73 飢えた鷲獅子
わたしは、<力の糸>を切ると盗品の上に着地した。
短剣は取られた。投剣では、たぶん歯が立たない。
メリケンサックは、骨っぽいとこを殴らないと気絶させられないけど、グリフォンの骨っぽいとこというと、鉤爪かくちばししかないから危険すぎる。
てことは、現地調達するしかない。
わたしは辺りを見回した。幸か不幸か選び放題である。毛皮に埋もれていた長剣を手にとり、少し抜いてみたが、魔石の武器でないとわかったので鞘に戻した。
魔石の武器で絶命させると、モンスターは魔素の粒になって消える。でも、そうじゃない武器を使うと死骸が残る。鷲とライオンのお肉とか、絶対おいしくなさそうだし、その上、グロを見せられるとか嫌すぎる。
盗品の上を渡りながら、次々、武器を手にとった。
大きな魔具なら手をかざせばわかるけど、武器くらいのサイズだと、触ってみないと魔具かどうか判断できない。一番端に行くまでに、魔石の槍を一本引き当てた。選び放題だと思ったのに、まったく選び放題ではなかった。盗賊のアジトなのに、何で金目のものがないんだろう。意識低い系の盗賊だからか。
そうしてる間に、グリフォンが目に見えてイラつき始めた。
うろついたりジャンプしたり、くちばしをカチカチ鳴らして興奮している。
エサまで鎖が届かないし、おあずけくらってるのだから当然だろう。
ともあれ、セーフティーゾーンの上にいる限りこっちは安全だ。魔石の槍をキープし、長剣を求めて武器漁りを続けようとしたところ、突然、グリフォンが咆吼を上げた。洞窟内に、グリフォンの怒りの叫びが響き渡る。
わたしは、両手で耳を塞いだ。
声量がすごい。空気がびりびり震えている。
ていうか、やばい。
今のを聞いて、盗賊が駆けつけてくるかもしれない。
いつも無駄吠えしてるならスルーされる可能性もあるけど、番犬代わりにしてるなら、様子見くらいはくるだろう。
どっかに隠れてれば、見つからないかな。――いやだめだ、グリフォンの後ろ首に短剣ぶっ刺さってるから、絶対「何だありゃ?」ってなる。どうしよう。
「……急いで、倒すしかない」
グリフォン倒して、様子見にきた盗賊も倒す。
それなら大乱闘だけは避けられる。
がんばれイチカ、やればできる子。
魔石の槍を脇に挟み、ポーチから非常食のドライフルーツを取り出した。
ソニアさんが持たせてくれたやつで、見た目は乾燥プルーン、味は完熟バナナという脳が混乱する食べ物だ。立ち上がると、わたしはプルーンもどきを振ってみせた。グリフォンは、ドライフルーツを食べるだろうか。
「おいしい、おいしい、フルーツだよー」
ハラペコ鳥が、飢えた目をわたしの手に向けた。
腕を振って、プルーンもどきをグリフォンの頭上に投げる。後ろ足で立ち上がったグリフォンは、飼い慣らされた犬のようにぱくっとエサに食いついた。一口で呑み込むと、「もっとよこせ」という目でこっちを見る。
「お前に、モンスターとしてのプライドはないのか……」
でもまあ、好き嫌いがなくてよかった。
わたしは残りのプルーンもどきを、グリフォンの足元に投げた。頭を下げたグリフォンが、地面に散らばったプルーンもどきをついばみ始める。
グリフォンが野生を失っている隙に、その背中に跳び乗った。
槍を構え、短剣が刺さっている横をもう一度狙う。
生き物の上なので、足場が悪い。ぐらぐらしながら体勢を整え、槍の穂先を突き刺したところ、グリフォンが激しく暴れ始めた。
わたしは吹っ飛ばされた。
二度目なので、急がず、あわてず体勢を整える。
とんぼを切ると、セーフティーゾーンの上に着地した。
グリフォンの方を見たわたしは、軽く絶望した。
短剣と槍が刺さったまま、ぴんぴんしている。
頑強すぎる。というか、狙った場所が悪かったんだろうか。羽がふさふさしてるし、見た目ほど刃が入っていないのかもしれない。二度目は、別のとこ刺せばよかった。
などと悔やんでいると、グリフォンがこっちに向かってきた。
まともに突っ込んでくると、鉤爪のついた前足を振り上げ、盗品の山を蹴散らしながら暴れまくる。武器やら家具やらが吹っ飛び、あっちこっちに散らばった。
間一髪で跳び退いたわたしは、混乱しながらグリフォンの足元を見た。鎖はついているが、先端のとこに大きな杭を引きずっている。暴れているうちに、岩盤から引っこ抜けてしまったらしい。セーフティーゾーンが、セーフティーではなくなってしまったということだ。何てことだ。
わたしは、近くのタンスに登ると、天井に向かってジャンプした。
洞窟の天井は岩がぼこぼこして、つかめるところがいっぱいある。
力の糸を右手から出し、岩に固定する。
体を振って左手を前に伸ばし、右の糸を切って左を繋ぐ。
それを繰り返し、うんていの要領で前に進んだ。手で岩をつかめるから、足ほど難しくはない。けど、それでもかなりキツイ。
ドームの一番高いとこまでくると、下にいるグリフォンの様子を見た。
グリフォンは、わたしを注視しつつ地面をうろついている。
くちばしをカチカチ言わせているのは、「さっきのおいしいやつをまたよこせ」か、「お前を喰ってやる」のどっちの意味だろう。
目つきからして、「お前を喰ってやる」の方っぽいな。
グリフォンが身を伏せ、翼をばさばさやり始めたので、わたしは青くなった。ここまで飛んできて喰う気だ!
