69 依頼と魔犬
「ソニアさん!」
ソニアさんが、にっこりして手を上げた。
袖なしのシャツにくるぶしまでの巻スカート、革のサンダルという格好だ。足元に狼みたいな白い犬がいて、すました顔で舌を出している。めんこい。
「本店で飼っている魔犬です。魔物が混ざっているので、用心棒の代わりになるんです」
わたしの視線を追って、ソニアさんが言った。
「撫でてもいい?」
「首から下ならいいですよ」
「首から上触ったら、どうなるの?」
「めちゃくちゃ噛んできます」
「よーしゃ、よしゃよしゃ」
わたしは、白い犬の胴体を撫でた。魔犬だというが、顔が狼っぽいのをのぞけば、普通の犬と変わらない。両手でもふもふすると、嬉しそうにしっぽを振った。野性味のある顔とのギャップが可愛い。噛まれてもいいから、頭ぐりぐりして抱きつきたい。
「ソニアさんは仕事? 奇遇だね!」
そもそも、街道情報を教えてくれたのはソニアさんだ。買い付けに行くと言っていたし、偶然予定がかち合っただけだろう。ミハイ君じゃあるまいし、家出したわたしを追ってきたとかではあるまい。あるまい。
「その話は、あとでするとして……」
「ん?」
身をかがめると、わたしとミハイ君を手招きする。
カウンターに狩猟者らしいグループがいるが、近くに人はいない。でも、聞かれたら困る話のようだ。
「おふたりが特別な本を持っていること。知られてはいけないのはご存じですね?」
ひそひそ言うのに、わたしとミハイ君は顔を見合わせる。
ソニアさんが言っているのは、もちろん魔導書のことだ。
自分から手放さないかぎり、魔導書を失うことはない。でも、脅迫or拷問で不本意に奪われる危険はある。それに、魔術師イコール金持ってる貴族なので、金銭を狙われる可能性もあった。ダーファスには衛兵がいたけど、こんな僻地では自警団くらいしかいない。無用な争いを避ける意味でも、魔術師であることは隠すべきだろう。
わたしたちは、てんでにうなずいた。
「年上であるわたしが、おふたりに敬称を使うと目立ちます。ここでは呼び捨てにしますが、許してもらえますか?」
「いいよー」
「好きにしろよ」
「わたしのことは、ソニアお姉様と呼んでください」
「ソニアお姉様ー」
「……」
わたしとソニアさんは、期待に満ちた目でミハイ君を見た。
同調圧力を受けたミハイ君は、頭上に「!?」を浮かべている。やがて圧力に屈したのか、ごくりと唾を飲むと口を開いた。
「……ソッ」
「冗談です」
ふふっと笑って、ソニアさんは身を起こす。冗談の割には嬉しそうだ。ミハイ君を見ると、自己嫌悪で額に縦線を入れていた。強く生きろ。
「イチカ、ミハイ。ちょっと、わたしの話を聞いていただけませんか?」
三人で、隣の酒場に移動した。
燻製みたいな匂いが漂っていて、ダメな大人があちこちで飲んだくれている。
梁が剥き出しになった天井が高く、広場に面した側に二階席がある。見晴らしがよさそうだけど、二階席には誰もいない。見ると、階段の下にロープが張られ、予約席との札がかかっていた。
ソニアさんは、店長さんと顔見知りのようだ。
少し話してから、ロープを跨いで二階へ上がった。
この席なら、話を聞かれる心配はないだろう。
「この店、よく来るの?」
「ええ。狩猟者組合の経営なので、色々と融通が利くんです」
狩猟者が魔石を売り、組合が買い取って商人に売りさばく。魔石の買い付けにくるソニアさんは、組合のお客様だから優遇してもらえるんだそうだ。
腹ペコだったので、まずは食事にすることにした。
この店の名物は、ステーキパスタだそうだ。
平たい麺の上に、ダイス状に切った肉と、スライスしたニンニクがたっぷりという男飯で、油がキツイがジャンクな味でおいしい。飲み物はリンゴジュースにした。ギトギトの油を、リンゴの酸味がさわやかに流してくれる。
「偶然会った――わけじゃないよな」
リンゴジュースを置いて、ミハイ君が言った。
ソニアさんが、テーブルの上に青色の布巾を置く。見覚えがある。お店の炊事場を借りた時、お皿を拭くのに使ったやつだ。
「布についた、イチカの匂いを追わせました」
足元に伏せている白い魔犬の方を見ながら言う。
ちなみに、名前はコナちゃんで三歳のメス。好物は豚足だそうである。
ダーファスから追って来たはずはないから、わたしがリーシュに来ると予想していたようだ。でも、いつ、どこに現れるかまではわからない。それで、コナちゃんを街に放って見つけさせた、という次第らしい。それにしても。
「わたしが家出するって、そんなにバレバレだった?」
「それはもう」
「あれで隠してるつもりだったのかよ」
「……」
「今日は転送基地はお休みです。ですので、先回りして待たせていただきました」
「偶数の日しかやってないって、じゃあ知ってて黙ってたの?」
「ごめんなさいね」
申し訳なさそうに、ソニアさんが言う。
昨日、わたしと別れたあと、すぐにダーファスを発ったそうだ。
「おふたりがダーファスを離れるつもりだと気づいて、これは天の助けだと思いました。そうでなければ、魔術師に頼み事をするなんて絶対にできませんから」
