53 サラウースの影
二日後、王都からの使者がシェローレン屋敷にやってきた。
召喚状はばあちゃん宛だけど、受け取るのはジルさんだ。
ジルさんはシェローレン一族という組織のトップで、母親であってもワーリャばあちゃんは組織の一員にすぎない。ばあちゃんが言っていたように、ジルさんがダメと言ったらダメなのである。
召喚状を受け取ったジルさんは、その場で封を開けた。
軽く目を通してから、ワーリャばあちゃんに向き合う。
「――名誉なことです。お喜び申し上げるべきでしょうが、わたしはお母様のお体が心配でなりません。一族のため、何よりお母様ご自身の健康のために、召喚には応じず、ここに留まるよう命じることが最善と考えます。――ですが、わたしにはとても申し上げられません」
首を横に振ると、ジルさんは開封済みの召喚状をさしだした。
「お母様、あなたの勝ちです」
召喚状を受け取ると、ばあちゃんはニカッと笑った。
「わがままを聞いてくれて、感謝するよ」
「シェローレンの長として、お見送りはできません」
「それでも充分さ」
「どうかご自愛ください」
「ジル、お前も体を大事にな。辛い決断をさせて悪かったね」
母と子の感動の場面であるが、殺気を放っているゲオさんが視界に入るので集中できない。ゲオさんの横で、アーベルは愛想笑いを浮かべている。
そういえば、嘲笑と愛想笑い以外で、アーベルが笑っているところを見たことがない。正体バラすって脅してきた時は、ものすごく楽しそうにしていたし、他人を窮地に追い込んでいる時が一番生き生きしているようだ。金持ちのイケメンなのに、恵まれすぎると性格が歪むんだろうか。わたしには理解できない世界である。
周囲を見渡すと、使者さん側の護衛の人と目が合った。
というか、知っている人だ。
赤い髪のヒョロガリさん。確か、ゼインさんだっけ。
ゼインさんが、視線で部屋の隅を示した。
部屋というか、来客用のホールみたいなとこだ。飲み物と軽食が用意され、使用人やら警備の人やらがごちゃごちゃいる。わたしはこっそり持ち場を離れると、部屋の隅でゼインさんと落ち合った。
「シノブは元気?」
「残念だが、もう送り出してしまった」
「そっか。でも、お金持ちのお家で大切にされてるよね?」
「そう願っている。ところで――」
「ん?」
「君に対する礼を、どうしたらいいかとずっと考えていた」
「気にしなくていいよ。シノブ可愛かったし」
「そうはいかない。シノブが見つからなかったら、わたしの首が飛ぶところだった。君は、わたしの命の恩人と言ってもいい」
「大事なのに、何で逃がしちゃったの?」
「檻の仕掛けを自力で開けてしまったのだ。思いもよらなかった」
「動物あるあるだね」
シノブの脱出劇、見たかったなー。
「君の役に立つか、わからないが……」
前置きしつつ、ゼインさんは周囲を見回す。
何か情報をくれるようだが、人に聞かれたくないらしい。わたしも一応確認してみる。遠くの方でシュルツがこっちを見ているが、それ以外に気にしている人はいないようだ。
「――街で、ユリウスを見た者がいる」
ささやくような声で、ゼインさんが告げた。
「アーベル卿にそう伝えてくれ」
よくわからないが、アーベルに言えばわかるようだ。
「教えてくれて、ありがとう」
お礼を言うと、ゼインさんが唇に人さし指を当てた。情報もそうだけど、ゼインさんが漏らしたのも内緒ということらしい。わたしはうなずいた。
ゼインさんが行ってしまうと、入れ違いにシュルツがやってきた。
眉間にしわを寄せ、去って行くゼインさんの背中を見ている。
「今のは?」
「発着場の軍人さん。迷子になった時に知り合いになった」
「何を話していたんですか?」
「デートに誘われちゃった。てへっ」
「冗談ですよね」
「……」
「――いや、イチカに魅力がないという意味ではなく、こんな場所でというか」
焦りながら、シュルツが弁解する。
ふざけたわたしも悪いが、侮辱されたのは事実である。貸しひとつにしておこう。
「ちょっと耳貸して」
シュルツが身をかがめたので、わたしはゼインさんに言われたことを繰り返した。聞き終えたシュルツは、深刻な顔つきになった。
「誰か知ってる?」
「面識があるわけではありませんが、名前くらいは……」
「アーベルは知ってるかな?」
「俺よりは詳しいのは確かです。あとで話してみます」
このタイミングで教えてくれたんだから、サラウース側の誰かだろう。
いったい何者なんだろう?
