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52 四方の守り手

「今のは、イチカが悪いです」


 気の毒そうな顔をしつつ、シュルツが言った。

 確かに、<青の盾1>が残念すぎて我を無くしたわたしが悪かった。

 でも、だからってパワハラはひどい。殺されるかと思った。


 わたしは両手で前髪を上げた。


「あざにならない……?」


「赤くなってますが、この程度なら跡は残らないでしょう」


 シュルツに慰めてもらっている間に、アーベルが向こうのソファーに行ってミハイ君の耳をつかんで頭を持ち上げていた。「いてえ!」という声が響いてきて、わたしはシュルツにしがみつく。あんな技もあるのか……。


「大丈夫ですよ。さっきので気が済んだはずですから」


 大丈夫の基準がおかしい。アーベルの気分次第ってことじゃないか。


 ミハイ君を連れて、アーベルが戻ってきた。

 テーブルの上に地図を広げ、その上にかがみこむ。

 地図はダーファスのもので、主要な道路と施設が描き込まれていた。


 アーベルによる作戦の説明が始まった。


「――王都までの道筋はこうだ。島内の転送基地、あるいはゴンドラを使って島外基地まで移動する。そこから運河近くの基地に飛んだのち、船で王都を目指す」


 ゴンドラというのは、島の内外を繋いでいるロープウェイのことだ。段差のとこにも一基あって、転送基地より運賃が安く、庶民の足になっているそうだ。


 転送基地は、浮島の上はダーファス市内で繋がっていて、島の外にある基地にだけダーファス市外へ行ける別基地がくっついている。島外基地が、乗換駅みたくなっているらしい。つまり。


 北区or南区⇒島外(乗り換え)島外⇒運河前→船着き場→船


 山手線新橋駅を降りて、ゆりかもめ新橋駅に乗り換え、東京ビッグサイトで降りて港からフェリーに乗るみたいな感じである。おわかりいただけただろうか?


 ミハイ君が、耳をさすりながら口を開いた。


「島外基地までのルート、まだ決めてないのかよ?」

「いや。すでに決めている」

「どうすんの?」

「北、西、南、ゴンドラ、四つすべてだ」

「……クジ引かせるってこと?」

「そういうことだ」


 ――どういうことだ? 

 ミハイ君もシュルツも「なるほど」みたいな顔してるけど、本当にわかってる?


「どういうこと?」


 聞くと、アーベルがこっちを見た。

 蔑みの目をしていると思うのは、わたしの被害妄想だろうか。


「ワーリャは、ひとりしかいないな?」

「え? うん」

「ひとりのワーリャを移動させると、敵が奪いにくるな?」

「うん」

「ワーリャを四人に増やして、別々に移動させたらどうなる?」

「えっと……敵も四つに分かれる?」

「そういうことだ」


 どちゃくそ馬鹿にされたが、計画は理解できた。

 ばあちゃんの影武者を立てて、敵を分散させよう作戦であるらしい。

 いや待て……。


「それだと、こっちもバラけないと意味ないんじゃないの?」

「そうだな」

「そうだな?」 

「安心しろ。当たりクジはひとつだけだ」


 アーベルが地図に目を落とす。シェローレン屋敷の場所を指で押さえた。


 シェローレン屋敷はダーファスの真北よりやや左側の位置にあり、右隣には飛行船の発着場がある。ちなみに、屋敷の庭が国立公園並みに広いため、発着場へ行くには数キロの距離を歩かなくてはいけない。


 アーベルが口を開いた。


「深夜に、十六台の馬車をいっせいに出発させる。内十五台にワーリャの偽者を乗せ、護衛は各車ひとりずつ、当然ながらここにいる者以外は魔術師ではない。誰がどの基地に向かうか、またどの馬車に乗るかはこちらで決める」


 ミハイ君が声を上げた。


「深夜に出るって? 正気かよ?」

「お前こそ正気か。誘拐しようとする連中が、昼間に襲うわけがない」

「襲わせたいのかよ?」

「そう言っている。最悪なのは、つけられて王都へ向かう道中に襲われることだ。だからここで白黒をつける。連中にしても、島外から外へ追うのは骨のはずだ。好機があれば乗ろうとするだろう」


 わたしは、首をかしげた。


「それって、下で待ち伏せされたら意味なくない?」


 何度も言うように、ダーファスは浮島である。島から出る方法は、ロープウェイか転送基地かの二択しかない。十六台の馬車を追っかけるより、どっちかで待ち伏せした方が楽ではないだろうか。しかし、アーベルは首を振った。


