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75 魔族の事情

「お前なあ、魔族は犬や猫じゃねえんだぞ」


 翌日。ウィノを一緒に連れてくと言うと、ミハイ君が渋面でそう言った。

 ベッドに腰掛けたわたしの横で、ウィノはうとうとしている。


「だって、小さいのにひとりで可哀想でしょ」


「小さいたって、どうせ見た目だけだろ」


 ウィノの実年齢はバラしてなかったが、何かを察したようでそう言う。

 わたしは、舌打ちして横を向いた。


「これだから、勘のいい小僧は嫌いだよ」

「……いくつなんだ。これ」

「ワーリャばあちゃんより、ちょい年上?」

「化石じゃねえか」

「百歳だろうが、二百歳だろうが可愛ければそれでいいじゃん!」

「どういう理屈だよ」


 可愛いは正義だが、ミハイ君には通じないようだ。


 ウィノが顔を上げた。話は耳に入っていたようで、すまなそうに口を開く。


「……世話をかけるの」

「お前、ここまでどうやってきたんだよ?」

「歩いてだの」

「その薄っぺらい靴でか?」

「裸足では歩けんからの」

「他に荷物は?」

「……盗賊どもに取り上げられた」

「あー」


 ミハイ君の顔に同情が浮かぶ。こないだ財布なくしたばっかだから、気持ちがわかるのだろう。何やかんやで根はやさしいし、もうひと押しで行けそうだ。


「人間がウィノに迷惑かけたんだから、その埋め合わせはすべきでしょ」

「盗賊から逃がしてやったんだから、それでいいだろ」

「せやかて工藤」

「……誰だよ」

「方向一緒だし、別にいいじゃん!」

「そうかの」

「ややこしくなるから、お前は黙ってろ」

「えっわたし?」

「ちっせえ方のことだよ」

「うむ」


 ミハイ君は、イラっとした顔をする。何か言いかけたが、ため息をついてやめた。疲れてきたか、言っても無駄とあきらめたようだ。顎を上げると、ウィノを見下ろした。


「人間囓るんじゃねえぞ」


「うむ」


 ウィノは神妙な顔でうなずいた。





 宿屋を出たわたしたちは、転送基地へ向かった。高いチケットと引き換えに一瞬でルブロ山を越え、外へ出るとカーブを描いたベル山脈が右手に迫っていた。


 ベル山脈の向こうには、魔族の国があるのだという。


 ミハイ君から聞いた話をまとめると、魔族というのは人間に近い姿をした魔物のことで、不思議な能力とかがあって、人間の土地にはめったに姿を見せない。日本で言う、妖怪みたいな感じらしい。基本的には人間嫌いで、人間を食べるやつもいるという。最初に会った時、ウィノが人間食う魔族だと思わなかったのかと聞いたら、そんな奴なら盗賊に捕まってないと返されて納得しかなかった。


 魔族はベル山脈を越えられるが、人間の方は流星以上の魔術師でなければ無理とのことだ。魔族の国を訪ねた人間は、数えるほどしかいないという。うちの父ならトレジャーハンター時代に魔族の国へも行ってそうだ。父、元気にしてっかな。


「……俺に聞かずに本人に聞けよ」


 あれこれ聞いていると、面倒くさそうにそう言われた。

 場所は、街道近くの森の中。ウィノは、日向でぼんやりしている。


「だって、田舎者みたいで恥ずかしいし」

「……意味わかんねえ」

「選ばれし者しか魔族の国? 行けないんでしょ?」

「そもそも、行きたがる奴がいねえんだよ」

「そうなんだ」

「あいつら人間食うんだぜ」

「ウィノは、可哀想だから食べないって言ったよ」

「可哀想じゃなきゃ食えるってことじゃねえか」

「それは人間だってそうでしょ」

「……そんな特殊な人間のことは知らねえよ」


 ミハイ君はあきれている。

 異世界に、有名食人鬼みたいのはいないのだろうか。


「お前、昨日のあれでレベル上がったか?」


 ミハイ君に聞かれたので、わたしはうなずいた。


 グリフォンのおかげで、わたしのレベルは18から19にアップしていた。

 <青の盾2>をフレームに入れたところ、経験値が足りたので詠唱して登録済みにした。1はコースターサイズだったが、2はお好み焼きサイズだった。1よりはましだけど、まだまだ盾とは呼べない。3をフレームインしたくなったが、あとひとつで昇級できるので我慢した。


「ミハイ君は、どうなの?」

「上がったぜ」

「盗賊なぐってただけなのに?」

「その前に、モンスターとか狩っただろ」

「あれか」

「忘れてたのかよ」

「わたし、あとひとつで昇級なんだよね」

「星の7から6なんて、んな変わんねえだろ」


 興味さなそうに言う。昇級の話に乗ってこないところを見ると、星の2まではまだまだのようだ。それでも十分うらやましいんだけど。


 わたしは、ミントを噛んでいるミハイ君を観察した。


 毎日一緒にいるが、その生態は今だに謎だらけだ。


 一日十時間以上寝るのは当たり前。盗賊狩りの夜や、リーシュを出発した時のように、予定があって起きると決意していれば起きられるが、予定がなければ早めに寝ようが何しようが正午を過ぎないと目が覚めない。


