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05 ふたりの魔女

 扉にノックの音がし、ふたりの魔法使いが部屋に入ってきた。


 フードを背中に落としており、顔が見える。

 どちらも二十歳くらいの若い女性で、ひとりは茶髪の短い髪にオレンジ色の目、もうひとりはセミロングの金髪に青い目。緊張しているのか、歩き方がぎくしゃくしていた。


「ミリー、ただいま参上しました」


「レイルも同じく参上いたしました」


 並んで直立し、名乗りを上げる。

 茶髪の方がミリーで、金髪の方がレイルだ。目つきがキリっとして、背筋を伸ばした立ち姿がりりしい。見た目だけで優秀なのがわかる。


「お前達が選ばれた理由は?」


 落ち着いた様子で父が聞いた。

 不審がるというより、単に興味があるという風に。


「任務上、戦闘能力が高い方がよいだろうということになりまして」

「武術と射撃で勝ち抜き戦を行いました」

「ちなみに、武術の一位がわたしで、射撃の一位がレイルです」

「それは男女混合で?」

「もちろん!」

「もちろんです!」


 声をそろえてふたりが言う。

 武術はともかく、射撃って何だろう? 魔法の的当てかな。

 

「グラナ、紹介しよう。今日からお前の世話係となるふたりだ」

「ミリーと申します!」

「レイルです。精一杯、務めさせていただきます!」 


 父の肩に乗っていたわたしは、後ろ足で立とうとして、ちょっとよろけた。ふたりが「ああっ」という声を上げて手を出しかけるが、その前にバランスをとって立ち上がった。


「グラナティスです。どうぞよろしくお願いします」


 礼儀正しくお辞儀をする。

 ミリーとレイルはあごを落とし、出しかけていた手をそのままに、がたがた震え始めた。そして息が荒い。何だろう? 


「グラナ様、なんて愛らしい!」


「可愛い! なでなでしたい!」


 ふたりが手を出す前に、父がわたしをつかんで胸に抱き込んだ。


「気安く触ろうとするんじゃない! グラナはわたしのものだぞ!」

「アントラ様、ずるい!」

「過保護な父親は嫌われますよ!」

「うるさい! お前達はもう帰れ!」 

「絶対に帰りません!」

「さあ、グラナ様をこちらへ!」

「嫌だ! グラナの世話はわたしひとりでする!」


 大の大人が、一頭のドラゴンを取り合ってぎゃあぎゃあわめいている。


 わたしは父の腕をすり抜けると、ソファーの下に避難した。


 すっかり忘れていたが、今世のわたしは超絶可愛いドラゴンなのだった。

 父はともかく、女子のハートまでわしづかみにするとは、自分で思う以上にわたしは可愛いのかもしれない。

 困ったな。とわたしは思う。

 いや、自慢ではなく。

 どう振る舞っていいのか、まるでわからない。


 前世のわたしは、平凡な女子高生だった。

 美くしくはないが、ブサイクでもない。

 デブではないが、痩せてもいない。

 容姿も平凡、体型も平凡。

 モテたいと思ったことはなく、ゆえに美しくなりたいと願ったこともない。


 思い返せば、本気で好きになった異性は、画面の中から出られない人ばかりだった。愛情表現は、レベル上げやグッズの収集に費やされ、好きな人のために美しくなりたいとか、ダイエットしようとかは微塵も思わなかった。

 相手は、わたしがこの世に存在していることを知らない。

 そもそも向こうがこの世に存在してない。

 メイクしようが、着飾ろうが、本当に大好きな人には見てもらえない。

 それなのに、女子力を上げることに何の意味があろうや。

 

「グラナ、出ておいで」

「グラナ様ー」

「こわくないですよー」

 

 三人の魔法使いが、心配そうにソファーの下をのぞきこんでいる。

 わたしは暗がりのなかで顔を上げた。


「ケンカは終了?」


 聞くと、三人は気まずそうに視線をかわす。


 父が咳払いをした。


「わたしが付きっきりでいたいところだが、残念ながらやらなければいけないことが山とあってね。さびしい思いをさせてしまうが、本当にさびしくてたまらないだろうが、どんなにさびしくとも、我慢して良い子にしているんだよ」


 この人、今さびしいって何回言った?

 心のなかで突っ込んだが、父の気持ちを思って口には出さなかった。


「パパは? どこかに出かけるの?」

「いずれはね。でも、お前が落ち着くまで遠くへ行くつもりはないよ」

「じゃあ、時々なら、パパのところへ邪魔しに行ってもいい?」

「いつでもきたってかまわない。なんならずっといてもいいんだよ」


 わたしがソファーの下から出てくると、父はわたしを抱きしめた。


「少し目を離した間に、ますます愛らしくなって……」


「そんなわけがあるか」


 思わず突っ込んでしまったが、父の耳には届いていないようだ。

 やがて名残惜しそうに身体を離した父は、わたしをレイルに手渡した。


「グラナを頼んだぞ」


「言われずとも。誠心誠意、務めさせていただきます」


 微笑しつつレイルが言う。

 すばやく後ずさると、扉の取っ手に手をかけた。


「それではアントラ様」

「おやすみなさい。アントラ様」

「待て、最後にもう一度グラナと――」


 最後まで聞かずに、二人の魔女は部屋を出ると走り去った。





 出窓に置かれた鉢のなかで、わたしは思いっきり伸びをした。

 陶器でできた鉢のなかは、たっぷりの熱いお湯に、良い匂いのするハーブ系の植物が浮いている。ベビードラゴンが浸かっている姿は、端から見れば料理だろう。ドラゴンスープの一丁上がりである。


