74 遠国の少女
ウィノを連れて、わたしとミハイ君は盗賊のアジトをあとにした。
頭っぽい盗賊を起こして写し絵を見せたが、こんな弓は知らない、見た覚えもないの一点張りだった。あんまり特徴のない弓だ。それ目当てで盗んだのでもないようだし、盗賊が覚えていないのも無理ないだろう。
「……売っぱらわれちゃったのかな」
コナちゃんの背中を撫でつつ、わたしは言った。ミハイ君は地面に腰を下ろし、眠そうな顔でミントを噛んでいる。
「薪がわりに燃やされたのかもな」
「あれだけ木があるのに、わざわざ金目のもの燃やすかな」
「なら、売っぱらったんじゃねえ」
「どっちだよ」
「知らねえよ。俺に聞くなよ」
燃やされたとすれば、もはや手の打ちようがない。転売ルートに網を張ってるとソニアさんが言ってたから、そっちに引っかかってることを期待するしかなさそうだ。どちらにせよ、わたしとミハイ君の役目はこれにて終了である。
ウィノがやってきて、コナちゃんを見下ろした。
注意する間もなく、手を伸ばすとコナちゃんの頭を撫でる。わたしとミハイ君はぎょっとしたが、コナちゃんは大人しく撫でられていた。魔物仲間だと頭触っても許されるようだ。
「なんぞ?」
「そいつ、頭触ると噛んでくるんだよ」
「……噛まれぬが?」
「だから驚いてんだろ」
「そうか」
魔族を見るのは初めてと言っていたが、もう慣れてきたようだ。見た目小学生だし、ウィノがぽやっとしているせいもあるだろう。
「魔族ってどこに住んでるの?」
どちらにともなく聞くと、ミハイ君が答えた。
「そりゃ、ベル山脈の向こう側だろ」
「そうなんだ」
「こっち側くるなんて、めったにないけどな」
「絶対にないわけではない?」
「ああ。……俺は見んの初めてだけど」
ウィノはコナちゃんから離れると、近くの岩の上に腰掛けた。夜が明けているが、日光を嫌がる様子はない。頭に角あるし、悪魔とか鬼人タイプなんだろう。どう見てもハロウィンコスした小学生だけど。
気づくと、ミハイ君もウィノを見つめていた。意外と年下好きなのだろうか。そう思いながら見守っていると、ミハイ君がぽつりと呟くのが聞こえた。
「……ばあちゃん、元気かな」
わたしは、きゅんとした。ちんまりしたのを見て、ワーリャばあちゃんを思い出していたらしい。会わせてやりてえ、この不良をばあちゃんに。
「ミハイ君」
「何だよ?」
「シュルツの無事を確認したら、ばあちゃんに会いに行こうね」
「……どんだけ離れてると思ってんだよ」
「大丈夫。お金ならある」
わたしはドヤ顔をした。グリフォンからドロップした魔石は、ちゃんと拾ってきている。許可証ないけど、ソニアさんに頼めば売りさばいてくれるはずだ。
水筒を持って小川に行き、戻ってくるとミハイ君が自沈していた。木の根を枕にして、ぐうぐう寝ている。がんばってくれたし、起きるまで寝かしておこう。
荷物からプルーンもどきを出すと、水と一緒にウィノに渡した。
「ウィノは、どうして盗賊に捕まってたの?」
「山を歩いていての」
「歩いてて」
「盗賊どもに出くわして」
「出くわして」
「気づいたらあそこにおったのだ」
「ひどい話だ」
「うむ」
見世物小屋的なとこにウィノを売り飛ばすつもりだったんだろう。わたしも他人事ではない。チビん時は気をつけよう。
ウィノはこくこく水を飲む。一息つくと、空を見上げた。
「ういは、いなくなった友達を捜しておる」
「その子捜しに人間界? にきたの?」
「うむ」
「ひとりで、えらいなあ」
「もう少しで、見つけられそうだったのだがの」
「その前に攫われちゃったんだ?」
「うむ」
「それって、どこら辺なの?」
ウィノは立ち上がる。
耳を澄ますような様子をしたあと、ひとつの方角を示した。
「あっちの方だの」
わたしはコンパスを取り出した。ウィノが指しているのは北西の方角だった。
昼過ぎにミハイ君が目覚めたので、ウィノを背負って山を下りた。他にも盗賊はいるし、また攫われたら気の毒だ。林の中を歩き、街に近づいたところで、ウィノから待ったがかかった。
「ういは、人の多いところは好かぬ……」
額のあたりに影を落としつつ、そう言う。
あんな目に遭ったのだから、当然だろう。
ソニアさんへの報告は、どっちかひとりが行けばいい。
わたしが残ろうとすると、ウィノがひとりでも大丈夫だと言った。
「本当に大丈夫?」
「うむ」
「知らない人に話しかけられたら、何て言うかわかってる?」
「……ナナカラクのウィネリア」
「名乗ったらだめだよ」
「そうか」
「助けて誘拐犯だ! って叫ぶんだよ」
「……ゆうかい……さん」
違う、そうじゃない。
知らん人がきたら、普通に名乗りそうだ。本当に大丈夫だろうか。
わたしはリバーシブルマントを脱ぐと、枯れ葉色の方を表にしてウィノに着せた。マントの裾が地面に引きずっているが、可愛いのでヨシとする。絶対に動かない、知らない人について行かないと約束して、いったんウィノと別れた。
街に入ると、コナちゃんがソニアさんを呼びに走って行った。
