63 魔術師の休日
ブラック貴族とさよならできるチャンスであったが、わたしはアーベルにがっちり弱みを握られている。というか、裏切ったら正体をばらすと脅迫されている。サラウースに寝返ったと知れたら、それはもう、あらゆる手段を駆使して、わたしの正体を広められるだろう。あの暗黒王子なら絶対にやる。
「残念だけど、それは無理かなー」
わたしは紅茶に口をつけた。本当に本当に残念だけど。
「即答だな」
「まあね」
「お前は、アーベルの婚約者か何かなのか?」
わたしは、漫画みたいにお茶を吹いた。
「――いやいやいや」
幸い、テラス席のため被害は少ない。
クロスなくてよかったーと思いながら、わたしはテーブルを拭いた。
「それ、どこ情報なの?」
「魔術師であるなら、それなりの家の者だろう? 年齢も丁度良い」
「アーベルって歳いくつなの?」
「たしか二十四だ」
「八歳差か……なくはないけど、絶対にないよ?」
「お前が知らないだけで、親同士で話が進んでいるとか」
「ない。ぜっったいにない」
「そこまで否定することはないだろう」
「だってあの人、顔はいいけど中身は鬼か悪魔だよ?」
「しかし、何かしら魅力があるから奴の下で働いているんだろう?」
そこへ、店員さんが追加のケーキを運んできた。
立ち去るのを待って、わたしは答えた。
「ここだけの話、わたしって前科持ちの犯罪者なんだよね」
「何をやらかしたんだ……」
「で、言うこときかないと皆に正体バラすって脅されてるの」
「だから裏切ることはできないと?」
「簡単に言えばそう」
「こちらに情報を流せば、アーベルに復讐できるぞ」
「バレずにやれるならね」
バレたら半殺し、いや全殺しだ。
働くってつまり、在職のままスパイしろって意味だったのか。
どっちにしろ、ブラックから脱出はできなかったわけだ。喜んで損した。
紅茶を飲もうとして、わたしはふと気づいた。
正体不明の小娘の情報はないとしても、この人たちアーベルのことは調べてきてんだよね。アーベルの弱点とか知らないかな。
「アーベルって、ジルさんのお姉さんの子供なんだよね?」
探りを入れると、ユリウスがうなずいた。
「そうだ。ゲオルグに子供がないため、一年前に養子に入った」
「ゲオさんて、ずっと独身なの?」
「いや、何度か結婚していたはずだ」
「……何度かっておかしくない?」
「甲斐性がないんだろう」
「アーベルのお母さんって、どんな人?」
「そこまでは知らん。何しろ、今は貴族ではないからな」
「そうなんだ」
「前当代の長女にもかかわらず、商家に嫁いで今もそこにいる」
「てことは、アーベルって元々貴族ではないの?」
「出自から言えばそうだ。だが、商家と言ってもかなりの豪商だぞ。魔導書を持たされたのも、最近のことではないだろう」
生まれた時から貴族です、みたいな容姿してるのに、何か意外だ。でも、ウン億円する魔導書持ってたなら、超お金持ちの家には違いない。てか、聞いたら何でも教えてくれるんだな。
「シュルツのあれ見ても驚いてなかったけど、それも知ってたの?」
島外基地でやり合ったとき、シュルツは霧化の魔法を使っていた。
<霧化>は一般的な魔法ではなく、わたしの<白の衣>と同じく、シュルツだけが使える特殊魔法だ。見た目邪悪だし、初見だとびっくりするはずが、ユリウスは割と冷静に対処していた。それは、シュルツがそういう魔法を使えると、事前に知っていたからではないだろうか。
「情報だけはな。前職が国境兵だから、調べるのは楽だった」
「国境って、ガロリアとの?」
「いや、セリーズだ」
「それってどこにあるの?」
「……本気で言っているのか?」
「や、だってわたし外国人だし」
「ハリファールの東。ガロリア南部と国境を接している国だ」
「ふーん。で、国境兵って?」
「セリーズの侵攻を防いでいる守備隊だ。国境に陣取っている」
ニルグの森では、ガロリアの斥候始末するくらいで済んでるけど、セリーズとの国境ではガチの兵隊が襲ってくる。それを押しとどめて、国境線を防衛しているのが国境兵だそうだ。国だと引っ越すわけにもいかないし、難しいよね。
「前線で働いていたが、しくじって後方に転属になった。くすぶっていたところを、アーベルが拾い上げたらしい」
ケーキを切り分けながら、ユリウスが言う。シュルツの話の続きのようだ。
「しくじったって?」
「同じ隊の部下に、怪我を負わせた」
「……えと、あの魔法のせい?」
「そのようだ」
シュルツは、何と言ってたっけ。
