72 囚われの獣
わたしの変身を見たコナちゃんは、尻尾を下げると後ずさった。
狼顔なのでよくわからないが、ものすごく困惑しているようだ。ドラゴンに変身する人間なんて、今まで見たことがないだろうし、戸惑うのも当然だろう。
「誰かきたら、隠れるんだよ」
さびしさを感じながら行こうとすると、コナちゃんが鼻先を近づけてきた。顔がでかい。喰われるかとびびったが、わたしの匂いを嗅ぐと、「くぅ」と鳴いて、ぱたぱた尻尾を振った。こんな姿なのに、わたしだとわかったようだ。賢い。
コナちゃんに手を振って、わたしは下の隙間から洞窟の中へ侵入した。
扉の内側に入ると、人の気配がないかに耳を澄ませた。
物音は聞こえず、動く人影もない。
ここまでは、さすがに見張りを置いていないようだ。
わたしは、チビ姿のまま洞窟の奥へと向かった。<転化>の呪文は長いし、出る時には、またチビに戻らなくてはならない。弓がないか確認したら、すぐに引き返すつもりだった。
洞窟の床は、ごつごつして歩きづらい。
チビだと本当に不自由だなあと思いながら、短い足でてくてく歩く。
通路の端までくると、広いところに出た。
「――おお」
そこはドーム状の空洞で、天井のあちこちに人が通れるくらいの穴が空いていた。穴からは月光の柱が射していて、暗い洞窟内をまだらに照らしている。中央には謎の土饅頭。円形の壁沿いには、盗品らしい品物が山積みにされている。土饅頭と盗品の間には、数メートルの空間が空いていた。
わたしは、ぽてぽて歩いて行った。
土饅頭の方は見ないようにする。 結構大きい。それに不気味だ。遺跡か、昔の人のお墓とかだろうか。
「……色々盗んだなあ」
武器や防具のほかに、農具、家具、寝具、壺、服、毛皮など、よりどりみどりで山になっている。毛皮があるせいか、ちょっと獣臭い。そして、とりあえず放り込んどいた感がハンパなく、分類しようという形跡さえなかった。
「……整頓しといて欲しかったなあ」
弓はいっぱいあり、しかもあちこちに転がっている。月光では色が判別できない。形状で判断するしかないが、どれもこれも似たようなやつばかりだ。
「……ミハイ君呼んでくるか」
でもそれをやるには、チビで外に出て、見つからないように<転化>の魔法をかけたのち、洞窟の入口の鍵を探して盗ってくるというミッションをこなさなくてはならない。難易度が高すぎる。戻ってくるころには、夜が明けていそうだ。
「……しかたない。ひとりで探すか」
チビでは効率が悪いので、呪文を唱えて人間に変身した。
やれやれと思いながら身を起こした時、誰かの視線を感じた。
気のせいかな?
もし見張りがいたとすれば、ぶつくさ言ってた時に反応があったはずだ。
わたしは、静まり返った洞窟内を見渡した。
やっぱり、誰かに見られている。
喋るドラゴンとか、バレたら間違いなく見世物小屋に売り飛ばされる。
わたしは怯え、そして覚悟を決めた。
相手は盗賊だ。こうなったら、口封じにやっちまうしかない。
決意すると、わたしは視線を感じた方へ向かった。
歩いていくと、岩壁を背にして黒い檻が置いてあるのを見つけた。クマでも入れるくらいの大きな檻だ。光の柱の向こうで、ちょうど影になっていたので気づかなかった。近づいて見ると、奥の方にふさふさした何かがいるのを見つけた。サイズ的に犬か狼のようだ。
「――なんだ、犬か」
獣なら、正体バラされる心配はない。わたしは、ほっとした。
檻は鉄製で、こちらに向いた一面だけに傷がいっぱいついていた。どうやって運んだら、こんなことになるんだろう。こっちを下にして、岩場を引きずりでもしたんだろうか。不思議に思いながら観察していると、檻の奥にいた獣が頭を上げた。
「――そこのドラゴン。すまぬが、檻の鍵を探してきてくれぬか」
さあっと、血の気が引いた。
凍り付いていると、声の主が立ち上がった。
毛皮のマントだか毛布だかを頭から被っていたようで、それを落とすと檻の手前までやってくる。現れたのは、十歳くらいの女の子だ。水色の髪に、赤い目をし、ネグリジェのような薄手のワンピースを着ている。人間じゃないらしく、髪の間からは、ちんまりした黒い角が二本のぞき、瞳孔は猫みたいな縦長だ。口を開くと、鋭い犬歯が見えた。
「……ういの声が聞こえておるか?」
ゆったりした口調で言うと、小首をかしげる。
わたしは感激した。あれだ、ロリババアという奴だ。初めて見た!
