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54 一斉散開

 玄関ホールには、背丈も体格も様々なアノニ○ス集団がいた。

 全員が、黒マント&不気味な仮面の姿である。

 シュルツを探すも、それっぽいのが何人もいて本物がわからない。わたしっぽいの、アーベルっぽいのもいるし、ばあちゃんっぽいのは悪夢のようにいる。夜道でなくてもゾッとした。


 全員が集まったところで、玄関の扉が開いた。

 屋敷前の道には、十六台の馬車が並んでいる。

 馬も車体も真っ黒。明かりは、馬車に取り付けてあるカンテラだけだ。


 馬車の窓には、番号を書いた紙が内側から貼ってあった。先頭が一番かと思いきや、どうやらランダムになっている。おまけに暗いので、近づかないと番号が見えない。あせったが、ウロウロしているのはわたしだけではなかった。護衛だけでなく、影武者さんも迷いまくっている。こんだけシャッフルされたら、スパイが見ていても誰が誰やらわからんだろう。


 やっと自分の馬車を見つけ、やれやれと思いながら乗り込んだ。

 あれ? 誰もいない? 

 いや、いた。目の前にいたのに気づかんかった。


「よろしくお願いしまーす」


 挨拶すると、仮面姿の影武者さんがうなずいて返した。

 隠形の術まで体得しているとは、さすがは大貴族の影武者さんだ。

 あとは、足腰が丈夫であることを祈るのみである。





 全員が乗り込むのを待って、馬車が動き出した。


 どのルートを行き、どの基地に入るか、知っているのは御者さんだけだ。


 御者台と客室の間にはガラスのない窓があり、黒いカーテンが下がっている。前の座席に膝をつくと、わたしはカーテンの隙間から外の様子をうかがった。見づらいので、仮面をポイする。敷地を出た十六台の馬車は、門前の交差点で四方に散って行く。どの馬車も結構なスピードを出しており、カーブを曲がりきれるかハラハラした。


 貴族街には、魔石でできた常夜灯が灯っていた。

 深夜なので人通りはない。

 ガラガラ言う車輪の音だけが響いている。


 わたしの乗る馬車は、交差点を左に曲がった。

 まっすぐ進み、発着場の門前を通り過ぎると、今度は右に曲がる。

 わたしは、街の地図を思い浮かべた。この先でもう一回右に曲がれば、北区の転送基地があるはずだ。どうやら、近場を引き当てたらしい。

 

 案の定、馬車は右へ曲がった。

 目を上げると、建物の向こうに転送基地の屋根が見えた。

 今んとこ邪魔も入らないし、楽勝な感じじゃない?

 そう思ったとき、馬車のスピードがガクンと落ちた。


「――どうしたんですか?」


 御者さんを見上げると、フードの下にアノニ○ス仮面をつけていたのでぎょっとした。一般人に見られたら、深夜の死神馬車として都市伝説が誕生しそうだ。いや、一般人の心配をしている場合ではない。


 御者さんが腕を上げ、前方の道を指さした。


 道の先で、一台の馬車が横倒しになっている。

 馬車のまわりには人が倒れており、落ち着きをなくした馬が手綱を引っ張っている。たまたま交通事故に遭った、よそん家の馬車――のわけがない。屋敷から基地への直行ルートを走っていて、途中で襲われたのだ。怪我人を助けてあげたいが、今は見捨てるしかない。


 カーテンをどけると、狭い窓を通って御者台に移った。

 落ちないよう気をつけながら、御者台に立ち上がる。

 きょろきょろするが、敵らしい姿はない。


「――どこで待ち伏せしてんだろ?」


 向こうも魔術師は四人のはずだから、いるとしてもひとりだろう。

 効率を考えて、基地の周囲に張り込んでいるようだ。

 このまま進んだら戦闘開始になってしまう。

 

「御者さん。そこの道を右にまわって」


 脇道があったので、そう指示した。

 馬車は今、東の方から北区基地に向かっている。

 左へ行くと段差があり、段差沿いに行くと島の端っこに出る。そっちに向かうと、スカイダイブするかもと思って追ってくる可能性があるが、右なら、迂回して基地に来るんだと思って待っててくれるだろう。お願いだから追ってこないで!


 馬車が右に曲がる。狭い道なのでスピードは出せない。

 わたしはちょっと考えた。

 馬車だと車輪の音が響く。ここにいます、と居場所を知らせてるようなものだ。

 わたしは、御者さんに顔を向けた。


「そこら辺で止めて、わたしたちが降りたらすぐに走ってください」


 囮にして申し訳ないが、仕事なのでやってもらうしかない。

 敵魔術師が囮の馬車を追いかけている間に、徒歩で転送基地に入っちゃおう作戦である。行けそうなら島外基地へ飛び、だめそうなら影武者さん連れて街中を逃げまくろう。大事なのは、絶対に捕まらないことだ。


 カーテンを上げて、車内にも声をかけた。


「影武者さん。降りるから準備して」


 馬車が止まると、わたしは御者台から飛び降りて扉を開けた。


 手を出す間もなく、影武者さんがぴょんと降りてくる。足腰が強い!


 御者さんが、馬に鞭を当てた。馬車が走り出すが、なぜか御者さんまでもが馬車から飛び降りてしまった。スピードは出ていないが、それでも動いている馬車の上からである。着地に失敗した御者さんは、石畳の上をごろごろ転がってから止まった。大変だ!


