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77 渓谷の街

 わたしは、シュルツん家の玄関先に出た。


 ダーファスにあったような魔法の街灯はなく、真っ暗な中に人家の明かりが点々と灯っている。街の上に、ド迫力の星空が広がっているが、野宿している間に散々見たので、今更感動とかはない。こうして、みんな大人になっていくんだなあ。


「シュルツ、まだ帰ってきてないの?」


 イルゼさんが、やってくると言った。


「何してんだか」

「ちなみに、行き先って聞いてますか?」

「義姉さんに頼まれて山の中」

「……遭難してませんか?」

「してないとは言わない」

「……ええ」

「平気、平気。いつも、ちゃんと帰ってくるもの」


 言い換えれば、いつも遭難しているということだ。


 ここで生まれ育ったはずなのに、道に迷うってどうなんだろう。普通は、近所の山は俺の庭みたいな感じになるんじゃないだろうか。今朝出かけたと言っていたから、遭難生活一日目なら大騒ぎする段階じゃないか。シュルツが、何日まで耐えられるのか知らないけど。


「冷えるから、中に入りなよ」


 そう言うと、イルゼさんは去って行った。


 わたしは玄関扉を閉めた。

 まあ、親族が大丈夫というなら大丈夫なんだろう。





 わたしは、自分の客室に戻った。


 二階の北側にある部屋で、窓の外にBBQパーティーでも開けそうな広いウッドデッキが見えている。ウッドデッキからは、湿原と、その向こうに広がる渓谷が見渡せ、端にある階段を下りれば玄関前の道へ出ることもできた。つまり、家の中を通らずに外出できるということだ。


 誰もいないのを確認してから、わたしは窓からデッキに出た。


 マントを羽織り、夕食のときに失敬した果物を懐に忍ばせている。ウィノと別れた時、携帯食をあるだけ渡したが、乾燥したもんだけでは味気ないだろう。今日はウィノと野宿して、明日の朝、またこっそり戻ってくる予定だ。


 階段を下り始めると、板がギシギシ鳴った。かなり古いようだ。出かけたのがバレるかなと思ったが、家のなかにいるなら外の音までは聞こえないだろう。階段を下り、通りに出たわたしは、そこに生首が浮かんでいるのを見た。


「――ぎ」


 生首と目が合った。わたしは悲鳴を上げた。


「――ぎゃあああぁぁぁ」


 獣系モンスターには結構遭遇したが、アンデッド系と当たったことはまだ一度もない。髑髏でいっぱいの実家でさえ、幽霊どころか金縛りにさえあったことなかったのに、こんなところでエンカウントするなんて。腰を抜かしてへたりこんでいると、生首がにやっと笑った。


「――こんな夜更けに、女の子がどこへお出かけ?」


 生首がヘレーネさんの声で言った。いや違う、ヘレーネさんが生首だ。


 ヘレーネさんは、覆いのついたカンテラを胸元に下げていて、その明かりがヘレーネさんの顔を不気味に照らしていた。肝試しでよくやるやつだ。アンデッド系モンスターではなかった。わたしは涙を拭いた。魂抜かれるかと思った。


「ヘレーネさんこそ、何やってるんですか?」

「わたし? 夜の見回りよ」

「その足で?」

「運動不足は美容の大敵ですもの」

「いつからここに?」

「今帰ってきたところ。そしたら誰かが階段を下りてくる音がしたから」

「待ち構えていたと?」

「うふふ」


 何で普通に声かけてくれなかったんだろう。


 もしかして、警戒されてる?


 仕事仲間だと名乗ったとは言え、シュルツは帰ってこないし、そうなるとわたしとミハイ君の身元を保証する人は誰もいない。タダ飯食らいの、不審者二人組だ。その不審者が、夜にこっそり部屋を抜け出していたら、めちゃめちゃ怪しい。実際、魔族の友達に会いに行くところだから「奥さん誤解です」とも言えなかった。


「で、どこへ行くの?」

「……ゆ、夕食を食べ過ぎたので、その辺走ってこようかと」

「こんな夜更けに?」

「……はい」

「マントを着て?」

「……あ、汗かいたら冷えるかなって」

「街の外で子供の幽霊を見たって聞いたんだけど、関係あるのかしら?」

「……えへ」

「うふふ」


 さすがヤレン家家長。ただの、おばちゃんではなかった。


 わたしたちは、並んで歩き出した。


 カンテラはわたしが持ち、ヘレーネさんは杖をつきながら器用に坂を下って行く。街の出口に向かいながら、わたしはウィノと出会って、ここまで連れてきた経緯を簡単に説明した。