今日はもう来客はないというので、午後は訓練をして過ごした。
<青の盾1>は、この二日間でだいぶ使えるようになっていた。
ちっせえちっせえと馬鹿にしていたが、何個が集めれば、そこそこ使えることがわかった。シュルツのひと蹴りで粉砕されてしまうものの、一応攻撃はふせげている。ただ、何度も呪文を唱えるのがタルく、時間がかかるので実戦向きではない。早いとこ2か3を取得したいところだが、経験値が足りなかった。
軽く夕食を済ませてから、夜に備えて仮眠をとる。
二十三時になると、アーベルたちの居室へ向かった。
「これを着てください」
そう言ってシュルツがさし出したのは、マントと仮面だった。
マントはツヤのないブラックで、羽織ってみると膝下までの長さがあった。仮面は、イギリスのガイ・フォークス・マスクに似ている。紳士の顔で、眉毛とヒゲがあって不気味な微笑を浮かべていた。ばあちゃんと護衛で合計三十二人いるはずだが、勢揃いしたら某ハッカー集団みたいになりそうである。夜道で絶対に出会いたくない。
「もうちょっと可愛くできなかったの? ネコ耳つけるとかさ」
「遊びに行くんじゃないんですよ」
「怖くする必要もないじゃん」
「コケ脅しでも、やらないよりはましです」
「マントは、シュルツが縫ってくれたの?」
「丈を直しただけです。それからこれを」
「ん?」
渡されたのは、まるまった革製品だ。端に留め具があり、表面には細長い革が波形に縫い付けられている。
「何これ?」
「腕当てです。サイズが合うか、試してください」
右腕に巻こうとして、シュルツに止められた。左腕に巻いて、留め具を締める。手首から肘の手前までが、筒状の革で覆われた。波形の革は、投剣を留めるためのもののようだ。投剣はポーチに入れていたが、これならパッと出せるし、腕も守れて一石二鳥である。
「すごく便利そう! シュルツ、ありがとう!」
「どういたしまして」
シュルツは、にこにこしている。
サイズぴったりということは、既製品でなくシュルツが縫ってくれたんだろう。服だけでなく、革製品まで縫えるとは職人の域である。てか、測られた覚えがないのに、どうしてサイズがわかるんだろう。夜中に忍びこまれているんだろうか。
投剣を移していると、自室からアーベルが出てきた。二本のポーションを指にひっかけていて、やってくるとテーブルの上に置いた。
「返却の必要はないから惜しむな。それから――」
薄い鉄の板を二枚出すと、瓶の横に置く。交通カードくらいの大きさで、何かの模様が透かし彫りされている。
「転送装置の鍵だ。上に置いて、魔素を流せば転送される。一度動かすと、魔法が戻るのに十五分はかかるから気をつけろ」
わたしは、転送基地の様子を思い出した。
四つの台座の上に、魔石でできた円盤が埋められていて、中央にある監視台からいっせいに起動させていた。でも、このカードキーを使えば、わたしでも動かせるようだ。
「これって、みんな持ってるの?」
「あとは俺とミハイだけだ」
「敵サイドは? 持ってないよね?」
「どこかの無能が、鍵を奪われないかぎりはな」
さらっとプレッシャーを与えてくる。
一枚だったら偽物かと疑うところだが、シュルツのと二枚置いたからには間違いなく本物だろう。どこにしまっておこう。ソニアさんだったら谷間に隠せるけど、わたしは野っ原だしな。紐通して首から下げとくか。
わたしとシュルツで、瓶とカードをひとつずつ取った。
ポーションは軽い怪我なら一瞬で治してしまう万能薬だが、この世界のポーションはくそマズい。飲むはめになりませんようにと祈りながら、瓶をポーチに仕舞った。
「で、ユリウスって誰なの?」
思い出して聞いた。
シュルツは、名前だけ知っていると言っていた。
「――サラウースの魔術師だ」
まあそうだよね。
「強いの? その人が流星?」
「わからん」
「……わからんて」
「人前で魔法を使ったことがない。少なくとも、俺の情報網には引っかかってこなかった。ジルムンドは把握しているかもしれないが」
「有名人なの?」
「サラウースの、次期当代候補と言われている」
「どんな人? かっこいい?」
「……イチカ」
「歳は二十一。銀髪に黄土色の目、顔は普通だ」
「そうか、普通か」
「魔術師だとすれば、隠している理由はふたつ考えられる」
腕を組みつつ、アーベルが言った。
「レベルが低すぎて公表できない。あるいは、レベルが高いがために、表立ってはできない仕事をしている」
「貴族の息子が、汚れ仕事?」
「今回の件で言えば、敵貴族の領地内で、傷ひとつつけずに年寄りを拐かさねばならない。魔術師であるというだけでなく、頭がまわらなければ務まらない役目だ。ユリウス・サラウースが魔術師であるなら適任だろう」
「でも、手下の魔術師に指示出してるだけの場合もあるよね?」
「否定はしない」
「カチ合ったら、どうすればいい?」
「とにかく逃げろ。連れているのが偽者だと悟られるな」
アーベルの指示に、シュルツが同意してうなずいている。
逃げること、捕まらないこと。
このふたつが、わたしに求められていることのようだ。
“倒せ”の指示がないのは、流星だろうが星だろうが、かなうわけないと思われているせいである。できらあ! とはとても言えないので、受け入れるしかない。ばあちゃんの影武者さん、足腰丈夫な人だといいなあ。
裏の森で魔素を溜めてから、自室に戻った。
二十四時になると、扉の下から一枚の封筒が差し入れられた。給料袋ではない。そうだったらうれしいけど。どの馬車に乗るか、番号を書いた紙が入っているのだ。番号を覚えてから、紙を暖炉で燃やした。屋敷にもスパイがいるから念のためだ。
仮面とマントを身につけると、わたしは部屋を出た。




