55 乙女の決意
屋敷に戻るのはだめ。
基地の近くでは、敵の魔術師が待ち構えている。
ちょっと思いついたのは、飛行船の発着場へ行くことだ。パラシュートという単語がアーベルに通じたということは、パラシュート的なものがこの世界にあるということだ。発着場なら絶対にあるだろう。<風の帯>と合わせれば、わたしでもスカイダイビングができる。問題は、発着場の人がパラシュートを貸してくれるかどうかだ。
ゼインさんがいれば泣きつくんだけど、いなければ門前払いだろう。
夜中の一時すぎてるし、まず無理か……。
転送基地を目指すしかない。わたしは決断した。
ひとつだけいいことがあるとすれば、しくじったとしても、ばあちゃんは数日誘拐されるだけで、命にかかわることはないということだ。わたしも本体が本体だし、そうそう死ぬことはない。
問題は、セラさんである。
「わたしを、ワーリャ様の身代わりにしてください!」
細腕にこぶしを握り、目に涙をためてセラさんが言う。
背景に太字で「ドン!」の効果音を入れたい。
帰れっつっても帰らないだろうし、どうしたもんか。
「ばあちゃん、どうしたらいい?」
「この子の気のすむようにしておやり」
さすが、信者のことをわかっていらっしゃる。
てか、さっきから「ばあちゃん」呼ばわりしているのにスルーされている。今さら「ワーリャ様」とか舌噛みそうだし、ばあちゃんで行かせてもらおう。
「よっしゃ。じゃあ行こうか」
サラウースの魔術師を、倒す必要はない。
隙を突いて、ばあちゃんを島外基地まで飛ばす。それで任務完了である。
仮面&マント姿のセラさんを抱えて、屋根に上がった。わたしは仮面もマントも脱いでいる。動くのに邪魔だからだ。屋根の上からは、転送基地と周囲の道路が見渡せた。左手に、さっき見た横倒しの馬車があり、右手に転送基地がある。
あれ? おかしくない?
今さらだけど、馬車の位置がおかしいことに気づいた。
シェローレン屋敷は右後方にあるから、直行ルートなら馬車もそっちからきたはずだ。なのに、馬車は基地の左側で倒れている。一度、基地の前を通り過ぎたということだ。
首をかしげていると、右手からスピード超過の馬車が走ってきた。
わたしたちとは逆に、西側を迂回してきた馬車のようだ。
魔術師の姿は見えなかった。
なのに、馬車は急に制御を失ったかと思うと、ぐるっと横向きになって街路樹に激突した。車輪がふっとび、同じくふっとんだカンテラが道路に落ち、漏れ出た油がメラメラ燃え始める。馬が後ろ足で立ち、いななくと手綱を振り切って逃げて行ってしまった。御者さんも逃げ出すが、客車からは誰も出てこない。怪我して動けないのだろうか。まさか死んでないよね?
わたしは、血の気が引くのを感じた。
あれ? ばあちゃん殺さないって話じゃなかった?
いや、影武者殺すのはセーフだからいいのか。
「いや、よくないよ! ちっともよくないよ!」
わたしは首を振った。
横にいるセラさんが、たぶんきょとん顔をこっちを見ているが、仮面をつけているので完全にホラーだ。お願いだからこっち見ないで!
しかし、いったい何の魔法を使ったのだろう。
風の魔法? それとも念力系か?
