57 炎と氷
「――何だったんだ。こいつは」
声の方に目を向けると、ユリウスの足が見えた。
「――少し遊びすぎた」
わたしの横を通り過ぎ、ゆっくりした足取りで基地の方へ向かう。魔素も体力も十分残っているようだ。本当に、少し遊んでやるかくらいの気持ちだったんだろう。くやしいなあ。
それにしても、ちっとも動けん。どうしよう。
人外生物だから寒いかもで済んでいるが、人間だったら凍傷を負っている。
誰もいないし、チビに戻ろうかな。
人間形態を着ぐるみと考えるなら、本体の方はまだ凍ってないはずだ。
でも、人間になるのに五分かかるし、その間にばあちゃん奪われたら大変だ。
迷っている内に、氷の魔法が首元まで這い上がってきた。
鼻と喉が、雪の匂いでいっぱいになる。
吸う息が痛い。鼻水が凍る。
あかん。死ぬかも。
元に戻るしかない。そう覚悟した時だ。
『報告。特殊魔法の解放条件が満たされたました』
アイチャンが、淡々と告げた。
『術式解放。白の衣、使用可能です』
宿主が死にかけているというのに、少しもあわてない。だが、それがいい。
何だっけ?
そうだ。前にアーベルに殺されかけた時、発動しかけたやつだ。
やろうとしたけど、魔素が足りなくてアイチャンに断られたんだっけ。
二度目だし、時間もないのでさくさくウィンドウを開けていく。前回と同じように、<未分類/継承>のフォルダ内に<白の衣>のタイトル名が出現していた。
躊躇せずフレームに突っ込む。
呪文長めだから、口元凍る前に唱え終わらないと。
あせったが、いっこうに呪文が頭に浮かんでこない。
経験値不足なら、そうだと言ってくるはずなのに、それもない。
え? アイチャンバグった? この緊急時に?
『特殊魔法の術式を確認。緊急自動詠唱開始します』
アイチャンが言った。
バグったわけではなく、そういう仕様であるらしい。
聞きたいことは山ほどあるが、とにかく任せた!
アイチャンの自動詠唱は聞こえない。
だが、<白の衣>という魔法は無事発動したようだ。
体を覆っていた氷が粉々に砕け、体の自由が戻った。
起き上がると、自分の状態を確かめた。
どこも痛くないし、肌も凍傷になっていない。
あと、鏡がないからよくわからないが、わたしのカラーリングが変わったようだ。服が白くなり、爪と髪が青くなっている。雪ミ○ならぬ雪イチカの爆誕である。何と言うことでしょう。
限定版がとか言ってる場合じゃない。
わたしは立ち上がる。
<跳躍>と<剛腕>はかけっぱだったので、基地に向かって走った。
基地内に滑り込んだところで、わたしはすべての魔法を解除した。
<白の衣>を解くのは惜しいけど、魔素の残りが3パーを切っている。
転送装置の起動のために、少しは残しておかないといけない。
『術式が解除されました。なお、この魔法による経験値の加算はありません』
アイチャンが行う自動詠唱に経験値はつかない。
特殊魔法でも条件は同じであるらしい。
『ありがとアイチャン。愛してる』
基地内は壁にそってランプが取り付けられ、全部に明かりが入っていた。街灯と同じで魔具であるようだ。ここも魔素が薄い。天井の穴から空が見えてるし、魔素が入ってきそうなものだけど、それともユリウスが根こそぎ持ってったんだろうか。
島外行きの台座の上に、ふたつの人影がうずくまっているのを見つけた。
ユリウスは――。
いた。台座とわたしの中間辺りだ。わたしに気づいて走り出した。
魔素を溜め直している時間はないので、こっちも全力疾走した。
台座に登ろうとしたところで、足が滑った。
スロープが凍り付いている。いつの間に。
わたしは顔を上げた。
仮面&マント姿のふたりは、ひとりがうずくまり、もうひとりがそれを守るように膝立ちで両腕を広げている。どちらが影武者で、どちらが本物であるか、一目瞭然の状態だ。
