61 招かれざる者
扉を閉めたアーベルは、ざっと部屋を見渡した。
その姿を見て、わたしは一気に冷静になる。
そうだよ、と思う。
乙女の部屋に無断侵入するなんて、考えるまでもなくこの人しかいないよ。
あーあー、心配して損した。
金持ちのイケメンだからって、何しても許されると思うなよ!
ばあちゃんの部屋と違い、風呂もトイレもないワンルームだ。
寝台はぺったんこだし、ほかに隠れられるような場所もない。
わたしは、器のなかで息を潜めた。
アーベルが、部屋のなかほどまで入ってくる。
黒ずくめは脱いでおり、いつもの貴族の装いだ。髪は結わずに下ろしている。
あきらめて帰らないかと期待したが、湯気を立てている器に気づいて窓辺にやってきた。身をかがめると、何とも言えない表情でわたしを凝視する。
顔が近い。アップで見ても、毛穴が見当たらないのに感心した。
お肌のお手入れとか、どうしてるんだろう。
「イチカか?」
「……」
「そのなりだと言葉が話せないのか?」
「……」
その設定のが、楽ではあるよな。
好都合な誤解だったが、バレたとき地獄を見るのはあきらかだ。
「――女子が入浴中なのですが?」
「動物の水浴びの間違いだろう」
「確かに。いやいや、心は乙女だし!」
「畜生は畜生だ」
しれっと格下げしてるし。
何でもいいから、早く出てってくれないかなあ。
器のふちに前足を乗せて、わたしはアーベルを見上げた。
「何か用?」
「用があるから来ている」
「それはいいけど、無断侵入はやめてよ」
レベル50以上なら、部屋の鍵開けるくらい朝飯前だろう。
アーベルは椅子を持ってくると、出窓の近くに置いて腰かけた。
長居する気のようだ。すごく迷惑だ。
「ワーリャを連れていたのは、お前とミハイどっちだ?」
「あとにしてくれない?」
「――俺は、お前ほど暇ではない」
軽く眉をひそめると言う。
まずい。ちょっと機嫌が悪くなってきたようだ。
腹いせに正体しゃべって回られたら、わたしの人生が終わってしまう。
ぐぬぬと思いながら、わたしは口を開いた。
「わたくしでございます」
「……」
「ごめんなさい。ふざけました」
「連れているのが本物だと、いつ気がついた?」
「基地の手前で馬車がたおれてて、危ないから馬車乗り捨てようとしたら、御者さんがセラさんで、何で? ってなってたら、後ろにばあちゃんがいてびっくり? みたいな」
「なぜ、セラがそこにいた?」
「それがさあ……」
わたしはストーカーVSストーカーの話をし、セラさん影武者作戦の話をし、もうだめだと思ったとき、セラさんがミハイ君にイリュージョンしていた話をした。あの時は、本当にセラさんが氷漬けにされると思ったものだ。
「ミハイ君は、島外からきたんじゃなかったの?」
「いいや、西区からだ」
「なんで遠回りしたんだろ?」
「移動時間を考えれば、北の方が何か起きている可能性があると考えたんだろう」
倒した魔術師を傭兵さんに渡して、ミハイ君は西区から北区へ飛んだ。ミハイ君の行動は、連絡係の傭兵さんが、モールス信号的なやつで島の端から知らせたそうだ。
「南のが遠いもんね。南って誰だったの?」
「シュルツだ」
「段差越えるゴンドラがあるんだっけ? てことは、アーベルはゴンドラコースか。途中まで一緒だったの?」
「いや、俺は最初から島外だ」
「……移動してないってこと?」
「そうだと言ってる」
え? ずるくない?
わたしが、爆走馬車乗ったり、ユリウスに氷漬けにされたりしてる間、島外基地でゆっくりしてたってこと? レベル高いんだからバリバリ働けよ。
「あのさ」
「――何だ?」
「セラさんって、怒られるの?」
「重大な職務違反だ。故意に計画の邪魔をしたんだからな」
「でも、ゲオさんが裏切ってるなんて誰にも言えないじゃん」
「俺に言えばいい」
「アーベルもグルかもしれないのに? 言えないよ」
「――お前は、セラが正しいという前提で話をしているが、ゲオルグの裏切りの証拠はまだ出ていない。勝手な思い込みだったとすれば、封筒をすり替えたことで、セラはワーリャの身を危険にさらしたことになる。そんな者を、ワーリャの近くに置いておくわけにはいかない」
セラさんを、クビにするって言ってるのか。
でも、そんなのばあちゃんが許可しないよね。しないよね?