 わたしは、走って行って御者さんの傍に膝をついた。

 たぶん、ひとりぼっちが怖かったんだろう。

 気づかなくてごめんな。


「御者さん大丈夫?」


「――はい。何とか」


 御者さんが身を起こす。転んだ時に落としたようで、仮面がなくなっている。その顔を見て、わたしはびっくりした。


「セラさん!?」


 気のせいか? いや、どっからどう見てもセラさんだ。


 セラさんは、腕を押さえて顔をしかめている。痛そうだが、骨折れたとかの重症ではなさそうだ。しかし、どうして御者なんかやっていたんだろう? アルバイトだろうか。朝から晩まで働いてるのに、いつの間に応募したんだろう。


 戸惑っていると、背後からこれまた聞き覚えのある声がかかった。


「やれやれ。これはどういうことだい?」


 影武者さんがやってきて、目の前で仮面を外した。

 あらわれた素顔は、どっからどう見てもワーリャばあちゃんだ。

 わたしは、思わず拍手をした。


「わー、かげむしゃさんちょうにてるー!」

「本人じゃ。しっかりせい」

「ほんにん?」

「ほれ、ふたりともこっちにこい」


 そう言うと、自称本物のばあちゃんは近くの路地に入っていく。

 セラさんに肩を貸して、わたしも立ち上がった。

 おかしいなあ。

 わたし、疲れてんのかなあ……。





 空き店舗を見つけたので、窓を割って中に入った。

 鎧戸を閉め、置いてあったロウソクに火を灯す。

 疲労が見せる幻にしては、ワーリャばあちゃんは本物っぽく見えた。

 というか、がっつり本人である。ありがとうございました。


 わたしは、両手で顔を覆うと床にへたりこんだ。


「――アーベルめ。絶対にぶん殴ってやる」


 こんなことをするのは、暗黒王子にちがいない。何がしたいの、あの人!

 

 しくしく泣いていると、ばあちゃんに肩をつつかれた。


「ポーション持っとるか?」


「あっ、セラさん怪我したんだった」


 うっかりしていた。

 ポーチから瓶を出して、セラさんに渡した。ポーションに口をつけたセラさんは、鼻をつまんで半分飲み下した。うんうん、それめっちゃマズいよね。飲んだことないけど。


「――ありがとうございます」


「お粗末様でした」


 半分残ったポーションを返してくれたので、ポーチに仕舞った。さて。


 わたしは、深呼吸をした。

 ちょっと落ち着こう。そして現実を受け入れよう。

 ここにいるのは、影武者でもそっくりさんでもない。

 本当の本当に、間違いなくワーリャばあちゃん本人だ。


 アーベルが仕組んだとすれば、考えられるのはジルさんサイドに寝返ったということである。わたしのレベルでは、サラウース側の誰に当たっても余裕で負ける。ばあちゃんは誘拐され、ジルさんの思い通りになる。――けど、そうなるとセラさんがここにいるのはおかしい。いったい、何がどうなっているんだろう。


「えっと、何で二人がここにいるの?」

「わしゃ、指示された馬車に乗っただけじゃ」

「セラさんは?」

「――すみません。わたしが封筒をすり替えました」

「ばあちゃん用のってこと?」

「……はい」


 ばあちゃんが受け取るはずだった封筒を、影武者用のとすり替えたようだ。御者はクジ引かないから、番号さえわかれば、ばあちゃんの馬車に乗るのは簡単だ。


「本物の御者さんは?」

「お金を払って、代わってもらいました」

「でも、護衛は選べないよね?」

「そこは賭けでした」

「どうして? ばあちゃんに元老院に入って欲しくなかったから?」

「逆です。ワーリャ様に元老院の会員となっていただきたいからです」


 わたしは、ばあちゃんと顔を見合わせた。意味がわからん。


「セラ。説明しておくれ」


 セラさんは、胸の前で両手を握りしめた。


「――先に仕組んだのは、ゲオルグ様です。ゲオルグ様は、本当はワーリャ様に王都へ行って欲しくないんです。だから配下の馬車にワーリャ様を乗せ、敵に見つかるよう馬車を乗り捨てさせようとしたんです」


 アーベルが用意したのとは別に、罠に嵌める用の護衛と御者をゲオルグさんが用意していたということか。いや、わざわざすり替えなくても、セラさんがそうしたように、金つかませて言うこと聞かせればいい。


 ゲオルグさんが、罠用馬車の番号が書かれた封筒をばあちゃんに渡す。ばあちゃんが見る前に、セラさんが他の封筒とすり替える。すり替える前に封筒の中身を確認しておき、ばあちゃんの乗る馬車の御者と交代する。わたしたちが玄関に集合するころには、馬車は外で待っていたはずだから、その時間に交渉したんだろう。行動力の化身である。


「それ、証拠があって言ってるの?」

「いいえ」

「うんと……じゃあ、立ち聞きしたとか?」

「いいえ。でも、わたしにはわかるんです。ワーリャ様の関心が、国王様や、自分以外の人間に向かうことにゲオルグ様は耐えられません。あの人は、ワーリャ様に自分だけのお母様でいて欲しいんです。この作戦が失敗するよう、仕組んだに決まっています!」

「ばあちゃん?」

「ゲオの考えそうなことではあるの」

「――で、失敗の責任を問われるのは、アーベルなわけか」


 ばあちゃんに味方して好感度を上げつつ、自分の思い通りになる。

 あながち、セラさんの妄想でもないようだ。

 同類だから、ゲオさんの企みに気づいたんだろう。ストーカーvsストーカーの戦いである。字面がかっこいい。戦いは陰湿そうだ。

 

 誰が護衛になるか、セラさんは賭けだと言っていた。ゲオさんが用意したニセ護衛をのぞけば、魔術師を引く確率は十五分の四。それでわたしを引くのは、運がいいというか、悪いというか……。


 わたしは、ちょっと考えてから口を開いた。


「――ちな、今から屋敷に戻るって手もありますが?」


「だめです!」


「わしはひとりでも行く」


 ですよね。

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