「朝八時になったら、絶対起きるって決めたら?」


 たぶん色んな人に言われていると思うが、一応言ってみる。


「それができたら苦労しねえよ」


 案の定、そう返ってきた。だよね。

 

「それって、子供のころからなの?」


 疑問に思って聞くと、ミハイ君は首を横に振った。


「半年前くらいからだな」

「意外と最近だね」

「最初のころは、昼の三時まで寝てた」

「病人じゃん」

「さすがにおかしいって医者に連れてかれた」

「お医者さんは何て?」

「成長期だから寝かせとけって」

「え、原因それなの?」

「医者がそうだって言うんだから、そうなんだろ」


 その医者は、本当に大丈夫な医者だろうか。いやでも金持ちジルさんが選んだ医者なら、ちゃんとしたお医者さんか。


「どうしても眠い時は、これ食えって」


 そう言うと、ミハイ君はミントのケースを振る。あんだけ寝てもまだ眠いそうで、激辛ミントの力を借りないと、お昼寝数時間とかになってしまうそうだ。それはそれで人類じゃない気がする。


「で、実際成長してるの?」


「多少はなー」


 そう言うと、ミントを口に放り込む。

 ミハイ君の身長は、わたしより頭半分高いくらいだ。高三男子が大人と同じくらいだった記憶があるから、あと二年ちょっとでロングスリープ卒業、同時にミハイ君のベビーフェイスも見納めということになる。それは寂しい。


「急いで大人にならなくてもいいんだよ?」


「……うちの母親と同じこと言うなよ。気持ち悪い」


 ミハイ君が引いている。ミハイ君のお母さんも、わたしと同意見のようだ。





 わたしたち三人は、歩いて街道を進んだ。


 ウィノに子供用マントを買ったけど、ドレスっぽいワンピースはそのままだ。何か特殊繊維でできているらしく、汚れないし、破れにくいとのことだ。盗賊に取られなかったのは、それっぽいのを着ている方が、高値で売れると考えたのだろう。そこだけはグッジョブである。


 ルブロ山から離れるにつれ、人の姿が減って行く。それでもウィノが魔族だとばれるとまずいので、食料を買うとき以外は人里に立ち入らないようにし、夜は野宿して過ごした。


「ウィノが捜してる友達って、やっぱ魔族なんだよね?」


 たき火を囲んでお茶を飲みながら、わたしは聞いた。辺りは暗い。ウィノはマントにくるまっており、ミハイ君は早々に横になっている。

 ウィノは、水色の髪を揺らしてうなずいた。


「どうしていなくなっちゃったの?」

「ういの魔力は弱いと、話したの」

「うん。だから盗賊に捕まっちゃったんだよね」

「ラスムスは、ずっとういのことを心配しておった」

「あ、ラスムスって言うんだ。男の子?」

「うむ」

「ちなみに、お歳は?」

「ういと同じくらいかの」

「オーケー、続けて」

「魔力を増やす薬を手に入れたと、ラスムスが言った。ういは飲みたくなかった。幼いころ色々飲まされたが、まずいだけで魔力は増えなかったからの」

「まずいのはだめだよね」

「ラスムスは自分が飲んでみるから、魔力が増えたらういにも飲むように言った」


 その時のことを思い出したのか、ウィノは眉をひそめた。

 人間は魔法に魔素を使うけど、魔族は自分の魔力を使うようだ。でも、ウィノは体質的に魔力が弱い。だからラスムス君は、ステータス上昇系の薬を飲ませてウィノの魔力を強くしようとしたらしい。


「薬を飲んだラスムスは、別人のようになった」

「別人?」

「うむ。父上は、増幅した魔力に呑まれたのだろうと言っておった」

「よくわかんないけど、大変だ」

「ラスムスはいなくなった。だから、ういは追ってきた」

「その子の居場所、ウィノはわかるんだ?」

「長い付き合いだからの」


 あっちの方みたいのはわかるけど、距離はよくわからないらしい。

 わたしは地図を広げ、ウィノの示す方角と照らし合わせてみた。思った通り、丁度ケレースの辺りだ。


「別人のようになったって、例えば?」

「乱暴になった。ういのこともわからなくなった」

「今もその状態だとすれば、連れ戻すの大変じゃない?」

「父上から魔力を抑える薬をもらった」

「おおー」

「盗賊に取られたがの」

「ああ……」

「引きずってでも連れて帰る」


 ふんすと、鼻息を荒くしてウィノが言う。


 よほど大事な友達のようだ。というか、普通に恋人同士なんじゃないだろうか。魔族の成人って何歳からなんだろう。

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