「いや。上位魔法の使い手なら、単独で島から出ることも可能だ」

「ばあちゃん抱えて、スカイダイビングできるってこと?」

「そうだ。だから、サラウースは馬車を追わざるを得ない」

「それって誰がやるの?」

「お前でないのは確かだな」

「パラシュートがあればできるよ?」

「あくまで陽動の話だ。実際にやるつもりはない」

「ふーん。ちなみに、アーベルってレベルいくつなの?」


 単独スカイダイビングできるレベルなんだろうか。さりげなく聞いてみたが、アーベルは当然答えない。にっこり微笑まれたので、わたしは急いでシュルツの後ろに隠れた。


「それを躾けておけ。お前の仕事だぞ」


「……言い聞かせておきます」


 シュルツが怒られてしまった。あとで謝っておこう。


「サラウースは乗ってくるだろう。お前たちの仕事は、それが本物であれ偽者であれ、ワーリャを島外基地まで連れて行くことだ」


 ミハイ君がケースを出し、ミントを口に放りこんだ。


「当たりをどこに入れるかは、誰が決めんの?」

「俺が提案し、義父上が承認する」

「俺が当たりを引く確率は?」

「さあな。当日を楽しみにしていろ」


 ミハイ君は、不機嫌そうな顔でもぐもぐしている。

 たぶんだが、ばあちゃんの護衛がやりたいけど、やらせろって言えるほどの実力がなくて悔しいんだろう。アオハルだなあ。


 わたしはシュルツを見上げた。


「シュルツは作戦知ってたの?」

「ええ、まあ」

「よくわかんないから、あとで解説してくれる?」

「心配しなくても、最初からそのつもりです」

「……」


 それはそれで傷つくんだけど。

 よくわからんが、わたしのとこに“アタリ”がこないことだけはわかる。

 あとは、流星とカチ合わないことを祈るのみだ。





 アーベルが出て行ったあと、約束通りシュルツ先生による補習が行われた。


 ミハイ君はソファーに横になり、天井を睨んでアオハル中である。

 

「――まず前提として、サラウースの魔術師といえども、シェローレン屋敷に侵入してワーリャ様を誘拐することはできません。敷地内の警備は厳重であり、警備兵のなかには魔術師もいるからです」


 そんな人がいるのか。

 わたしは驚いた。ならプロフェッショナルに護衛してもらえばいいじゃんと言いかけて、できないんだと思い出す。雇用主がジルさんだからだ。


「屋敷を出てからの話をすると、島外基地からはダーファスの外、数箇所へ飛ぶことができます。つまり、行方をくらましやすい。ですので、誘拐するとしたら、島外基地に入る前に実行したいとサラウースは考えるはずです」


 わたしはうなずいた。

 そして戦力が物足りないシェローレン側――というよりアーベル側としても、魔素が薄くて、流星が仕事しづらい浮島上で襲われたい。ここで白黒つけると言ってたやつだ。

 

「我々が島外基地かゴンドラを利用すると確信すれば、サラウースは先回りして待ち伏せしようとするでしょう。浮島上よりは、仕事がやりやすいからです。ですので、十六台の馬車をいっせいに出し、別々の道を走らせることでその可能性をつぶします。サラウースとしては、浮島上ですべての馬車を確認せざるを得ない。なぜなら、ひとつでも逃せば、魔術師が単独でワーリャ様を島外へ逃がす可能性があるからです」


 確率は十六分の一。

 サラウースに、“アタリ”を奪われたら負け。

 奪われなければ、こちらの勝ちだ。


 わたしは右手を上げてから質問した。


「バラバラになって島外基地を目指すのはわかったけど、実際に襲われた時は、逃げるのと倒すの、どっちが優先なの?」

「イチカに関しては、逃げる方優先ですね」

「レベル低いから?」

「それもありますが、一番重要なのはイチカが連れているワーリャ様を偽者と確認されないことです。偽者が敵を引きつけていれば、本物のワーリャ様が襲われる危険が低くなるわけですから」

「じゃあ全力で逃げる」

「一緒にいるのが偽者であれば、屋敷に逃げ戻るのもひとつの手です」

「本物だったら?」

「どうにかして島外基地まで行ってください」

「どうにかしてって……」


 大ピンチじゃんか。

 ミントの匂いがし、見るとミハイ君が立っていた。最近気づいたが、暇を持て余してるというより、ひとりでいるのが苦手なようだ。ヤンキーの習性だろう。


「心配しなくても、お前のとこには絶対こねえよ」

「ミハイ君は、単独スカイダイビングできるの?」

「風系統は苦手だっつっただろ」

「背中から炎出して空飛ぶとかは?」

「は? 何の罰だよ」


 ミハイ君は、困惑している。ロボットみたいに炎の勢いで飛べないかと思ったが、そういう魔法はないらしい。まあ、あれはメカだしな。


 シュルツが、あっと声を上げた。


「そうだ。イチカ、魔術師にレベルを聞いてはいけません!」

「同じ会社? でもだめなの?」

「だめです。女性に年齢を、男性に年収を尋ねるのと同じことです」

「え? うーん」


 女性に年齢はわかるけど、年収って聞いたらだめなの? 同じ会社なのに?


「じゃあ、人のレベルを知りたい時はどうしたらいいの?」

「使っている魔法を見て判断してください」

「ええ……まだるっこしい」

「それから、自分のレベルも人に教えてはいけません」

「それはわかってるよ」

「本当にわかっていますか?」

「そう言われると……でも、自分のならよくない?」

「よくありません!」


 ミントを噛みながら、ミハイ君がぽつりと言った。


「うちの母親みてえ……」

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