わからないが、ぐずぐずしている時間はない。
こうしている間にも、影武者の数はどんどん減っている。
みんなで立てた作戦はこうだ。
わたしとセラさんが、転送基地の北側で敵を引きつける。その間に、ばあちゃんが南側から建物に侵入し、台座の近くで待機する。魔術師でないばあちゃんに装置の起動はできないので、どうにかしてわたしが起動させに行く。どうにかしての内容は、何も決まっていない。
<風球>の呪文を唱え、四つ浮かせた。<跳躍>と<剛腕>はすでにかけている。
「――セラさん行くよ」
影武者に徹しているセラさんは黙ってうなずく。
わたしはセラさんをお姫様抱っこすると、屋根から屋根へ飛び移って行き、基地前の道路に着地した。風球が遅れてついてくる。いちいち操作しなくても、オートでついてくるので大助かりである。
辺りは静かだ。
左手に横倒しの馬車、正面には街路樹に激突した馬車。
特に変わったところは……いや、地面がおかしい。
路面が広範囲にわたって光っている。いや、凍っているようだ。
鼻の奥がひやっとしたので、反射的にその場から離れた。
見ると、わたしとセラさんがいた空間に、ダイアモンドダストみたいなキラキラが浮かんでいた。キラキラはゆっくり落ちていき、地面に触れると一面が凍りついた。
「――氷の魔法?」
触れたものを凍らせる魔法のようだ。
馬車は、スピード超過で氷の上に乗ったせいで事故ったらしい。
これ、肌に触れたらどうなるんだろう。
ぞっとしたが回避は可能だ。魔法がくる前に雪みたいな匂いがする。
わたしは、セラさんを下ろすと庇うように右腕を上げた。
「ワーニャ様、下がっていて!」
噛んじゃった……。
ただでさえ偽者なのに、パチモンみたいな感じにしてしまった。
落ち込みながら、わたしは腕当てから投剣を引き抜いた。
セラさんが路地の入口まで下がる。敵の目を引くため、姿は見せたままだ。
雪の匂いがし、わたしはその場から離れた。
今のとこ、わたしの攻撃魔法は<ソーンショット>ひとつしかない。有利な点があるとすれば、風球にそんな使い道があると敵サイドは知らないことだ。一発目は、たぶん不意をつける。二発目は避けられるだろう。ソーンショットはまっすぐにしか飛ばせないし、風球の位置を見ていれば狙いはバレバレだからだ。
どうにかして、最初の一発をぶちこまなくては――。
「わああぁぁ――」
わたしは悲鳴を上げた。
踏み出した先の地面が、ガッチガチに凍っていた。
暗いからわからなかったが、先回りして凍らせていたようだ。
足をとられたが、すっ転ぶのは我慢した。
シャーと滑って行きながら、魔術師の姿を探す。
明るいとこにはたぶんいない。見通しがきいて、暗いところ。
凍ってない地面に出ると、飛び込み前転で街路樹の影に入った。馬車がぶつかったのとは別の木だ。街灯の明かりも、木の下までは届かない。真っ暗ななかで、わたしは息をひそめる。敵の姿を探した。
お、いた。
基地の正面ゲートの上に庇があり、その上に誰かが立っている。
見つけたはいいが、かなり距離が離れている。
でも、ここより前に隠れられるような障害物はないし、庇からどいてくれないことには、基地のなかに入れない。ロングショットになるけど、刺さるよう祈るしかないだろう。
わたしは、風球の隙間で狙いをつけた。暗くて何も見えないけど、自分の魔法なので何となく位置がわかる。持っていた投剣を口に咥え、腕当てからもう一本引き抜く。ダブルタップは射撃の基本である。
わたしは一本目を飛ばし、間髪入れずに二本目も飛ばした。
結果から先に言うと、大失敗だった。
狙いは正確だった。予想外だったのは、長距離を直線で飛ぶだけの力が<ソーンショット>になかったことだ。練習用の的は、数メートルしか離れていなかったので気づかなかった。風球の押し出す力が弱いというより、投剣がちょっと重い。わかっていれば目標より上を狙ったんだけど、やってから気づいたのでどうしようもなかった。
射出された投剣は重力に従って下降し、敵の足元にぶっさ刺った。しかも二本。
「唯一の必殺技なのに……」
めちゃめちゃショックである。
いやでも、もっと上狙ってれば届いていた! 今更遅いけど!
気配を感じて、わたしは顔を上げた。
いつの間に庇から降たのか、敵の魔術師がこっちに歩いてくる。わたしがヘボだとバレたようで、無防備に体をさらしていた。ヘボと見せかける、巧妙な罠だったらどうする気だ。何の罠もないわけだけど。
わたしが潜んでいる街路樹の前で、魔術師が足を止めた。
腕を上げると、地面に何かを落とす。
わたしの投剣だ。わざわざ引っこ抜いて持ってきたらしい。
お礼を言うべきだろうか。
迷っていると、魔術師が口を開いた。
「なめてるのか? それとも、これがお前の実力なのか?」
何だか、ものすごくお怒りのようだ。
大学生くらいの年齢の兄ちゃんである。
長身で銀髪、街灯に照らされた目は、たぶん金か黄色。
アーベルみたいな華やかさはないが、キリッとしたクール系イケメンだ。
あれ? どこかで聞いたような……。