「えっと、ドラゴン仲間ですか?」
「ういは魔族ぞ」
「あー、そっち系か」
「とても困っておる」
「えっと、檻の鍵だっけ?」
「うむ」
「魔力とか、魔法とかは使えないの?」
「人間の土地では力が出せぬ。ういは……弱い魔族だからの」
しょんぼりした様子で、女の子はうつむいた。口調は年寄りだけど、顔と声が幼女なので可愛いしか感想が出てこない。――これがロリババアの威力か。
「魔族さん、名前は何て言うの?」
「ナナカラクのウィネリア」
「ウィネリアだから、ういはって言うの?」
「そうだの」
「ちなみにお歳は?」
「……百と……いくつだったかの……」
「オーケー、わかった」
「ういはとても困っておる」
「だよね。ちょっと待って」
わたしは、檻の鍵を確かめた。でっかい南京錠みたいのがかかっている。鍵がないと開けるのは難しそうだ。それはいいとして。
「この檻、何でこんなに傷だらけなの?」
「鳥のせいぞ」
「鳥? 何の鳥?」
「盗賊どもの鳥ぞ。ういを喰らおうとしておる」
「……それってどこにいるの?」
「おぬしの後ろにおる」
「えっ!」
不覚にも、ちょっとびびってしまった。あれだよね。背中向けた途端に、「わっ!」とか言って脅かすやつだよね。そうに決まっている。そうであってくれ、と願いながら、わたしはこわごわ振り返った。
洞窟の真ん中には、大きな土饅頭が築かれている。古いお墓だと思って、あんまり見ないようにしていたけど、こうして見ると、土ではなく茶色い何かのまるまった奴だとわかる。茶色の何かは、ごそごそ動いていた。
土饅頭がぱかっと割れたかと思うと、巨大な翼がふたつ現れた。翼が開いた真ん中の体は、上半身は鷲で、下半身はライオンみたいな獣の姿をしている。一般人でも知ってるメジャーモンスター、グリフォンだ。
「――あわわわ」
わたしは腰を抜かした。
グリフォンは、ライオンの三倍くらいの大きさがある。
広いと思っていた洞窟が、一気に狭く感じられた。
「鳥は繋がれておる。端っこにおれば喰われぬ」
震え上がっているわたしに、ウィネリアがそう助言した。
確かに、グリフォンの後ろ足には鎖付きの足枷がついていた。鎖の先は、足元の岩盤に打ち込まれた杭に繋がっている。侵入した不審者は襲えるが、盗品には届かない長さに調節されているようだ。
わたしは、急いで盗品の上に避難した。
起き上がったグリフォンは、猛禽類特有のキリッとした顔でこっちを見る。
鎖を限界まで引っ張ると、鋭いくちばしでウィネリアの入っている檻をガンガンつつき始めた。黒い檻は鎖で床に固定されているから、引きずられる心配はない。でも、でかいし、目つき悪いし、届かないとわかっていても十分怖い。
ウィネリアも檻の奥に後退した。
な? みたいな顔してこっちを見る。
いつから閉じ込められているのか知らないけど、あんな凶悪動物に狙われて、平然としているのがすごいと思う。さすが百歳超えの魔族。メンタルの強度が違う。
わたしは、腰の短剣を抜いた。
「ちょっと待ってて」
「倒すのか?」
「そうしないと、檻開けても出られないし……」
「ドラゴンだからたやすいか?」
「ドラゴンでも、わたし炎とか吐けないんだよね」
「……難しいか?」
「まあ、やるだけやってみるよ」
<跳躍>と<剛腕>の呪文を唱え、檻の上に跳び乗った。洞窟内を見渡す。
ミハイ君がかけてくれた魔法の効果は切れているが、月光が射しているので視界は良好だ。円形の洞窟内には、岩壁に沿って盗品が積まれ、中央の空き地部分にグリフォンが鎖で繋がれている。グリフォンの鎖は、山積みになった盗品にいたずらできない長さに調整されているので、盗品の上がセーフティーゾーンとなる。攻撃を受けても、ダッシュで逃げ込めば大怪我せずにすむ。
グリフォンが頭を上げ、「エサかな?」みたいな顔でわたしを見た。
エサじゃない。
わたしは、山積みになった盗品の上を移動し始めた。
わたしが動くのに合わせて、グリフォンが首をめぐらせる。
光の柱に頭が入った途端、ぎょろっとした目を閉じた。光で目が眩んだようだ。わたしは地面に降りると、影になった場所を選んで走った。素早くグリフォンに近づき、その背に跳び乗る。ここなら、鉤爪もくちばしも届かない。
暴れ出す前に、急いで短剣を構えた。
首の後ろに狙いを定め、刃を突き立てる。
短剣が刺さると、グリフォンが「ギャッ!」と声を上げた。
ここへくる途中でモンスターを狩っていたので、嫌悪感とかはあんまりない。というか、油断したら喰われるので、きもいだのグロいだの言ってる場合ではなかった。殺るか、殺られるかの真剣勝負である。しかし。
魔石の刃だから、絶命すれば魔素に還るはずが、グリフォンが元気に暴れ始めた。急所を外したか、刃の長さが足りなかったようだ。グリフォンが後肢を跳ね上げると、上にいたわたしは吹っ飛ばされた。受け身をとる余裕もなく、天井近くの岩壁に激突する。
「――いっ」
『緊急自動詠唱開始』
アイチャンの声がした。
そういえば、<力の糸1>をフレームに突っ込んでいたんだっけ。右手が岩壁に固定され、体がぶら下がる。でも、アイチャンの魔法は六割減なので、わたしの体重を支えるほどの強度はない。ずり落ちてきたので、あわてて岩の出っ張りをつかむ。<力の糸>を唱え直すと、岩壁に片足を留めて体を固定した。助かった。
『術式解除。なお、この魔法による経験値の加算はありません』
「ありがと。アイチャン」
わたしはグリフォンの方を見た。
後ろ首に短剣が刺さっているにもかかわらず「こんなもの痛くも痒くもねえ」といった様子だ。足元の鎖をジャラジャラ言わせながら、元気よく縄張りをうろついている。生命力が強い。長剣持ってくればよかった。