白目を剥きかけていると、洞窟の入口から何かが駆け込んできた。
憤怒した山犬の神――じゃない、コナちゃんだ。
コナちゃんは、目にも止まらぬ速さで走ってくると、グリフォンの後ろ足にがっぷり噛みついた。グリフォンが「ギャッ!」と声を上げ、振り払おうと暴れまくるが、コナちゃんは食らいついたまま離れない。
はらはらしながら、わたしはグリフォンが真下にくるのを待った。
丁度良い位置にきたところで、<力の糸>を切って降下する。
グリフォンの背に着地したわたしは、刺さった槍をつかんで身体を固定しながら、横の短剣を引っこ抜いた。振り落とされる前に首の上にまたがり、両膝で締め付けてホールドする。短剣の柄を両手で握ると、目をつぶってグリフォンの後ろ頭にぶっ刺した。
大きな咆吼が上がり、グリフォンの動きが止まった。
おそるおそる目を開けると、金色の光が見えた。
光がふわっとなり、グリフォンの身体が崩れたかと思うと、無数の魔素を残して消え失せた。わたしは地面に着地した。遅れて、ご褒美の魔石もドロップされる。テニスボール大で、宝石みたいにキラキラしていた。すごく高そう。やったぜ。
「コナちゃん! 助けてくれてありがとう!」
生きている幸せを噛みしめながら、駆け寄ってきたコナちゃんをもふもふした。舌を出してはあはあ言っているが、怪我はしてないようだ。魔犬にポーション与えていいかわからないから、怪我がなくて本当によかった。
「……ドラゴン」
か細い声が聞こえて、はっとなる。そうだ、忘れてた。
檻に近づくと、ウィネリアに声をかけた。
「鍵探してくるから、ちょっと待ってて」
「すまぬの、ドラゴン」
「あ、わたしイチカっていう名前なんだ」
「……イチカ」
「ドラゴンってことは、隠して生活してるの」
「小さいのにえらいの」
小さいというのは、たぶん本体の方のことだろう。こっちに生まれて数ヶ月なので、否定はしない。百歳越えの魔族からすれば、十六歳も一歳未満もそう変わらないだろう。
コナちゃんを連れて、洞窟の入口まで戻った。
扉は閉まっていたが、下の方の板がバキバキに割られていた。わたしを助けようと、コナちゃんが食いやぶったようだ。何て男前なんだろう。コナちゃんメスだけど。
下の隙間をくぐると、外に出た。
辺りには、誰の姿もない。グリフォンの咆吼が聞こえたはずだが、何の騒ぎにもなっていないようだ。――それどころか、酒盛りする声も消えて、隠れ家全体が静まり返っている。さっきまであんなに騒いでいたのに、消灯時間でもあるんだろうか。悪党なのに健康的だな。
「……ミハイ君は無事だろうか」
岩壁の前に姿はない。やられてはいないだろうけど、睡魔に負けている可能性はある。捕まってないといいけど。
建物から漏れる明かりを頼りに進み、隙間から室内をのぞいた。
誰もいない。にもかかわらず、明かりはついたままだ。
火事になるよ? と思いながら次の建物に移る。
そこにも誰もない。何かおかしい。
歩いて行くにつれ、あちこちで盗賊が倒れているのを見つけた。
剣や棍棒を持ったまま、白目を剥いて気絶している。その頬にメリケンサックで殴られた痕がついているのを見て、わたしは戦慄した。狂犬のしわざだ。
「……まさか、盗賊全部たおしたのかな」
めちゃくちゃ無双したようだ。見たかったなあ。
「コナちゃん。ミハイ君のいるとこ、わかる?」
思いついて聞くと、コナちゃんがとことこ歩き出す。
ついて行くと、交戦中のミハイ君を見つけた。
盗賊の胸倉をつかみ上げ、ぶん殴って気絶させると、手を離して地面に落とした。魔具の効果じゃなく、力技で気絶させたように見えたが、素人なのでよくわからない。ヤンチャな見た目に、メリケンサックがよく似合っている。
「お前、どこ行ってたんだよ?」
「岩壁のなか」
「何だそりゃ?」
「盗賊、みんな倒したの?」
「知らねえ。数えてねえ」
「あ、そう」
何人かは逃げてそうだなあ。
計画と違うじゃんと思ったけど、炎の魔法は使っていないので責めるのはやめておく。弓のありそうな場所も見つけたし、結果よければすべてよしだ。
「成功率60%なのに、危なくなかった?」
「は? 二回殴れば120%だろ?」
当たり前みたいに言うが、たぶん間違っている。
倒れている見張りから鍵束を奪い、洞窟の入口を開けた。
コナちゃんに入口を見張ってもらい、ミハイ君とふたりで洞窟のなかに入る。
黒い檻の鍵を開けると、ウィネリアが出てきた。
「遅れてごめんね」
「……かまわぬ」
明るいとこに出ると、ひと目で人外生物だとわかる。
さすがのミハイ君も、ちょっと驚いている様子だ。
「魔族か。すげえ、初めて見た」
わたしは、ミハイ君の肩に手を置いた。
「こちら、友達のミハイ君。ミハイ君、この子は……何だっけ? セブチキ?」
「ナナカラクのウィネリアぞ」
「だそうです」
「お前……ひでえな」
「ウィネリアって呼んでもいい?」
「友達はウィノと呼ぶ」
「じゃあ、わたしもウィノって呼ぶね」
わたしとミハイ君は、手分けして弓を探した。洞窟内には見つからず、あばら屋の方も探してみたが、目的の弓はどこにもなかった。




