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49 魔法と経験値

 シェローレン屋敷の裏手には小規模の森があり、森のどん詰まりには高い壁があった。壁の向こうは文字通り「何もない」敷地が浮島の端っこにあるせいである。


 わたしは、どん詰まりの壁の上に立っていた。


 壁の高さは2メートルほど。

 壁の向こうに1メートルくらいの空き地があって、その先は岩肌剥き出しの崖がすとんと落ちている。晴れていれば穀倉地帯が見渡せるのだが、今日は見えない。白い雲が、海のように広がっていた。


 高所でも気候が安定しているのは、浮島のなかに天然の魔石が含まれていて、それがバリアのような層を形成しているからだ。浮島から地上へのアクセスは転送基地の他に、ロープウェイみたいのもあって、どちらにも魔具が使われている。

 浮島の魔石、転送基地、ロープウェイ。

 それらが魔素を食うため、大勢の人がいても浮島の上は魔素が薄い。シノブを追っていた時、魔素不足に悩まされたのはそのせいである。


 遠くの方に別の浮島も見えているが、それは無人島とのことだった。

 山が多いとか、狭すぎるなどの理由で人が住めない。

 そもそも、魔法を使わなければ浮島に行くことはできないし、飛行船は軍の占有である。大勢が住めるところでないと、開発に踏み切れないのだろう。


「遊びに行きたい……」


 外出を許されたのは、屋敷にきた最初の日だけだ。

 あれから八日。

 ひたすら訓練&護衛の日々を送っていた。


 午前中→シュルツと訓練。

 午後から→ばあちゃんの警護。(立ってるだけ)

 夕方以降→自由時間、就寝。


 以上が、一日のスケジュールである。

 ブラックバイトなので、休日というものはない。


 本格的に危なくなるのは選挙後かららしいので、警護の方はただのお飾り、大事なのは訓練の方である。御三家のひとつであるサラウースの魔術師は、たぶんめちゃくちゃ強い。それに対し、現在のわたしのレベルは10である。遊んでいる暇があれば、どころの話ではない。死にたくなければ訓練に励めという状況だった。


 わたしは懐中時計を見た。時刻は八時四十五分。


 九時からシュルツと訓練だから、そろそろ行かないと。





 いつもの場所に向かうと、シュルツがすでに来ていた。

 剣を抜いて、素振りをしている。

 超絶美形のアーベルのせいで目立たないが、ひとりでちゃんとしているとちゃんとした美形男子に見える。いつもちゃんとしてればいいのに。


「イチカ、おはようございます」

「おはよう」

「――どうかしましたか?」

「何で、シュルツはモテないのかなって」

「……はあ」


 シュルツは、頭の上に「?」を浮かべている。二十六歳と言ってたっけ。家事得意だし、背高くて細マッチョだし、モテそうなもんだけど彼女がいる様子はない。ブラック勤めだからナンパしに行く暇もないんだろう。悲しいなあ。


 屋敷からは見えない場所にある、森の外れの空き地である。


 昔は厩舎があってお馬さんの運動場だったそうだが、今は何もない。短い草が一面に生えていて、シュツルが立てた訓練用の的があるだけだ。


 軽く手合わせしたあと、わたしたちは日陰に移動した。


「経験値の現在数を、知る方法はありません」


 シュルツが断定して言う。

 椅子がないので、木の根の上に並んで腰かけていた。


「規定の経験値を超えると、自動的にレベルが上がります。これを止める手立てはなく、また一度上がったレベルを下げる方法もありません。もちろん、魔導書を手放すという方法以外でと言う意味ですが」

