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71 闇に紛れて

 コナちゃんの案内で、わたしとミハイ君はルブロ山を登った。コナちゃんは、ときどき地面の匂いを嗅ぐだけで、あとは颯爽と山道を駆けて行く。<跳躍>をかけていなかったら、とても追いつけなかっただろう。


 狩猟者のためのものか、ルブロ山には細々とした登山道がつくられていた。

 道はあるものの、あんまり通る人はいないようで、草に埋もれてたり、倒木にふさがれたりして簡単には進めない。崖の横を歩くような危険な場所もあり、大勢の兵隊さんが通るのは、確かに無理そうな様子だった。


 途中で魔物に遭遇したので、練習がてら狩ってみた。


 イノシシっぽい奴とクマっぽい奴だったが、光の粒になって消えたあと、ピンポン玉くらいの魔石がドロップされた。魔石というが、見た目はただの鉄鉱石だ。これを製鉄して、魔法の武器や道具なんかを作るという。小さくない? とミハイ君に聞くと、小物だからこんなもんとのことだ。大きい魔石がドロップされるような魔物は、限られた地域にしかいないらしい。


 三時間ほど登山したところで、前を進んでいたコナちゃんが足を止めた。


 地面の匂いを嗅いでいたが、頭を上げると「ウー」と唸った。


 コナちゃんの視線をたどる。木々の向こうに大きな岩壁がそそり立っていて、その下に集落があるのが見えた。盗賊の隠れ家を見つけたようだ。


「とりあえず、偵察に行こうか」


 わたしが提案すると、ミハイ君が了解した。


 林のなかに荷物を置き、ソニアさんが貸してくれた枯れ葉色のフード付きマントを身につけた。色合いが絶妙で、森の景色に溶け込める。コナちゃんに荷物番を頼むと、わたしたちは隠れ家の方へと近づいた。


 切り立った岩壁を背にして、ロッジ風の建物がいくつも建っていた。


 ロッジ“風”であって、ロッジと呼べるような立派な建物ではない。


 適当に切った丸太を組み合わせてできており、壁も屋根もガッタガタで、子供がつくった工作のような違法建築群だ。自分たちで作ったんだろうけど、雨風が入り放題だろうし、お風呂なんか絶対にないだろう。わたしだったら、百万くれるって言われても、こんなとこ住みたくない。


 アジトの周囲には堀が巡らしてあり、溝の底には先端を尖らせた木材が埋め込んであった。内側には、見張りっぽいヒゲ面の男達がうろついている。こんな山奥なのに、警戒しすぎではないだろうか。


 偵察を終えたわたしたちは、作戦会議をするためにアジトから離れた。


「見張りいるから、夜に行くしかねえな」

「でも、明かりないとしんどいよね」

「夜目が利くようになる魔法がある」

「そんなすごいの使えるの?」

「別にすごかねえよ」

「でも、白黒でしか見えないよね?」

「だから何だよ」

「探す弓、どうやって見分けるの?」

「あー」


 盗まれた弓は綺麗な飴色をしているが、それ以外にはこれといった特徴がない。ポツンと置いてあればわかるけど、同じような弓が複数個あったら、どれが探している奴かわからないだろう。


「全部持ち出せばいいんじゃね?」

「さすがに目立つよ」

「別にいいだろ。見つかったって」

「よかないよ。三、四十人くらいいるって言ってたじゃん」

「魔法使っていいなら、それくらい軽いだろ」


 何か問題でも? みたいな感じでミハイ君が言う。


 イキっているのではない。「俺、何かやっちゃいました?」系のやつだ。

 炎の剣をぶん回し、高笑いしながら無双するミハイ君を想像してみる。盗賊の方に魔術師なんか絶対いないだろうし、それこそ赤子の手をひねるように制圧できるだろう。しかし、そんなことをさせるわけにはいかない。


「言っとくけど、炎系の魔法は使ったらだめだよ」

「は? 何でだよ」

「ミハイ君が、炎の魔法を使うじゃん?」

「ああ」

「建物燃えるじゃん?」

「ん? ああ」

「弓も燃えるじゃん?」

「あー」


 陽キャ風に説明してみた。


 ミハイ君は、面倒くせえなあという顔をしている。

 しかし、面倒でも何でも、我慢してもらわなくてはならない。あんな違法建築物件だ。防火対策もしてないだろうし、炎の剣なんかぶん回したら、あっという間に炎上して何もかも消し炭になってしまう。


「――そうだ。こいつ連れてけばいいんじゃね?」


 コナちゃんは、わたしの横で大人しく伏せている。ミハイ君が手をのばし、コナちゃんの頭をぐりぐり撫でた。おい、待て。


「痛てえっ!」


 がっぷり噛まれて、ミハイ君が叫び声を上げた。

 わたしは、「しー」と言って大声を注意した。アジトから離れてるけど、盗賊がその辺を見回っているかもしれない。ちゃんと忍べよ。


「首から上触ったら、めちゃくちゃ噛むってソニアさんが言ってたじゃん」


 わたしは、唸っているコナちゃんの背中を撫でた。

 コナちゃんは、娘に寄ってきた男を威嚇する山犬の母みたいな顔をして唸っている。美輪○宏の声でしゃべり出しそうだ。


「くそっ、よだれ汚ねえ……」

「ポーション持ってる?」

「持ってねえ」

「しょうがないなあ」


 荷物からポーションの小瓶を出して渡した。侵入前からこの調子では先が思いやられる。


「弓の持ち主? の匂いがないから無理だよ」

「じゃあどうすんだよ」

「まあ、忍び込んでから考えるしかないよね」

「そんなんで大丈夫かよ」


 そうは言っても、わたしもミハイ君もアホの子だから、綿密な計画を立てるとか普通に無理だ。戻ってソニアさんに相談できればいいんだけど、時間が経つほど盗品が売り飛ばされる可能性が高くなる。探すなら少しでも早い方がいい。