ユリウスが手を上げ、氷の魔法を放った。
邪魔者を排除しようというのだろう。
触れれば凍るダイアモンドダストが、セラさんに向かって流れて行く。
魔素切れ覚悟で<跳躍>を使うしかない。
呪文を唱えようとした時、セラさんが氷結魔法に向かってマントを投げつけた。魔法に触れたマントは、氷点下の濡れタオルみたいにカチカチになって地面に落ちた。あとの空間にキラキラは残っていない。あんな防ぎ方があるのか、勉強になるなあ。
セラさんが、立ち上がると仮面を投げ捨てた。
ちょっと見ない間に、背がのびて髪がオレンジ色になったようだ。いやちがう。
「――ミハイ君!」
いつの間に入れ替わったのか、セラさんの中身がミハイ君になっていた。
なら、ばあちゃんだと思った方がセラさんかと期待するが、ちっこいし、白髪だしどう見てもワーリャばあちゃんである。ふと見ると、台座の影にミルクティー色の頭がのぞいているのが見えた。そこにいたのか。
ミハイ君が剣を抜くと、刃に沿って炎が出現した。
前に出て、ユリウスに向かって斬りつける。
ユリウスは氷の盾で防いだが、炎の剣はそれを簡単に割ってしまった。係長もあれで魔法の竜巻を斬ってたし、魔法に干渉できる効果があるようだ。
わたしの時は防御に徹していたユリウスが、剣を抜いてミハイ君に対抗した。
盾だけでは防げないと判断したようだ。
結構強い。ミハイ君も強いが、体格差で押されている。
「ミハイ君、何でいるの? 先に逃げといてよ!」
スロープが凍っているので、台座をよじ登りながら叫んだ。
ミハイ君は、どっかから転移してきたようだ。
時間はあったし、それならばあちゃん連れて島外基地に行っといて欲しかった。
「ばあちゃんが! お前を待つって! 聞かねえから!」
剣戟の合間に、ミハイ君が言い返す。
わたしが来ると信じてくれていたようだ。ワーリャばあちゃん、やさしいなあ。
台座に上がったわたしは、端に行ってセラさんを引き上げた。下の方が安全だけど、円盤上にいないと転送されないし、置いてきぼりは可哀想だ。
わたしは、襟を緩めるとカードキーを引っぱり出した。
島外基地に行けば、アーベルかシュルツがいるはずだ。
全員そろったし、ユリウスごと飛ばした方が早い。
紐を引き千切って、床にカードを投げる。
足で踏んで魔素を流そうとしたが、そうする前にふっ飛ばされた。
カードがではない。わたしがである。
「イチカ! 生きてるか!」
台座の端まで転がされたが、落ちなかったのでセーフである。
めちゃめちゃ痛い。
どうもユリウスに蹴っ飛ばされたようだ。
顔を上げると、ミハイ君とやり合いつつ、ユリウスが呪文を唱えている。
床から剣山みたいな氷を出現させ、ミハイ君を遠ざけてから、落ちているカードの方に手を向けた。カードの上がキラキラし、周囲の床ごとぶ厚い氷に閉じ込められる。これでは魔素が流せない。
「ミハイ君! 起動キー貸して!」
「――んな暇があるように見えるか?」
「え? うーん」
「何とかしろ! 早く!」
炎使いでも、ユリウスの相手はキツいらしい。しょうがないなあ。
わたしは跳ね起きた。
十秒だけ魔素を溜めてから、<剛腕2>をかけつつ凍っているカードキーの方へ急ぐ。キラキラが飛んできたので、魔法のコースター――じゃない、青の盾をいくつか作って飛ばした。青の盾は、氷結魔法に触れると凍りついて床に落ちた。ミハイ君がやっていたマント防御の応用である。
わたしは剣を抜き、刃を下にすると振り上げた。
突き落として、氷の上からカードを串刺しする。
透かし彫りの部分は避けたし、どっちも魔石だから大丈夫のはずだ。たぶん。
――壊れていませんように。
祈りながら、残り少ない魔素を注ぎ込んだ。