長時間かけてると危ないから、短時間の使用に限定してるとか何とか。
前に狂戦士化するのかって聞いたら、憂鬱そうな顔をしていた。あれは、過去の失敗のことを思い出していたんだろう。知らなかったとはいえ、無神経なことを言ってしまった。帰ったら、シュルツにあやまっておこう。
「――そう言えば、ユリウスは人前で魔法を使ったことがないって、アーベルが言ってたけど」
話題を変えるために言うと、ユリウスが鼻で笑った。
「情報収集が甘いだけだ。絶対に使わないわけではない」
「何で隠してるの?」
「お前は、まだ低級レベルだからわからないだろうが」
「うん」
「氷の魔法を使えるとわかると、いらぬ雑用を負わされることになる」
「たとえば?」
「食料庫を冷やせだの、果物を凍らせろだの、次から次へと……」
フォークを握りしめたユリウスの手が、怒りでぶるぶるしている。貴族の跡取り息子に、そんなことを頼む命知らずがいるのか。
「それって、お母さんが言うの?」
「母は、あんな厚かましいことは言わない」
「じゃあ、奥さん?」
「妻はまだない。姉がひとりと、妹がふたりいる」
「三姉妹かあ」
「あいつら、いつになったら嫁に行くんだ!」
最後の言葉は、バルマンさんに向かって訴えていた。
バルマンさんは、無言で肩をすくめただけだ。
「――気が変わったら、いつでも連絡してくれ」
別れ際に、ユリウスがそう言った。
宛先にフルネームを書いておけば、どこからでも手紙は届くそうだ。
女子率高い喫茶店に入るための口実かと思ったけど、何度も言うところを見ると案外本気なのかもしれない。アーベルを裏切ることはできないけど、ヘボすぎてクビになる可能性はある。就職口がたくさんあるのは、いいことである。
「――さあ、帰って小豆を炊こう」
厨房、使わせてくれるかな。
シェローレン屋敷に戻ると、使用人門のところにシュルツがいた。
警備員さんと世間話をしていたが、わたしの姿を見ると、いとまを告げてこっちに来た。どうやら、帰ってくるのを待っていたようだ。心当たりがあるとすれば、敵貴族と仲良くお茶してたくらいだけど、南区の店だし、まさかバレてはいないだろう。
「ユリウスと、いったい何を話していたんですか?」
それだった。
尾行でもされていたのか。
わたしは、振り向いて背後を確認した。
通行人が歩いているが、それっぽいのは見当たらない。プロの仕事だ!
「――監視がついていたのは、ユリウスの方です」
挙動不審になっているわたしに、シュルツが説明した。
念のためにと、ジルさんがつけていたそうだ。
それなら納得である。
「ユリウスと、会う約束をしていたんですか?」
「ううん。道でナンパされて、お茶しただけ」
「……どうしてついて行くんですか」
「おごってくれるって言うから」
「……」
「スパイやらないかって、誘われた」
「何と返事をしたんですか?」
「もちろん断ったよ」
シュルツは片手で顔を覆うと、ため息をついた。
「……知らせを受けた時は、肝を潰しました」
ユリウスについてる監視チームから、お宅のお嬢さんユリウスと密会してますけど、どういうことですかとキレ気味の問い合わせがきたそうだ。
本当に隠れて会っていたのか、事実が知りたくて、ここで待っていたらしい。心配しすぎじゃない? と思ったけど、考えてみれば、こないだガチバトルを繰り広げたばかりの敵方貴族の息子だ。こっそり会っていたら、心配して当然か。
「そんな悪い人たちでは、なかったよ」
シュルツは、あいまいに微笑んだ。
「それは、イチカを懐柔しようとしてだと思いますよ」
「それを差し引いてもさ」
「だとしても、もう会うのはやめてください」
「あとで報告しても?」
「その前に相談を」
「道で会って、また誘われたら?」
「絶対に、ついて行かないでください」
わたしは、うなずいた。まあ、そうそう鉢合わせることもないだろう。
屋敷に帰ろうとして、わたしはハッとなった。
「これ、アーベルも知ってるの?」
「いいえ、まだ報告していません」
「黙ってて?」
「……今回だけですよ」
困った顔をして、シュルツが言う。ありがてえ。
ふと、ユリウスから聞いた話を思い出した。
霧化魔法のせいで、シュルツが部下に怪我をさせたというあの話だ。
帰ったらあやまろうと思ってたけど、こうして目の前にすると言い出しづらい。
「どうかしましたか?」
「ううん。何でもない」
わたしは首を振った。
少なくとも、道端でする話ではないだろう。
明日の訓練の時、それとなく話を向けて流れであやまろう。




