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62 価値あるものは


「アイチャン、ワンスモワ!」


 興奮気味で、わたしは言った。


『これは小豆です』


 場所は、ダーファス南区にある食料品市場。


 屋台が所狭しと並び、たくさんの人で賑わっている。


 肉や野菜、ワイン、チーズ、手作りお菓子など、食べられるものなら何でも売っていて、期待するなと自分に言い聞かせながら見てまわっていたところ、赤紫色の豆が売っているのを見つけた。――とはいえ、ここは異世界だ。小豆によく似た偽物の可能性もある。念のため、アイチャンに照会をかけてもらったところ、本物とのお墨付きをいただいた次第である。


 感激のあまり、わたしはその場に泣き崩れた。


 実家での試行錯誤に始まり、ニルグの砦、シェローレンの食料庫にも忍び込んでみた。どこへ行っても影も形もなかったこの子と、今、ようやく巡り会うことができた。シェローレンの厨房なら、白砂糖が常備されている。この子さえいれば、鬼のように餡子が炊ける。――どら焼き、お汁粉、アンパンも、作り放題の食べ放題だ。ヒャッハー!


「お客さん? 大丈夫?」


 お店の主人が、心配そうに声をかけてくる。


 わたしは、涙を拭くと立ち上がった。

 

「小豆って、ここにあるだけしかないんですか?」


 小豆の入った木皿を、指さして聞いた。

 値段はそれほど高くないが、量が少ない。

 こんな量では、わたしの餡子ロスを癒やすことは到底できない。


「あるだけだね。おいしくないし、色も変だし」

「次は、いつ入荷しますか?」

「うーん。仕入れ先次第だね」

「というと?」

「自生してるのを採ってくるんだよ。あればあるし、なけりゃない」


 山菜みたいな感じらしい。運が良ければということか。


「おいしくないよ? 本当に大丈夫?」


 全部買うと言うと、店主が念押しして聞いてきた。

 逆に、まずいと思っている豆を何で売っているのか。

 そして買うという人間を、なぜ止める。


「わたしの故郷では、ごちそうなんです」


 餡子庇護のために言うと、店主はあっ(察し)みたいな顔をして、小豆を半額に負けてくれた。何か誤解されてるようだが、白砂糖で煮ると言ったら、さらなる誤解を受けそうだったので、黙っていた。

 

 紙袋を抱え、他の店も見回ってみたが、小豆は売っていなかった。

 今日はたまたま出会えたけど、いつでも売られているものではないようだ。がっかりしたが、存在が確認できただけでもよしとする。生きていれば、再び出会うこともあるだろう。


 あとは、そう、白米と出会えれば言うことはない。

 黒くて細長い古代米みたいのは見かけたが、丸々もっちりした白米はどこを探してもなかった。モチ米があるのがベストだけど、白米があればおはぎができる。おはぎじゃなくても、普通に白飯が食べたかった。





 紙袋を抱え、まだ見ぬ白米を探しながら歩いていた時だ。


 前に誰か立っていたので、無意識によけたところ、向こうも横にずれてきて、わたしの進路を塞いだ。お互いに避け合うとこうなるよね。


 謝ろうとして、相手の背丈に驚いた。

 シュルツも高いけど、そのシュルツより高い。

 そして死んだ魚のような目をして、わたしを見下ろしている。

 感情が読めないが、もしかして怒ってる?

 ぶつかりかけただけで、こんな怒るか?

 いや、待てよ。

 もしかして、わたしの小豆を追ってきた小豆マニアか! 


 わたしは紙袋を抱きしめ、庇うように体を横にした。


「こっ、これは、わたしが先に買ったんだから!」

「それは何だ?」

「宝石より価値のある豆だよ」

「そんな豆が、市場で売っているのか?」

「どうしてもって言うなら半分こでも……あれ? 興味ない感じ?」


 男がこくりとうなずく。

 どうやら、わたしの勘違いだったようだ。

 小豆に飢えるあまり、ちょっと暴走してしまった。反省、反省。


「……何か、ご用ですか?」


 突っ立って動こうとしない男に向かって、わたしは尋ねた。

 歳は三十過ぎくらい。紺色の髪に灰色の目をし、背が高くて人目を引くものの、表情に覇気がなく、全体にどんよりした印象がする。


「うちの若が、一緒にお茶をどうかと」

「わか?」

「わたしの主人が」

「ふーん。その人って、かっこいい?」


 使用人がいるくらいだから、お金持ちなんだろう。

 だとしても、見た目男子のわたしをナンパしてくる意味がわからない。

 いや、若が女性って可能性もあるのか。

 人生初ナンパだし、お茶くらいならと思うけど、どうもうさん臭い。逃げた方がいいかな?