「レベル下げたくなるときなんてある?」

「ありますよ」

「んん?」

「レベルが上がった直後は、経験値はゼロに近いですよね?」

「うん」

「しかし、新しい魔法を使用するには経験値を消費しなくてはいけません」

「ああ!」

「ですので、使用したい魔法がある場合は、こまめに発動をかけておくことです。そうすればレベル上昇で経験値を取られる前に、必要な魔法を習得することができます」


 経験値の現在数が見えないがための対策である。

 たとえば火球を習得したいと思っていた場合、習得前にレベルが上がってしまうと、経験値が溜まるまで火球を使うのはおあずけになってしまう。それを防ぐには、アイチャンに「経験値が不足しています」と言われながら、火球へのトライを続けるしかないということだ。

 てことは、レベル上昇より魔法習得の方が消費する経験値は少ないということか。聞くと、シュルツがうなずいた。


「習得可能な魔法は、青い文字で現れますよね? それは現在のレベルで使用できる魔法ということです。レベル上昇より経験値を消費する魔法は、そもそも表示されません」


 スキルツリーの表示には三つある。

 白い背景に黒文字は、習得済みの魔法。

 白い背景に青文字は、解放されているけどまだ習得していない魔法。

 黒の塗りつぶしは、まだ解放されていない魔法。

 黒塗り魔法>現在のレベル>青文字魔法。ということらしい。

 レベルが上がるにつれ、黒塗りが青文字に移ってくる。


「――たとえばさ」

「はい」

「新しい魔法をいっさい覚えないで、今の魔法だけで経験値を積んでレベルを上げることってできるの? つまり――」

「レベル5の魔法だけを使用し、レベル50まで行けるのかということですか?」

「そう」

「可能かと問われれば可能です。効率は悪いですが」

「新しい魔法覚えた方が、経験値は増えやすい?」

「一般的にはそう言われています」


 わたしは眉間にしわを寄せた。アイチャンは難しい子だなあ。


「さらに、一般的にはという話ですが」

「うん」

「ある程度レベルが上がり、得手不得手が判明した時点で、ほとんどの魔術師は得意な魔法の系統にしぼって習得を進めていきます」

「火とか風とかってこと?」

「そうです。ルーミエは風でしたね」

「じゃあ、ルーミエは他の系統の魔法は使えないの?」

「おそらく、初級レベルのものしか使えなかったでしょう」

「オールラウンドに習得していったら、だめな理由って何?」

「そうですね……単純に、経験値不足によってレベル上昇がさまたげられます。魔術師を趣味でやっている人間はいません。早く上級魔法が使えるようにならなければ、見込みなしとして魔導書を返上させられることもあります。手っ取り早くレベルを上げ、上級魔法を習得するには得意分野の一点集中が近道なんです」

