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68 ダーファスの狂犬

「クソガキが! たたじゃおかねえからな!」


 チンピラ一号が叫び、オレンジ頭に殴りかかった。


 飛んできた拳を避けたオレンジ頭は、カウンターで一号の顔をぶん殴った。よろめいた一号の頭を両手でつかむと、前に引き倒しながら顔面に膝蹴りを叩き込む。チンピラ一号は、声も上げずに地面に倒れた。


「てめえ! やりやがったな!」


 飛びかかってきた二号の攻撃を避け、背中をどつくと、背後から思い切り股間を蹴り上げた。内股になった二号は、涙目になって地面にうずくまる。女子にはよくわからんダメージを負ったようだ。


「――調子に乗りやがって!」


 最後に残った三号は、三人のなかで一番ガタイがいい。

 太い腕を振り上げ、叫び声を上げながらオレンジ頭に向かって行く。

 オレンジ頭は身を低くくし、迎え撃つ格好で三号の腰にタックルを決めた。仰向けに倒したところへすかさず馬乗りになると、容赦なく顔面をボコり始める。剣を使ってないから、手加減はしているようだけど、何かこう……もうちょっと品良くできないのだろうか。


 野次馬が拍手を送るなか、立ち上がったオレンジ頭は、銀色のケースを出すとミントを口に放りこんだ。顔も声も好物まで似ているなんて、ものすごい偶然があるものだ。ダーファスに帰ったら、そっくりさん見たよってミハイ君に教えてあげよう。さて、わたしは腹ごしらえに行くとするか。


「お、イチカじゃん」

「……どちら様ですか?」

「寝ぼけてんのか?」

「疲れてるのかな、ミハイ君の幻が見える……」

「幻じゃねえよ」

「マジで? 何でこんなとこにいるの?」


 ミハイ君は口を開きかけたが、何かに気づいたように振り返った。


 最初に倒されたチンピラ一号が、うめきながら体を起こそうとしている。ミハイ君が拳をにぎったので、あわててその腕をつかんだ。見るからに悪党顔の三人だけど、これ以上はやりすぎだ。


「――離せよ」

「虫の息だよ。もうやめてあげなよ」

「弱いのに、向かってくる方が悪いんだよ」

「あっちが先に手出したの?」

「ひとりが店員に難癖つけて、その隙に盗もうとしてたから、ぶん殴ってやった」


 イラついた顔で言う。

 盗みを邪魔された三人組が怒って、ストファイという流れになったらしい。


「善行だけど、いきなり殴るのはやめなよ」

「嫌いなんだよ。ああいうの」

「肩がぶつかったとか、ガンつけられたとか、そういうのかと思った」

「それもたまにやる」

「やるんかい」


 ケンカ慣れしているようだし、気にくわない相手とは拳で語り合うスタイルのようだ。まさにダーファスの狂犬。ジルさんが心配していたように、相手を殺っちまうのも時間の問題かもしれない。


 そうこうしている間に、一号が立ち上がった。チンピラでもプライドはあるようで、鼻血をぬぐうとこっちに向かってきた。


「お前が、見逃せって言ったんだからな」


 謎の言いがかりをつけると、ミハイ君がわたしの腕をつかんで走り出した。


 広場を抜け、建物の間を走る。


 二号三号も、見た目ほどダメージを負っていなかったようで「待てコラ」「逃げんなコラ」みたいな怒声を上げながら、元気よくあとを追ってくる。


 こんなことなら、とどめ刺させてあげればよかった。


 後悔しながら道を走り、大きな建物の角を曲がると、ミハイ君が舌打ちをして足を止めた。どうやら、倉庫街みたいなとこに迷い込んでしまったようだ。三方を大きな建物に阻まれ、道の先は行き止まりになっている。


 引き返すしかないが、ミハイ君は建物の壁を見上げている。上の方に明かり取りがあるだけで、侵入できそうな窓も扉もない。<跳躍>を使ったとしても、足がかりがないから屋根まで辿り行けないだろう。


「つかまれ」

「えっ」

「いいから早くしろ」


 ミハイ君がかがんだので、理解不能のまま背中におぶさった。父鍋背負って剣吊ってるし、まあまあ重いけど大丈夫だろうか。


 <跳躍>の呪文を唱えたあとで、ミハイ君が聞いたことのない呪文を唱えた。


 地面を蹴り、建物の壁に向かってジャンプする。

 右足を上げると、つま先を倉庫の壁に押しつけた。

 壁には、足がかりになるような突起物は何もない。そのはずだが、上に向かって軽々とジャンプした。垂直の壁を三段跳びみたいに跳んで行き、最後は屋根の上に着地する。いったい、何の魔法を使ったんだろう。


「――重い」


「ああ、ごめん」


 やっぱり重かったようだ。わたしは、ミハイ君の背中から降りた。


 下の方から、チンピラたちの声が聞こえた。軒先からのぞくと、わたしたちが曲がった道を、まっすぐ走って行く姿が見えた。見失ったとわかれば、戻ってくるかもしれない。しばらく、ここにいた方がいいだろう。