「でも、思い込みじゃなくて本当だったら、セラさんが封筒すり替えなきゃ、ばあちゃん奪われてたんだよ? それってお手柄じゃない?」
「違うな。たまたま運がよかっただけだ」
「運じゃないよ。セラさんの実力だよ」
「何が言いたい?」
「セラさん怒らないであげて」
「……お前は、あの女の何なんだ?」
「えっ? うーん……戦友?」
アーベルは息を吐いた。
腕を上げ、湯船に浮かんでいる小さい花をつまみ上げると、わたしの頭の上にちょこんと置いた。どういう意味だろう? すてきな花冠をプレゼントのはずはないから、たぶん頭がお花畑と言いたいのだろう。誰の頭がお花畑だ!
アーベルが立ち上がった。
ようやく、出てってくれる気になったようだ。
風呂の邪魔をするやつは帰れ!
あ、でもその前に。
「アーベルは、どっちだと思う?」
部屋を出ようとする背中に向かって、わたしは聞いた。
セラさんだけでなく、ばあちゃんもゲオさんがやりそうなことだと言っていた。
アーベルは、本当に何も気づかなかったんだろうか。
「わからん。だが……」
「だが?」
「さっき、俺を見て逃げたところを見ると、都合の悪いことがあるようだ」
ゲオさんの話か。真っ黒じゃんか。
「早く証拠見つけてよ!」
「やかましい」
アーベルが扉を閉めると、スライド錠がひとりでに動いて鍵がかかった。
そりゃ、他の人に正体バレたら、脅迫材料なくなるからね。
アーベルのせいで、まったくくつろげなかった。
頭に花を乗っけたまま、わたしはぬるくなった湯に肩まで浸かった。
そういや、レベル上がったかどうか聞かれなかったな。
自分で言ってたように、忙しくてそれどころじゃないんだろう。
確認してないのバレたら、またアホ扱いされるから、聞かれる前に気づいてよかった。今回すごくがんばったし、いっきにレベル30くらいになってないかな。
「アーイーチャーン」
『魔法を使用しますか?』
「わたしの今のステータスっていくつ?」
『魔術師レベル18、等級は「星の7」です』
「20には届かないのか……。ありがとアイチャン」
前回はレベル5から、レベル10にアップした。
今回はレベル10から、レベル18へのアップだから、前回より成績はいい。それがルーミエとユリウスのレベルの差か、ユリウスと一対一のガチバトルを繰り広げたからなのかはわからない。それとも、ちょっと死にかけたのがよかったのかな。
「また、特殊魔法が解放されたんだけどさ」
『イエス』
「白の衣って、魔法を無効化する魔法ってことでいいの?」
『その質問にお答えすることはできません』
「ちがうの? それ以外にも何かできるとか?」
『お答えすることはできません』
「うーん」
相変わらず、口がかたい。
今わかっていることは、解放条件のひとつが、死ぬようなピンチに陥っていること。発動するには魔素が必要で、詠唱はアイチャンがやって経験値はつかない。<白の衣>が発動すると、敵の魔法を無効化できる。防御限定でなく、無敵状態になって攻撃とかできたら何も言うことはないんだけど、これだけでも十分助かる。
今度発動したとき、色々試してみよう。
てことは、また死にかけなきゃいけないのか。
それは普通に嫌だなあ。
風呂から出ると、体を拭いてから<転化>で人間に戻った。
こっちのが仮の姿だから、戻ったという言い方はあれだけど、転化の魔法を覚えてから人間でいる時間のが長いし、何より前世では十六年間人間をしていた。チビはチビで役立つこともあるけど、やっぱり人間のが落ち着く。正体バレる心配もないし。
「レベル18か……」
一般人の最高がレベル50だから、半人前にも届かない。
せめて星の1くらいにはならないと、みんなのとこには帰れないよなあ。
いや、星の1になるだけではいけない。
アーベル倒せるぐらいには強くならないと、また足手まといになるだけだろう。逆に言えば、アーベルさえ倒せれば、正義の魔術師など恐るるに足りずということだ。
「打倒! アーベル!」
風呂を覗かれた怒りにまかせて、わたしは拳を突き上げる。
いつか魔法で圧倒して、あのきれいな顔をぶん殴ってやる。
それまで、せいぜい利用させてもらうとしよう。
そしてお給料も欲しい。
今回、かなりがんばったからボーナスとか出ないかな。
ボーナスって単語が通じるかな?
わたしは、あくびをしながらベッドに入った。
時刻は朝の八時。あと五時間で見張りの仕事に行かなきゃならない。
ボーナスの類語について考えながら、わたしは眠りに落ちた。
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