70 旅の道連れ
相部屋には、部屋の三方に二段ベッドが置かれていた。
わたしは右側の一段目、ミハイ君は左側の一段目を使うことにして、荷物は足元の方にまとめて置く。ふと、未成年の男女が同じ部屋ってどうなの? という問題が頭をよぎったが、わたしは気にしないし、ミハイ君はもっと気にしないだろう。なんなら、わたしが女子だと忘れてやしないだろうか。着替え始めたらガン見してやろう。
「使ったのは、力の糸って魔法だ」
「どんな魔法?」
「……自分で説明文読めばいいだろ」
「実際のユーザーの言葉が聞きたいんだよ」
「意味わかんねえ」
そう言いながらも、ミハイ君は言葉を探すように考えこむ。
立ち上がり、部屋の端にあった木箱を運んでくると、ベッドとベッドの間に置いた。テーブルの代わりにするようだ。木箱の上にミントケースを置いた。
「力の糸っていうのは、魔力でできた糸で自分と対象を結びつける魔法だ。糸をのばせば対象と繋がって、解除すれば切れる。……見てろよ」
ケースの上に手をかざし、ミハイ君が呪文を唱える。
魔法がかかったようで、ケースがひとりでに浮き上がり、ミハイ君の手ひらにぴたっとくっついた。指を広げているのに、落ちてこない。
「その糸ってのは、手からしか出せないの?」
「体の、どっか一ヶ所からで選べる」
「両手はだめなんだ?」
「やれる奴もいるけど、俺はやれねえ」
「技量の問題? 魔法レベルの問題?」
「レベルの問題」
「じゃあ、ミハイ君は、天井に張り付いて敵をやり過ごすとかはできないんだ?」
「そう簡単に行くかよ」
魔法を解除したようで、ミントケースが木箱の上に落ちた。
「糸の長さ、支えられる重量は魔法レベルによって違う。長さが足りないと対象に繋げないし、重量を超過すると糸が切れる」
「ふーん。壁登り以外に、どんな使い道があるの?」
「床に落ちたもん拾うとか」
「魔法使わずにやりなよ」
「そういや、お前って等級いくつなんだ?」
ベッドの上にあぐらをかきながら、ミハイ君が聞いてきた。その手には乗るか。
「ミハイ君の等級教えてくれたら、教えるよ」
「俺? 星の3だぜ」
「言うんかい」
「教えたんだから言えよ」
「……星の7だけど」
「だっせえ」
星の3てことは、レベル35以上か。何気にシュルツより高くてびっくりだ。年齢関係ないって言ってたし、才能あるってことなんだろう。わたしもがんばろう。
「剣に炎つけるやつは? 何ていう魔法なの?」
「帯炎ってやつ。お前の等級じゃ到底無理」
「でしょうね」
ちょっと聞いてみただけだよ。
わたしはスキルツリーを開けた。
<力の糸1>を探し、使用可能の青文字を見つけた。<剛腕2>は習得できたし、次は<青の盾2>って言われてるけど、こっちの方が使い所がありそうだ。何より、わたしも壁走りやってみたい。
わたしは<力の糸1>をフレームに移動させた。
アイチャンの待ったはかからず、頭に呪文が浮かんでくる。
経験値が足りたようだ。やったぜ。
わたしは立ち上がると、部屋の壁に向かって立った。
魔素を集め、<力の糸1>の呪文を唱える。詠唱が終わると同時に、体のなかに光る糸がくるくる回っているイメージがわいてきた。
「これからどうすんの?」
「糸を出す場所を決めろ」
壁の低い位置につま先を向ける。
すると、つま先と壁の間に<力の糸>がピンと張るのがわかった。足を引くと糸は長くなり、押しつけるとピタリとくっつく。魔法の糸だから、実際に目に見えているわけではない。<風球>なんかと一緒で、そこに魔法があるなと感覚的にわかるだけだ。
「おおー」
わたしは感激した。押しつけたつま先が、接着剤でつけたように壁に貼りついている。体重をかけても、剥がれたりゆるんだりしない。ミハイ君が、足がかりのない壁を登れたトリックが、これで理解できた。
わたしも壁を登ってみよう。そう思い、右足を壁に固定したまま、歩く感覚で左足を上げる。その途端、床に尻餅をついた。
「――あれ?」
「腹に力入れてねえからだよ」
あきれた様子で、ミハイ君が言った。
下半身の筋力を強化しないと、自分の体重を支えきれない。ということのようだ。考えてみればそれもそうか。わたしは片足で立ち上がると、<跳躍2>の呪文を唱えた。<跳躍>の魔法を使うと下半身が強化されるから、これで行けるはずだ。――あれ?
右足をつけたまま、わたしは行き場のない左足をトントンさせた。壁走りするには、振り上げた左足を壁にくっつけなければならない。でも、<力の糸>で縫い付けられるのは、体のどこか一ヶ所だけだ。つまり、どういうことだ?