 交替で仮眠をとり、夜になってから盗賊のアジトへ向かった。


 侵入のための装備は、全部ソニアさんからの借り物だ。


 枯れ葉色のマントを裏返した黒いマント。

 長剣の半分くらいの長さの短剣。

 繋げた指輪に握りをつけたような、ナックルダスターという武器。

 いわゆるメリケンサックだけど、魔法の効果が付与されている。ソニアさんの説明によると、敵の体の骨っぽい所を殴ると60%の確率で気絶するそうである。


 メリケンサックの効果をミハイ君で試そうとしたところ、やってもいいけど俺にもやらせろとすごまれたので、まだ試していない。骨っぽい所というのが、具体的に体のどの部分かわからないけど、たぶん肉付きが薄いところと予想する。肘とか膝とか狙えば行けるだろう。


 夜目が利くようになる魔法をかけてもらうと、モノクロ映画のように風景がはっきり見えるようになった。一時間しか持たないので、切れたらまたかけ直してもらわないといけない。


 音を立てないようにして、森の中を進んだ。


 今回はコナちゃんも一緒だ。白いから目立つかなと思ったけど、どういう仕組みか闇に溶け込んでいる。魔犬だけあって、特殊な毛皮をしているようだ。


 しばらく行くと、盗賊のアジトが見えてきた。

 所々、白飛びして見えるのは、明かりがついているせいだろう。

 見張りに気をつけながら、近くまで行った。


 夜中の一時すぎだが、盗賊たちは元気に夜更かしをしていた。

 工作風あばら屋の隙間からは明かりが漏れ、酒盛りでもしているようで賑やかな話し声が聞こえてくる。昼間と同じように、見張りもうろうろしていた。


 ミハイ君が、舌打ちするのが聞こえた。わたしも同意見だ。


「――要するに、弓取ってくればいいんだろ」


 まあその通りだ。


「まず武器庫探すぞ」

「武器庫じゃなくて、宝物庫じゃない?」

「は? 弓なら武器庫だろ?」

「使うならそうだけど、売るなら宝物庫だよ」

「あいつら、そんな区別してねえよ」


 二人でいると目立つし、意見も割れたので、わたしたちは別行動で弓を探すことにした。担当の建物を決め、アジトの向こう側にある岩壁の前で落ち合うことにする。夜目の魔法の持続時間があるので、待ち合わせは一時間後だ。


 見張りが通りすぎるのを待って、<跳躍2>で堀を飛び越えた。


 堀の幅からして、一般人にはできない芸当なので、魔法って便利だなとあらためて思う。フレームには<力の糸1>を突っ込んでいる。まだ呪文を暗記できてないけど、こうしておけば暗譜状態になる。


 コナちゃんを連れて、わたしは建物を見てまわった。


 家の壁がガタガタなので、のぞき見自体は簡単だ。


 酒飲んで騒いでるグループもいれば、大人しく寝ているグループもいる。屋内の盗賊は油断しきっているけど、外の見張りはさすがに油断していない。何度か気づかれそうになって、冷や汗をかいた。


 メリケンサックを試そうかなと、考える。でも60%の確率で気絶するということは、40%の確率で気絶しないということだ。大声出されて、大乱闘に突入するとこまで想像してやめた。非常時以外は、使わないでおこう。


 わたしは、地道に探索を続けた。


 担当箇所をすべて巡ったが、武器庫も宝物庫も見つけることはできなかった。


「ミハイ君は、まだきてないのか」


 待ち合わせ場所にミハイ君の姿はなかった。懐中時計を見る。時刻は一時四十五分。わたしのが、ちょっと早かったようだ。


 暗がりにしゃがんでいると、コナちゃんが前足でわたしをつついた。


「――どうしたの?」


 小声で聞くと、こっちへ来いという風に歩き出した。


 ついていくと、岩壁の端に大きな扉があるのを見つけた。

 洞窟か何かの入口を塞いでいるようだ。

 扉は車庫くらいの大きさがあり、閂がされて、鍵までかかっている。武器庫か、あるいは宝物庫かもしれない。


 向こうのあばら屋と同じく、板の長さがバラバラなので、下に拳が入るくらいの隙間があいていた。わたしは、地面に伏せると中をのぞいた。結構深い。奥の方がぼんやり明るいのは、月光が射しているからのようだ。ということは、出口がある? 倉庫でなく、逃走用トンネルだろうか。


 わたしは、身を起こすときょろきょろした。

 周囲に誰もいないのを確認してから、コナちゃんの背中に触れた。


「お願いだから、食べないでね」


 言葉が通じるはずもないが、一応お願いしてみる。


 <転化>の魔法を解くと、わたしはチビ竜の姿に戻った。

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