「ふたりって、ミハイ君の家出もわかってたの?」
「ええ。バレバレでした」
「聞いたミハイ君? バレバレだって。バレバレ」
「うぜえ。……参考までに、どの辺が?」
「無関心を装いながら、熱心に耳をかたむけていたところ。ですかね」
「今後は気をつける」
むすっとして、ミハイ君が言う。わたしも気をつけよう。
「で、頼み事って?」
「お客様からの預かり物を、盗賊の隠れ家から取り返していただきたいんです」
ソニアさんは事情を話し始めた。
ソニアさんの働いているお店では、武器の販売だけでなく、客が持ち込んだ武器の修理や修繕などもやっている。ここリーシュにも支店があって、修繕のために客から預かった弓を、盗賊に盗まれてしまったのだそうだ。
「――昔からのお得意様で、亡くなられたお父様から受け継いだものだったそうです。盗賊のしわざでは、しかたがないとおっしゃっていたのですが、どこかで、うちの手配に落ち度があったと知ったようで、今後のお付き合いは遠慮したいと……」
商売上の重要な取り引き相手でもあり、縁切りされたことが広まれば、店が潰れる可能性もあるとのことだ。
「えと、手配に落ち度があったって……?」
「事実です。基本的にはうちの工房でやるのですが、盗まれた弓は武器というより工芸品に近いものだったそうで、美術品の専門工房へ依頼しました。修繕を終え、護衛付きの荷馬車でリーシュへ返送すべきところを、工房側の手違いで通常の荷馬車に積み込んでしまい、運悪く、その荷馬車が襲われました」
書留で送らなきゃいけない郵便物を、通常郵便で送っちゃって事故った。みたいな感じらしい。でも、それだとソニアさんの店は悪くないんじゃないの?
わたしが言うと、ソニアさんは首を横に振った。
「確かに、ミスの責任は、送り主である専門工房にあります。ですが、お客様に話したところで、大事な弓をそんな無責任な工房に任せたのかと、さらなるお叱りを受けるだけでしょう」
連帯責任だから、言い訳は利かないそうだ。
倒産の危機を回避するためには、盗まれた弓を取り戻すしかない。でも、そう簡単には行かなくて、リーシュ支店長はじめ、みんなで頭を抱えている。という状況らしい。客商売って大変なんだな。
「盗賊の隠れ家って、隠れ家なのに場所わかってるの?」
「おおよその位置だけですが」
「兵隊さんとか、自警団さんとかは?」
「途中の道が険しすぎて、討伐に向かうのは無理だそうです」
「……頼りないなあ」
「彼らにも家庭がありますし」
「ミハイ君。お父さんに言ってどうにかできないの?」
「無理だろ。キリがねえ」
ひとつ潰したところで、すぐに増えるという。凶悪なのでない限り討伐隊は出さないし、荷馬車を襲ったという盗賊も、人殺しまではしないマイルド盗賊なのだそうだ。それなら真っ当に働けばいいのに。
わたしは、ちょっと考えた。
ソニアさんが、すごく困っているのはわかる。でも、盗賊のアジト? の規模もわからないし、マイルドとは言え盗賊は盗賊だ。盗まれた物を取り返すと言っても、そう簡単に仕事させてくれないだろう。魔術師だからって理由で頼まれたけど、レベル18の初級魔女と、狂犬ミハイ君のコンビでは嫌な予感しかしない。わたしたちより、他に適任な人がいるんじゃないのかな。
返事を迷っていると、ソニアさんが口を開いた。
「……断られたからと言って、恨んだりはしません。何と言っても、おふたりもうちのお得意様ですからね」
「ソニアさん……」
「でも、あんたんとこの店潰れるんだろ」
「ミハイ君、言い方」
「……潰れそう、というだけです」
ソニアさんは苦笑している。
恨まないと言うけど、お店が潰れたら絶対恨まれるだろう。わたしがソニアさんの立場だったら、絶対に恨む。魔法使いなんだから、さっさと行って、さっさと取り戻してきてよ。台所だって貸してやったでしょ。って思う。それもそうか。
「ソニアさんの頼みだし、引き受けるよ。ミハイ君はどうする?」
「俺も行く。金ねえし」
報酬をもらえる前提で話をしている。わたしもそんな持ってないし、少しは出るとありがたいけど……。
「もちろん依頼料は払います。ありがとうございます」
ほっとした顔で、ソニアさんが言った。
アジトのことを聞こうとすると、詳しいことは明日また伝えると言われた。急がなくていいの? と思ったけど、盗賊のアジトに乗り込むのに、ろくな準備もなしでは確かに怖い。明日、ここで会う約束をしてソニアさんと別れた。
「……お前ら、ニンニクくせえなあ」
宿屋に戻り、もうひとり増えたと伝えると、顔をしかめつつ店主が言った。
「未成年が、酒場で飯とか食ってんじゃねえよ」
残り香で店がわかるとは、さすがは地元民。
「相部屋は今日はあんたらだけだから、歯磨いて、換気して寝ろ」
「……あざます」
リンゴで匂い消せたと思ったけど、鼻が麻痺してただけだったようだ。
明日は、女子力の高いものを食べよう。
部屋の扉を閉めたわたしは、ミハイ君を振り向いた。
「ねえ、壁走るやつって何の魔法を使ったの?」