 ミハイ君は、屋根の斜面に腰を下ろすとミントを出して噛み始めた。


 わたしも屋根の上に座る。見晴らしいいなあ。


「で、こんなとこで何してるの?」

「ダーファスにいてもレベル上がんねえから、ケレースに行くことにした」

「ふーん。すごい偶然だね」

「偶然じゃねえよ。お前あてにして来たに決まってるだろ」

「……ほほう」

「魔術師が、ひとりでいると危ないからな」


 キリッとした顔で言う。


 話の流れからして、わたしを心配してではない。自分ひとりだと危なくて旅行に行けないけど、お前と一緒なら俺は安全と言うことだ。ちょっと待て。

 わたしは、ひとさし指をこめかみに当てた。

 昨日、ソニアさんとこでした会話を思い出す。


「あれ? わたし家出するって言ってないよね?」

「バレバレだっただろ」

「マジで? どの辺が?」

「地図欲しがるとことか、街道のこと知りたがるとことか」

「……」


 わたしは無言になった。そうか、そんなにバレバレだったか……。


 ケレースへ行くにはリーシュを経由する必要があるから、追いかけるにせよ、先回りするにせよ、どっちでも簡単に出来ただろう。それならそうと、ダーファスを出る前にひと声かけて欲しかった。速攻でジルさんにチクってやったのに。


 あることに気づいて、わたしは青くなった。


「――ミハイ君。ケレースに行くこと誰かに話した?」

「誰かって?」

「お母さんとか、ジルさんとか」

「ジルさんってお前……」

「メイドさんとか、執事さんとか」

「言ってねえ」

「置き手紙とかは?」

「は? 書かねえよ。そんなもん」

「……」


 この放蕩息子が!


 わたしは両手で顔を覆った。

 普通のヤンキーに見えても、ミハイ君は大貴族の次男坊だ。こんなとこでストリートファイトしてていい人ではないし、下民の娘と二人旅とかしてていい人でもない。この狂犬に、お目付役みたいのはいないのか!


「どうした?」

「帰れ! 今すぐダーファスに帰れ!」

「ふざけんな。帰らねえよ」

「わたしが誘拐したって疑われるじゃん!」

「行き先言ってねえのに、疑われるわけねえだろう」

「なるよ! 同時期に二人で消えたら、絶対ははーんってなるよ!」

「ならねえよ」

「なる!」

「ならねえ」

「なる!」


 しばらく口論したが、ミハイ君の意志は固かった。

 これ以上言うと、ひとりで行くとか言い出しかねないし、わたしが折れるしか道はないようだ。どうしてこんなことに……。


「ちなみに、お金っていくらくらい持ってるの?」


 貴族の息子だし、それなりだろうと期待する。わたしは旅支度するので結構使っちゃったし、軍資金が増えるととてもうれしい。


「一応、持ち金は全部持ってきた」


「おおー」


 ポケットに手を入れたミハイ君が、動きを止めた。立ち上がると、あわてた様子で体をさぐる。どうした?


「……財布がねえ」


 ストファイの前は確かにあったというので、広場に戻って探すことにした。


 大暴れしていた場所を探し、聞き込みもしてみたが、ミハイ君の財布は見つからなかった。どこかに届け出たとしても、こんな治安の悪い場所では、財布が戻ってくる可能性はゼロだろう。


「ま、何とかなるだろ」


 放蕩息子が気楽に言った。

 お金で苦労したことのない奴に、お金のない苦しみは理解できない。


「その高そうなピアス売りなよ」

「ふざけんな。魔物倒して魔石手に入れればいいだろ」

「魔石売るには許可証がいるらしいよ」

「俺、許可証持ってるぜ」

「マジで?」

「なくした財布ん中だけど」


 だめじゃん。

 だが、手っ取り早くお金を稼ぐには、それしか手段はなさそうだ。ここから先は仕事もあんまりないだろうし、残金気にしながらケチケチ進むより、ガツンと貯めてから出発した方がいいだろう。


 わたしたちは、稼げるバイトを求めて狩猟者組合へ向かった。


 仲間募集の貼り紙には登録者の名前が書いてあり、カウンターのお姉さんに言えば、その人に伝言を残せる。仕事の実績がないと断られることもあるそうだけど、申し込むのは自由なので、とりあえず選ぶことにした。


「分け前が一番多いやつにしようぜ」

「危なくない?」

「その方が修行になるだろ」

「今回は修行目的じゃないし」

「ぐだぐだ言ってっと強くなれねえぞ」

「そうだとしても、ミハイ君みたいにはなりたくない」

「意味わかんねえ」


 などと言いながら掲示板を見ていると、後ろから声がかかった。


「お兄さん方。仕事をお探しですか?」


 振り向いたわたしは、驚きの声を上げた。

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