わたしは、肩越しに振り向いた。ミハイ君は、ベッドにあぐらをかいたまま、退屈そうにこっちを見ている。
「え? 一ヶ所しか留められないのに、どうやって壁登ったの?」
「右の糸切って、左に縫いつけんだよ。その繰り返し」
なるほどと思いながら、右足オフと同時に左足オンというのをやってみる。
言われたことはわかるし、イメージもできる。でも、実際にやってみるとイメージ通りには行かない。左足を上げ、右足を解除した途端、わたしは背中から床に落ちた。見知らぬ天井を見上げて、呆然となる。
めちゃくちゃ難しい。出来る気がしない。何だこれ。
「いやいやいや、無理でしょ」
「やりゃできる。練習しろ」
「ミハイ君はどのくらいでできるようになったの?」
「……たしか三ヶ月くらいだな」
「それを先に言ってよ!」
わたしは叫んだ。すぐできると思ったから習得したのに。
「お手本見せてくれない?」
「は? 嫌だよ。めんどくせえ」
「……」
「うるせえから、外でやってこい」
「やれるわけないじゃん」
「暗けりゃ平気だろ」
そう言うと、ミハイ君は寝台のカーテンを閉めた。
「……冷たい」
シュルツだったら、絶対練習つき合ってくれたのに。
今日はもう遅いから、明日の朝やりましょう。初めてにしては上出来ですよ。とか優しい言葉をかけてくれたのに。シュルツ先生が恋しい。早く帰ってきて!
カーテンの向こうからイビキが聞こえてきたので、わたしは静かに自主練することにした。しばらくやっている内に、力の糸という魔法の性質がつかめてきた。
糸は体の中心あたりに発生して、体のどこか一ヶ所を対象に向けると、糸が放たれて対象と繋がる。糸に伸縮性はなく、釣り糸みたいにリールから繰り出すイメージだ。自分と対象を繋げることはできても、自分以外の物同士をくっつけることはできない。身体にスプーンをくっつけることはできても、スプーン同士をくっつけ合わせることはできないということだ。
<力の糸1>の長さを測ると、30センチくらいしかなかった。せめて二本あれば天井に張り付けるんだけど、星の3のミハイ君でさえ一本なのだから、もっと上級レベルでないと無理だろう。スパイ○ーマンへの道のりは遠い。
翌日、わたしは道行く人にクスクスされながら酒場に向かった。
何をクスクスされているかと言えば、リュックを後ろ前で背負い、背中にロングスリーパーのヤンキーをおんぶしているせいである。早めに寝たから大丈夫だろうと思ったが、わたしの考えが甘かったようだ。何をしても目を覚まさないし、チェックアウトがあるから部屋にも置いとけない。自力で運ぶしか道がなかった。
「――くそ重たい」
わたしの肩に頭を乗せて、ミハイ君はぐうぐう眠っている。魔術師でなかったとしても、一人旅なんて絶対できないだろう。爆睡してる間に身ぐるみ剥がされて、あっという間に一文無しだ。
昨日と同じ二階席に行くと、すでにソニアさんが待っていた。
わたしは、運んできたヤンキーを床に転がした。
「ミントのなかに、何か入ってんじゃないかと思うんだけど」
わたしが言うと、ソニアさんがうなずいた。
「副作用の可能性は、あるかもしれないですね」
やはりそうか。
ソニアさんは、今日もコナちゃんを連れていた。コナちゃんの毛皮をもふもふすると、ミハイ君のせいでイラついていた心が癒やされた。旅の道連れにするなら、ロングスリーパーの狂犬より、おりこうさんの魔犬がいい。
「ソニアさん。ミハイ君とコナちゃん、交換しない?」
「いいですよ。と、言いたいところですが」
「だめ?」
「コナは店の従業員なので」
「そうなんだ」
「わたしのだったら、喜んで交換するんですけどね」
転がっているミハイ君をの方を見て、残念そうに笑う。
ソニアさんは二十八歳。現在、彼氏募集中である。
くっちゃべっていると、爆睡していたミハイ君が目を覚ました。
ここはどこだ? みたいな顔できょろきょろしていたが、床を這いずってくると椅子に座ってテーブルに突っ伏した。二日酔いのおっさんのようだ。
「ミハイ君、ご飯は?」
「……肉食いてえ」
「寝起きなのに、そんな油っこいもんでいいの?」
「……腹……減った」
「寝てただけなのに」
昨日摂取した栄養は、どこに消えてしまったのだろう。
肉が欲しいと言うので、串焼き盛り合わせと肉団子のスープを頼んだ。わたしは、昨日の反省を踏まえてベーコンエッグにする。燻製した豚肉と目玉焼きと言うより、女子力が高まる魔法の言葉である。
食事を終えたあとで、ソニアさんが一枚の紙を出してきた。
「これが、盗まれた弓の写し絵です」
水彩画みたいな感じで、綺麗な飴色をした弓が描いてある。デザインは普通で、素人目には特別な物のようには見えない。持ち主にとっては大事な物でも、弓自体の価値はそんなでもないのかもしれない。
「古品の販売ルートに網を張っていますが、まだ引っかかってきません」
転売された様子がないから、まだ盗賊のアジトにある可能性が大だそうだ。
盗賊団は、推定で三、四十名ほど。ルブロ山の山頂近くに根城を築いていて、リーシュに出入りする荷馬車を襲っている。自警団が討伐しようにも、途中の山道が険しすぎて、アジトの場所すらつかめない。じゃあ、どうやってアジトまで行くのかというと、コナちゃんが案内してくれるという。わたしを見つけた時みたいに、匂いを辿って行けるらしい。盗賊の匂いがついた持ち物を、ソニアさんがどこでゲットしてきたかは謎である。
「――危険だと判断したら、すぐに引き返すと約束してください。こちらからお願いしておいて、こんなことを言うのもおかしいですが」
ソニアさんは、心配そうに眉をひそめている。
店が潰れるとか、大勢の人を巻き込んだ事情がなければ、ソニアさんもこんなお願いはしたくなかったようだ。でも、他に頼める人のあてがない。
「うん。無理はしないし、十分気をつけるよ」
わたしが言うと、ソニアさんはほっとした顔をした。
準備を整えたわたしたちは、リーシュの街を出てるとルブロ山を登り始めた。
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