでは?
あれ? 危ないんじゃね?
ヤスが走ってきて、父の胸ぐらをつかんだ。
いつも怖い顔をしているが、今はガチで殺気立っている。
食いしばった歯の間から、ヤスが器用に言葉を発した。
「あれを消してください。今すぐに」
「可愛い娘がせっかく集めてきた魔素を、わたしに捨ててこいと言うのか!」
「ドングリみたいに言わんでください!」
「わたしには無理だ!」
「無理でも何でも、やってもらわなくては困ります。あれほどの量の魔素、グラナ様に制御できるはずがない。下手をすれば破裂するかもしれません」
破裂という言葉に、わたしは震え上がった。
ミリーやレイル、ヤスも小声なのはそのせいだったのだ。
そうと知ると、頭上にあるミラーボールが火薬庫か何かのように見えてきた。
さっき見た炎の柱を思い出す。あの大きさでキャンプファイヤーが出せるなら、今頭上にある魔素が爆発すれば、どんな被害が出るのだろう。
早く、あれを止めなくては。
でも、消すってどうやればいいんだろう。
元あった場所に、返してくればいいんだろうか。
でも、元あった場所って?
「パパ、どうすればいいの?」
半泣きになりながら、わたしは尋ねた。
「まあまあ、落ち着きなさいグラナ」
「落ち着いている場合かっ!」
「――いけません!」
ヤスが止めたが、遅かった。
わたしがキレたと同時に、魔素の塊が爆発した。
そう、爆発したのだ。
金色の魔素が、流れ星となって四方八方に飛び散る。
真昼に花火を打ち上げたようだ。
「みんな、落ち着け」
父が呪文を唱え、さっと両腕を広げた。
父の動作に合わせ、崖の上に透明なドームのようなものができあがる。
防護壁は全員を覆うほど大きく、魔法を出しかけていたミリーたちがほっとした顔をして腕を下ろすのが見えた。
防護壁の外では、ピンポン玉大の魔素の塊がガンガン落ちてきている。
海外ニュースで見た雹の雨のようだ。
地面をえぐり、岩を砕き、山肌がぼこぼこになって土煙を上げている。
もしそこに人がいたとしたら、そう考えてわたしはぞっとした。
魔素の雨は一分弱で収まった。
「――ご、ご、ご、ごめんなさい」
がたがた震えながら、わたしは謝った。
「グラナ? なぜ、お前があやまるんだ?」
きょとんとした様子で父が聞く。
その胸ぐらを、ヤスが憎しみをこめて締め上げた。
「ええ、グラナ様が謝罪されることはありません。この男が、わたしの言うことを聞いていさえすれば、こんなことは起きなかったのです」
「主人に向かってこの男とは何だ!」
「この男で十分です!」
「ヤスやめて! パパは悪くない! わたしが悪いの!」
「ああっ、グラナが泣いてしまったじゃないか」
「あんたのせいでしょうが!」
ヤスは父を責めたが、わたしはやっぱり自分が悪いと思った。
えぐれた地面を見る。誰かに当たっていたらと考えて背筋が凍った。わたしはわたしの力を知り、一日も早く制御できるようにならなければいけない。
でも、それまでに死人やケガ人を出してしまったら。
わたしはそれが心配だった。