 部屋の大きさは父の書斎と変わらないが、散乱する物がないので広く見えた。

 寝台があり、鏡台があり、テーブルとソファーのセットがある。

 廊下にあるような、悪趣味なアイテムはひとつもないのでほっとした。


「ごくらく、ごくらく」


 鉢の縁に顎をのせ、わたしは窓の外を見る。


 曇った硝子をぬぐうと、雪化粧をした山々が月光を浴びているのが見えた。

 山並みが横に見えていることから、この城もどこかの山の天辺か、かなり高いところに建っていることがうかがえる。

 下の方は深い谷になっていて、底はまっくらで何も見えない。

 人家の明かりはひとつもない。

 城の近辺は、誰も住んでいないようだ。


「グラナ様。お背中お流ししましょうか?」


「おねがーい」


 ヘチマっぽいスポンジで、レイルがわたしの背中を擦り始める。

 とても気持ちいい。

 いかんなあとわたしは思う。

 甘やかされて、ダメドラゴンになってしまいそうだ。


「ふたりは、いつからこの城に住んでいるの?」


 わたしは尋ねた。


「一年前からです。ミリーも同じですよ」


 レイルが答えると、寝台を整えていたミリーが顔を上げた。


「ここにいるほとんどがそうです。中には例外もいますけど」

「一番最初にアントラ様にお仕えしたのは、誰だったのかしら?」

「そりゃ、ジャハリさんでしょ」

「あの人そんな古株なの?」

「古株も古株だよ。アントラ様と氷山削ってたって聞いたし」

「あ、グラナ様。ジャハリさんっていうのは、アントラ様の助手で、砂色の髪に、目の細い、広間の台座をちり取りで掃除していた人ですよ」


 レイルが親切に教えてくれたが、まったく思い出せない。

 ていうか、みんなフードを被っているから顔なんてわかるはずがなかった。

 

「パパは魔王なの?」


 率直に聞くと、レイルはきょとんとした顔をした。


「アントラ様は偉大な魔術師ですが、王様ではないです」

「まあ、グラナ様がそうおっしゃるのもわかりますけどね」

「わかる? ミリーわかる?」

「この陰気な城に、あの凶悪顔でしょ。もうベストマッチって感じですよね」


 あははっと笑いながらミリーが言う。

 そんな笑顔で言うことだろうか。


「二人は、パパの目的が何か知ってるんだよね? つまり、どうしてわたしを目覚めさせたのかってことだけど」

「もちろんです」

「えっと他の団員? の人たちも?」

「ええ。全員がアントラ様と同じ志を持っています」

「そっか」


 まあ、おそろいのローブ着て呪文詠唱してる時点で、心はひとつだよね。


 わかってはいたが、がっかりした。


 父は、グラナティスによる世界滅亡を目標に掲げている。

 全員が父と目的を同じくしているなら、父をとめるような人物は、この集団に存在しないことになる。同志と見せかけて、実は陰謀を阻止しようとしている裏切り者はいないものだろうか。

 あ、だめだ。それだとわたしが退治されてしまう。

 

 わたしに世界を滅亡させる意思はない。


 でも、父がいる限り、わたしが組織を抜けたり裏切ったりは絶対にできない。


 地下で見た緞帳を思い出す。

 わたしには地獄絵図に見えたけど、父やみんなの目には宗教画のような神々しいものにでも見えているというのか。滅亡を願うほど、この世界の現状は悲惨なのだろうか。


「グラナ様。そろそろ上がらないと、茹だっちゃいますよ」


 レイルが心配そうに言うので、わたしは鉢から出た。


 鏡台の大きな鏡の前で、改めて全身をチェックする。


 前世で見たグラナティス(大)の全身は鱗で覆われていたが、わたしの身体はシルバ○アファミリーのような短い毛で覆われ、背中にはコウモリのような翼が生えている。パタパタしてみるが、飛ぶことはおろか、浮き上がることもできない。わたしが、ぽっちゃり幼児体型のせいだろう。腹も出てるし。


 どうやらわたしは、ポケ○ンみたいに、成長の過程で形状変化してゆくタイプの生き物らしい。だが、ここで食っちゃ寝していて進化できるとは思えない。何かと戦わなくちゃいけないのかな。

 今のとこ“ひっかく”ぐらいしかできないが、大丈夫なんだろうか。

 明日、父に会ったときに聞いてみよう。


 妙な気配を感じて、わたしは振り向いた。


 部屋の真ん中で、ミリーとレイルが細長い紙をねじって作った“こより”を交差させて持ち、互いににらみ合っている。微動だにせず、視線で火花を散らしていた。


「えと、何やってるの?」

「ひとりが仮眠をとっている間、ひとりが見張りに立たねばなりません」

「勝ったらグラナ様と添い寝……」

「負けたら廊下で見張り……」


「いざ、勝負!」


 かけ声と同時に、ふたりはこよりを引き合い、はじかれたように離れた。


 しばしの静寂ののち、「くっ」と声を上げてミリーがその場に崩れ落ちた。

 勝ち誇った表情のレイルが、こよりを持った腕を突き上げる。


「ざまあ見なさい! グラナ様に添い寝するのは、このわたしよ!」


 何を見せられているんだろう。


 上司があれだと、部下の性格も歪むのだろうか。


「いや、みんなで寝ればいいじゃん!」


 わたしは尻尾でぺちぺちと鏡台を叩いた。

天然っぽい方がミリー、お嬢様っぽい方がレイルです。

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