「じゃあ、あなたたちは魔術師なのね?」

「そうです」

「そう……それは心強いわ」

「あの、ウィノのことなんですけど」

「魔族の女の子?」

「はい。人を食べたりしないし、いい魔族なんです」

「そこは、イチカちゃんを信じるわ」

「ありがとうございます」

「でも、みんなが怖がるといけないから、昼間は家の外に出ないように言ってね」


 わたしは、思わず立ち止まった。


「えっ、家に連れてきていいんですか?」

「女の子なんでしょ? 野宿なんてさせられないわ」

「でも、魔族ですよ?」

「あら。いい魔族で、イチカちゃんのお友達なんでしょ?」

「それは、そうなんですけど……」

「なら大丈夫よ。イルゼには、わたしから話しておくわね」


 石橋を渡ったところで、ウィノが待っていた。

 木の根に座り、見るからにヘコんでいる。友達は見つからなかったようだ。


 わたしは、ヘレーネさんにウィノを紹介した。


「友達のウィノです」

「ナナカラクのウィネリアぞ」

「あら可愛い。こんばんわ、ウィノさん」

「こちらヘレーネさん。わたしの友達のお母さん」

「うむ」

「わたし、ヘレーネさんのお家に泊まらせてもらうんだけど、ウィノもこない? ベッドで寝られるし、人に会うのが嫌だったら部屋から出なければいいからさ」

「イチカと同じ部屋か?」

「そうだよ」

「……では、世話になる」

「そうだ。山の中で、黒髪の男の人を見なかった?」

「見ておらん」

「そっか。ありがと」


 シュルツ、どこ行っちゃったんだろう。


 ヘレーネさんが膝をつくと、ウィノと視線を合わせた。


「ウィノさん。あなたが捜してるってお友達のことだけど……」

「ラスムスか?」

「ええ。その子は、体の大きさはあなたと同じくらい?」

「ういより背がある。体も重い」

「じゃあ、イチカちゃんと同じくらい?」

「イチカよりは低い」

「人の姿をしている?」

「うむ」

「――そう、変なことを聞いてごめんなさいね」


 ヘレーネさんは、曖昧に微笑んだ。


 確かに変な質問だ。

 まるで、ウィノよりでかくて、人間じゃない何かに心当たりがあるような。

 シュルツが急いで帰らなければいけなかった理由、ヘレーネさんが怪我をした理由と何か関係あるんだろうか。シュルツが戻ってきたら話すと言っていたけど、結局戻ってこなかったし、早いとこ事情を聞き出した方がいいかもしれない。





 翌日。昼食を終えたあとでミハイ君を連れて食料の買い出しに出かけた。

 泊めてもらったお礼もあるが、ミハイ君が遠慮なく食うせいでヤレン家の食料庫を空にしつつあったからだ。


 歩きながら、イルゼさんに書いてもらった地図と買い物リストを確認する。


 どうせミハイ君の胃袋に消えるんだからお金は出すと言ったのに、強引に費用をにぎらされた。しょうがないから、自腹でお茶菓子でも買って帰ろう。それなら受け取ってくれるだろう。


「シュルツん家ってお金持ちじゃないけど、超貧しいって感じでもないよね」


 持たされたお金を数えながら、わたしは言った。


 シュルツが実家に仕送りをしているのは知っているし、給料のためにパワハラ王子の言いなりになっているのも知っている。てっきり実家が超貧しいのだと思ってたけど、一日お世話になった感じでは、明日食うパンも買えねえという様子には見えなかった。


 ミハイ君が立ち止まる。

 周りに誰もいないのを確認してから、小声で言った。


「ヤレン家には、前の家長が残したすっげえ借金があるんだよ」

「前の家長って?」

「シュルツの親父」

「親父さんって、亡くなってるんだよね?」

「商売始めようと借金して、失敗して、逃げて死んだ。らしい」

「ええ……」

「借金の額までは知らねえけど」

「それって親戚内で助けてあげられないの?」

「できねえ」

「何で?」

「金貸してる方も同族だから」

「何てこった」

「領地を担保に金借りたから、金返して領地取られないようにしてんだよ」


 お金返せなかったら土地あげるって親戚から借金して、少しずつでもお金返すから土地取らないでってのが今の状態らしい。土地の値段って、よくわからんけど数千万? 数億? とかだろうか。今月の給料なしって言われて、シュルツが青くなっていたわけである。


 今日は長剣を吊ってないので、街の人に逃げられることはなかった。

 地図片手にさくさく買い出しを済ませ、パン屋さんからは、ポーションのお礼だと持ちきれないほどのパンをもらった。腕いっぱいに食料を抱えて、わたしたちはヤレン家に戻った。


 シュルツは、まだ帰ってきていなかった。


 出てったのが昨日の朝だというから、丸一日と半日行方知れずと言うことだ。


 買ってきたものを台所に持って行き、イルゼさんにヘレーネさんの居場所を尋ねる。屋上にいるというので、ウィノも連れて三人で話に行くことにした。

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