「流星や明星でも?」

「一般的には」

「でも、レベル高くて魔法もいっぱいな人もいるんだよね?」

「いわゆる天才ですね。逆に言えば、そうした飛び抜けた才能がなければ月や太陽まで昇級することは絶対にできません」

「百歳まで修行しても?」

「百歳まで修行しても」


 努力全否定だが、シュルツが断言するからにはそうなんだろう。

 うちの父は、ものすごい人だったんだなあ。知ってたけど。

 雲の上の人たちの話はさておき、さっきシュルツは気になることを言っていた。


「落ちこぼれだと、魔導書取り上げられるの?」

「誰かに与えられた場合は、そうなります。貴重なものですし、才能のある者が持つのでなければ宝の持ち腐れになってしまうので」

「才能あるなしのボーダーラインって何?」

「評価する者にもよりますが……初心者に限れば、六割の者は星レベルにも到達できないと言われています」

「石、つまりレベル9止まりってこと?」

「そうです。二年修行して星にとどかなければ、適性なしと見なされます」

「二年の猶予があるんだ?」

「たいていは、子供の時分に魔導書を与えられますからね」

「子供って貴族の子供だよね?」

「そうです。二年たって石のままなら、返上させて他の子供に与えます」


 シュルツはちょっと口をつぐむ。迷ってから、ふたたび口を開いた。


「もっとも、貴族の令嬢がその対象になることは稀です」


 対象というのは、魔導書を与えられる子供という意味だろう。

 ちょっと考えてから、わたしはうなずいた。


「女の子は嫁に行くからだね」


 跡継ぎじゃないってのもあるだろうけど、嫁に行くとき何億もする魔導書持って行かれるのが痛いのだろう。かといって、魔導書置いて行ったら、それまでの修行がパアになる。


「てことは、この国に魔女ってあんまりいないの?」

「男性魔術師とくらべれば、圧倒的に数は少ないです」

「ルーミエは? 王様から魔導書貸してもらったって言ってたけど」

「彼女は宮廷魔術師でしたから」

「魔導書を借りる代わりに仕事する感じ?」

「そうです。婚姻しても、仕事を続ける限り返却の必要はありません。ルーミエの場合、相手が国外の者であったのでどうしようもありませんでした」


 わたしは、実家の城のことを思い出した。

 ミリーとレイルは、父の部下のなかでもトップクラスだった。それ以外は……言われてみれば女子が少なかったような気がする。でも、せいぜい男子三に対し、女子一くらいで圧倒的というほどではない。てことは、父の部下の人たちはハリファール人ではないということか。いや、断定するのはまだ早いか。


「アーベルは、ばあちゃんの護衛をルーミエにさせようとしてたんだよね?」

「そのようですね」

「宮廷魔術師がバイト? とかしていいの?」

「普通ならできません。おそらく、王都へ戻る道中でワーリャ様の護衛を頼もうとしていたのでしょう」

「たまたま目的地が一緒になっただけ的な?」

「そうです」


 逃亡の事実を隠すため、ルーミエの上司はルーミエを長期休暇あつかいにしていた。もし、ルーミエの協力を得られていたら、休暇中にダーファスに来て、たまたまワーリャばあちゃんと一緒になって、王都へ戻る途中で謎の魔術師に襲われたから思わず撃退しちゃった。いっけなーい。みたいな感じで行く計画だったんだろう。それならバイトにはならない。


 講義が終わると、運動場に戻った。


「とりあえず、剛腕2を習得してみましょうか」


「はーい」


 臂力が弱い弱い言われてるし、当然の流れだろう。

 青文字で表示されている<剛腕2>をフレームに突っ込んだ。しかし。


『使用する魔法に対し、経験値が不足しています』


「経験値足りないって」

「……そうですか」

「モンスターとか倒してないし、そんなもんじゃない?」

「訓練で、跳躍と剛腕を使っているでしょう」

「それって経験値に加算されるの?」

「ゼロということはないと思ますが……」


 シュルツは首をかしげている。

 ふと視線を下げると、わたしの顔をじっと見た。


「ひょっとして、ダーファスにきてから新しい魔法を使いましたか?」

「てへぺろ」

「……何を使ったんですか?」

「暖炉の火がつかなかったから、火球1使っちゃった」


 自室に暖炉があったので、そこで丼風呂の湯を沸かそうとした。林間学校ではマッチと新聞紙を使ったが、ここでは紙は高級品だし、マッチはそもそもない。小枝と火打ち石でチャレンジしたが、なかなか火がつかず、ついカッとなってやってしまった。反省はしていない。

 シュルツは、あきれた顔をしている。

 そういや、係長が火系統は経験値を食うとか言ってたなあ。今思い出した。


「まあ、やってしまったものはしょうがありません」


 切り替えてシュルツが言った。

 シュルツ先生は、生徒の自主性を重んじてくれる。


「無駄にはなりませんし。ですが、今からは剛腕2の習得を目指してください」

「経験値かせぐために何かするの?」

「時間があれば魔物退治に行くのですが、今は現状維持です」

「というと?」

「毎日訓練するしかありません」


 そう言うと、シュルツは呪文を唱えて軽く構えた。


「今日から、俺も魔法を使って相手をします」


「えっ」


「一緒にがんばりましょう」


「……」

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