「……かっこいい……若は、かっこいいですか?」


 なぜ疑問形なのか。

 男の顔を見たわたしは、視線がわたしの頭上を越えているのに気がついた。

 わたしの背後に若がいて、若自身にかっこいいかどうか聞いたようだ。


「そういう時は、うちの主人は誰が見ても眉目秀麗ですと答えるものだ」


 まだ見ぬ若が答えた。

 てか、聞き覚えのある声だ。

 紙袋を抱いたまま、わたしは振り向いた。

  

「……眉目秀麗?」


「使用人の礼儀の話だ。俺がそう思っているわけではない!」


 ちょっとムキになりながら、ユリウスが答えた。


 何日も前に解放されたはずだが、何でまだダーファスにいるんだろう。


「お仕事失敗したから、お家に帰れないの?」

「違う。いい機会だから、シェローレン領の偵察をしている」 

「こんな市場で?」

「領民の生活を見るのも、偵察の内だ」

「ふーん?」


 次期当代候補といっても、わりと暇なんだな。


 でも、ここで偶然会うのは出来過ぎている気がする。まさかとは思うが、シェローレン屋敷を見張っていて、わたしのあとをつけてきたんだろうか。小豆を奪いに来たよりは現実味があるけど、でもいったい何のために?


「――じゃあ、わたしはこれで」


 危険を感じて立ち去ろうとすると、ガッと肩をつかまれた。


「まあ、そう急ぐな。どうせ暇だろう」

「……暇なのは、そっちだろう」

「お互い暇なことだし、お茶でもつき合え」

「わたしは暇じゃないよ」

「近くに、おいしいケーキを出す店を見つけたんだが」

「……ケーキ?」

「季節の果物を使ったソースが売りだそうだ」

「……ごくり」

「隠れ家的な店だからな。今を逃せば、絶対にたどり着けないだろう」


 やり方が汚い。でも、季節の果物を使ったソースかあ……。


「……おごり?」


「無論だ。好きなだけ、飲み食いするがいい」


 わたしは悩んだ。お茶するだけと言いつつ実は罠で、路地裏でばっさりなんてこともあるかもしれない。そしてオフを満喫中のわたしは、長剣を部屋に置いてきている。二対一だし、罠だとすれば間違いなくボコボコにされる。

 でも、罠でなければ、おいしいケーキが食べ放題だ。

 長剣は置いてきたが、投剣は仕込んできている。

 よっしゃ、くるならこい!





「お待たせしました。こちら本日のケーキでございます」


「季節のケーキでございます」


「甘栗のケーキと、木苺のケーキ、お紅茶三人前でございます」


 店員さんが、テーブルの上に次々とお皿を置いていく。


 わかりにくい場所にあったが、人気店のようで女性客でほぼ席が埋まっている。

 一見すると、男三人組に見える我々だ。空気を読んだ店員さんがテラス席に案内してくれたが、周囲の客にチラ見され、クスクスされる流れを回避することはできなかった。だが、絶品スイーツのためなら耐えられる。


 テーブルの上には、おいしそうなケーキが並んでいる。

 基本はシンプルなスポンジケーキで、そこにジャムやプリザーブみたいな果実のソースがたっぷりかかっている。ケーキはフワフワ、ソースは甘々ですごくおいしい。


「そういや、お兄さんって名前なんていうの?」


 一個目のケーキを平らげてから、わたしは聞いた。


 ユリウスが二個、わたしが二個で、のっぽのお兄さんはお茶だけ飲んでいる。


「……バルマン」

「軟禁組にいなかったけど、逃げてた魔術師さん?」

「逃げた覚えはない」

「ええと、捕まらなかった魔術師さん?」

「それであれば、わたしだ」


 そう言うと、紅茶をすする。

 何か、素浪人みたいな人だな。

 じゃあ、この人がシュルツが取り逃がしたっていう魔術師か。体格いいし、強そうではあるけど、シュルツとどっちが強いんだろう。


「軟禁組の人は? 今日はいないの?」


 ユリウスがいれば、部下ふたりは解放してよかったのだが、当人たちが望んでユリウスと二日間軟禁されていた。どっちも男の人で、それなりに強そうだった。


「先に帰った。本来、若に護衛は必要ない」

「そうなんだ。バルマンさんは護衛じゃないの?」

「わたしはお目付役だ」 

「二日間、ひとりでさみしくなかった?」

「……特には」

「ひとりで何してたの?」

「若が好みそうな甘味店を探していた」


 通りで、隠れ家的お店を知っていたわけだ。


 わたしはユリウスを見た。二つの皿はすでに空で、まだ食うらしく思案顔でメニューを眺めている。もしかして、男ふたりで入るのが恥ずかしいから、わたしにお呼びがかかったんだろうか。まあ、罠でなければ何でもいいんだけど。


「お前は、シェローレンの者ではないだろう?」


 追加注文を終えたユリウスが、唐突に聞いてきいた。


 屋敷にいるスパイに調べさせたんだろうか。てか、マジでいるのかスパイ。


「だったら何?」


 隠すようなことじゃないし、それは別にバレてもかまわない。


 わたしの答えを聞いたユリウスは、テーブルに身を乗り出した。


「――うちで働く気はないか?」


 わたしは耳を疑った。転職のチャンス到来である。

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