ちなみに、街だろうが山だろうが、コナちゃんにリードはつけていない。山から魔物が迷い込むこともあるので、リードをつけていると逆に危ないのだそうだ。浮島のダーファスではそんなことはなかったから、僻地あるあるなのだろう。
わたしとミハイ君は、いつもの酒場に向かった。
やってきたソニアさんは、見知らぬおっさんふたりと、見知らぬ男ひとりを連れていた。見知らぬ男は、両腕と胴体をロープでぐるぐる巻きにされている。二階席に上がるなり、ソニアさんに蹴っ飛ばされて男が床を転がった。
「……誰?」
ソニアさんは足を上げると、踵の高い靴で転がった男を踏みつけた。
昼間から激しい。新しい彼氏さんだろうか。
「この男が犯人です。どうぞ、煮るなり焼くなり自由にしてください!」
「……ほお」
「とりあえず肉食いてえ」
「ウェイター! この方にありったけの肉を!」
ミハイ君がもりもり食べている横で、ソニアさんから説明を受けた。
おっさん一号がリーシュ支店の支店長、おっさん二号が出荷ミスをした専門工房の親方さんだそうである。お互いに紹介を終えてから、二号が大きな包みを取り出した。布をほどくと、写し絵と同じ弓が出てきた。ただし色がちょっと違っている。飴色一色だったはずが、奇妙なマーブル模様になっていた。床に転がっている男のしわざだという。
「えと、修繕失敗したから隠してたってこと?」
「そうなんです」
「どうやって見つけたの?」
「夜中に捨てに行こうとして、仲間に見つかったそうです」
「盗賊とグルだったわけではない?」
「そこは乗っかっただけのようですね」
ナイスタイミングで荷馬車が襲われたので、「俺が修繕した弓がない。もしや、あの馬車に積んでいたのでは?」と大騒ぎし、実際どこにも弓がないので、みんなで出荷ミスを信じてしまったそうだ。とんだ小悪党である。
「これ、ちゃんと元に戻せるの?」
「どうにかしてもらわなければ困ります。本当に困ります!」
「……だそうですが」
「命にかえても元に戻します!」
キリッとして二号が言う。
こっちも工房が潰れそうとのことだ。大人って大変だな。
「――もっと早くに気づいていれば、無駄足を踏ませることもなかったのですが、本当に申し訳ありませんでした」
「ソニアさんが悪いんじゃないし、いいよ」
「そう言っていただけると助かります」
「縛られてる人はどうするの? ブタのエサ?」
「うちが潰れたらそうなりますね」
にっこりしてソニアさんが言う。
身の危険を感じたらしい男が逃げようとしたが、ロープの端はソニアさんが握っている。ビシッとやって引っ張ると、男が床に叩きつけられた。腕力が強い。おっさん一号が、怯えた表情でソニアさんを横目に見ている。支店長仲間の意外な一面を受けとめられないようだ。がんばれ一号、受けとめろ一号。
報酬を払うというのを辞退し、代わりにグリフォンのなれの果ての魔石を換金してもらった。ものすごい金額になったので、当面旅費に困ることはなさそうだ。
酒場をあとにしたわたしたちは、一昨日も泊まった宿屋に向かった。お金に余裕ができたので、奮発して個室をとった。夜になったらウィノを連れてこよう。
満腹のためか、部屋につくなりミハイ君は寝台に横になった。まだ六時前だが、明日は早起きしてもらわなくてはいけないので寝かせておく。食後二時間経ってないのに、胃がもたれるとか、腹に贅肉がつくとかないんだろうか。
屋台で軽食をテイクアウトし、ウィノが待っている林に向かった。
別れた場所に行くと、ウィノはちゃんと待っていた。
北西の空を見上げていたが、わたしの足音に気づくと振り向いた。
「……イチカ」
「ご飯買ってきたから、一緒に食べよう?」
倒木に腰掛けて、早めの夕食にした。メニューは、焼き鳥とパン、香草サラダとリンゴジュースだ。ウィノに聞きそびれたので、ミハイ君に魔族って嫌いな食べ物とかあるのかなと聞いたら、人間食う奴もいるらしいし雑食だろと返ってきた。
人間食うなら、ドラゴンも食うだろう。
ちょっとドキドキしたが、ウィノは大人しく鳥肉を囓り始めた。
「魔族って、人間食べるの?」
「食べるのもおるの」
「ウィノは、人間食べる?」
「ういは食べぬ。食べたいとも思わぬ」
「どうして?」
「しゃべるからの。可哀想じゃ」
よくわからないが、ドラ○もんが可哀想だから、ドラ○もんパン食べられないみたいなことかと想像する。しゃべる奴は食わない主義なら、わたしもセーフだ。よかったー。
「わたしたち、ケレースってとこを目指してるんだ」
「うむ」
「方向同じだから、途中まで一緒に行かない?」
「なぜかの?」
わたしは、転送基地の話をした。ちょっと人混みを我慢してもらう必要があるが、徒歩で山を歩くより、ずっと早く移動できる。
「イチカは、急いでおるのではないのか?」
「わたしの友達は異国でさ迷ってるわけじゃないし、別にいいよ」
「……ありがたい」
「友達、早く見つかるといいね」
ウィノは、こくんとうなずいた。
ウィネリアが捕まったのは、ルブロ山よりもっと北の方です。狩猟者もやっている盗賊が捕まえ、アジトまで運んできました。




